【イベントレポート】顧客エンゲージメント強化の新潮流 -デジタル通貨/証券、NFTによる 新たな事業価値創出-

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2025.06.06
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2025年4月21日、アビームコンサルティングは、セミナー「顧客エンゲージメント強化の新潮流-デジタル通貨/証券、NFTによる 新たな事業価値創出-」(以下、本セミナー)を開催した。

環境変化が激しい昨今、ブロックチェーン技術を基盤とするデジタル通貨、セキュリティトークン(電子記録移転有価証券表示権利等)、NFT(非代替性トークン)などの普及がビジネスの新たな可能性を切り開いており、顧客エンゲージメント強化の在り方も変化してきている。本セミナーでは、当社 金融ビジネスユニット ダイレクターの鈴木雄大によるユースケースを交えたトークン技術の活用、そして西村あさひ法律事務所、株式会社ディーカレットDCPおよび、住信SBIネット銀行株式会社をゲストに招き、これらのトークンアセット(ブロックチェーン技術を利用してデジタル化された資産)が顧客エンゲージメントにもたらす影響について、法律事務所の目線、プラットフォーマーの目線、銀行の目線にて講演いただいた。
(本稿は、本セミナーをもとに再編成しています。)

写真:左から西村あさひ法律事務所・外国法共同事業 水井 大氏、株式会社ディーカレット 金籠 舞氏、住信SBIネット銀行株式会社 直海 知之氏、アビームコンサルティング 鈴木雄大

顧客エンゲージメントにおけるトークン技術の活用

企業成長における顧客エンゲージメントの強化は、顧客のエンパワーメントにより今まで以上に重要となる。企業はこれまでもSNSを通して様々な情報の受信・発信を行い、企業と顧客のエンゲージメントを増加させてきたが、今後は顧客エンゲージメントの強化を図る上で「パーソナライズ」「社会的証明と承認」「共感と感情的なつながり」「長期的な関係の構築」という点について、一層意識を高めて取り組んでいくことが重要である。(図1)

図1 顧客エンゲージメント強化の重要性

上記の要素を高める上でも「デジタル資産の活用」は必要不可欠であり、特にブロックチェーン上のデジタル資産である「トークン(Token)」を活用していくことで、従来にはない新たな価値創出/顧客エンゲージメントを創出することができる。
例えば、スポーツ観戦においてもトークンならではの特性を活用することができる。具体的には、ファンは自分が応援する選手(推し)の活動結果に対し、法定通貨未満でも可能なマイクロペイメントを利用して、打率3割1分5厘であれば3.15円を投資するといった応援ができるなど、「視聴体験×推し体験」という新しい体験価値を提供できる。また、選手は経済的便益とファンエンゲージメントの強化を図ることができる等、トークンの持つ価値や体験を通じ従来にはなかった新たな顧客エンゲージメントの形を実現することができるだろう。顧客と企業との間のエンゲージメントを強化する一道具として、トークンの有用性が非常に高くなってきており、「新たな価値の創出」「エコシステムの一員としての参画」「地域活性化」という新しい世界観へと移行してきている。(図2)

図2 Payment Tokenスポーツ観戦・視聴×推し・ギフティングのユースケース

トークンビジネスにおける昨今の法的議論

次のセッションでは、西村あさひ法律事務所※1・外国法共同事業 弁護士の水井氏により、暗号資産の在り方等の検討の動向と金融審議会 資金決済制度等に関するワーキング・グループ報告の2つについて講演いただいた。
暗号資産に関する規制は、資金決済法を中心に進められており、暗号資産交換業者の登録制や利用者保護の枠組みが整備されてきているが、昨今ではステーブルコイン※2に関する法的議論も活発である。トークンはこれまで「取引対象(Tokenized asset)」「決済・送金手段(Tokenized payment)」の両輪で、法整備が進んできたとイメージすれば理解しやすく、かつて「仮想通貨」という名称で規制が始まり、そこからグローバルの動向を踏まえて「暗号資産」という名称に改正し、その後セキュリティトークンやステーブルコインなど、その時代に応じて様々な法整備がなされてきた。(図3)

図3 Tokenized asset & Tokenized paymentは「車の両輪」として法整備(出典:西村あさひ法律事務所)

次に、2025年4月10日に金融庁より「暗号資産に関連する制度の在り方等の検証」についてのディスカッション・ペーパーが公表された。これは、2024年事務年度金融行政方針(2024年8月30日公表)の12項で、「国内外における暗号資産に関する取引の動向を踏まえ、暗号資産に関連する制度の在り方について改めて点検する」との記述があり、これを受け、金融庁では、2024年秋より外部有識者による勉強会を開催して意見を聴取するなど、昨今の暗号資産に係る取引の実態等を踏まえ暗号資産に関連する制度のあり方等について検証を行い、ディスカッション・ペーパーはその検証結果を整理したものである。
意見募集の結果も踏まえ、暗号資産に関連する金融規制の見直しについて金融審議会で検討が行われ、金融商品取引法等の法令の改正が実施される可能性が高いと見込まれる。(水井氏) 
日本の金融庁が設置した専門家グループ「資金決済制度等に関するワーキング・グループ」にて、送金・決済・与信サービスの利用者・利用形態の広がりや、新たな金融サービスの登場を踏まえ、利用者保護等に配慮しつつ、適切な規制のあり方についての検討会が実施された。その検討内容が2025年3月に改正案として提出されている。その改正案の中では、暗号資産サービス仲介業など、「顧客エンゲージメント」との関係においても極めて重要な内容が記されているので参照してほしい※3
「顧客エンゲージメント」を一つとってもどういったファンクションを有しているのかを機能別に理解していくことが必要不可欠であると水井氏は語った。

※1 西村あさひ法律事務所
※2 ステーブルコイン:法定通貨の価格と連動するように設計されたトークンの一種
※3 金融審議会 資金決済制度等に関するワーキング・グループ報告

プラットフォーマーが語る、トークンエコノミーの展望~トークン化預金DCJPY~

ステーブルコイン、トークン化預金等のPayment Token(トークン化された通貨)は、近年多くの企業が取り組みを進めており、注目を集めている。背景には、キャッシュレス化の遅れ、トークンエコノミーの拡大、DXによる生産性向上への期待等がある。こうした要請に応える手段としてプログラマビリティー、価値の安定性、高額決済対応といった特性を備えたPayment Tokenが求められている、と株式会社ディーカレットDCP※4営業本部シニアマネージャーの金籠氏は語る。
ステーブルコインとトークン化預金の主な違いは「法的な位置づけ」にある。資金決済法で定義されているステーブルコインとは異なり、DCJPYは預金をトークン化した「トークン化預金」で、法的に預金と解釈され、預金保険制度への適合性、「預金」としての会計処理等、利用者にとって多くのメリットがある。海外では、特に欧米でステーブルコイン、トークン化預金ともに相当規模の実用化が進んでおり、日本でも今後両者が特徴に応じて棲み分けて市場を発展させていくだろう。(図4)

図4 トークン化預金“DCJPY”|特徴:銀行預金と同等の性質(出典:株式会社ディーカレットDCP)

同社の事業は環境価値取引での活用から始まったが、今後NFT・ST等、オンチェーンの領域でトークン化預金を用いた新たな経済圏を構築し、更にサプライチェーンとの連携等で社会全体のデジタル化を進めることを展望している。NFT決済やフィジカルインターネット(共同配送等で輸送を効率化する新しい物流システム)などでの導入検討が進んでおり、このような展望が想定よりも早期に実現する可能性があると、金籠氏は述べた。

※4 株式会社ディーカレットDCP:2018年に設立。暗号資産事業を経て、2020年からデジタル通貨事業を主軸とし、昨年2024年8月に初の商用サービスをローンチ。DCJPYは、「プログラマビリティー」と「銀行預金と同等の性質」を併せ持つトークン化預金で、参画銀行が発行主体となり、様々な事業会社が商取引等への活用検討を進めている。

トークンエコノミーにおける事業会社×銀行の可能性

顧客体験を高めるための金融サービスの設計において、ワクワク感や動機付けは非常に重要だ。特に、NFTやトークン技術の活用は新しい価値を提供する可能性があるため、これらの要素はさらに重要となる。銀行口座の開設やローンの借り入れ時には、通常ワクワク感は生まれない。しかし、ユーザーが「何かしたい」「何か欲しい、買いたい」という感情を持ったときに初めて、お金の流れを検討し始める。そのため、顧客の動機付けやワクワク感の醸成は非常に重要となってくる。サービス利用から見える顧客行動とライフステージの変化を生涯LTV(ライフタイムバリュー)と掛け合わせることで、結果としてLTVと顧客エンゲージメントの最大化につながってくる。その中でも「今後はトークンエコノミーが鍵となってくる」と住信SBIネット銀行株式会社※5常務執行役員の直海氏は話す。(図5)

図5 LTV・顧客エンゲージメント最大化に向けて(出典:住信SBIネット銀行株式会社)

現在、多くの企業が独自のNFT関連事業を展開しているが、国内の一般消費者レベルではNFTの浸透に課題がある。その要因は「リアル社会との距離感」である。NFTがなくても困らないし、ハードルを乗り越えてまで欲しいと思うほどの価値を感じられていないのが現状だ。そこで、BaaS、NEOBANKにおける銀行機能(フルバンキングサービス)と各種API開放という特徴を活かし、銀行アプリに「NFTウォレット」を搭載することで、提携企業のサービスに連携したトークンを発行できるのではないかと直海氏は話す。これにより、新しい価値を提供し、若年層の集客を図ると共に、NFTの普及を促進する。「銀行口座を作る」という行為は敷居が高いと感じられがちだが、新たなUX定義により「ウォレットを作る・利用する」という行為を気軽に利用できることで、今後銀行は新しい価値提供ツールとして、これまで実現できなかったファンサービスの創出を図ることができるだろう。

※5 住信SBIネット銀行株式会社: 2007年9月の開業以降順調に伸長しており、住宅ローン国内銀行トップシェアに位置付けられている。銀行業におけるFinTech領域のフロントランナーとして、国内初の各種API開放や、AIを活用した与信モデルの開発など、最先端のITを駆使して金融の世界に閉じない新しいサービスの開発や、銀行機能(フルバンキングサービス)や強固なセキュリティを持つNEOBANKプラットフォームの提供など、事業会社とのサービス連携、DXを実現することで、お客さまへ新たなサービス(付加価値)提供を実現している。

トークンエコノミーが持つビジネスの可能性

プログラムの最後にパネルディスカッションを実施し、①「RWAの必然性、優位性」、②「セキュリティトークン・NFTによる資金調達とファン化は広がるか」、③「デジタル通貨はどの領域で広がるか」の3つ観点から、どのようなユースケースが活きるのかを議論した。(図6)

まず、西村あさひ法律事務所の水井氏は、アセットとトークンの両方がTokenizedされた世界を実現するためには、「③まずは『デジタル通貨がどの領域で広がるか』という点が肝要であり、KYC(Know Your Customer)も重要な役割を果たす」と語る。例えばDID/VC※6などの技術を用いて、KYCについてもブロックチェーンを用いて実現すれば、トークナイズドされたアセットとペイメントの取引も促進する可能性はあり、5年後から10年後には大きな進展が期待できるのではないかと水井氏は話す。
また、株式会社ディーカレットDCPの金籠氏は、①②③のいずれにおいても、従来の方法では実現できない新たな価値をユーザーに届けることができるかどうかが重要だと話す。
①「RWAの必然性、優位性」については、NFTは希少性や流通性、永続記録性といった価値が認められることで普及の可能性があるが、真の普及には具体的な成功事例が必要になる。また将来的にはNFTがデジタル情報を扱う汎用的なプラットフォームになる可能性があるが、そのためには法整備やUX等の課題を克服する必要があるだろう。
②「セキュリティトークン・NFTによる資金調達とファン化は広がるか」については、セキュリティトークンは、対象アセットの拡大、セキュリティトークンの特性を活かした新商品組成、セカンダリーを含めた流通性の向上等がさらに進めば、社会的な受容が進む可能性があると考える。
③「デジタル通貨はどの領域で広がるか」については、アセット側であるNFTやセキュリティトークンの市場拡大に伴い、オンチェーン上で同時決済等が可能であるトークン化預金やステーブルコインの可能性がますます高まるだろう。

次に住信SBIネット銀行株式会社の直海氏は、一番難しいのは③の「デジタル通貨がどの領域で広がるか」という点を指摘する。かつてインターネットが情報をほぼ無料に価値の移転を滑らかにすることができたのは、TCP/IPという共通のプロトコルを作ることができたからだと話す。しかし、Web3やトークン技術ではまだそのレベルの確立がされていない。
ブロックチェーンは技術的には優れてはいるものの、それを乗り越えるための仕掛けをどうするのかといった方法論やそれをけん引するリーダーシップもまだ見えていないと話す。
日本では法整備が進んでおり、技術面やシステム面、法律面で恵まれた環境があるが、ブレイクスルーするためには複合的なパートナーシップが必要であり、多くの企業や団体を巻き込むことで、デジタル通貨の普及が進むだろう。しかし、これらを乗り越えれば新しい景色が見えるようになると直海氏は語った。
また、水井氏は、「電子マネーやクレジットカードの決済利用率は非常に高い一方で、ステーブルコインはまだそうしたものに比べれば、決済利用は進んでいない」と話す。トークンを普及させるためには、「Tokenized asset」を「Tokenized Payment」で決済することがまずは重要になってくる。しかし、例えばNFTの取引量ではそれと決済する必要性は必ずしも高くないため、アセット側のボリュームが重要となるが、その意味ではセキュリティトークンに大きな期待を寄せている。セキュリティトークンとDVP(Delivery Versus Payment)は理想的なユースケースであるが、まだ社会実装されていないというのが現状である。

金籠氏は、「ディーカレットDCPは、DCJPYを活用したセキュリティトークン決済について、証券会社やプラットフォーマーと共にPoC(概念実証)を実施し、DVP、リードタイムの短縮、業務効率の改善等の実現を目指している。」と話した。NFTやセキュリティトークンなどの新たな経済圏が広まっていくことで、トークン化預金に対するニーズが高まる可能性があるという。一方、既存の経済圏においては、決済システムの置き換えが一般的には困難であり、特にレガシーシステムが残る分野ではスイッチングコストが高いという課題がある。但し、フィジカルインターネット(共同配送等で輸送を効率化する新しい物流システム)のような新しい取り組みでは、新規システムの構築に合わせてDCJPYの導入が進めやすい。また、例えば保険業界においては、基幹システムは依然としてレガシーであるものの、「エンベデッド・インシュアランス(商品やサービスに保険を組み込んで提供する新しい保険の販売手法)」といった新領域では、比較的軽量な新システムが採用されており、こうした分野ではDCJPYの導入が検討しやすい。さらに、世界ではJPM Coin※7のように、企業内での資金移動や、プログラマビリティーの活用を通じて業務効率を改善し、新たなサービスを創出するなど、トークン化預金が幅広く活用されている事例があり、日本でもこのような形での活用が広がっていく可能性があると話す。(金籠氏)

最後に直海氏は、セキュリティトークンや NFTといったデジタルアセットによる資金調達やファン化が広がってくれば、ビジネス上のチャンスが生まれてくると話す。
現状、クレジットカードが強い決済市場において、「既存の仕組みを置き換えてまでデジタル通貨を導入するのはハードルが高く、むしろWeb3の世界が最も相性が良いと感じている」と直海氏。デジタル上でグッズや権利を取り扱い、企業と人が直接つながる土壌ができてきている中で、まずは既存にはない新しい領域を広げ、例えばウォレット上でNFTが簡単に取り扱え、まずは既存の決済手段でもシームレスに決済できるようにし、次にデジタル通貨等を用いた売買ができるようにすることも可能になるだろう。

図6 トークン技術を活用した、顧客エンゲージメント強化

本セミナーでは、デジタル通貨、NFT、セキュリティトークン(ST)など、最新のトークン技術とそのビジネスチャンスについて、法律事務所の目線、プラットフォーマーの目線、銀行の目線で多角的に紹介した。デジタル通貨の広がりについては、新たなビジネスチャンスが生まれる可能性がある。今後のビジネス展開や技術導入についてぜひご相談いただきたい。
アビームコンサルティングは、社会に新たな価値を創出する社会変革アクセラレーターとして、時代の変容を捉えながら、デジタルアセットおよびWeb3を活用した次世代の金融サービスの創造・発展に貢献していく。

※6 DID(Decentralized Identifier):分散型ID、VC(Verifiable Credential):検証可能なデジタル証明書。
※7 JPM Coin:グローバル総合金融サービス会社 JPモルガン・チェース・アンド・カンパニーによって開発されたトークン化預金。


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