クロスボーダー決済の地殻変動:企業と銀行の関わり方への影響

インサイト
2025.09.19
  • 銀行・証券
  • サプライチェーンマネジメント
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企業のグローバル化が進む現在、クロスボーダー決済は企業活動を支える重要なインフラとなっている。一方で、クロスボーダー決済には、国内決済に比べて、手数料やスピード等の多くの課題が存在する。これらの課題を解決するために、既存インフラの「深化」と新技術による「革新」の両面から、クロスボーダー決済は今まさに変革期を迎えている。

本インサイトでは、グローバルで活躍する企業を対象に、これらの変化とそのメリットを解説し、企業がそのメリットを享受するために銀行とどのように関わっていくかを探る。

執筆者情報

  • 渡部 拓也

    渡部 拓也

    Director
  • 新名 聡

    新名 聡

    Senior Manager
  • 古川 理恵

    古川 理絵

    Manager

1 はじめに

企業のグローバル化が加速し、サプライチェーンが世界中に広がる現代において、国境を越えた資金決済(クロスボーダー決済)は、企業活動の血液ともいえる重要なインフラとなっている。しかし、国内決済がデジタル化によって即時・低コスト化したのに対し、クロスボーダー決済は利便性の面で長らく大きな課題を抱えてきた。「遅くて、高くて、不透明」とも表現されるこの現状に対し、国際社会全体で変革の機運が急速に高まっている。
クロスボーダー決済の根幹を担うSwift(国際銀行間通信協会:Society for Worldwide Interbank Financial Telecommunication)では「Swift Transaction Manager (TM) 」という新たなプラットフォーム戦略を打ち出し、ブロックチェーン技術を用いた新しい決済プラットフォームも海外を中心に登場している。このようなクロスボーダー決済市場における変革は、企業の財務・経理業務に様々なメリットをもたらす。(図1)

図1 クロスボーダー決済市場の変革と企業へのメリット

これ以降の章にて、このクロスボーダー決済市場で今まさに起きている地殻変動の正体と、それがエンドユーザーである企業の財務・経理業務に与える本質的な影響を解説する。そして最終的に、企業がこの変革の果実を享受するために、今後取引銀行とどのように関わっていくべきか、その指針を提示したい。

2 国際社会が描くクロスボーダー決済の青写真

クロスボーダー決済の変革は、もはや企業や銀行の努力目標ではなく、G20をはじめとする国際的なアジェンダとなっている。その中心に、金融安定理事会(FSB)がG20の要請を受けて策定した「クロスボーダー決済改善のためのG20ロードマップ」がある。
このロードマップでは、2027年までに達成すべき具体的な目標として、以下の4つの領域が設定されている。(図2)

図2 G20ロードマップの目標

これらの目標は、単なる技術的な課題解決に留まらない。例えば、新興国の中小企業がグローバルな電子商取引に参加しようとしても、高額な決済手数料が障壁となる。また、人道支援のための送金が、複雑な手続きと時間のために本当に必要な時に届かないという現実もある。つまり、クロスボーダー決済の改善は、グローバルな経済格差の是正や、より公平な経済活動への参加を促すという、極めて社会的な意義を持つ。

この壮大な目標達成に向けて、決済インフラの領域では、既存の枠組みの「深化」と、まったく新しい仕組みによる「革新」という二つの大きな潮流が同時に進行している。
一つは、既存インフラの担い手であるSwiftを中心とした「深化」の動きである。長年、国際銀行間通信の標準を担ってきたSwiftは、既存の仕組みを抜本的に見直すことで、FSBの目標達成を目指している。
もう一つは、ブロックチェーンや分散台帳技術(DLT)といった最先端技術を活用し、まったく新しい決済インフラを構築しようとする「革新」の動きである。こちらは、BIS(国際決済銀行)のような公的機関が主導するプロジェクトと、金融機関が自ら主導する民間セクターからの挑戦が活発化しているのが特徴だ。
このように、既存インフラの「深化」と新技術による「革新」という二つの潮流が、クロスボーダー決済の未来を形作ろうとしている。この変化は、企業の資金管理、流動性予測、リスク管理、そして経理業務のあり方そのものを根底から覆すポテンシャルを秘めている。次章では、この二つの潮流が具体的にどのような変化をもたらすのかを詳述する。

3 決済インフラの進化と革新:二つの潮流がもたらす変化

Swiftの挑戦:Transaction Managerによる決済体験の「深化」

Swiftはこれまでも、送金の進捗を追跡可能にする「Swift gpi」の提供や、より多くの構造化された情報が入るISO20022フォーマットへの対応を通じて、透明性の向上に貢献してきた。しかし、FSBが掲げるより高い目標を達成するため、Swiftはさらに踏み込んだプラットフォーム戦略へと舵を切った。その核心が「Transaction Manager(TM)」である。
従来のSwiftの仕組みは、送金指示が複数の仲介銀行を経由する「伝言ゲーム」のようであり、情報の欠落や劣化が遅延や不透明性の原因となっていた。TMは、個々の決済トランザクションの「唯一の正しい情報源」として機能する中央集権的なプラットフォームを構築し、この構造を根本から変える。関係する全ての銀行がTM上で常に最新・完全な情報を共有することで、決済プロセス全体が劇的に効率化される。(図3)

図3 従来のクロスボーダー決済とTMを利用したクロスボーダー決済

(参考)中島真志「Swift グローバル金融ネットワークの全貌」

TMがもたらすメリットは企業にとって大きい。送金前に受取人情報を検証する「事前検証機能」は送金エラーを未然に防ぎ、財務部門の生産性を向上させる。リアルタイムでの「エンドツーエンドでの追跡」は、送金側にとっては支払後の商流ライフサイクルへの移行を促進し、また、受領側にとっては受領タイミングの認識によってキャッシュフロー予測の精度が高まり運転資金をより効率的に管理することができる。「ケースマネジメント」は銀行からの連絡を待つことが多かった問題発生時の対応を、場合によっては能動的に行うことで、迅速な問題解決を促す。(図4)

図4 TMの機能と企業にもたらすメリット

TMは、エラーの未然防止と処理の迅速化によって決済の「速さ」を、関係者が同じ情報を常に共有することで圧倒的な「透明性」を実現する。これはまさに、FSBが掲げる目標に真正面から応えるソリューションである。

新技術による「革新」:新世代プラットフォーム

既存の枠組みの延長線上ではない、非連続なイノベーションも同時に進行している。ここでは官民双方の代表的な取り組みを紹介する。

① 中央銀行主導の挑戦:mBridge(Multiple CBDC Bridge)

BISイノベーションハブが主導し、最も実用化に近いとされMVP(Minimum Viable Product)段階にまで到達したのが、複数の中央銀行デジタル通貨(multi-CBDC)のための共通プラットフォーム「mBridge」である。
これは、中国、香港、タイ、UAEなどの中央銀行が参加し、DLT上で各国の中央銀行が発行したCBDCを直接交換する仕組みである。コルレスバンクを介さずに価値を直接移転させることで、決済時間を数日から数秒に短縮し、コストを最大半減させる可能性があると報告されている。(図5)

図5 mBridgeの概念図

(参考)BIS Innovation Hub「Project mBridge Update」

② 民間主導の挑戦:Partiorプラットフォーム

既存インフラの深化とは異なるアプローチで決済の革新を目指す動きの中で注目を集めているのが、民間主導で設立されたプラットフォーム「Partior」である。
Partiorは、J.P. Morgan、DBS、Temasekが設立し、後にStandard Charteredも参画した、ブロックチェーン技術を基盤とする国際的な決済ネットワークだ。これは、特定の中央銀行ではなく、世界の大手商業銀行自身が主体となって、クロスボーダー決済の課題を根本から解決しようとする野心的な試みである。
このプラットフォームの核心は、中央銀行が発行するCBDCではなく、商業銀行が持つ預金をブロックチェーン上で「トークン化」する点にある。参加銀行が発行した異なる通貨の預金トークンを、Partior上でスマートコントラクトを用いて瞬時かつ同時に交換する(アトミック・スワップ)。これにより、mBridgeと同様に仲介者を排した24時間365日のリアルタイム決済を実現する。(図6)

図6 Partiorプラットフォーム概念図

新世代プラットフォームがもたらす共通のメリット

mBridgeとPartiorは、その主体(中央銀行か商業銀行か)や用いるデジタルマネーの種類(CBDCかトークン化預金か)は異なるが、企業にもたらす究極的なメリットは下表のように共通している。(図7)

図7 新世代プラットフォームがもたらすメリット

これらの新世代プラットフォームは「安さ」と「速さ」の観点で、FSBの目標に対し、既存の仕組みの延長線上では到達し得ないレベルでの達成を可能にするポテンシャルを秘めている。
また、企業のグローバルな資金管理にもたらす影響も大きい。例えば日本からアメリカ合衆国への送金のような東向け送金について、現状、受取人への着金が遅くなる傾向にある。物理的に時差があることはもちろんのこと、中継銀行や受取人銀行でSTP(Straight-through-processing:送金の自動処理)ができていないことや、依頼人銀行や中継銀行でのAML(Anti-Money Laundering)にかかる誤検知などが要因として挙げられる。
これが新世代プラットフォームでは、トークンを用いて自動的にリアルタイムで処理されるため、たとえ時差がある国間の送金であっても着金が早く、企業の資金繰りの目線からは大きなメリットとなり得る。
また、クロスボーダー決済において24時間365日リアルタイム決済が実現すると、着金の遅さ等を考慮して各国に複数口座を準備していた企業も、グローバルで一つの口座(ウォレット)での資金管理が可能な未来が訪れるかもしれない。

4 企業と取引銀行との関係の再定義

これまで見てきたように、グローバル決済の世界は、Swiftを中心とした「深化」と、Partiorのような民間主導の「革新」という二つの大きな力によって、劇的な変革期の真っ只中にある。この変化は銀行が直面する課題にとどまらず、企業の財務・経理担当者にとっても、もはや対岸の火事ではない。むしろ、この変化をいかに自社の競争力強化に繋げるかという、戦略的な視点が不可欠となる。
このような環境下において、企業は「手数料の安さ」や「過去からのリレーション」といった旧来の基準だけで取引銀行を評価すべきではない。企業は銀行を単なる決済サービスのプロバイダーとしてではなく、新しいテクノロジーやデータ活用によって企業の経営課題を解決するパートナーと位置づけ、関係を再定義していく必要がある。(図8)

図8 企業の取引銀行に対する基準

さらに、その先の未来像として、企業の財務システムと銀行の関係性がよりシンプルかつ強力になる可能性もある。例えば、企業が参加するサプライチェーンプラットフォームにおける決済を考えてみる。現状では、顧客に対してシームレスな決済機能を提供するには、複数の取引銀行と個別にAPI連携などを行う必要があり、グローバル化すればその複雑さはさらに増す。一方で、Partiorのように決済機能自体もプラットフォーム化されれば、プラットフォーム間を接続するだけで取引から決済までがワンストップで完結するようになる。これは、新しい銀行との取引開始やグローバルな財務オペレーションの統合を劇的に加速させる、まさにゲームチェンジとなり得る未来像である。(図9)

図9 銀行接続の在り方

5 おわりに

本インサイトでは、クロスボーダー決済にかかる課題へのアプローチとして起きている変化の詳細やメリットを解説し、様々な金融機関の支援を通じて培った知見に基づき、それらの変化がもたらす未来について考察してきた。
グローバル決済の地殻変動は、企業にとって大きなチャンスである。決済の「速く、安く、透明に」という進化は、業務効率化やコスト削減に留まらず、運転資金の最適化、グローバルなサプライチェーンの強化、そして新たなビジネスモデルの創出といった、より本質的な企業価値向上に直結する。
しかし、その果実を享受するためには、企業自身が主体的に行動を起こす必要がある。自社の財務・経理プロセスが抱える課題を明確にし、本稿で提示したような新しい基準をもって取引銀行と向き合い関係を構築することが求められる。

アビームコンサルティングでは、国内外多数の金融機関及び金融機関以外の事業者に対して、クロスボーダーでの資金管理やDX化にかかる支援の実績があり、銀行と企業双方の目線でのノウハウを有している。本インサイトで取り上げたような変革を踏まえ、クロスボーダー決済や資金管理について見直す際には、是非ご相談いただきたい。


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