変革が日常化する世界で経営者が実践すべき「企業価値マネジメントサイクル」

インサイト
2025.10.15
  • 経営戦略/経営改革
  • 企業価値経営
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米国のS&P500や欧州のBE500に属する多くの企業は、PBR2倍超を達成しており、グローバル競争の中で日本企業の立ち遅れが顕在化し、「企業価値経営」が注目されて久しい。2023年3月に東証が、資本コストや株価を意識した経営を通じ、低PBRを改善するよう、企業に要請を出した。その後の日系企業の動向と企業価値はどうなったのか。日系企業のグローバル競争力は高まったと言えるのだろうか。
本インサイトでは、日本企業特有の課題に対し、アビームコンサルティングが培ってきた独自の知見をもとに、企業が「稼ぎ続ける力」を獲得するための変革の進め方を解説する。
財務・非財務の両面からのアプローチに加え、ビジネスモデル変革の視点を踏まえて、企業価値向上を一気通貫で支援するアビームコンサルティングの考え方を紹介する。また、事業ポートフォリオ・競争力・ステークホルダーとの共感という3つの観点から経営基盤を再構築し、企業変革を持続的に推進する「企業価値マネジメントサイクル」についても解説する。

執筆者情報

  • 斎藤 岳

    Principal 顧客価値戦略ユニット/企業価値戦略ユニット長
  • 吉田 佳輔

    Director

日系企業の現在地と課題

東証プライム市場では既に大企業を中心に9割弱の企業が改善策を開示している。資本を貯め込まず株主還元に積極的な企業や、実際にPBRが改善した事例も一部に見られる。
しかし、PBR1倍以上を企業価値向上の目安とするならば、実際に価値が向上したといえる企業はわずかである。2023年以降の東証プライム市場において、PBRが1倍を超えた企業は一部にとどまり、改善策の実行が企業価値向上に直結していないことが明らかになっている。半導体需要や、COVID-19を受けて旺盛であった物流需要など、外部環境の後押しがあったに過ぎない。改善策を掲げながら、経営オペレーションや事業構造の本質的な変革はほとんど進んでいないと言わざるを得ない。

COVID-19、DX・ESGブーム、生成AIの登場、トランプ・ショックなど、急激な環境変化を背景に、長期ビジョンや中期経営計画の策定自体が不要または不可能ではないかという見方もある。しかし、こうした論調はやや短絡的に思える。
企業がビジョンや向かう方向性を発信し、ステークホルダーと双方向のコミュニケーションを築かなければ、従業員のエンゲージメントや投資家からの信頼を得ることは難しい。方向性が不明確な企業は、意思決定の正当性や将来性に対する納得感を得られず、持続的な成長の土台を築くことは困難である。不確実性が高まっているからこそ、経営者が企業の存在意義や進むべき方向を明確に示すことが一層重要になっている。

企業が持続的に価値を高めるためには、中期経営計画や統合報告書といった定型の書面で事業の方向性を示すだけでなく、短期的な財務指標の改善にとどまらず、成長ストーリーを継続的に発信し続けることが重要だ。その過程では、非財務資本の可視化や、戦略の着実な実行を支えるガバナンス体制のテコ入れが不可欠である。しかし、こうした取り組みの必要性を裏付ける説明は、依然として十分とは言えない。

“稼ぎ続ける力”を阻む本質的課題:企業変革の停滞要因

機関投資家は、「長期ビジョンや中期経営計画の目標数値の項目・高さも大事ではある。ただそれよりも事業成長の“根拠”、競争優位性や独自性の“明確さ”や実績、ケイパビリティを獲得する“具体的な活動計画”を知りたい。同業他社と似たような説明に留まり、経営者の想いや実現可能性が不明瞭であることが多い」、「SDGsやESGの方針は形式的で、事業成長との関連性が見えないことが多く、正直読み飛ばしている」などと指摘する。(アビームコンサルティング調べ)
こうした声は、企業が、単なる数値目標ではなく、“なぜその成長が可能なのか”というストーリーを語る必要性を浮き彫りにしている。
企業価値というと、PBR、PERやROICといった財務指標で結果論として語られがちであるが、それだけでは本質を捉えきれない。企業が社会的な存続意義や提供価値を明確にし、社内外のステークホルダーと共感を築きながら持続的な成長を目指すには、「稼ぎ続ける力」を獲得するための企業変革ストーリーが不可欠である。こうしたストーリーがあることで、企業の方向性や価値創造の根拠が明確になり、ステークホルダーの共感と支援を得やすくなる。

以下に、企業価値向上を阻む3つの要因(わからない・できない・やりたくない)を整理したうえで、それらを克服するためのマネジメントサイクルの3つのポイント(メリハリ投資・競争力と収益力のマネジメント・ステークホルダー共感)を提示する。

3つの阻害要因

【要因①=わからない】
企業価値に関わる様々なトレンドワードは、それぞれ重要に見え、表面的には理解した気にもなっているが、その本質を捉えるのは容易ではない。例えば、ROICやWACCのような資本効率性の概念を経営に取り入れようとしても、PL重視のオペレーションが長年続いてきた影響で、経営層から現場まで、計算式は理解できても、実務への落とし込みができないのが実情だ。また、非財務資本が持つ価値も客観的に把握・証明しづらく、評価手法が十分に浸透していないため、企業価値向上に向けた実効性ある取り組みが進みにくい状況にある。

【要因②=できない】
多くの企業が掲げる計画が、 実行・達成に至らず“絵に描いた餅”に終わるケースが少なくない。その背景には、戦略そのものの具体性が不十分であることに加え、本質的には「事業基盤の脆弱さ」と「組織の慣性」が散見される。
資源不足(カネがない、ヒトがいない)により十分な投資ができず、成長できないために原資も生まれないという“ニワトリとタマゴ”の状態に陥り、内部資源の奪い合いに終始する経営チーム。
また、「伸びる×勝てる×儲かる」事業ドメインの見極めが甘く、“強み”と称しているものも実際には“願望”に過ぎず、他社と比較した客観的な優位性を評価できていないケースが多く見られる。一般論に終始し、自社の“固有解としての勝ち筋”を見極められない事業責任者も少なくない。
さらに、COVID-19以降では減少傾向にあるものの、祖業へのこだわりや“卒業生”(前経営メンバー)の影響により、新たな方向に舵を切れない企業も依然として多く存在する。

【要因③=やりたくない】
短期的な収益に直結しない取り組みは評価されにくいため、後回しになりがちである。その背景には、日系企業の経営者の任期が4~6年と短く、長期的な意思決定や施策に踏み切りづらい構造的要因がある。たとえ経営層が方針を定めても、現場では「今期の利益」に直結する目標の達成が重視されるため、理想と現実の間にギャップが生じ、長期的な変革が停滞する要因となっている。

企業変革を加速する“企業価値マネジメントサイクル”:持続的成長を実現するアプローチ

企業価値向上に向けては、まずはその“メカニズム”を構造的に捉え、事業の成長ストーリーとビジョンを明確に描くことが重要である。
成長ストーリーは、変革や価値創出ドライバーに着目した戦略と、ボトルネックに対する具体的な施策を通じて、企業価値を“語れる”形に落とし込むマネジメントの設計が重要である。そのうえで、戦略を実行に移すための仕組みとして、アビームコンサルティングは、「企業価値向上のマネジメントサイクル」を提唱している。これは、事業の「競争力」に焦点を当てながら、以下3つのマネジメント・ポイントを軸に、経営基盤を再構築し、持続的な成長を実現する枠組みである。
①メリハリ投資
②競争力と収益力のマネジメント
③ステークホルダー共感

企業価値向上を実現するマネジメントサイクルポイント① “新たな成長の芽”と“将来の事業拡大や収益力向上”を図る「メリハリ投資」

企業価値向上を実現するためのマネジメントサイクルのポイント1つ目は「メリハリ投資」である。将来の事業拡大や収益性向上を見据え、事業ポートフォリオを精査し、“新たな成長の芽”および“競争力の獲得”に向けて、どの領域にどれだけのリソースを投入すべきかを戦略的に判断する必要がある。人材・デジタル・研究開発などの無形資産を含めた投資判断が求められる一方で、既存事業への過度な資源配分と意思決定プロセスの曖昧さが障壁となり、変革が進まないケースが散見される。

資源配分の難しさと意思決定の障壁

一見高収益でも成長期待の低い事業や、祖業・既存事業への過度なこだわりが、資源配分の硬直化を招いている。その結果、競争力が低下した既存事業に資源が偏り、変革が進みにくい状況が続いている。
また、過去の投資に対するサンクコスト意識が意思決定を遅らせる要因となり、投資基準や意思決定プロセスの曖昧さ、有形資産への偏重、外部資金調達への抵抗感などが、戦略的な資源配分を妨げている。

事業ポートフォリオ変革の阻害要因と克服ポイント

事業ポートフォリオ変革の本質は資源配分の最適化にある。競争優位を築けていない事業は早期に見極め、成長領域へ再配分する判断が求められる。欧米企業では、有形資産よりも人材、技術、知的財産などの無形資産への投資や、資本効率性への意識が高く、実際にPBR3倍以上の企業が実践している。
またリスクを明確に定義・共有し、CFOと事業部門が一体となってリスクテイクと学習を繰り返すカルチャー変革に取り組むことも重要である。
加えて、事業・人材・投資の各ポートフォリオを連動させた経営基盤の構築と、継続的なモニタリング体制の整備が、企業価値向上の鍵となる。

「メリハリ投資」におけるアビームコンサルティングの支援

アビームコンサルティングは、こうした課題に対し、事業ポートフォリオの再設計と経営資源の再配分、投資判断の高度化を支援している。
インフラ・サービス業界のクライアントに対しては、既存事業への過度な資源集中と意思決定の曖昧さといった課題に対し、成長領域への投資戦略の再設計と、ROICスプレッドを軸とした評価体系の導入を実施した。
さらに、事業・人材・投資のポートフォリオを統合的に設計・運用することで、企業が「稼ぎ続ける力」を持続的に獲得できるよう、投資判断の精度向上に貢献している。

企業価値向上を実現するマネジメントサイクルポイント② 価値創出ドライバーに着目する「競争力と収益力のマネジメント」

マネジメントサイクルの2つ目のポイントは、競争力の源泉を特定し、収益力を高めるためのマネジメントを実行することである。人的資本・知的財産など、自社のケイパビリティを価値創造のドライバーとして明確にすることで、資源配分の精度が高まり、収益性や成長性の向上に直結する。
一方で、競争力の源泉を正しく認識・定義できていない企業や、資本効率経営の考え方が現場に浸透していない企業も多く、継続的な競争力強化を実現する経営基盤の構築に至っていないのが現状である。

競争力強化の難しさと現場の課題

競争力強化に向けた取り組みが進まない背景には、内製化への過度なこだわりや「共創」の形骸化、競争力の誤認がある。強みとされるものが実は願望にすぎず、他社と比較した優位性が不明確はケースも多い。
また、PL偏重のオペレーションが根強く、資本効率性の考え方が現場に浸透せず、短期的な利益改善に終始してしまう傾向も課題となっている。

競争力・収益力向上を阻む要因と解決策

競争力は絶対的なものではなく、他社との比較によってその優位性を言語化・定量化することが重要である。生成AIやDXは、単なる施策ではなく、「強みの再解釈」の機会と捉えるべきであり、テクノロジーを活用して自社の本質的な競争力を棚卸することで、新たな成長の可能性が見つかることもある。

また、ヒト・モノ・カネの流れを構造的に設計し、取り組みと収益構造の関連性を可視化することで、全社的な共通認識を形成することが不可欠である。現場の活動も、「売上や利益を上げる」ことだけでなく、「競争力を高める」視点でとらえ直すことで、持続的な成長と、社員のエンゲージメント向上・誇りの醸成に繋がりやすい。
ROICなどの定量目標は、単なる数値管理ではなく、ROICスプレッドの向上を通じて企業価値を高め、内部留保・外部資金調達の選択肢を広げ、次の成長投資へとつなげる仕組みとして活用することが肝要である。

「競争力と収益力のマネジメント」におけるアビームコンサルティングの支援

アビームコンサルティングは、企業価値向上や資本効率経営の支援において、財務指標だけでなく「事業の競争力」に着目したアプローチを重視している。中核事業のビジネスモデル変革に向けて、長期ビジョンや中期経営計画に基づく変革のステップの設計と、ヒト・モノ・カネの流れの再構築を支援。さらに、非財務価値の定量化や競争優位性の源泉との関連性を統計的に説明するDigital ESG Analyticsや、事業活動が社会に与える価値を定量化するインパクト加重会計などを活用し、根拠ある競争力の定義と説明を可能にしている。

前章で紹介した支援事例では、複数事業における競争力の源泉が曖昧で、資本効率経営が現場に浸透していないという課題に対し、成長ドライバーの整理と財務・非財務KPIの構造的な関連付けを実施。経営と現場の共通認識を形成し、資源配分の精度と実行力を高める経営管理体制の整備を支援した。

当社は、「競争力と収益力のマネジメント」の観点から、資本コスト・ROICスプレッドなどを事業評価の軸に据え、財務KPIと事業KPIの連動によるポートフォリオ変革を推進している。さらに、DX/AI時代に対応したFP&A機能・運営体制の整備を通じて、ガバナンスの高度化とグローバル経営管理の実効性向上に貢献している。

企業価値向上を実現するマネジメントサイクルポイント③ 価値創造・成長ストーリーで高める「ステークホルダー共感」 -パーパスやビジョンで追及すべきは“解像度”

企業価値向上に向けたマネジメントサイクルの3つ目のポイントは、「ステークホルダー共感」である。企業が持続的に価値を高めていくためには、事業構造の変革を含む成長ストーリーを、社内外のステータスホルダーに明確かつ一貫したメッセージとして発信し、長期的な関係を築くことが不可欠である。しかし、情報発信が断片的で方向性が曖昧な企業も多く、投資家との関係構築や従業員のエンゲージメント向上に繋がらないケースが多く見られる。

パーパス・ビジョン浸透の難しさ

多くの企業では、パーパスやビジョンが経営や現場に結びつかず形骸化している。経営者が投資家との対話に不慣れなため、IR活動が一方通行になっているケースも少なくない。
さらに、生成AIの普及により情報の受け手側のリテラシーが高まるなか、メッセージの一貫性や戦略性が不足しており、伝えるべき価値や方向性が十分に伝わっていない状況が見受けられる。

ステークホルダー共感を阻む要因と解決策

企業価値向上に向けたステークホルダー共感の鍵は、経営ビジョンの「解像度の高さ」にある。スローガンにとどまらず、長期的な戦略とアクションに落とし込み、将来を“予測”するのではなく、“定義”することで、経営チームが共通認識を持ことが重要である。
社内においては、HDやコーポレート側の方針を浸透させる「求心力」と、各事業が期待役割に沿って自律的に成長・変革していく「遠心力」のバランスが求められる。トップからの経営方針の発信と、現場からの情報のエスカレーションを円滑にするガバナンス体系の再構築も欠かせない。
社外のステークホルダーに対しては、企業の存在意義や社会への貢献意思、顧客価値を具体的なアクションプランとともに発信することで、共感と信頼を得ることができる。企業価値や株価が低迷し、買収リスクが高まるなかで、「アクティビスト対応」が注目されがちであるが、後手の対策では選択肢も効果も限られるため、戦略的な発信が重要である。

「ステークホルダー共感」におけるアビームコンサルティングの支援

アビームコンサルティングは、企業のパーパスやビジョンを戦略と行動に落とし込み、社内外への発信力を高める支援を行っている。次世代リーダーの手で未来を描く・創るワークショップ型のビジョン策定や、価値創造ストーリーの構築、統合報告書などを通じた社外発信を支援・実行まで伴走し、自律自走への移行を通じたカルチャー変革、事業成長とエンゲージメント向上に貢献している。
さらに、SR・IR・コミュニケーション戦略の策定から実行までを一貫して支援。経営トップやIR担当に加え、経営メンバーの育成やチームづくりも見据え、単なる提案にとどまらず、戦略の実行とステークホルダーの巻き込みまでを一貫して支援する体制を有している。

次回以降は、企業価値マネジメントサイクルを構成する3つの軸について、それぞれの詳細な解説と具体的な事例を紹介していく。


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