【保険×CX】いま損害保険会社が“顧客理解を深める”ために取り組むべきアプローチ

インサイト
2025.07.08
  • 保険
  • マーケティング/セールス/顧客サービス
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損害保険業界では、2025年5月に可決・成立した改正保険業法を踏まえ、健全な競争環境の実現ならび顧客本位な業務運営の徹底を通じた業界全体の信頼回復に向けた取り組みがより一層強く求められている。本業法改正により、過度な便宜供与の禁止が盛り込まれるなど代理店の自立が求められる一方、損害保険会社も顧客理解を深めることの重要性が増している。
本インサイトでは、業界動向を踏まえ、損害保険会社が目指すべき将来像を提言するとともに、損害保険会社が顧客理解を深めるために取り組むべきことならびに実現アプローチについて解説する。

執筆者情報

  • 中尾 律子

    Director
  • 堤 幸久

    堤 幸久

    Manager
  • 竹中 雄馬

    竹中 雄馬

    Senior Consultant

1.損害保険業界の直近の動向

損害保険業界では、ビッグモーター問題による保険金不正請求や企業向け保険の保険料調整問題、代理店における保険会社からの出向者による個人情報漏洩問題などにより、業界全体の信頼が大きく揺らいでいる。これまでも度々、金融庁からは「顧客本位の業務運営に関する原則」にもとづく応対が求められてきたが、先般の業務改善命令ならびに2025年5月に可決・成立した改正保険業法を踏まえ、透明性や誠実な対応が改めてより強く求められている。
今回の問題を契機に損害保険会社では代理店との関係性や従来型のビジネス慣習を見直し、顧客からの信頼を回復するために「顧客本位な業務運営」の再定義・再評価する活動が活発化している(図1)。代理店との関係性の改善に向けて、出向制度や代理店評価制度の見直しなどが進んではいるものの業界慣習を正すところまでに留まっており、金融庁が各金融機関に求めている「顧客本位の業務運営に関する原則」を満たす顧客応対品質レベルに達しているとまではいえないのが現状ではないかと感じている(図2)。

図1 直近の損害保険会社の取り組み状況
図2 金融庁が定める「顧客本位の業務運営に関する原則」とは

2.顧客応対品質を高めるために目指すべき姿ならびに実現アプローチ

従来型の代理店に依存するビジネスモデルでは、「損害保険会社が顧客を理解する必要性」がそれほど重要視されてこなかったが、昨今、顧客の生活様式(ライフサイクル・ライフイベント)や働き方の変化に伴い価値観は多様化しており、これまで以上に顧客を理解し顧客ごとのニーズに合わせた商品・サービスの提供が求められる時代になっている。また、Z世代の若者を中心に「タイパ(タイムパフィーマンス)」という言葉が一般的になってきたように無駄を極端に嫌う層の出現など世代間における価値観の変化も考慮が必要である。

顧客のペイン(悩み)からアプローチを検討

一般消費者が享受している他業界の類似サービスと比較した場合でも、損害保険会社の顧客1人ひとりに合ったサービスを提供する取り組みは道半ばではないかと考える。特に損害保険業界における顧客のペインは「分からない」・「いまじゃない(いま必要だった)」・「時間がかかる」などが挙げられる(図3)。各社は、顧客の顕在化されたニーズだけでなく、潜在化されたニーズを捉え、いま真に必要な商品やサービスに関する情報の提供が求められる。

(代表例)

  • ニーズ喚起にあたり“損害保険会社・代理店起点”のコミュニケーションになりがちで必要なタイミングで必要な情報を受け取ることができない。
  • 保険商品や手続きに関する説明が分かりづらい。
  • 顧客接点ごとの情報が分断されていることで繰り返し同じ説明が必要になりストレスを感じやすい。
図3 損害保険業界の顧客接点をベースに他業界との顧客サービスレベルを比較

損害保険会社には、顧客ごとのライフステージや趣味・嗜好に応じたニーズをくみ取った商品・サービス提供を目指し、また顧客応対にあたっても一貫性のあるOne to Oneのコミュニケーションを目指すべきではないかと考える(図4)。

図4 損害保険会社が目指すべき姿(ToBe像)

顧客理解を深めるための情報(データ)、カスタマージャーニーを再定義

顧客1人ひとりに合ったOne to Oneのコミュニケーションを実現するためには、データが必要なのは言うまでもないが、「顧客理解を深めるための情報(データ)とは何か?」について、部門間で共通理解のあるカスタマージャーニーを軸とした施策検討が不十分なままデータドリブン経営を推進しているケースが多いように見受けられる。
CX(顧客体験)変革に寄与する効果的なデータ利活用に繋げるための実現アプローチとしては、中長期的な戦略を描きながら、組織横断的なオペレーション変革に寄与する目標設定、それを推進する各部署間の軋轢のない中立的な推進組織の設置、顧客接点部門に閉じない継続的な人材育成、社内情宣活動がポイントであると考える(図5)。また、その中でも特に重要なポイントは、部門間で共通理解のあるカスタマージャーニーを再定義した上で、施策を検討し、顧客接点ごとに顧客応対品質向上に寄与する情報(データ)を整備することであると考える。
昨今、各社の戦略として「データドリブン経営」を掲げているが、顧客との物理的な距離が発生しやすいバックオフィス部門が検討を推進する中で陥りやすい問題点として、システム/テクノロジー導入の目的化が挙げられる。CX変革に向けて検討を開始したものの、顧客応対品質向上に寄与するための真に必要な情報(データ)や要件の整理が曖昧なまま、実現手段としてDWH(データウェアハウス)やCDP(カスタマー・データ・プラットフォーム)/CRM(カスタマー・リレーションシップ・マネジメント)を構築することや生成AIなどの最新テクノロジーやツールを活用することなど、データの統合管理やデータ抽出・分析業務の高度化を目指すことがいつの間にか目的化していき、顧客起点での検討から遠ざかってしまうケースが多いように感じている。DWHやCDP/CRMを構築することやソリューション導入が目的化してしまい、顧客やユーザー部門(現場)のニーズに応えられないデータ品質(項目内容・鮮度など)や断片的な情報が集まった“ただの箱”となることで形骸化したデータ利活用に陥ってしまっていないだろうか。また、その結果として顧客体験価値向上に寄与しないだけでなくビッグデータや生成AIの活用などテクノロジーの発展に伴い天文学的に必要なデータ量が増大することで保守性の低下にも繋がるリスクが高まっていると考える。
以上により、一義的には部門間で共通理解のあるカスタマージャーニーを再定義した上で施策を再検討する根幹から考え直すことが必要である。またデータ統合管理の観点では、今後も顧客理解を深めるためのデータを育てていくものと捉え、いきなり100点のシステムを作りこもうとしない姿勢も大事である。社会の変化に伴い顧客の行動様式や顧客ニーズは今後も多様化・複雑化していくことが見込まれるため、顧客応対品質の向上に向けた定期的な見直しを継続することが不可欠である。

図5 実現アプローチ

損害保険業界におけるカスタマージャーニー設計時の留意点

これまでもカスタマージャーニーベースで顧客を理解しようと取り組んだことがある損害保険会社が大半ではないかと推察される。ただし、損害保険会社のように顧客層が幅広く多種目多品種の商品を取り扱う業界では、一般的なペルソナ(顧客像)にもとづくジャーニーではターゲット(見込み客)を絞りこみ過ぎる懸念がある。また、部門間でそれぞれが異なるジャーニーを描き異なる顧客理解をしているケースや、いつのまにか予算確保のための煮詰まっていない保険会社目線のジャーニーに移り変わってしまい、絵に描いた餅となってしまっているケースも多いように思う。ここで参考までに損害保険業界におけるカスタマージャーニー設計時の留意点をいくつか挙げる。

  • “ライフイベント起点”で考える
    就職、結婚、出産、住宅購入、予防治療や重症化防止治療、介護など年代ごとのライフイベントを意識する。
  • エリアごとのターゲット顧客を捉えた複数の「代表シナリオ」を用意する
    保険業界の顧客層は年代もさまざまで多様な価値観を持ち合わせているため、ペルソナを絞り込み過ぎるのは得策ではない。エリアの特性を踏まえたターゲット顧客を設定し、日常生活でターゲット顧客が享受する商品やサービス、デジタル接点を意識した代表的な複数のパターン(5〜7つ程度)を用意し、それぞれのジャーニーを描くのが現実的と考える。
  • チャネル別の行動・感情の違いを明確にする
    インターネット経由(Web比較・SNS・YouTube)/対面経由(店舗・訪問、知人紹介など)、同じ商品でもチャネルにより顧客の不安・期待・行動が異なる点を捉える。
  • 保険加入前・加入後の“継続ジャーニー”も描く
    保険は「買って終わり」ではなく、継続利用時(保険金請求や解約・減額検討などの各種手続き)も重要な体験であるため、保険金の請求や見直しタイミングなど、「困ったときの体験」こそ、顧客満足度や継続率、ブランド信頼度への影響は大きい。
  • 営業・代理店・コンタクトセンターとの連携を考慮する
    デジタル化が進んだとしても、「人」を介する安心感やサポートのニーズが一定残ると考えられるため、“デジタル体験と人間的な接点における体験の融合”が重要である。

3.最後に

以上より、損害保険会社が真のCX変革を実現するために、部門間で共通理解のあるカスタマージャーニーを再定義した上で、施策を検討し、顧客接点ごとに顧客応対品質向上に寄与する情報(データ)を整備することから取り組むことを推奨する。
アビームコンサルティングでは、保険業界出身者やCX変革に向けたシステム/テクノロジーの有識者が多数在籍している。損害保険業界における「カスタマージャーニーの再定義」や「顧客理解を深める情報整理」などビジネス部門における構想策定や要件定義支援だけでなく、「組織・システム・データの横断活用推進に向けたサービス」「顧客統合管理基盤の構築」「生成AIの活用」「データマネジメントの高度化」など関連するITプロジェクト実績も多数有している。
CX変革を目指す中で、さまざまな課題や阻害要因が発生した際に解決策となるソリューションの提案や伴走型での支援も可能である。また、CX変革に向けた現在の取り組みに対する第三者視点での壁打ち相手やアセスメント(評価)の役割を担うこともできる。
真に顧客本位な業務運営の実現に向けて本気で取り組みを強化したい損害保険会社のリアルパートナーとして、取り組みを推進していきたい。


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