ネイチャーポジティブは経営実装の段階へ GNPS2026で見えた企業変革の論点

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2026.08.25
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自然資本・生物多様性に関するリスクが急速に顕在化し、昆明・モントリオール生物多様性枠組み(KMGBF)やTNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)提言を契機にネイチャーポジティブの実現が喫緊のグローバル課題となっている。世界のGDPの半分以上に相当する約44兆ドルの経済活動が自然資本に依存している※1とされ、企業にとっても、事業の持続可能性やバリューチェーンの強靭化に直結する経営課題として捉えられつつある。

こうした中、2026年7月14~15日、熊本において「Global Nature Positive Summit 2026(GNPS2026)」が国際的なマルチステークホルダー・イニシアティブであるNature Positive Initiative(NPI)と国際自然保護連合日本委員会(IUCN-J)の主催により開催された。参加者は2,700名※2を超え(うち3分の2がビジネス・金融セクター)、同時開催の展示会「NATURE TECH!」には約90の企業・団体※3が出展した。

本サミットではネイチャーポジティブに貢献する企業の取り組みが紹介される一方で、自然の状態を測る指標の未整備や、合意形成の困難さも繰り返し指摘された。本稿では、現地参加を通じて得られた最新議論をもとに、ネイチャーポジティブを経営課題として捉える先進企業のマインドや今後を左右する動向を読み解く。

当社は、本サミットを通じて、ネイチャーポジティブ対応が情報開示中心の段階から、事業継続性やサプライチェーン、地域との協働を含む経営実装の段階へ移行しつつあると考える。

※1 World Economic Forum「Nature Risk Rising: Why the Crisis Engulfing Nature Matters for Business and the Economy」(2020年1月19日発行)
https://www.weforum.org/publications/nature-risk-rising-why-the-crisis-engulfing-nature-matters-for-business-and-the-economy/

※2 国際自然保護連合日本委員会(IUCN日本委員会/IUCN-J)「グローバル・ネイチャーポジティブ・サミット、民間企業の参加者数が過去最多を記録 ─ ビジネスにおける自然資本の重要性が浮き彫りに」(2026年7月15日)
https://www.iucn.jp/news_and_topics/news/2026/07/15/16008/

※3 日経BP「NATURE TECH! 出展社一覧」(2026年8月4日閲覧)
https://events.nikkeibp.co.jp/event/2026/exhibitor/

執筆者情報

執筆者情報


渡辺 敦子
Director

伊藤 杏奈
Senior Manager

小澤 壯裕
Manager

五十嵐 公太
Senior Consultant

竹本 沙織
GXコンシェルジュ

1. なぜ今ネイチャーポジティブが経営課題なのか、先進企業の共通点

自然資本への対応は、もはやTNFD提言に基づく開示にとどまらない。先進企業は自然資本への依存・影響を、競争優位性を左右する経営アジェンダとして捉え直しつつある。GNPS熊本サミットでは食品・飲料、保険、建設、小売等、幅広い業界の経営層が自社の取り組みを語った。

サミットで登壇した先進企業には、ある共通点があった。自然資本の毀損をリアルなリスクとして捉え、バリューチェーンや地域のステークホルダーを巻き込んでいるということである。食品・飲料業界では、ハリケーンによる生産拠点の操業停止や渇水・病害による原材料の調達コスト上昇のような苦い経験がネイチャーポジティブ推進の原動力となっている。例えば、キリンHDでは重要な原材料生産地において、農家のトレーニングも含めた持続可能な農業への移行支援を行っている※4。保険業界においては自然災害が保険料高騰や資産価値低下に波及していることを背景に、自然資本をサービス提供上の重要課題として捉えている。MS&ADは、地域共創により流域治水に取り組み、水害抑制と自然再生への貢献を進めている※5

一方、ネイチャーポジティブを事業機会として捉え、歩みを進める企業も着々と増加している。積水ハウスは住宅販売において在来樹種の植栽を付加価値として顧客に提供する「5本の樹」計画を行っており※6、販売機会の創出と生物多様性への貢献を両立している。明治HDは、同社のビジネスが強く依存するカカオ産地の農家を人権・環境・経済面からサポートするサプライヤーエンゲージメント「メイジ・カカオ・サポート」を実践しており※7、持続可能な生産や生産者の生計に貢献することで、調達の安定性につながる取り組みを進めている。

今回紹介した先進企業の取り組みは、裏を返せば、対応の遅れが物理リスク(災害や原材料不足による操業停止)、移行リスク(規制強化や取引先の調達要件への不適合、評判の毀損)、そして機会の逸失につながることを示している。自然資本には、一定の閾値を超えると回復に数十年を要し、気候変動と比べても不可逆性が高いという特性がある。昆明・モントリオール生物多様性枠組(KMGBF)が掲げる2030年目標に向けて残された時間は少なく、成り行きシナリオのまま自然の劣化が進行した場合に自社の経営や実務にどのような影響が生じるのかを、現実的にシミュレーションしておく必要がある。

そのうえで企業に求められるのは、自然との接点を経営の前提条件として捉え直し、①バリューチェーン上の依存と影響がどの地点に集中しているかを特定し、②そのうち自社の事業継続に直結する地点を優先順位付けし、③サプライヤー、自治体、金融機関、研究機関といったステークホルダーと協働しながら対策を実装する、という順序立てた取り組みである。読者の企業に置き換えれば、問うべきは「自社のバリューチェーンにおいて、事業継続に直結する自然への依存はどこに最も集中しているか」である。この問いに具体的な地点名で答えられるかどうかが、実装の成否を左右する。

自然への依存と影響は、自社操業ではなくバリューチェーンの上流・下流に存在する傾向が強い。先進的事例が示すのは、上流・下流の現場まで踏み込んだ活動を実装・継続できるかどうかが、対応の実効性を分けるということだ。そのためには、産地単位のトレーサビリティの確保や、サプライヤー・顧客との継続的な関係構築が前提となる。当社は、このバリューチェーン展開こそが、日本企業のネイチャーポジティブ対応が重視すべき焦点であり、同時に差別化の起点になると考える。

※4 キリンホールディングス株式会社「生物資源の取り組み」(2026年8月4日閲覧)
https://www.kirinholdings.com/jp/sustainability/materiality/env/3_1a/

※5 MS&ADインシュアランス グループ ホールディングス株式会社「熊本県球磨川流域『共創の流域治水プロジェクト』」(2026年8月4日閲覧)
https://www.ms-ad-hd.com/ja/csr/green-earth_project/report01.html

※6 積水ハウス株式会社「ネイチャー・ポジティブ方法論(積水ハウスの「5本の樹」計画)」(2026年8月4日閲覧)
https://www.sekisuihouse.co.jp/gohon_sp/method/

※7 株式会社明治「株式会社明治のカカオ産地活動実績」(2026年8月4日閲覧)
https://www.meiji.co.jp/sustainability/newaction/cacao/mcs/

2. 「自然の状態」指標の標準化が進む

気候変動に関する状態と取り組みの進捗を測る温室効果ガス(GHG)のような統一指標が存在しない──この問題が、ネイチャーポジティブの理解や推進を常に難しくしてきた。特に、その土地の自然環境が改善しているのか否かを測る「自然の状態」指標は長らく標準化されず、多くの枠組みで「プレースホルダー(仮置き)」として扱われてきた。

本サミットの主催団体の一つであるNPIは、この「自然の状態」指標の標準化を主導している。世の中に存在する数百~数千の指標をレビューしたうえで、科学的な妥当性を確保しつつ、可能な限りシンプルな指標のセットを提案している。2024年10月には自然の状態指標のフレームワークの初版ドラフトを公表し、パイロットプロジェクトを経て、2026年2月に最終協議に向けたドラフト(最終ドラフト)を公表した。指標の最終フレームワークは、2026年10月に公表予定である。詳細はNPI公式サイトを参照。

図1 NPIが提案する「自然の状態」指標(2026年2月、最終ドラフト)

本サミットで報告されたパイロットプロジェクトの内容を踏まえると、「自然の状態」指標の計測の現場では、下記のような課題に取り組む必要があると考えられる。

  1. スキル・リソースの確保
    パイロット企業においては、ドローンによるマルチスペクトル画像解析、LiDAR(レーザー測距)を用いた樹木計測、トラップ調査やeDNA(環境DNA)による生物モニタリング等の手法を組み合わせて指標を計測している。こうした計測には学術的な知見を持つパートナーとの協働や、内部人員の確保が不可欠である。
  2. スケーラビリティ
    計測は現地実測が基本で、拠点が増えるほどコスト・労力がほぼ比例的に増える。加えて生態系ごとに適した指標・手法が異なるため、GHGのように全社を一つの物差しで測り、積み上げて集計・比較することが難しい。対象範囲をサプライチェーンまで広げれば、さらに困難である。
  3. 取り組みの意義
    現時点では、自然の状態の測定を強く求める法規制や市場インセンティブは整備されていない。ISSB(国際サステナビリティ基準審議会)における自然関連基準の開発においても、具体的な指標の取り扱いは決定が先送りされている。企業にとっては、測定に取り組む意義が見つけにくい。
  4. 測定と行動の分断
    自然の状態を測ることは、必ずしも行動を進めることに直結しない。「測って終わり」になることを防止する必要がある。自然への影響要因が多層的であること、個別施策と自然の回復の因果関係を証明しづらいこと、施策の実行と自然が回復するタイムラグがあること等から、特に短期間で行動の効果を示すことは難しい。

本指標を広く普及させ、かつ実際の改善行動に結びつけるには、測定を簡便化するツールや、測定を促す賞罰(インセンティブや規制)、測定結果を目標や行動へ翻訳する方法論の確立が欠かせない。NPIは2026年9月頃までに最終的な指標フレームワークを、さらに2026年下半期にはガイダンスを公表予定であり、企業は今後の展開を注視し自社行動への組み込みを検討すべきである。

同時開催された展示会「NATURE TECH!」は、「自然の状態」の計測の壁を打ち破る動きが、明確な市場機会として立ち上がっていることを実感させるものであった。 小型衛星、AIによる生物種同定、スマート養殖、土壌モニタリング等の最先端技術が自然の計測のハードルを大きく引き下げている。ネイチャーテック市場は、現在の約20億ドルから2030年に約60億ドルへ、およそ3倍(年率約20%)に拡大する見込みである※8。測定の難しさという課題は、裏を返せば、テクノロジーにとって最大の成長機会にほかならない。一方で、企業にとって重要なのは測定そのものではない。測定によって得られた結果を目標設定や投資判断、サプライチェーン施策へどのように結びつけるかである。当社は、この「測定から意思決定への翻訳」を可能にする設計力こそ、日本企業が自然資本対応を実効性のあるものへと発展させる鍵になると考える。

※8 Nature4Climate & Capital for Climate『The Nature Tech Market: Necessary, Emergent, Dynamic』(2022年11月)
https://nature4climate.org/wp-content/uploads/2022/11/N4C-C4C-nature-tech-market-report-final.pdf
市場規模は推計値であり、定義・基準時点により変動する。

3. 一社では解けない── ランドスケープ・アプローチの必然と難所

ネイチャーポジティブの実現は、一社の努力では完結しない。 自然は、地形や水系を通じて一つのランドスケープ(景観)の中でつながっている。自然が空間的に連続する以上、その範囲には多様なステークホルダーが存在する。単独の企業や自治体では流域全体の水循環や生態系を維持できず、自然環境の保全と人間活動を統合的に捉えたランドスケープ単位のガバナンス構築が不可欠になる。
熊本県は、まさにその実践の場である。市民生活の水源を 100%地下水で賄う「地下水都市」として、企業・自治体・金融機関・アカデミアが連携し水循環を守ってきた。熊本県は 2023 年採水量の 100%涵養を企業に求めるルールへ移行し、熊本市も 11 市町村と協働して水源涵養を促す。地域の水資源への依存度の高い民間企業や地域金融機関も、森林保全・棚田再生を通じて涵養に取り組む。
ただし、この連携の実効性確保は容易ではない。半導体関連産業の進出による地下水需要増への住民の懸念、企業ごとに異なる時間軸やコミットメント水準、涵養効果の測定・検証体制の未整備等、関係者間で利害と時間軸を揃え合意形成すること自体が高いハードルとなる。
だが、この難所を越えてこそ、地域の水資源と産業基盤の持続可能性の両立が可能となる。水を多用する半導体製造を担うソニーセミコンダクタソリューションズグループは、水使用量削減・再利用に加え、熊本で 2003 年から地質特性を活かした「地下水涵養」に取り組む。田畑に水を張り地下に還すこの手法は先駆的な事例で、2025 年度の涵養量は約 305 万 m³(東京ドーム約 2.5 杯分)と渇水年を除き採水量を上回る※9。工場の水循環やPFAS分析など、技術による実装も進む。
当社が着目するのは、この難所こそが持続可能な地域経済を築く本質だという点である。乗り越える鍵は「自然の状態を測る仕組み」と「多様な主体をつなぐ推進体制」の両輪整備にある。企業に問われるのは先行事例の模倣ではなく、定量指標による可視化、GIS(地理情報システム)・AI技術によるモニタリング、官公庁・自治体・アカデミア・NGO等との連携体制を、自社の事業・地域の文脈に応じた「再現可能なアプローチ」へと翻訳し直す力である。

※9 ソニーセミコンダクタソリューションズ株式会社「水を使う企業だからこそ、水を地域へ返す ―― 20年以上にわたり、地域とともに水を育む。ソニーセミコンダクタソリューションズグループの取り組み」(2026年7月13日)
https://www.sony-semicon.com/ja/feature/2026071301.html

4. 熊本宣言が示すネイチャーポジティブな未来への道筋──after TNFDへ

本サミットの成果として、ネイチャーポジティブ実現への決意を表明した「熊本宣言」が発表された。85の企業・団体が熊本宣言に賛同し、この成果を受けてIUCN-Jの道家氏より「ネイチャーポジティブな社会に向けての歩みを日本から実現しなければならない」と発信された。

Global Nature Positive Summit 2026(熊本)

熊本宣言において、「ネイチャーポジティブ経済への移行は、コストではなく、持続可能な成長に向けた投資であり、長期的な価値創造の機会である」と位置づけられた。実効性のあるネイチャーポジティブへの取り組みを加速させるためには、企業・自治体・アカデミア等の協働が必要であるとともに、自然にプラスとなる方向へと資金の流れを転換する金融機関や投資家の役割も欠かせない。KMGBFのビジョン「自然と共生する世界」実現に向け、社会全体を巻き込んだアプローチの必要性が訴えられた。

COP17に向けて、先述した「自然の状態」指標の標準化やISSBによる自然関連課題の開示に関する実務ガイダンスの開発、さらにKMGBFの進捗評価が進んでいる。企業としては、こうしたマクロな動向を把握しつつ、自社のバリューチェーンにおいて自然資本の劣化を食い止め、リスクを顕在化させないことが肝要である。

自然資本の課題は、企業の事業継続性や競争優位性に影響を与える構造的な経営課題である。アビームコンサルティングとGXコンシェルジュは、自然資本というテーマを「ネイチャーポジティブへの貢献」という論点として単独で扱うのではなく、脱炭素・資源循環への対応、地政学リスク・人権課題を含めたサプライチェーンのレジリエンス強化、新たな市場・事業機会の創出といった既存の経営アジェンダと一体のものとして、経営に統合していく必要があると考える。

当社は、TNFD提言に基づく情報開示を終えた先にある段階、すなわち自然関連リスク・機会の把握結果を目標設定や事業変革、投資判断へと結び付ける「経営実装」のフェーズこそが重要であると考える。本稿では、このフェーズを「after TNFD」と表現する。本サミットで見えてきたのは、after TNFDを目指そうという機運の高まりである。一方で、「開示のための分析」や「開示作成」に過大な労力・コストを割いている企業も少なくない。アビームコンサルティングは、GISやAI技術を用いて労力のかかるTNFD開示の省力化を行い、その先にある目標・指標設定、戦略策定、既存事業の変革や新規性のある取り組みにリソースを割くための支援を提供する。

また、自然との関わり方やステークホルダーとの関係性は企業によって多様であり、本サミットで紹介されたような先行事例を自社で再現することは容易ではない。アビームコンサルティングでは、業種特性や企業の状況に合わせて、自然資本対応の様々なアプローチを提案する。例えば、ネイチャーフットプリント等の定量指標の検討や、GIS・AI技術を活用した評価やモニタリングによって施策の効果の継続的な検証、さらに、官公庁・アカデミア・NGOとの連携体制の構築を支援することで、単独では成し得ないランドスケープ単位の合意形成と実装を後押しする。

ネイチャーポジティブを開示のその先に進めるためには、事業部門・調達部門等の社内関係者、伴走者となる外部パートナーとの連携が欠かせない。アビームコンサルティングは、総合コンサルティングファームとしてセクター知識や各機能部門の専門性を活かし、社内連携や社外のパートナーづくりを支援する。


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