1980年代、日本の製造業は世界を席巻していました。
当時の時価総額ランキングの上位は日本企業が独占し、日立製作所、松下電器、トヨタ自動車などの製造業や、日本興業銀行、住友銀行などの銀行が名を連ねていました。
菅原 裕亮
1980年代、日本の製造業は世界を席巻していました。
当時の時価総額ランキングの上位は日本企業が独占し、日立製作所、松下電器、トヨタ自動車などの製造業や、日本興業銀行、住友銀行などの銀行が名を連ねていました。
今なお、世界的に日本企業の代表格としてあげられるのは製造業で、「Japan As No.1」、「Japanese Quality」などの単語は、モノづくりとしての品質をイメージすることが多いと思います。
日本企業のモノづくりを支えたのは、以下のような能力とマインドです。
現状の課題を見つける(問題発見力)
一つ一つの改善を継続させる(現場改善力)
個々の取り組みを組織内に広める(組織学習力)
こうした絶え間ない品質管理プロセスが、結果として高い品質や製品としてのこだわりになり、世界的に認知されるものになりました。
日本企業の強みの代名詞になった品質管理やそれを支える経営の仕組みは、現場の品質改善活動からのボトムアップの取り組みの結晶だったのではないでしょうか。現場の対応力やボトムアップでのアプローチの重要性は、昨今のデジタルを活用した事業開発にも通じるテーマです。
事業開発の標準的なプロセスは、仮説を持ちながらリーン/アジャイルで回していくということが基本です。
実際、多くのスタートアップが自社の製品やサービスを開発する手法として、アジャイル/スクラムといった手法を活用しています。実は、それらの手法やプロセスは、先ほど紹介した品質改善のプロセスの研究から派生してきている側面があります。興味がある方は、そうしたフレームワークとアジャイル/スクラムといった手法で重視している要素を比較してみてください。
結論として、モノづくりにおいて重要な品質管理の仕組みは、実は事業開発プロセスとあまり変わりません。すべての活動の原点は現場にあります。例えば、品質管理で言えば、日常業務での問題や課題の発見で、事業開発で言えば顧客を取り巻く環境とその中で生み出されるペイン/ゲインの発見です。
上記の3つに共通するものは、取り組みに対する基本姿勢です。いずれも、日常における業務の過程でフィードバックのループを回すことがポイントになります。そして何よりも常に新しく、異なるアクションを起こし続けることで、その結果に基づき改善していくことが重要です。
昨今デジタル関連で生み出されているプロダクト(製品やサービス)も、「新しいものを生み出す」という点ではモノづくりと大きな違いはありません。
ただ、違いがあるとすれば、1つは、よりスピード感をもってモノづくりプロセスを展開できるのは、ハードウェアのような生産設備を必要としないビジネスであること。もう1つは、生み出された製品やサービスが、ソフトウェアに管理制御されているため、利用データや挙動などのデータを「見える化」することによって、PDCAが回しやすい性質があることです。
では、一定の共通点がある事業開発と日常的な業務オペレーションにおける課題発見のアプローチの違いは何かについて、整理します。違いを生む大きな背景にあるのは、事業開発の現場では、業務オペレーションのように従うべきプロセスや枠組みが存在せず、新たに仕組みを作り出す途中段階であるということです。そうした背景によって、業務オペレーションの改善の取り組みとは、異なる性質を持っています。
課題や問題が発生する“場”が持つ環境的な違い(内部オペレーションの現場とは異なり、顧客接点の中で起こる多様な変化を前提とする)
モノづくりにおける業務オペレーションの改善では、組織内部に存在する日常の製造プロセスや業務の現場での課題解決を進めて行きます。改善は日常の業務の延長線上にあり、自分達が良く理解し、見えている業務の中で起こる問題点や課題を把握して、それに対応するというアプローチを取ります。
反対に、事業開発の現場では、顧客に価値を提供するために、自社の内部ではなく、顧客を取り巻く背景や文脈を観察して、解くべき問いを見つけること(問題発見)が必要になります。例えば、BtoCビジネスの問題発見のプロセスで、エンドユーザーの価値観や行動様式を企業が正しく捉えられず、迷走することがしばしば起こります。同様にBtoBのビジネスにおいて、未知の業界の顧客の事業の状況やその顧客企業が接している顧客などの状況を正しく理解するには、自社での業務領域の経験の範囲だけでは対応できないということが起こりがちです。こうした状況を打開するためには、常に複眼的な観察や思考によって、一定の想像力を働かせながら、問題点を認識するアプローチをとらざるを得ません。
実行推進において重視する視点の違い(正確性が重要となる業務オペレーションと、スピードが求められる事業開発の推進)
1で述べたように、既に正解や決まりがあるモノづくりの業務オペレーションにおいては、常に正確な取り組みや結果が求められます。一方で、事業開発では、いかに短期間で仮説検証を繰り返し、限られたリソースを成功可能性がより高い領域に投下するかかというスピード感のある意思決定が求められます。
事業開発に取り組む顧客企業では、大量の社内説明資料や意思決定に必要となる情報の収集といった形式要件を省いて必要なものだけを明らかにするリーンなアプローチでの検討に強い抵抗感を持たれることがほとんどです。方法論としてのリーンやアジャイルを頭では理解できるのですが、検討や推進の現場になるとどうしても、いつもの業務遂行の癖としての正確性や緻密さが勝ってしまうようです。こうした癖を一時的に矯正していくためには、コーチング手法を取り入れた事業開発メンタリングが有効です。
求められるマインドセットの違い(決められたものを効率的に回す:常に新鮮な目線で、一つ一つの違いに着目する)
本来は新規事業開発と日常的な業務オペレーションで課題発見プロセスや絶え間ない改善のプロセスは共通的するプロセスだったものだと思いますが、長い時間をかけて構築された既存の製造プロセスに準じた動きによって小さな変化しか起きなくなり、意図しないうちに、思考停止を引き起こすなどの違いが生まれます。
マインドセットは、長い年月によって形成されるものです。組織で働く社員にとって、良い意味では習慣、悪い意味では癖になっているため、行動変容に結び付けていくためには一定の労力を必要とします。
以前、あるクライアントから、どういった人材が新規事業部門に向いているのかという相談を受けました。背景としては、新規事業を推進する部門に既存事業部門のエース(営業成績がトップクラスなど)を配属したものの、一向に成果が出ず、更に大半の人間が、会社を辞めるか、体調を崩して元の部門に戻っても調子を取り戻せなかったそうです。
こうしたマインドセットの違いを正しく理解するためには、既存事業の決められたプロセスを粛々と進めることで成績を稼げる事業で成果を上げることと、決まりや答えのない環境で試行錯誤しながら折れずに取り組む際に必要とされる特性は、全く異なる観点での要件であると我々は考えています。
モノづくりや事業開発で重要な役割を占める現場が、そうした思考や行動の癖を越えて変容するためには、組織として変化の圧力を加えていく必要があります。それが出来るのは、経営陣の意思決定や行動です。
これまでの成功体験を理解しつつも、企業としての大きな変化に結び付く新たな取り組みを経営陣として支援したり、持ち込んだりすることで取り組みの進捗が大きく変わるものです。
我々が支援している中でも、検討チームが及び腰になるタイミングで、経営陣がプロジェクトの検討チームを後押しできるような発言や意思決定をしている会社は、取り組みを円滑に進めています。
本来、日本企業が持っている強みを正しく発揮すれば、事業開発の成功にも結び付くはずですが、過去の習慣や癖がそれを阻害してしまうこともあります。適切な機動力を取り戻すには、現場も含めた意識改革が必要になります。そのため、新しい事業コンセプトなどのテーマ設定だけでなく、時間がかかったとしても組織的な能力の獲得にも力を入れていく必要があります。そうした中長期的な取り組みを支援する役割は、経営陣にしかできない仕事だと我々は考えています。
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