AI時代の営業スタイルの変化 第1回 顧客の意思決定プロセスにおける3つの構造的な隙間

インサイト
2026.05.29
  • 電機
  • プロセス産業
  • AI
  • CX(マーケティング/セールス/サービス)

AIの進化により、BtoB営業は従来担ってきた情報仲介の役割を失いつつある。顧客はAIを活用して課題分析や比較検討を自律的に進め、営業担当者と接触する時点で意思決定の大半が完了しているケースも珍しくない。一方で、購買プロセスにはAIが構造的に介入できない3つの「隙間」が存在する。
本インサイトでは、AI時代における購買プロセスの変化を整理した上で、その3つの構造的隙間を明らかにし、営業パーソンの4つのタイプとそれぞれの対応力を比較する。さらに、AI時代に価値を発揮する「顧客の付き人」型営業の強みと、それを組織資産として継承するための課題について解説する。

執筆者情報

  • 小倉 稚奈

    Director
  • 池田 有花子

    池田 有花子

    Senior Consultant

AI時代の購買プロセスの変化

多くの企業が営業DXやAI活用を進める一方で、「営業の役割をどう再定義すべきか」という根本的な問いには十分に答えが出ていない。トップ営業の属人化、顧客接点の減少、AIによる情報優位性の消失など、営業組織は構造的な転換点に直面している。従来、BtoB営業は情報の非対称性を前提に成立してきた。顧客は業界動向や解決策の選択肢を十分に把握できず、営業担当者が知識や情報を補完する「仲介者」として役割を果たしていたからである。
しかし現在、その前提は大きく崩れつつある。生成AIおよび高度な分析ツールの普及により、顧客自身が情報探索から意思決定準備までを自律的に進められる環境が整ったからである。顧客はAIを用いて業界トレンドを分析し、競合製品を比較し、ROI試算や導入シミュレーションまで実施できる。すなわち、従来営業が担っていた「情報収集」「選択肢提示」「定量的合理化」の多くが、既に顧客側に内製化されつつある。
その結果、営業担当者と初めて接触する時点で、検討プロセスの大半が完了しているケースが増加している。購買プロセスの主導権は、構造的に売り手から買い手へと移行していると言える。

ここで重要なのは、AIの普及が営業の価値を一様に低下させたわけではないという点である。むしろ、営業が本来価値を発揮すべき領域を鮮明に浮かび上がらせた。AIが情報収集・比較検討・定量分析を高度に代替するほど、それらでは対処できない領域の輪郭が明確になる。この人間固有の価値が発揮されるポイントを可視化するために購買プロセスを分解すると、AIが構造的に入り込めない3つの隙間の存在が見えてくる。

BtoB購買プロセスの3つの構造的な隙間

本章では、顧客の購買プロセスにおいて、AIが原理的に介入しにくい領域、すなわち構造的な隙間について解説する。

BtoB購買プロセス5段階とAIの限界

アビームコンサルティングでは、これまでの営業改革・営業DXプロジェクトの知見を踏まえ、BtoB購買における意思決定を「形式知で処理可能な判断」と「人間の経験や関係性に依存する判断」に分解し分析している。その結果、BtoB購買プロセスは概ね以下の5段階で整理できる。

  1. 自社課題の整理・気付き
  2. 解決策の模索
  3. 要件整理・サプライヤー評価
  4. 価格交渉・購買
  5. 運用

このプロセスをAIの能力と照らし合わせて分析すると、AIが介入可能な領域と、構造的に介入できない領域の間に明確な境界線が見えてくる。その境界線が購買プロセス上で表出したものが、本稿でいう3つの構造的な隙間である(図1)。

図1 顧客の購買プロセスとAIの構造的隙間

第1の隙間:問題の特定
AIは顧客が数値化・言語化してインプットした情報を前提として推論を行うため、業界動向・サプライチェーン・設備・システム情報といった構造化データから経営・業務課題を抽出することは可能である。一方で、特定の担当者に依存して属人的に回っている業務や、現場のベテランだけが肌感覚で把握している非効率、長年の慣行は、データや文書として存在しない非構造情報である。顧客自身がこうした状態を「課題」として認識・言語化できていない段階では、AIに適切な問いを立てること自体が難しい。

第2の隙間:解決策の検証
AIは、一般論としての解決策の提示や選択肢の比較・評価を得意とする。しかし、それらの解決策を「この企業にとって本当に実行可能か」という固有文脈の中で検証し、最適化することには限界がある。
例えば「コスト削減のための人員再配置」は、理論上は合理的であっても、過去の経緯や組織文化によって現場の反発を招く場合がある。あるいは、「業務自動化」が有効に見えても、社内にしか存在しない意思決定の背景や過去の経緯、暗黙の了解といった文脈が障壁となり、一部の業務はあえて手動で残す判断が合理的となるケースも存在する。
こうした場合に必要なのは、公式ドキュメントには記されていない商習慣・技術制約・過去の失敗経験といった企業固有の文脈である。AIは一般論の提示は可能でも、その企業固有の前提条件を踏まえた解決策への落とし込み、すなわち「個社最適」の検証には、AIの特性上一定の限界がある。

第3の隙間:合意形成
BtoB購買は、複数の利害関係者が関与する集団意思決定である。キーパーソンの特定、反対派への根回し、意思決定者の心理的安全性の確保といった政治的プロセスは、非構造的かつ関係性に依存するため、AIが直接アクセスできない領域である。どれほど合理的な提案であっても、組織内の合意が形成されなければ意思決定には至らない。この合意形成を支援できるか否かが、最終的な受注可否を左右する重要な分岐点となる。

AI時代における営業の価値は、この3つの隙間を埋めることにある。では、この隙間を埋められる営業パーソンとは、どのような人材なのか。

営業パーソンの4タイプと隙間へのアプローチ

本章では、営業パーソンを4つのタイプに整理し、それぞれが3つの構造的隙間に対してどのようなアプローチを取り得るのかを明らかにする。

4タイプの定義

当社では、AIによって代替されやすい営業活動と、人間の関与が不可欠な活動を見極めるために、BtoB営業における価値創出を2つの軸で整理している。1つは、何を・どう解決するかという「問題解決のアプローチ」であり、もう1つは、誰として・どの段階から関与するかという「顧客との距離感」である。
前者は、営業活動が論理や情報処理を主軸とするのか、それとも経験や関係性に基づくものなのかを示す軸である。後者は、営業パーソンが顧客の意思決定プロセスにどの程度深く関与しているか、すなわち顧客の内側に入り込めているかを示す軸である。この2軸を組み合わせることで、営業の価値がAIと競合しやすい領域にあるのか、あるいは人間固有の強みが発揮される領域にあるのかを構造的に捉えることができる。
問題解決のアプローチは、「論理・構造重視」と「経験・関係重視」に大別される。顧客との距離感は、極めて近い関係性から、与えられた機会に限定して関与する距離感まで、連続的に整理できる。これら2つの観点を掛け合わせることで、営業パーソンは4つのタイプが導かれる(図2)。

図2 営業パーソンの4タイプ

第1に「戦略パートナー」である。論理的思考と構造化を強みに、経営課題と解決策を体系的に設計するタイプであり、経営層との議論や全体構想の整理において力を発揮する。
第2に「外部の専門家」である。豊富な業界知識を持つ一方で、提案が一般論にとどまりやすく、企業固有の文脈への適応は弱い。
第3に「指示待ち営業」である。与えられた機会の中でのみ行動するタイプであり、主体的な価値創出は難しい。
第4に「顧客の付き人」である。深い信頼関係を基盤に顧客の思考に寄り添い、言語化されていない課題や組織内の文脈を感じ取りながら、共に答えを導き出すタイプである。

3つの隙間に対する各タイプのアプローチ

では、3つの構造的隙間に対して、4タイプの営業パーソンはどのようにアプローチするのか。
重要なのは、これらの隙間に対するアプローチが営業タイプによって異なる点である。戦略パートナー型営業は、課題の構造化や解決策の設計といった論理的アプローチに強みを持つ。一方、顧客の付き人型営業は、企業固有の文脈理解や組織内の合意形成支援といった関係性ベースの領域で強みを発揮する(図3)。

図3 3つの隙間に対する各タイプのアプローチ

顧客の付き人に共通する特徴は、「関係性ベース」「非構造化情報への感度」「感情的サポート」ある。これらはいずれもAIが構造的にアクセスできない情報であり、従来の営業メソッドでも十分に体系化されてこなかった暗黙知である。
一方、戦略パートナーの強みは「論理・構造化」にあるが、顧客との関係性が浅い場合、企業固有の文脈情報が不足しやすい。また、論理的な質問や戦略設計といったアプローチは、提案型営業やチャレンジャーセールスなど、既存の手法として一定程度言語化されており、AIとの競合領域になりやすい。

したがってAI時代においては、企業固有の文脈理解や合意形成支援といった領域で強みを持つ顧客の付き人型営業の重要性が、これまで以上に高まると考えられる。問題は、彼らの持つスキル/ノウハウは論理・構造的ではないため、言語化・体系化が難しいという点だ。

暗黙知の継承という組織課題

AI時代において、顧客の付き人が担う3つの隙間へのアプローチ(信頼関係の構築、企業固有の文脈理解、合意形成の支援)を組織知として継承することは、営業改革の中核課題である。
しかし、この領域は長らく個人の経験やセンスに依存してきた。優れた営業パーソンは、顧客との会話や現場観察を通じて、言語化されていない課題や組織の文脈を直感的に把握し、意思決定プロセスに寄り添いながら合意形成を進めていく。多くの場合、彼ら自身もその判断の背景を体系的に説明できない。
さらに、「自分だけができること」が自身の価値や地位を支えているという心理や、日々の業務に追われ育成に時間を割けないといった現実的制約も、暗黙知の共有を難しくしている。その結果、営業組織ではトップ営業の能力が属人化し、組織として再現性を持った営業プロセスが確立されないという課題が生じやすい。

こうした状況を打破するために、組織として取り組むべき方向性は大きく2つある。
第1は、暗黙知の可視化とデジタル化である。
3つの隙間へのアプローチを言語化し、プレイブックやチェックリストとして整理するだけでなく、CRMや営業データと連動させながら、組織知として蓄積していくことが重要となる。これにより、優れた営業パーソンの行動パターンや意思決定の勘所をデータとして捉え、再現可能な営業プロセスへ昇華させることが可能となる。

第2は、適材適所の配置戦略である。
すべての営業パーソンに3つの隙間への対応を求めるのではなく、営業タイプごとに役割とKPIを設計し、チームとして補完関係を構築することが重要である。例えば、戦略パートナー型営業が課題構造化や提案設計を担い、顧客の付き人型営業が顧客内部の文脈理解や合意形成を支援するなど、役割を分担することで組織全体として意思決定プロセスを支援する体制を構築できる。

結論として、AI時代に営業が不要になるわけではない。不要になるのは、情報仲介依存型の従来型モデルである。3つの構造的隙間の存在は、人間が価値を発揮すべき領域を明確にし、営業という職能の再定義を迫っている。
人間固有の価値を組織資産として設計できる企業こそが、持続的な競争優位を確立する。営業改革の本質はテクノロジー導入ではなく、人間価値の再定義と制度設計にある。

次回以降は、AIと人間それぞれの強みを生かし合いながら、AI時代において目指す営業の最適解の一つの姿(第2回)と、その世界観を実現するために必要なチェンジマネジメント(第3回)について論じる。


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