近年、多くの企業が新規事業開発を通じて持続可能な社会の実現に貢献しようと試みているが、その実態には厳しい現実がある。アビームコンサルティングが過去に実施した調査では、大企業の新規事業のうち、実際にローンチまで到達したのは全体の約43%。さらに、その後黒字化し中核事業へと成長した事例となると、わずか3.2%にとどまっていた。多くの企業において、価値定義から構想・検証、事業戦略の策定、プロダクト開発・ローンチといった事業開発のプロセスがフレームワークとして整備され、PoC(概念実証)やLean開発の取り組みも一般化しつつあるが、だからといってすべての新規事業の確度が高まるわけではなく、現場ではいまなお試行錯誤が続いている。
このような事業開発の難所に対し、村田製作所 執行役員 技術・事業開発本部 事業インキュベーションセンター センター長の安藤正道氏は、「事業開発は『社会的価値』と『経済的価値』の両立を前提として取り組んでいる」と語った。また、村田製作所の社是には、「独自の製品を供給して文化の発展に貢献する」「会社の発展と協力者の共栄をはかる」という言葉が掲げられており、社会的価値と経済的価値の追求が企業の存在意義そのものであることが明確に位置付けられている。安藤氏は、「利益は目標ではなく必須であり、社会的価値と経済的価値は両輪である」と説明した。
また同氏は、事業開発における判断基準として「四つの葉」(Technology・Strategy・Timing・Heart)の重要性を挙げた。この4つの要素は、いずれか1つでも欠けていれば事業として継続すべきではないとし、実際に一定の売上や利益が出ていた事業であっても、将来のリスクや技術的・戦略的な限界を理由に撤退を決断したケースもあるという。
さらに、新規事業に取り組むうえでは、人材面も重要だ。安藤氏は、新しい取り組みに手を挙げる人材の多くは熱意を持っている一方で、スキル面では未成熟なケースも多いと指摘する。スキルを持つ人材は既存の業務に深く関わっていることが多く、新規事業にアサインしにくいという事情もある。こうした中で同社では、「Will(意志)を固める」ことを大切にし、プロジェクト初期から自律的に動ける中核人材を配置することに重点を置いている。
例えば、事業の立ち上げにおいては、「30人で30億円の売上をつくる」ことをひとつの目安として掲げている。この30人は、指示を待つのではなく、主体的に考え動く「コア人材」で構成されるべきだという。あるプロジェクトでは、この専任メンバーに加えて、工場やコーポレート機能などを含め100人規模の体制となっており、事業としての自立を目指したマネジメント体制が構築されている。
こうした実践を通じて、安藤氏は、事業創出とは「継続して利益を得る仕組みを作ること」であると定義し、単発の売上ではなく継続的な開発計画や仕組みづくりが重要だと強調した。