「理念経営の実現に向けたインパクトドリブンの経営管理の要点」前編 企業価値向上を実現するためのKPIマネジメント

インサイト
2026.04.03
  • 企業価値経営
  • 経営戦略/経営改革
91496533

はじめに

前回のインサイト“変革が日常化する世界で経営者が実践すべき「企業価値マネジメントサイクル」”では、持続的な企業価値向上には、①成長領域へのメリハリ投資、②競争力と収益力のマネジメント、③ステークホルダーとの共感の3つが肝要であることを説いた。併せて、財務・非財務の両面から企業変革を行い、明確な成長ストーリーと戦略的な発信を通じて、企業の「稼ぎ続ける力」を高めることが重要であることも強調した。本インサイトでは、その稼ぎ続ける力を高めるために不可欠な経営管理のポイントについて論じる。前編は、企業価値向上を実現するためのKPIマネジメント、後編は社会インパクト軸の事業ポートフォリオへの活用について説明する。

  • 吉田 佳輔

    Director
  • 桑原 ひとみ

    桑原 ひとみ

    Senior Manager

理念経営は企業価値向上のための重要な経営アプローチ

理念経営やパーパス経営という概念が日本企業でも活用されて久しい。また、日本では三方よしの概念が昔からあり、企業が社会に対する貢献を語る土壌があるともいえる。理念は、企業や組織が社会において果たすべき役割を明確にし、長期的な価値創造を経営の中心に据えるために必要である。 企業経営は、財務指標を中心とした短期的な利益追求のみならず、社会的価値の創出を通じて持続的な成長を目指すことが求められている。こうした背景から、理念経営は単なるCSR(企業の社会的責任)を超えた、企業価値そのものを向上させるための重要な取り組みである。

メッセージと共にKPIで実践する企業理念

企業理念・ミッション/ビジョン/バリューには、自社が事業活動を通じ、社会・環境に対しての貢献を宣言していることが多い。しかし、メッセージの浸透のみでは企業の活動に落とし込まれず、現場が動かないのもまた事実である。
社長による現場訪問や座談会、部門ごとのワークショップなどは、理念を従業員に浸透させるための有効な手段であるが、こうした熱意をもって相手の心に働きかける取り組みは時間の経過とともに形骸化することも多い。イベント的に社長が現場を訪問して理念を説いても、日常業務との乖離から、逆に現場が白けてしまうというケースも少なくない。
そこで求められるのが、「将来の社会に対するインパクト」をKPIの重要な軸として管理することである。社会インパクトをKPIの重要な軸として管理することで、現場は「日々の業務がどのように社会課題解決と事業成長に直結しているのか」を実感できるようになる。これは、単なるポジティブな社会貢献活動にとどまらず、事業活動そのものを通じて社会価値と経済価値を同時に創出することを意味している。

図1 スローガンにとどまる経営管理からインパクトドリブンの経営管理へ

実際に社会インパクトを織り込んだKPI管理をしている企業の事例を以下に紹介する。
Unileverは、「サステナビリティを暮らしの“あたりまえ”に」というパーパス(理念)を掲げ、それを経営戦略の中心に据えている。同社の優れた点は、このパーパスを単なる目標で終わらせず、財務情報と同じ厳密な基準で非財務KPIを管理・開示している点にある。
同社は「Basis of Preparation」という文書において、GHG排出量、再生可能エネルギー電力比率、プラスチックの削減率、食品廃棄削減、製品の栄養基準などの非財務KPIに対し、指標の定義・測定範囲・計算方法を極めて厳密に明文化している。※1
「独創的なモーションコントロール技術で、安全・安心・快適な社会の実現に貢献する」という企業理念を掲げるナブテスコは、将来の社会課題解決に必要な「コア価値」と現状とのギャップを認識した上で、その獲得・強化策を非財務も含めたKPIに落とし込んでいる。同社が特徴的なのは、単なる売上や利益といった遅行指標ではなく、将来の企業価値を生み出す源泉である人的資本・知財資本に焦点を当て、「知財創造届出件数」や「イノベーションの担い手となる発明者割合」といった、将来の成長期待に資する指標をKPIとして管理している点である。※2
さらに近年では、ここから一歩進み、社会インパクト自体の定量化・金銭価値化に挑戦する企業も増えてきた。これまで財務諸表には表れにくかった、企業活動が社会に広く及ぼす影響を「評価可能なもの」として金銭価値として表現することで、より高度な経営管理や経営判断に活用する取り組みである。

アビームコンサルティングでは、企業活動がもたらす社会的インパクトの可視化手法である「インパクト会計」のデファクトスタンダードの確立と、企業の実益に資する活用促進を目的とした企業共創型コンソーシアムImpact Value Consortium(IVC)を設立し、日本企業の持続的な企業価値向上につながる評価軸の確立を目指している。社会インパクトの金銭価値化に関する詳細は下記を参照されたい。
Impact Value Consortium | Impact Value Consortium

※1 ユニリーバBasis of Preparation Unilever's Basis of Preparation 2023
※2 ナブテスコウェブサイト 知的財産 | イノベーション | ナブテスコ株式会社

KPIをどうデザインするか

社会インパクトをKPIに取り入れる際、陥りがちな罠が「管理すべき指標が多すぎてしまうこと」である。そのデザインは非常に重要だ。弊社調査では、KPIが多すぎることによって管理負荷が高い一方、KPIマネジメントが業績評価に寄与していないと回答した企業の割合は、優良企業よりも改善余地企業の方が多かった。多面的なKPIを取り入れる一方で、自社の価値創造ストーリーに直結する適切な指標を取捨選択することが強く求められる。

出所:アビームコンサルティング「日本企業のPBR向上に向けた『進化するROIC経営』の実態調査(第2版)(2025、未公開)」

何が重要なKPIとなるのかを絞り込むにあたり、Enterprise Value MAP(以下、「EV MAP」)を描いて整理することも一つの手法として有効である。経営資源(Capability)を活用し、事業活動(Operation)がどのような顧客への価値(Customer Value)を生み出すのか。それが特定の顧客のみならず、社会全体にどのようなインパクトをもたらすのか(Social Value)、企業理念とどのように関わるのか。この一連のルートを描き出すことによって、中長期的な価値創出のために必要なドライバーや注視すべきKPI(財務・非財務)が明確になる。この厳選されたKPIを管理し続けることこそが、企業価値マネジメントサイクルの実践そのものであり、その結果を開示することがステークホルダーの深い共感獲得へと繋がるのである。

図2 Enterprise value Map (EV MAP)

おわりに:企業価値向上のためのKPIマネジメント

理念経営の本質は、理念を美しいスローガンとして壁に掲げるだけでなく、それを実践し、企業価値向上に結びつけることにある。
そのためには、どのような社会課題を解決し、財務面での成長と社会的役割をどう両立させるのかを明確にし、社会価値を組み込んだKPIを設定した上で、経営陣から現場までが一体となってマネジメントサイクルとして回し続けることが重要である。
後編では、社会インパクトを組み込んだ事業ポートフォリオ判断についてご紹介する。

インサイト

Contact

相談やお問い合わせはこちらへ