生成AI導入におけるHuman Centered Designの有用性 ~ユーザー視点で切り拓くビジネス変革の実践~

インサイト
2025.05.15
  • 新規事業開発
  • AI
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生成AIの進化により、その活用範囲は単なる業務効率化にとどまらず、事業部門の専門的な業務支援にまで広がっている。企業価値を高めるためには、生成AIがいかに専門業務に貢献できるかが重要であり、その効果を最大限に引き出すには、ユーザー視点に立った活用設計が不可欠である。
本インサイトでは、生成AIが業務効率化を超えて専門業務支援のフェーズへと進化している現状を踏まえ、ビジネス導入における課題と可能性を整理し、Human Centered Design(HCD)のアプローチがその価値を最大化する鍵であることを解説する。

執筆者情報

  • 滝本 真

    Senior Manager

1. 生成AIとビジネスにおける新たな機会

生成AIは急速に進化し、単なる技術からビジネスに不可欠なツールへと変貌を遂げており、生成AIの導入によって新しいビジネス機会が次々と生まれている。例えば、eコマース業界では、商品説明の自動生成によるコンテンツ作成の効率化が進み、個々の顧客に最適な提案ができるパーソナライズドサービスも可能となっている。また、金融業界では顧客からの質問への自動応答や顧客データの解析を活用した信用リスク評価の支援など、生成AIがビジネスを加速するさまざまな活用例が見られる。製造業においても、技術文書や製品マニュアルの生成が自動化され、エンジニアの負担軽減や生産性向上が実現している。

生成AIの黎明期には、主にIT部門が議事録の作成や文書要約などのタスクを自動化し、全社的に利用するツールとして導入が進められてきた。この段階では生成AIは、業務効率化を目的とした便利ツールとしての役割が強調されていた。例えば、営業会議の議事録を自動生成することで、各部門の会議内容を迅速に共有し、社内コミュニケーションのスムーズ化を図るといった用途に用いられた。生成AIはIT部門によって全社の業務効率化を支援する重要なツールとして位置づけられていたのである。

今日の生成AIは、RAG(Retrieval-Augmented Generation)などの技術を用いることで、より高度で専門的な事業部門の業務にも対応可能となった。製造部門では製品検査プロセスに関する情報をリアルタイムで生成AIが解析し、品質管理の最適化を支援している。また、医療分野では、生成AIが患者の病歴データをもとに診断支援を行うなど、専門知識を要する業務でのサポートが進んでいる。この進化により、生成AIは単なる業務の自動化ツールから、より戦略的な意思決定支援ツールへと変貌している。

生成AIの導入において、IT部門と事業部門の連携が今後の競争力強化に向けて重要な鍵を握る。IT部門が生成AIを全社で統一的に管理しようとする一方で、事業部門はそれぞれのニーズに合わせた専門的な機能を求める傾向がある。このように、両部門の間には生成AIに対する期待感と課題の差異が存在するが、最適な生成AIの導入を実現するためには、これらの差異を埋め、共同での取り組みが欠かせない。具体的には、IT部門が技術的なガバナンスやプラットフォーム管理を担当し、事業部門は顧客や市場のニーズに即した生成AIの活用方法を見出すといった役割分担が求められる。

今後、生成AI活用による企業への付加価値向上のためには、一般的な業務効率化に加え、事業部門の専門業務を生成AIがサポートできるかが重要なポイントとなってくる。そのため、生成AIをより専門的かつ効果的に活用するためには、単なる技術導入にとどまらず、ユーザー視点に基づいたアプローチにより活用方法をデザインすることが重要となる。

2. 事業部門における生成AI導入のユーザー視点とHuman Centered Designの重要性

事業部門では、一般的な業務効率化にとどまらず、各部門特有の専門業務に対して具体的な課題解決や付加価値の向上が求められる。生成AIのビジネス利用が拡大するなか、事業部門における生成AIの導入にはユーザー視点を取り入れたアプローチが欠かせない。生成AIを導入するにあたり、まず事業部門ごとに異なる業務課題を的確に捉え、それをどのように解決するかをデザインすることが重要である。

こうした専門的な課題解決においては、Human Centered Design(HCD)のアプローチが効果的である。HCDとは、ユーザーのニーズや使用状況を中心に据えてシステムをデザインする手法であり、ユーザーの体験を最適化することを目的としている。この手法は単に機能を提供するだけでなく、業務課題の具体的な解決を目指し、使いやすさや業務への適応性を重視したシステムの設計を行う。具体的には、以下のようなHCDを活用したプロセスが実施される。(図1)

  1. ユーザーの観察と理解
    HCDでは、まずユーザーの日常業務や作業環境を観察し、どのような課題やニーズが存在するかを深く理解する。このステップでは、ユーザーインタビューや現場での行動観察を通じて、顕在的な課題だけでなく、ユーザーが感じている暗黙の不便さや期待を抽出する。
  2. 課題の明確化と解決策の仮説立て
    観察結果を基に、ユーザーが抱える課題を明確化し、それに対する解決策を仮説として立てる。生成AIを導入する場合、たとえば情報の検索や要約の自動化が業務効率向上に寄与するのか、データ分析をどの程度自動化すべきかなど、具体的な仮説をもとに導入すべき機能やツールを検討する。
  3. プロトタイプの設計とユーザーテスト
    仮説に基づいたプロトタイプ(試作品)を設計し、実際にユーザーが使用するテストを行う。この段階でのプロトタイプは、紙面や簡易なシミュレーションで構成されることもあり、ユーザーにとっての使いやすさや機能の効果性を確認する。
  4. フィードバックに基づく改善と反復
    ユーザーテストから得られたフィードバックを基に、プロトタイプを改良し、再びユーザーテストを実施する。この反復プロセスを通じて、ユーザーの実務環境や課題に適合した生成AIツールが完成していく。
図1 HCDを活用した生成AI導入プロセス

HCDにおいては、ユーザー視点での価値を最大化する設計がなされ、最終的には使いやすく実用的なツールが提供される。生成AIの導入プロセスにHCDを取り入れることで、事業部門における実際の利用者の期待や課題に合致した技術の実装が可能となり、導入効果が大きく高まる。

事業部門でHCDを活用することにより、生成AIの導入が業務のどの部分にどのような形で最も効果的かをユーザー視点で明確化できる。例えば、営業部門においては顧客対応の質を高めるためのチャットボットの導入や、データ分析に基づく顧客のニーズ予測などが重要視される一方で、製造部門では、品質管理や作業工程の最適化が主な課題となる。このように部門ごとの専門業務に密接した生成AIの活用シーンをデザインするには、現場ユーザーの視点から課題と解決方法を考え、期待する成果を最適化することが不可欠である。

事業部門への生成AI導入においては、単に新しい技術を採用するだけでなく、ユーザー視点に基づき、各部門にとって実際に役立つシステムやツールとして提供することが重要である。技術と業務のバランスを保ちながら、各部門が期待する成果を最大限に引き出すことが、企業全体の競争力強化にもつながる。

3. Human Centered Designを取り入れた生成AIの活用方法の策定

生成AIの導入に関心を持つ企業は増加しているが、業務効率化や事業価値の向上を目的とした生成AIの導入が進まないケースも見られる。先述の通り、特に事業部門では専門業務における生成AIの活用方法の導出が重要であるが、生成AIを活用する経験が少ない企業や部門では、活用方法に関する知識や経験不足により、その実現性をともなう導入プランの策定が困難となり、導入を躊躇することがある。
こうした課題を解決するため、当社ではHCDの考えに基づき、以下のプロセスで生成AIの導入方法の策定を行っている。

  • 1.

    生成AI体験
    初期段階では生成AIを体験してもらうことにより、生成AIの実力や可能性を具体的に理解し、自社の業務における適用方法をイメージできる状態にする。例えば、文書生成やデータ要約といった一般的な業務支援を体験することで、生成AIにできること、できないことの概要を把握し、それにより自身の業務において「こういった場面に使えそう」「もっとこうできれば業務ニーズにフィットするのに」といった想像や要望が持てる状態にする。

    なお、当社では生成AIの効果的な活用方法を検討するための初期支援サービスとして「生成AIスターターアプリ」を提供しており、企業が自社の業務や目標に合った生成AIの活用策を導き出す手助けを行っている。

  • 2.

    活用方法の導出
    つぎのフェーズでは生成AI体験を通じたフィードバックを基に、各企業が抱える課題や業務特性に応じた生成AIの活用方法を具体的に検討する。ここでは、生成AIの効果を発揮できる活用方法を明確にするとともに、その活用にあたり考慮すべき課題を洗い出す。例えば、データの質やアクセス制御に関する問題、導入後の運用方法に関する課題などを浮き彫りにする。これにより、単に生成AIを導入するだけでなく、効果的に業務効率を向上させるための実践的な活用方法を導き出すことができる。

  • 3.

    導入プランの策定
    創出した活用方法を実現に結び付けるために、技術構成や費用対効果、業務プロセスへの適用などを総合的に検討し、最適な導入プランを策定する。導入プランには、AI活用に関する実現可能性の高いスケジュールや予算、セキュリティ要件などが含まれ、生成AIを社内に定着させ、業務価値を高めるための実行可能なロードマップが構築される。

図2 生成AIスターターアプリを活用したプロセス例

本プロセスにより、事業部門が生成AI導入において感じる不安や課題を解消し、実際の業務プロセスに即したAI活用方法を導出することができる。ユーザー視点を取り入れた生成AIの活用策を策定することで、企業は自社の特性に合致した生成AIの導入を進めることが可能となり、効果的な業務効率化や事業価値の向上に寄与する。

4. Human Centered Designを活用した生成AI導入事例

医療業界においても、生成AIの導入が進みつつある。医療業界では、情報管理システムや業務プロセスの効率化が求められているが、従来のシステムに生成AIを組み込むだけでは、現場の医師や医療従事者のニーズに十分応えられないケースが多い。医療業界特有の課題やニーズに対応するためには、生成AIの活用方法を適切にデザインすることが極めて重要である。

そこで、当社ではHCDの考え方を取り入れ、生成AIスターターアプリを活用して実際の医療現場における課題を把握しながら、適切な生成AIの活用方法を導出する取り組みを行った。
本取り組みでは、脳神経内科、循環器内科、総合診療科の医師合計5名に生成AIスターターアプリを適用し、プロトタイプを通じた実証を行った。その結果、医師が日常業務の中で直面している課題をより明確に捉えることができ、以下の2つの具体的な生成AI活用シーンを導出するに至った。

  1. ナレッジ活用の支援 
    医療現場では、専門書籍や文献、口頭での伝承、個人メモなど、多様な情報が存在するものの、既存の情報共有手段ではそれらを十分に活用することが難しいという課題があった。生成AIを活用することで、これらのナレッジを統合・整理し、必要な情報を迅速に医師へ提供する仕組みを設計した。例えば、AIが診療記録と文献データベースを統合し、過去の症例や治療方針に基づいた参考情報を瞬時に提示できるようにすることで、診療の質向上に寄与できる。
  2. 専門外領域の標準治療や疑問への対応 
    医師は自身の専門領域以外の診療に関する情報を得る際、他科の医師へ問い合わせたり、膨大な文献を調査したりする必要がある。しかし、日常業務の中でこうした作業に時間を割くことが難しいのが実情である。そこで、生成AIが標準対応の調査を行い、他科医師への問い合わせや回答の橋渡しをする機能を設計した。これにより、医師が必要な情報を迅速に取得でき、より適切な診療判断を行うことが可能となる。

この取り組みの大きなポイントは、単なる空想で生成AIの活用方法を考えるのではなく、簡易なプロトタイプを実際に使用することで、医師の課題感をより明確に浮き彫りにした点にある。生成AIの体験を基にした利用者のリアルな業務課題を把握し、それに基づいた生成AIの活用設計を行うことができた。
本事例からも明らかなように、生成AIの導入においては、単なる技術導入ではなく、実際の利用者の立場に立ち、適切な活用方法をデザインすることが極めて重要である。

5. 生成AIと共に創る未来

これまで述べてきたように、生成AIは企業の成長と競争力強化において重要な役割を担うようになっており、単純な業務効率化を超えるものとなっている。特に事業部門の専門業務に対応する生成AIの活用が広がり、企業全体の生産性や業務の高度化に貢献している。

現在の生成AIは主にユーザーの指示に基づいてテキストやデータを生成するが、今後はAIエージェントと呼ばれるより高度な自律型システムへと発展する可能性がある。AIエージェントは、ユーザーの指示がなくても業務プロセスを学習し、自律的にタスクを実行する能力を持つとされている。例えば、営業部門においては顧客対応のパーソナライズ化を自動で最適化し、製造部門では生産計画の調整をAIが主導するなど、より高度な業務支援が期待される。
よって、今後AIは単なるツールではなく、ユーザーとの関わり方そのものを変革し、業務のパートナーとしての役割を担うようになる。
このような技術の進化に伴い、生成AIが対応できる業務範囲は広がり、活用シーンも多岐にわたることが予想される。しかし、AIがより自律的に意思決定を行い、多くの業務プロセスを担うようになることで、従来以上に「人間とAIの協働」の設計が重要となる。AIが適切に業務を遂行し、ユーザーにとって信頼できる存在となるためには、その設計段階からユーザー視点を組み込むことが不可欠である。
まさに今、生成AIが多様な業務に関与するなかで、HCDのアプローチがこれまで以上に重要となる。ユーザーの業務ニーズに適合した生成AIの活用こそが、導入効果を最大化するカギとなる。実際に現場で使用する人々の視点を取り入れ、適切な機能性や使いやすさを備えたAIソリューションを設計することが、企業の競争力向上につながる。

アビームコンサルティングは、HCDのアプローチを活かし、生成AIの可能性を最大限に引き出すことで、企業の成長と競争力強化を支援し、さらに持続可能な未来に向けた新たなビジネス価値の創造にも貢献し続けていく。


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