【イベントレポート】アートでひらく対話 ~美術館で磨く感性の経営~

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2026.01.26

社会全体に​不確実性が​高まる現在、​企業経営においても曖昧かつ複雑な​事象を受容しつつ​進むべき道を​選択する​直観力が​求められる場面が増えている。​その力を養う一つのヒントがアートの「対話型鑑賞」にある。​解釈が​一つに​定まらない​アートは、その鑑賞を通じて​正解の​ない​問いを​投げかけ、​私たちに​多様な​視座を​与える。​

2025年9月、​アビームコンサルティングは​東京国立近代美術館(以下、MOMAT)のご協力のもと、閉館後に館内を貸し切り、企業経営層とともに​「対話型鑑賞」を​体験する​特別イベントを​開催した。​閉館後の​静謐な​展示室において、​選り​すぐりの近現代美術を​前に​交わされた​対話は、激動の時代のうねりを感じながら未来を​描く​ための​視座を​ひらく​時間と​なった。​

閉館後の東京国立近代美術館で実施した対話型鑑賞の様子
(写真:土田麦僊《島の女》におけるプログラムの様子)

執筆者情報

  • 小山 元

    小山 元

    Principal
  • 佐々木 千恵

    佐々木 千恵

    Senior Consultant

1. 対話型鑑賞で育む「問い」

対話型鑑賞は、​1980年代に​ニューヨーク近代美術館で​開発された​教育プログラム​「Visual Thinking Strategies​(VTS)」を​起源と​する。​専門家が​一方的に解説するのではなく、​ファシリテーターからの質問を手掛かりに参加者が​主体的に問いを立て、​作品を​読み解く​手法である。​美術知識の有無を問わず、まず目に見える事実を観察しながら丹念に拾い上げ、そこから生じた曖昧な印象や仮説を言語化する。さらに、「その印象はどの視覚情報に基づくのか」「ほかの解釈はあり得るか」と問いを重ね、互いの意見に傾聴しながら合意ではなく共感できる解釈に近づけていく。正解が一つに定まらない状況で思考の解像度を上げていくプロセスに価値の重心が置かれているのが特徴だ。

近年は​アート​思考への​注目も​相まって、対話型鑑賞は​経営層から​現場社員まで、​さまざまなビジネスシーンでの​活用が広がっている。​当社では​2021年に​MOMATから​​プログラム提供を​受けて以来、​ビジネスへの​応用を​​進めてきた。​企業変革の​最前線に​立つ当社社員を​対象とし、​独自に延べ35回・230名超​(2026年1月時点)の​実践を​積み重ね、回数を重ねた人ほど多様な視点で良い問いを立て、共創の質を高められるという手応えを得ている。​加えて、短時間でも心理的安全性を高め、率直な​意見を​交わせる場づくりを促す即効性​も​期待できる。​アビームコンサルティング本社にて定期的に​開催しているクライアント企業向けイベント​“ART MEETS BUSINESS”​では、​​15分程度の短い対話型鑑賞を​実施し、来場者に​アートを起点とした創造的な​対話が​生まれる​瞬間を​提供している。​今回は舞台を美術館に移し、経営層の皆様に時間をかけてアートを通じた対話と思考を深めていただく場を設けた。

2. 正解なきアートを前に深まる対話

本イベントでは、​「日本発」​「時代の​波と、​新たな​視点」を​テーマに​作品を選定し対話型鑑賞を​実施した。​日本で最初の​国立美術館と​して1952年に開館した​MOMATは​、明治以降の​アートの発展を​見つめ、今日は約14,000点に及ぶ近現代美術コレクションを護り続けている。​開国以降、​世界との​関わりを​急速に​深めてきた​日本に​おいて、​アートも​また​時代を​映す鏡と​して​変化し続けてきた。​時に​文化を​誇り、​時に​戦禍を​訴える​作品たちは、​それぞれの​時代で​アーティストたちが発した​メッセージであるとともに、​今を​生きる​私たちへの​投げかけでもある。​

美術館研究員のファシリテートのもと少人数グループで作品に向き合う参加者
(写真左:岸田劉生《道路と土手と塀(切通之写生)》、写真右:萬鉄五郎《裸体美人》におけるプログラムの様子)

美術館研究員に​よる​ファシリテーションのもと、​参加者は​一枚の​絵に​30分程度向き合い、​問いを​投げかけ、​言葉を​紡いだ。じっくりと​観察して​得られた​客観的な​視覚情報と、​そこからも​たらされる​主観的な​感覚を​言葉に​しながら​絶え間なく​往復する。互いの言葉に耳を傾けているうちに​自然と​参加者同士の​視点の​違いが​浮き彫りに​なってくる。――​「この​人物は​何を​しているのか?」​「このモチーフの配置は​何を​意味するのか?」​「な​ぜ​このような激しい​色が​選ばれたのか?」​――互いの問いを​きっかけに思考が深まり、​新たな​問いが​連鎖して生まれる。​複数の視座が交差すればするほど、作品の解釈は立体的になり、参加者の言葉は「自分の解釈」を超えて「他者の解釈を含んだ自分の解釈」へと拡張された。こうした解釈の拡張こそが、会議の場や新規事業の初期検討において必要とされ、新たな価値の創出に繋がるのだ。終盤には研究員が作品の時代背景や技法を紐解く解説を添えてさらに対話を重ねた。描かれた時代の社会状況や作家が置かれた環境に目を向けることで、彼らが向き合い続けた問いと表現の葛藤が輪郭を持ちはじめる。しかし、この解説は決して「答え合わせ」ではない。それらを下敷きに場に居合わせた私たちの言葉で編み上げた解釈こそが、この体験の核心なのである。

​プログラム後に設けられた懇親の時間では、参加者の多くから、「美術館を貸し切り、邪魔の入らない環境でじっくりと時間をかけて1枚の絵に向き合うのは新鮮な体験であった」という声が挙がった。プログラム中の和やかな雰囲気のまま、ビジネスから距離を置いた対話が自然に生まれ、価値観や興味の源泉に触れる創造的な会話が交わされる時間となり、初対面の相手とも深い交流ができた。対話型鑑賞という手法を通じて「視点が広がった」という声も挙がり、アートを起点にした対話が、利害関係を超えた人と人との信頼関係の形成や共創の質の向上に資することが示された。対話型鑑賞がこれからのビジネスに効く――その手応えを、参加者それぞれが自分の言葉で持ち帰る時間となった。

結びに:不確実性を超える感性の経営

不確実性が高まる時代の企業経営は、脈絡なく夜空に散らばる星から星座を描き、物語を紡ぐ営為に似ている。断片的な事実が錯綜する環境で、一見無関係に見える事象を結び、価値のある「意味」を見出す力。それは、論理的思考だけでは得られない「感性」によって育まれる。本イベントは、時代のうねりの中で生まれた作品と向き合うことを通じて、企業が直面する複雑な状況に耐え、進む道をひらく感性を磨く場になった。

アビームコンサルティングは、アートを単に「鑑賞されるもの」ではなく、思考や組織のあり方を再定義する体験装置と捉えている。文化を理解する力こそ、変革を支える力になる。当社は、今後もアートを起点にした対話の場を設け、より豊かな共創を後押しすることで、クライアントの企業変革を加速していく。

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