需要家新電力、需給調整が成否左右 VWはEV充電で実施

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2025.09.08
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国内外で大企業が自前の電力会社「需要家新電力」を設立する動きが広がっている。特に欧州では活発で、独自動車大手フォルクスワーゲン(VW)は電力需要を柔軟に調整する仕組みをつくり、電力の調達コストを抑制する。欧州とは制度面で違いはあるものの、日本でも電力需要を柔軟に変えられるようになれば、再生可能エネルギー調達の競争優位性につながる。

※2025/8/6「NIKKEI GX」に寄稿したもの

執筆者情報

  • 山本 英夫

    Executive Expert

大塚HDやセブン&アイ、ヤマトHDが設立

国内では大塚ホールディングスやセブン&アイ・ホールディングス、ヤマトホールディングスが需要家新電力を設立し、すでに運用を始めている。自社で小売電気事業者のライセンスを取得すれば、日本卸電力取引所(JEPX)や先物市場から電力を調達できる。電力の市場価格が上昇する局面では、先物を使って価格を固定するなどして、自らの判断でリスクヘッジできるようになる。

再エネのコーポレートPPA(電力購入契約)を結ぶ際、発電所でつくった電力をどの事業所に供給するかを特定するのが一般的で、管理が煩雑になる。それに対し、需要家新電力は発電事業者から調達した再エネの供給先を柔軟に切り替えることができ、管理の手間を省ける。

サプライチェーン全体の温暖化ガス(GHG)排出量「スコープ3」削減を目指す企業にとっては大きな利点だ。今後も需要家新電力を設立する動きは加速すると見込まれる。

欧州ではBASFやユニリーバが参入

欧州の多くの国ではすでに需要家新電力を支える制度が整備されている。例えばバランシング・レスポンシビリティー・パーティー(需給責任者、BRP)制度では、発電や需要、蓄電、電力需要の調整力を提供するデマンド・サイド・フレキシビリティー(DSF)を担う全ての主体がいずれかのBRPに組み込まれている。

企業は自社をBRPとして登録したり、BRPに需給管理を委託したりして、電力調達スキームを柔軟に構築できる。独化学大手のBASFや英日用品大手のユニリーバ、英スーパー大手のテスコなどがすでにBRP制度の下で電力調達スキームを構築しているもようだ。

フォルクスワーゲンのグループ会社、Elli(エリ)は電気自動車(EV)充電網と再エネ調達を統合した電力小売事業を手掛け、電力調達で独自のスキームを構築している。太陽光・風力由来の電力をコーポレートPPAで調達し、EV向けに再エネ100%の電力を提供する。さらに2024年5月には欧州卸電力取引所(EPEX SPOT)の市場価格に連動したダイナミックプライシングのメニューを始めた。

電力価格情報に基づきEVに充電するタイミングを自動的に制御するスマートチャージングサービスとセットで提供することで、DSFを創出し、BRP全体の需給調整に活用している。また同社の発表によると、25年からは系統向け蓄電池事業にも参入する予定で、BRP内で電力調達コストの低減を一層加速させる構えだ。

日本は発電・需要を別々に管理

日本には似た制度としてバランシンググループ(BG)がある。ただ発電側と需要側が別々に計画と実績のズレ「インバランス」を管理する。そのため発電と小売りの両方を手掛ける大規模事業者でなければ、欧州のように再エネの発電量が計画からズレた際に自社DSFや蓄電池で調整することは困難だ。

現在の日本では需要家新電力の多くが自前の電源を持たず、需要BGにのみ参加し、発電BGは別事業者が担っている。そのため再エネ発電所由来の発電インバランスを、自社で創出するDSFによって吸収・調整するという高度な需給管理は困難な状況にある。

もっとも日本ではBRP制度がないが、需要家新電力がグループ内でDSFや蓄電池の活用基盤を整えることには極めて大きな意義がある。電力の市場価格が高騰したとき、DSFを使って電力調達コストが上昇するリスクを抑えられる。また時間帯別の料金メニューを導入してDSFを創出すれば、電力の需要カーブの最適化につながる。

天候などによって電力需要が計画とズレた場合、DSFを使ってペナルティー(インバランス料金)を低減できる。さらに系統全体の電力需給が逼迫した際、DSFを活用して系統安定に貢献することも可能だ。このように現行制度の枠内でも十分な経済的・運用上のメリットが得られる。

再エネ調達で優位性

さらに今後、国内でDSFや蓄電池の更なる活用が議論される中で、発電BGでDSF活用が制度上認められる可能性もある。そうなればDSF・蓄電池・予測・制御の基盤を整えている需要家企業こそが最もスムーズに最適な電力調達スキームに移行し、再エネ調達で競争優位性を確立できる。

現在、欧米諸国では脱炭素政策の見直しや後退が進み、世界全体の脱炭素化で停滞を招いているとの指摘がある。一方で、情報開示を含む環境関連規制は強化の方向にあり、企業は脱炭素化を着実に推進し、再エネを安定的・長期的に確保することが求められている。今後の市場動向を見据え、競争力のある再エネ調達スキームを早期に構築することが、将来の競争優位性に影響する戦略的意思決定であり、今まさに着手すべき重要課題である。


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