日系CDMOの構造課題を乗り越えるAI活用――巨額投資に頼らないクイックウィン改革

インサイト
2026.04.03
  • プロセス産業
  • ヘルスケア
  • データドリブン経営
  • サプライチェーンマネジメント
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CDMO(医薬品開発・製造受託)市場は拡大を続ける一方で、日系CDMOの多くは、売上成長に比して利益創出力や資本効率の伸びに課題を抱えつつある。前回のインサイトでは、日系CDMOが持続的に事業成長を遂げるためには、業界構造を踏まえたデータ活用が不可欠であることを示した。本稿では、その問題意識をさらに発展させ、CDMOビジネスの成長プロセスそのものを構造的に捉え直す。事業拡大に伴い、なぜオペレーションは複雑化し、売上成長に対して利益創出力が伸び悩むのか。その背景にあるCDMO特有の事業構造に起因する歪みを明らかにする。

世界的にCDMO市場が拡大する中、日系CDMOは依然として国内市場および低・中分子領域への依存が高く、海外市場や高分子・先端モダリティといった高成長セグメントへの展開が相対的に遅れている。その背景には、GMP(医薬品の製造管理・品質管理を厳格に定める規制)対応や受託製造特有の制約、製造・品質管理の高度化に伴い、CDMO事業が社内で「別世界(事業の別世界化)」として運用されやすい構造課題がある。その結果、本来活用可能な購買力、DX基盤、業務標準化ノウハウといった経営アセットが十分に活かされず、成長とともに複雑性と非効率が蓄積されていく。

本稿では、CDMO事業の成長プロセスで生じるこうした構造課題を整理した上で、生成AIをはじめとするテクノロジーを活用した、低投資・クイックウィン型の改善アプローチを提示する。大規模投資や組織再編に頼らずとも、意思決定基盤を高度化することで、成長と資本効率・生産性向上を両立させることは可能である。CDMO事業における次の競争力の源泉は、まさにこの点にある。

  • 中村 伸吾

    Principal
  • 吉浦 弘

    Manager

拡大するCDMO市場と日系企業の現在地

前回のインサイトでは、CDMO市場を取り巻く構造変化と競争環境を整理し、日系CDMOが持続的成長を実現するためには、データを活用した経営高度化が不可欠であることを提示した。
参考インサイト:素材化学メーカーのCMO/CDMO事業の成長戦略:持続的成長の鍵
本章では、その前提となる市場環境を改めて俯瞰するとともに、市場セグメントやモダリティ別の成長性をより詳細に整理する。

医薬品CDMO市場は近年、グローバルで急速な拡大を続けている。低分子・中分子医薬品に加え、抗体医薬、核酸・ペプチド、さらにはmRNAや遺伝子・細胞治療といった先端モダリティの台頭により、製薬企業にとって外部委託の重要性は年々高まっている。特に欧米では、研究開発から商用製造までを外部パートナーと分業するモデルが定着し、CDMOは医薬品産業の競争力を支える中核的な存在となりつつある。
こうした環境変化を受け、日系化学・素材系企業においても、CDMO事業を中長期的な成長領域と明確に位置付ける動きが進んでいる。実際、2030年を見据えた設備増強や新棟建設、人材投資、高分子・新モダリティ対応に向けた投資計画を公表する企業も少なくない。CDMO事業はもはや補完的な位置づけではなく、将来の事業ポートフォリオを支える柱の一つとして認識されている。
一方で、日系CDMOの事業ポートフォリオを俯瞰すると、依然として国内市場、特に低・中分子領域への依存度が高い点は否めない(図1)。市場成長予測を見ると、2030年に向けた拡大量の多くは海外・高分子・先端モダリティ領域が占めており、国内市場は相対的に低成長にとどまる見込みである(図2)。このことからも、日系CDMOが今後大きな成長を遂げるには、成長市場への展開が重要なテーマとなる。
もっとも、この状況は単に「進むべき市場に十分に進出できていない」という表層的な問題にとどまらない。重要なのは、市場選択そのもの以上に、CDMO事業を成長させる過程でどのような構造課題が生じ、それをどこまで織り込んだ上で、次の一手を打てているかという点である。
次章では、こうした問題意識を踏まえ、CDMO事業の一般的な成長プロセスを整理するとともに、日本企業が成長過程で抱え込みやすい構造課題について考察する。

図1 日系CDMOの事業展開外観

出典:矢野経済研究所「2025年版 医薬品製造受託市場の展望と戦略」 (2025)、各社IRレポート情報をもとに作成

図2 各市場セグメントの市場成長予測と日系企業の参入状況

出典:矢野経済研究所、Grand View Research等の市場調査レポートをもとに作成

CDMO事業の成長プロセスと日本企業が陥りやすい構造課題

海外市場や高分子領域へ進出したものの、期待した成果を十分に上げられていないCMO/CDMO企業の多くは、事業の成長プロセスに内在する構造的な歪みに直面している。
CDMO事業は、単に設備を増強し、新たな顧客やモダリティを取り込めば成長できる事業ではない。むしろ、立ち上げから拡大、成熟へと進む過程において、どのような共通基盤を整備し、どのタイミングで個別最適から全体最適へと舵を切るかが、成長の成否を大きく左右する。
CDMO事業は、一般的に「①立ち上げ」「②拡大」「③成熟」「④新領域への進出」という段階を経て発展する(図3)。立ち上げ期では、GMP(適正製造規範)運用体制の構築や当局対応の確立、最初の顧客獲得が最重要課題となる。この段階では、個別案件への対応力や現場の柔軟性が競争力の源泉となる。
次の拡大期では、設備投資や人員増強を通じて受託能力を高め、顧客数や製造品目を増やすことが求められる。多くの日系CDMOは、この段階までは比較的順調に成長を遂げてきた。日本企業がもともと強みとしてきた品質管理力や現場改善力が、顧客から高く評価されてきたためである。
しかし、拡大が進み、STEP-3(成熟)に差し掛かると、状況は一変する。STEP-2(拡大)で拠点や顧客が増えるにつれ、手順書や品質基準、調達ルートが案件ごとに異なり、オペレーションの複雑性が急激に高まることが背景にある。日系CDMOの多くは、STEP-3における仕組み化・標準化が十分に機能していないケースが多く、設備や人員への追加投資を行っても、売上規模に比例して利益が伸びない、いわゆる「成長しているのに儲からない」状態に陥る企業も少なくない。
これは、個別の経営判断や現場対応の失敗というよりも、拡大を優先するあまり、共通事業基盤の整備が後回しにされやすいという構造的な問題である。拡大期に求められるスピードと、成熟期に必要な標準化・効率化は本質的にトレードオフの関係にあり、この切り替えに失敗すると、成長の「量」は伸びても、「質」が大きく損なわれる。

図3 CDMO事業の成長プロセスと日系企業が陥りがちな課題

「別世界化」するCMO/CDMO事業――活用されない経営アセットと断絶構造

こうした構造課題は、特に異業種からCDMO事業に参入した企業において顕在化しやすい(図4)。日系CDMOは、総合化学など異業種から参入してきた企業が大半を占める。CDMO事業は、GMPという厳格な規制要件のもと、顧客別仕様・契約条件、少量多品種生産といった高い事業個別性を前提とする。その結果、同じ企業グループ内にあっても、CDMO事業は既存事業とは異なるルールや判断軸で運営され、社内他事業と切り離された「別世界」として扱われやすい。
本来、企業グループには、長年にわたり蓄積された多様な経営アセットが存在する。外部リソースを活用するノウハウ、取引条件を有利に進める交渉・契約力、業務を横断的に可視化・最適化するDX基盤、業務標準やプロセス設計の知見などである。しかし、CDMO事業では、「規制が違う」「顧客要求が厳しい」といった理由から、これらの経営アセットが“使えないもの”として扱われ、十分に転用されないケースが多い。
結果として、CDMO事業は案件ごとの個別最適が積み重なり、全体としての効率性やスケールメリットが発揮されにくくなる。この事業間の断絶構造こそが、日系CDMOが成長後半で競争力を失いやすい本質的な要因と言える。

なぜ原料調達コスト削減が進まないのか――CDMOにおける現実的な改善アプローチ

こうした「別世界化」の影響が最も分かりやすく表れる領域の一例が、原料調達である(図4)。CDMO事業では、原料変更がDMF(原薬等マスターファイル)変更や再バリデーションを伴うことが多く、顧客指定原料や契約制約も存在する。そのため、調達改革は「リスクが高く、手を付けにくいテーマ」として後回しにされがちである。
また、少量多品種生産を前提とするため、同一原料を大量に使用する構造ではなく、スケールメリットが出にくい点も、調達コスト改善を難しくしている要因である。こうした事情から、調達は現状維持が是とされやすく、原価構造の歪みが長期に温存されるケースも少なくない。
しかしながら、これらの領域においても改善が進まない背景には、データが拠点・部門・システムごとに散在しており、全体像を把握した上で意思決定を行うこと自体が困難であるという実務上の制約がある。例えば、溶媒、酸・アルカリ類、試薬、QA・ラボ用途の消耗品など、規制影響が比較的小さく、原料変更を伴わずとも改善余地のある領域は多く存在する。また、原料そのものを変更せずとも、購買単価、発注ロット、購買頻度といった意思決定を見直すことで、一定のコスト削減効果を得ることは十分に可能である。当社の調査によると、日系CDMOの中でも原料調達コスト削減に成功し、既に大きな効果を納めている企業が存在している一方で、多くの企業は、こうした改善余地を可視化できておらず、結果として機会を見逃していることが分かっている。

図4 CDMO事業における原料調達コスト削減の現状

AI駆動型のCDMO事業成長の実現に向けて

こうした改善を阻んできた要因の一つが、データ整備の難しさである。多くのCDMOでは、購買履歴や使用量データが拠点・部門ごとに分散し、紙帳票やPDF、Excelといった非構造データとして管理されているケースも多い。従来、これらを統合・分析するには、大規模なシステム投資と長期間のプロジェクトが前提とされてきた。
一方、生成AIをはじめとするテクノロジーの進展により、こうした前提は大きく変わりつつある。紙帳票やPDF、Excelといった非構造データから必要な情報を横断的に抽出・整理し、意思決定に活用できるよう可視化することが、比較的短期間かつ低コストで可能になってきている(図5)。
これにより、過剰品質品の特定、最適サプライヤーの選定、適正購買数量の算定といった取り組みは、クイックヒット策(短期間・低投資で効果が見込める施策)として着手することが可能となる。調達改革はあくまで一例だが、こうしたアプローチはCDMO事業全体における意思決定基盤を高度化する第一歩となる。
日系CDMOが次の成長ステージに進むためには、巨額投資による非連続な飛躍だけでなく、こうした低投資・クイックウィン型の構造改革を着実に積み重ねる視点が不可欠である。成長と資本効率・生産性向上を両立させる経営への転換が、今後の競争力を左右するだろう。

図5 CDMO事業における原資確保策(一例)原料調達コスト削減イメージ

出典:CMO/CDMOの課題/現場で起こっていることに関するアビーム調査結果をもとに作成

アビームコンサルティングは、CDMO事業に関するプロジェクトにおいて、クライアントに寄り添う伴走型の支援実績を多数有している。今後もCDMO産業における戦略・業務・技術を含むドメイン知見とAI活用に関する知見の両面を活かし、業界固有の課題に対して、構想策定から運用・定着まで一貫して支援していく。


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