【イベントレポート】社会的価値と経済的価値のトレードオフをどう解消するか、CSV経営における事業開発の要諦

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2025.09.12
  • サステナビリティ経営
  • 経営戦略/経営改革

社会的課題の解決と企業の持続的成長を両立させる、CSV(Creating Shared Value)型の事業開発が注目を集めている。社会的価値と経済的価値を同時に創出するというアプローチは、多くの企業にとって今後の成長戦略の中核を成すテーマである。

しかし、社会的価値と経済的価値というトレードオフになり得る二つの要素を両立させるには難所も多く、構想段階で停滞してしまったり収益化に至らず頓挫してしまったりする事例も少なくない。では、CSV事業はなぜうまくいかないのか。そして成功している企業には、どのような共通点があるのか。社会的価値を追求するあまり、経済的価値とのバランスを欠くケースも多く、事業開発や経営戦略を担う現場にとっては避けて通れない課題となっている。

アビームコンサルティングでは、CSV事業における成功要因と失敗要因を明らかにすべく、独自調査を実施した。本稿では、その調査結果をもとに、2025年2月26日に開催したセミナー「イノベーションを通じた社会課題起点の事業変革~最新調査と先進事例を基にした社会的価値と経済的価値の創造の要諦~」における、株式会社村田製作所およびアビームコンサルティングの講演内容を踏まえ、CSV事業開発に取り組む意義や実現の難所、そしてそれを突破するためのポイントを提示する。

執筆者情報

  • 斎藤 岳

    Principal 顧客価値戦略ユニット/企業価値戦略ユニット長
  • 齋藤 直毅

    Senior Manager

1.社会課題解決を起点とした新規事業開発の難しさとは

1-1 新規事業の実態と村田製作所の事業インキュベーション

近年、多くの企業が新規事業開発を通じて持続可能な社会の実現に貢献しようと試みているが、その実態には厳しい現実がある。アビームコンサルティングが過去に実施した調査では、大企業の新規事業のうち、実際にローンチまで到達したのは全体の約43%。さらに、その後黒字化し中核事業へと成長した事例となると、わずか3.2%にとどまっていた。多くの企業において、価値定義から構想・検証、事業戦略の策定、プロダクト開発・ローンチといった事業開発のプロセスがフレームワークとして整備され、PoC(概念実証)やLean開発の取り組みも一般化しつつあるが、だからといってすべての新規事業の確度が高まるわけではなく、現場ではいまなお試行錯誤が続いている。

このような事業開発の難所に対し、村田製作所 執行役員 技術・事業開発本部 事業インキュベーションセンター センター長の安藤正道氏は、「事業開発は『社会的価値』と『経済的価値』の両立を前提として取り組んでいる」と語った。また、村田製作所の社是には、「独自の製品を供給して文化の発展に貢献する」「会社の発展と協力者の共栄をはかる」という言葉が掲げられており、社会的価値と経済的価値の追求が企業の存在意義そのものであることが明確に位置付けられている。安藤氏は、「利益は目標ではなく必須であり、社会的価値と経済的価値は両輪である」と説明した。

また同氏は、事業開発における判断基準として「四つの葉」(Technology・Strategy・Timing・Heart)の重要性を挙げた。この4つの要素は、いずれか1つでも欠けていれば事業として継続すべきではないとし、実際に一定の売上や利益が出ていた事業であっても、将来のリスクや技術的・戦略的な限界を理由に撤退を決断したケースもあるという。

さらに、新規事業に取り組むうえでは、人材面も重要だ。安藤氏は、新しい取り組みに手を挙げる人材の多くは熱意を持っている一方で、スキル面では未成熟なケースも多いと指摘する。スキルを持つ人材は既存の業務に深く関わっていることが多く、新規事業にアサインしにくいという事情もある。こうした中で同社では、「Will(意志)を固める」ことを大切にし、プロジェクト初期から自律的に動ける中核人材を配置することに重点を置いている。

例えば、事業の立ち上げにおいては、「30人で30億円の売上をつくる」ことをひとつの目安として掲げている。この30人は、指示を待つのではなく、主体的に考え動く「コア人材」で構成されるべきだという。あるプロジェクトでは、この専任メンバーに加えて、工場やコーポレート機能などを含め100人規模の体制となっており、事業としての自立を目指したマネジメント体制が構築されている。

こうした実践を通じて、安藤氏は、事業創出とは「継続して利益を得る仕組みを作ること」であると定義し、単発の売上ではなく継続的な開発計画や仕組みづくりが重要だと強調した。

1-2 社会的価値と経済的価値を含めた事業開発の重要性と3つの難所

一方で、近年、社会課題の解決を起点とした新規事業開発の必要性が、イノベーション領域においても強く意識されるようになってきている。2011年にマイケル・ポーターが提唱した「共通価値の創造(CSV)」という考え方に端を発し、企業はもはや経済的価値の創出だけを目的とするのではなく、社会的価値の実現と両立したかたちで企業活動を進化させていくことが求められている。
もちろん、企業にとって利益の創出は欠かせない前提である。しかし現在ではそれに加えて、「企業は社会の公器である」という観点のもと、社会課題の解決にも真摯に向き合うことが重要となる時代に移行しつつあり、それが経済的価値とトレードオフにならず、社会的価値を提供しながら収益を得てそれをまた社会に還元するというサイクルを回すことが、高い企業価値として認められるようになっている。その結果として、社会的価値の創出と経済的価値の実現を統合的に捉えた事業開発、つまりCSV型の事業開発への関心が急速に高まっているのである。(図1)

図1:社会課題に着目した新規事業開発の可能性領域

これまでの事業開発は、問題の難易度が比較的低く、かつ普遍性が高い領域を対象とすることが多かった。こうした領域では、マネタイズしやすく収益モデルを描きやすいことから、多くの企業が事業機会を見出してきた。ただしその分、競争が激化しやすく、レッドオーシャンに陥るリスクも高い。

一方で、いわゆるVUCAの時代と言われる昨今では、AI技術をはじめとするテクノロジーの進化やサステナビリティに関する規制の変化など、ビジネスの前提そのものが大きく変わりつつある。こうした外部環境の変化を背景に、従来は「難易度が高く、普遍性が低いため、事業化には適さない」とされていた領域にも、徐々にマネタイズの可能性が見出されつつある。図1に示す経済合理性曲線が外側に広がることで、これまで埋もれていた領域が新たな事業機会として浮上し、そこにいち早く目を付けて社会的価値の創出につながる事業を作り出すことが、企業におけるイノベーションのトレンドとなっているのである。
ただし、実際にはこの社会的価値と経済的価値を両立させることは非常に難しく、頭を抱える企業も多い。ここには、大きく3つの難所が存在する。(図2)

図2:CSVによる価値創造と、社会的価値と経済的価値の両立における3つの難所

1. 経済活動を通じた社会的価値の創出の難しさ
従来のビジネスの延長線上で、「ついでに社会貢献も行う」といった取り組みでは、真に社会的価値のある成果にはつながりにくい。例えば、ブランド向上を目的とした表層的な環境配慮型商品では、かえって「グリーンウォッシュ」と批判されるリスクが生じることもある。

2. 社会活動を通じた経済的価値の創出の難しさ
社会的意義の高い活動であっても、経済的な収益につながらなければ、企業活動として持続させることは難しい。CSR活動やボランティアに代表されるように、「良いことをしているが利益は出ない」という状態では、事業としての継続性が担保されにくい。

3. 社会的・経済的価値の統合価値としての評価の難しさ
経済的価値は売上や利益といった数値で把握しやすい一方、社会的価値の評価は定性的な側面が強く、正当性やインパクトを客観的に示すことが難しい。その結果、社内外のステークホルダーからの理解や支援が得られにくく、プロジェクトの継続に支障をきたす場合がある。

このように、社会的価値と経済的価値を「トレードオフではなくトレードオン」として統合し、事業として成立させていくには、これらの難所をいかに乗り越えるかが鍵となる。

2.最新調査結果から学ぶCSV事業の成功の鍵

2-1 社会課題起点のCSV事業に関する実態調査

こうした状況を踏まえ、アビームコンサルティングではこの難所を乗り越え成功している企業とうまくいかず悩んでいる企業の違いに着目し、日本企業によるCSV事業創出の実態把握と同事業創出における重要成功要因(KSF)の特定を目的に、「CSV(Creating Shared Value)事業開発の実態調査」を実施した。

本調査は2024年11月にインターネットアンケート形式で実施し、年間売上500億円以上の日本企業において、直近5年の間に課長以上の職位で「社会課題に関連する新規事業開発」に関与している方2,060人を対象としている。

調査ではまず、「企業がCSV事業の中でどのような社会課題に取り組んでいるか」について尋ねた。(図3)

図3:CSV事業で取り扱う社会課題テーマ

最多は「気候変動(脱炭素)」で47.8%と、全体の半数近い企業が取り組んでいる結果となった。続いて「サイバーセキュリティ」「エネルギーマネジメント」「サーキュラーエコノミー」など、環境分野やデジタルリスクに関するテーマが上位に並んでいる。また、「物流の2024年問題」「防災・減災」といった、業界・地域に密接した社会課題にも2割以上の企業が着目しており、企業が直面する社会的な文脈を起点とした事業開発の取り組みが広がっていることがうかがえる。

このように多様な社会課題をテーマに設定しながらも、実際に社会的価値と経済的価値を両立させ、ローンチに至っている事業はどのくらいあるのか。この点について、通常の事業開発との比較を行った。(図4)

図4:CSV事業開発のフェーズ別進捗度合い

図4は、CSV事業と通常事業とで、それぞれの進捗フェーズにおける到達度を示したものである。注目すべきは、CSV事業が「ローンチ」に至った割合である。通常の事業開発では43.9%のプロジェクトがローンチに到達しているのに対し、CSV事業では21.7%と約半分にとどまっている。社会的価値の創出という難易度の高い要素が加わることで、事業としての立ち上げがより困難になっていることが読み取れる。

一方で、「中核事業化」すなわちその事業が次世代の主力事業となっている割合を見ると、CSV事業では4.6%と、通常事業(3.2%)の約1.5倍に上っている。立ち上げのハードルは高いものの、一度立ち上がったCSV事業は、持続的かつ収益性のあるビジネスへと成長しやすい傾向があるといえる。

この結果は、CSV事業が「難しいが、大きな可能性を秘めた事業領域」であることを示しており、サステナビリティ経営を掲げることで企業価値向上に直結する新たな柱が生まれることへの期待が高まっている。だからこそ、いかにして確度高く立ち上げ、成長させていくかが、今後の企業競争力を左右する重要なテーマとなっている。

2-2 調査結果に見る成功企業と失敗企業の違い

CSV型事業の立ち上げが困難であるという実態の中で、その事業が実際に立ち上がったのか、また、黒字化して中核事業となったのかという実態を、アンケート回答をもとに整理したところ、経済的価値と社会的価値の両立を実現できた事業は、全体の7.7%に過ぎないという結果であった。一方で、経済的価値は創出できたが社会的価値が不十分だった企業(6.4%)、社会的価値を狙ったが経済的成果が出なかった企業(7.6%)、そしてそもそもローンチに至らなかった企業が78.3%と、大多数を占めている(図5)。

図5:CSV型事業における価値創出の4分類と分析対象

こうした結果を踏まえ、アビームコンサルティングでは「成功企業(セグメント①)」と「価値を片方しか創出できなかった企業(セグメント②・③)」を比較し、そのプロセスにおける違いを分析した。

成功企業がどのような特徴を持っていたかについては、事業開発の代表的なプロセスに沿って各フェーズを段階的に追いながら検証が行われた(図6)。

図6:新規事業開発の代表的なプロセス

本調査では、「価値の定義」「価値の構想・検証」「価値の実現」という三つのフェーズに沿って、成功と失敗を分ける具体的な要素を明らかにしている。以下では、それぞれのフェーズごとに見られた特徴的な違いを紹介する。

① フェーズ:価値の定義
社会的価値と経済的価値のバランスを踏まえた事業目標の設定

最初のフェーズである「価値の定義」では、事業ゴールの明確化が求められる。成功企業では、社会的価値と経済的価値の双方を意識したバランス型の目標設定がなされていた。図7に示すように、成功企業の70.4%が「社会・経済のバランスを取った」目標を設定していたのに対し、失敗企業ではいずれかに偏った目標設定が目立った。(図7)

図7:社会的価値と経済的価値のバランス意識

また、成功企業では社会的価値についても曖昧なままにせず、KPIレベルまで落とし込み、経営層との合意形成を丁寧に行っていた点が特徴である。これは事業アイデアの起点となる「機会の特定」にも大きく関わる。

② フェーズ:価値の構想・検証
社会課題テーマの選定における視点の多様性と柔軟性

「価値の構想・検証」フェーズにおいては、成功企業は「アウトサイド・イン(社会課題起点)」「マーケット・イン(顧客ニーズ起点)」「プロダクト・アウト(自社技術・資源起点)」の三つの視点を統合的に用い、PoCなどを通じてアイデアの精度を高めていた(図8)。

図8:社会課題テーマの選定における視点

単一視点に偏ったテーマ選定を行った企業では、社会的な意義はあってもマネタイズの仕組みが組めず、事業化に至らないケースが多く見られた。成功企業は、構想段階からピボットを前提に仮説検証を行っており、柔軟性と実現可能性の両立が見られた。

③ フェーズ:価値の構想・検証
事業コンセプトの構築における課題の解像度と現場起点の理解

サービス設計やビジネスモデル構築のフェーズでは、成功企業は社会課題の当事者・受益者・支援者といった関係性を踏まえ、「誰が困っており」「誰が支払うのか」という構造を解像度高く理解していた。

単なるデスクリサーチに留まらず、現場に足を運ぶことでニーズや制度のボトルネックに向き合い、PoCでの仮説検証と構想の磨き上げを重ねていた点が、失敗企業との大きな差異である。

④ フェーズ:価値の構想・検証〜価値の実現
複雑な課題に対するエコシステム型の連携体制の構築

社会課題が多面的である以上、成功企業は自社単独ではなく、外部との連携=エコシステム構築を重視していた。パートナーにはビジネス企業のみならず、行政・NPO・アカデミアといった多様な主体が含まれ、制度改革や信頼醸成にも貢献していた。

これは「価値の実現」フェーズにおいて、プロダクト開発や事業運営体制の基盤構築を支える重要な要素となっている。

⑤ フェーズ:価値の実現
社会的価値の可視化と定量評価の実践

事業の立ち上げ後、価値の持続的実現を図るうえでの鍵となるのが「社会的価値の可視化」である。成功企業では、インパクト加重会計などの先進的手法を用い、ステークホルダーへの説明責任を果たしていた(図9)。

図9:社会的価値の可視化と算出手法

一方で失敗企業では、「そもそも社会的価値を定量化していない」という回答が多数を占め、これが社内合意や資源投入の停滞を招く一因となっていた。価値を数値化し、客観的に示す仕組みは今後ますます重要性を増すと考えられる。

以上のように、CSV型事業開発における成功企業と失敗企業とでは、各フェーズにおいて明確な違いが見られた。

さらに調査では、こうしたフェーズ別の取り組みに加えて、CSV事業の成功を支える再現性の高い要素についても分析が行われている。図10は、CSV型事業開発の成功要因について、成功企業とそうでない企業の回答を比較したものである。

図10:CSV事業創出の成功要因

上位には、事業開発の各フェーズに関する視点が並ぶが、注目すべきはその下に位置する二つの項目である。「CSV事業創出に意欲のある人材を社内で育成・確保できていること」「社会的価値を追求することを許容する企業風土があること」という二つの観点において、成功企業と失敗企業の間には25〜37ポイントもの差が生じていた。

これは、単発の事業創出にとどまらず、継続的に社会的価値と経済的価値を統合した事業を生み出すためには、人と組織の仕組みが不可欠であることを示唆している。パッションとスキルを備えた人材をいかに社内で育て、孤立させずに活躍できる環境を整備するか。そして、経済合理性だけでなく社会的意義をも重視する風土をいかに根づかせるか。これも、CSV事業で社会変革を実現する強い企業を作るうえで重要なポイントであると言える。

2-3 社会的価値と経済的価値の両立ゆえの難所を突破するための6つのKSF
CSV事業創出における重要成功要因とは

これまでの調査と分析結果から、CSV事業を創出するにあたり押さえるべき6つの成功要因(Key Success Factors:KSF)は以下のとおりである。(図11)

図11:CSV事業創出に向けた6つのKSF

① 事業における“勝ち”の定義

CSV事業では、経済的価値(売上・利益)だけでなく、社会的価値(社会課題の解決)も評価軸に含まれる。そのため、社会的価値と経済的価値の双方に目を向けたうえで、この事業における“価値”、すなわち両者のバランスを踏まえたうえで何をもって事業の成功(“勝ち”)とするのかを明確に定義する必要がある。事業初期段階でこの目標を設定して関係者間での合意形成を行い、その後のフェーズでも柔軟にアップデートを重ねながら運用していくことがプロジェクトの持続性を支える。

② 社会的価値の設定

社会的価値の設定は、単なるテーマの掲示に留まらず、自社の強みや事業資産との関連性を踏まえた「戦略的テーマ設定」が求められる。具体的には、社会課題・マーケット・顧客・自社の強みなどの複数の視点を重ね合わせ、マテリアリティや自社の経営戦略と整合を取りながら、実現可能性と意義の両面から事業ドメインである社会課題テーマを設定することが肝要である。

③ 共通価値の結節点の見極め

社会課題は構造が複雑であるため、その構造を丁寧に読み解き、本質的な課題と自社の強みやテクノロジーをもった解決の糸口を見極めることが大切である。この解像度を上げることにより、「社会的価値の創出」と「経済的価値の獲得」が交わるポイント、すなわち共通価値の結節点を見出して「自社だからこそ解ける」事業コンセプトへと落とし込んでいくことが重要である。

④ 経済的価値の獲得

社会的価値を創出するだけではCSV事業は成り立たない。持続可能なビジネスとするには、収益構造の設計が不可欠である。複雑な社会課題に対応するためには、単一企業だけではその解決が難しくなっているからこそ、自社のリソースでは届かない価値を補完するために多様なパートナーと共創したエコシステムを形成することも大きなポイントである。

⑤ 統合価値の結果の増幅

CSV事業が社会的価値と経済的価値を創出し、それが認められて中核事業へと育つには、その価値をきちんと可視化し、社内外のステークホルダーの納得が得られるよう説明をする必要がある。そのためには、従来の財務指標と並んで、インパクト加重会計などの定量的なフレームワークも活用し、継続的に投資を得るようなサイクルを回すことも大切である。

⑥ 経営基盤強化による事業再現性の担保

CSV事業を単発的な取組とせず継続的に創出していくためには、人的資本や組織風土といった無形資産の蓄積も欠かせない。社会課題に取り組む熱意と実行力を兼ね備えた人材の育成・確保、またそうした挑戦を許容する組織設計や評価制度の整備が、再現性ある事業創出の基盤となる。

3.社会的価値と経済的価値を両立した事業創出に向けた処方箋

ここまで見てきたように、CSV事業の創出においては、価値の定義や社会課題の解像度、そして人と組織の在り方に至るまで、多くの論点を乗り越える必要がある。その具体的な対応の手がかりを探るべく、CSV事業の先進的な取り組みを行う村田製作所の安藤氏と、アビームコンサルティングのメンバーがパネルディスカッションを行い、実際の事業開発現場でのリアルな経験や、成功の鍵となる要素について議論を交わした。ここではその内容を踏まえ、CSV事業の構想から実行、そして継続に向けた事業推進のヒントをお伝えする。

CVS事業におけるゴール設定は、“やりきること”で次の合意をつくる

CSV事業のゴール設定においては、あらかじめ「経済的価値」「社会的価値」のいずれか、もしくは両方をどこまで狙うのかを明確にし、関係者間での丁寧な合意形成が求められる。しかし、こうした目標は実行のプロセスでしばしば見直しが必要となる。では、現場ではどのようにして、この目標と現実のギャップに向き合っているのだろうか。

安藤氏は、「実際の事業開発では、目の前の社会課題に対して『何を解くのか』という仮説を持って挑みますが、やっていく中で必ず想定外のことが起きます。大事なのは、そこで逃げずに必死で“やりきる”ことです。やりきっていないままのピボットは、悪いピボットになってしまう。やりきった先に、偶発的に新しい道が見つかる、という“セレンディピティ”が生まれます。」と語る。
つまり、CSV型事業開発におけるゴール設定とは目標を「決め切る」ことではなく、合意をもとにした仮説を立て、それを全力でやりきった上での柔軟な軌道修正が必要なのである。

社会課題の設定は、「意味がある」と「自分たちが解ける」の交点を探す

CSV事業におけるテーマ設定では、社会的意義があることに加えて、自社がその課題に対して本当に解決力を持っているかどうかを見極めることが重要である。

議論の中では、課題を検討する際に「狭義の社会課題」と「広義の社会課題」を切り分けて考える視点も共有された。狭義の社会課題とは、環境問題や高齢化、教育格差といった、誰もが直観的に「社会課題」と認識できるものを指す。一方で、広義の社会課題は一見それとは結びつかないように見えるが、結果的に社会課題の解決につながっていくテーマである。たとえば、「携帯電話の通信モジュールにおける電力ロスの削減」といったテーマは、一般の人にとっては社会課題に見えにくいが、社会全体のエネルギー効率や脱炭素への貢献につながっている。

こうした課題を扱う際には、表面的な社会課題のスローガンだけで進めるのではなく、「自分たちが向き合っている技術的・構造的な課題が、社会にどうつながっているのか」を言語化しながら進めることが重要である。

安藤氏は、「『その課題、うちがやらないと解けないよね』と思えるテーマに出会えると強い」と語る。社会課題の構造を掘り下げ、自社の技術や強みと重なる部分を見出したとき、CSV事業は初めて前に進み出すのだ。
また、社会課題の多くは一社で解決できるものではない。社会的価値と経済的価値の接点をスキームとして形にするためには、行政や他企業、NPOなどを巻き込んだエコシステムの構築も欠かせないだろう。

人と組織の在り方が、CSV事業の「継続性」を支える

単発で終わらないCSV事業を社内に定着させるには、人と組織の在り方を見直す必要がある。特定のプロジェクトの成功だけでなく、それを「何度でも生み出せる」企業であることが求められている。

新規事業は成果が出るまでに時間がかかるため、時間をかけて取り組める組織体制や風土をつくらなければならない。村田製作所では、社外の専門人材だけでなく、社内にいる人の目利きや育成を通じて、「この人ならやれる」と経営が信じられる存在を育てることが、地に足のついたCSV推進につなげていくことを意識しているという。

CSV事業は、従来の“効率的な新規事業”とは異なる文脈で動く。だからこそ、熱量・構想力・実行力を備えた人材と、その人が浮かないように支える組織風土の両輪が求められるのだ。
社会的意義の高いテーマを扱うがゆえに、その事業開発は多面的な困難を伴うCSV事業。だが一方で、そこには企業の新たな成長領域としての大きな可能性も秘められている。

アビームコンサルティングでは、価値の定義・仮説構築から、社会課題の解像度向上、エコシステムの設計、人と組織の育成に至るまで、すべてのフェーズにおいて伴走支援を行っている。そしてCSV事業開発を志す企業とともに、社会的価値と経済的価値を統合する事業創出の実現を目指している。


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