デジタルバンクやネットバンクにおけるCX検討のポイント

インサイト
2025.08.21
  • 銀行・証券
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近年、日本国内においてデジタルバンクやネットバンクに代表される新たな形態の銀行の設立が増加している。既存銀行と比較して利便性の高さや経済条件(金利・手数料)の良さを訴求しているものの、既存銀行もデジタル化を推進していることもあり、開業後の収益化に苦労している銀行も相応に存在する。厳しい競争環境下において、デジタルバンクやネットバンクが黒字化を実現するためには、デジタルならではの特性を活かしてCX(顧客体験価値)を強化することが解決策の一つである。
本インサイトでは、デジタルバンクやネットバンクにおけるCX検討のポイントについて解説する。

執筆者情報

  • 田辺 健太

    田辺 健太

    Senior Manager
  • 岡本 賢治

    岡本 賢治

    Manager

1.国内におけるデジタルバンク・ネットバンクの動向

国内では2000年のジャパンネット銀行(現PayPay銀行)を皮切りに非対面のみで銀行サービスを提供するネットバンクが誕生し、2021年5月にはアプリ完結型のサービス提供などを特徴とする国内初のデジタルバンクとして、みんなの銀行がサービスを開始した。次いで、2022年1月にはUI銀行が開業している。
収益面においては、国内で先行開業している主要ネットバック(楽天銀行、住信SBIネット銀行、auじぶん銀行など)は黒字化までに相応の期間を要している(図1)。みんなの銀行も2023年度で93億円の赤字となっており、3期連続での赤字を計上している。海外の主要デジタルバンク・ネットバンク(Monzo/イギリス、Starling Bank/イギリスなど)の純利益も開業当初は赤字となっており、デジタルバンク・ネットバンクは開業後の収益化に苦労している様子が伺える。
非対面のみでサービス提供するデジタルバンク・ネットバンクでは、フルサービスを提供する銀行よりも少ないチャネルにて顧客接点を維持・強化しつつ効果的にアプローチしていくことが求められる。そうした状況下で収益化に向けてトップラインを改善していくためには、CXの取り組みの強化が重要なものとなってくる。 

図1 主要なデジタルバンク・ネットバンク開業当初の当期純利益推移

2.CX検討のポイント

(1)ビジネスモデルと提供価値

CXは競合との差別化領域であり、金融機関によって取り組むべきことが異なる点に留意することが必要である。例えば、リテールの場合、ターゲット顧客が富裕層か、マス層か、金融リテラシーが高い層か、低い層かなどにより提供すべきCXは異なる。どのような取り組みをすべきかは、ビジネスモデル及び提供価値を整理した上で検討することが必要と考える。

①ビジネスモデル

CXの観点にてビジネスモデルを検討する上での論点は3つある。まずは、ターゲット顧客は誰かという点である。富裕層かマス層か、金融リテラシーの高い層か低い層か、Pull型営業が適した顧客かPush型営業が適した顧客かなどである。例えば、富裕層をターゲットとするのであれば、デジタルチャネルだけでなくリアルチャネルと組み合わせた顧客体験を提供することが必要になるであろうし、金融リテラシーの高い層をターゲットとするなら、専門家コラムや為替情報などの提供は必須となる。逆に金融リテラシーの低い層をターゲットとするなら、金融に親しんでもらうためのコンテンツが必要になってくる。
2つ目の論点は自社で顧客接点を確保するかという点である。自社チャネルで金融サービスを提供するか、BaaS(Banking as a Service)のような形で大規模顧客基盤を持つ事業者に銀行の商品・サービスを提供することで自社ではチャネルを持たないかなどである。自社でチャネルを持たない場合は、マーケティング機能は不要となる。
3つ目の論点は自社で商品・サービスを全て提供できるか、するかという点である。例えば、銀行サービスだけでなく、証券サービスや保険サービスを提供するか、非金融サービスを提供するかによって、必要となるCXは異なると考える。

②提供価値

ビジネスモデルが確定したら、次はどのような価値を提供するかを考えることが重要となる。CX検討において着目すべき価値の主な構成要素には、①経済条件②顧客体験③エコシステムの3つがある(図2)。
①経済条件は金融商品の金利や手数料、キャッシュバックやポイントなどのインセンティブで競合比優位な金銭的条件を提示することである。
②顧客体験は、顧客の顕在/潜在ニーズを徹底的に分析したうえで、利便性の高いサービスを提供することである。取引時間や手続きの簡便さ、取引のためのコンテンツ(各種レポート、シミュレーションツールなど)が考慮ポイントとなる。
③エコシステムは、金融×非金融でさまざまな業界と提携し、顧客が生活で必要となるサービスをワンストップで提供することである。過去黒字化に成功した事例を踏まえると、①経済条件で勝負できる場合は、②顧客体験や③エコシステムの要素が多少弱くても収益化は可能と考えるが、①経済条件で他行比優位な条件を提示できない場合は、②顧客体験や③エコシステムの要素を磨くことが重要と考える。

図2 銀行業界の取り組みと提供価値

(2)CX成功要因

ビジネスモデルと提供価値が確定したら、具体的な仕組みづくりとなる。CXを成功させるための仕組みづくりのポイントを6つにわけて説明する。なお、例えば、ビジネスモデルの1つ目の論点であるターゲット顧客に応じて後述する①で必要となる具体的な仕組みが変わったり、提供価値として経済条件に重きを置く場合には後述する②③⑥の仕組みが特に重要となったりなど、これら6つのポイントは前述したビジネスモデルと提供価値に応じてそれぞれの必要性や重要度が変化する。

①日常的にアクセスしてもらえる仕組みの構築

CXを成功させるためには、顧客に頻繁にアクセスしてもらえる仕組みを構築することが重要になる。それにより顧客の行動・ニーズを分析して最適な提案ができることに加え、マーケティング時の有効な接点を確保できるようになる。しかしながら銀行は、他業界と比較しアクセス頻度が低いのが実態である。大多数の顧客は給与受取や売掛金決済などでの入金確認、あるいは振込を行う場合にしかアクセスしない。決済手段提供やクーポン配信、収支管理など、顧客に利便性の高いコンテンツを提供することで、日常生活の導線上にアプリ利用などの顧客接点が組み込まれるような仕組みを構築することが重要である。

②顧客データの収集

アクセスの仕組みの次に検討が必要となるのは、顧客データ収集の仕組みである。
リアル・デジタル、自社・社外を問わず、あらゆる顧客情報を収集し、顧客がどのようなコンテンツに興味をもっているか、いつどのような商品を取引したか、顧客1人ひとりの行動や興味・関心を把握することが重要となる。
まずは、属性情報だけでなく取引行動の変化などマーケティングに有効と想定される情報を検討した上で、自行で取得可能な情報の収集から開始していく。そして、段階的にFintech企業など他社との連携を通じて個人情報保護法に留意しながら外部の情報を取得していくことで、マーケティングの土台となるカスタマー・データ・プラットフォーム(CDP)を効果的に構築していくことが重要となる。

③顧客行動に即したサービス提供

データ収集した顧客情報をAIなどにより解析することで、顧客属性情報・取引行動の変化などが商品の取引可能性にどの程度影響するのかといったインサイトを獲得することが可能となり、オファーの精度向上が期待できる。
多様な解析アプローチが存在するなかで有効な解析アプローチを見極めたうえで、その解析結果をもとに顧客1人ひとりに最適な情報・商品・サービスを、最適なチャネルから、最適なタイミングで提供することが重要となる。

④顧客の囲い込みに向けた仕組みの構築

提供価値としてエコシステムに重きを置く場合には、特にAPIの活用や企業間提携などで他社サービスと融合したプラットフォームを構築し、顧客を囲い込むことが重要となる。
エコシステムにはさまざまなパターンが考えられる。例えば、楽天銀行のように楽天経済圏における中核銀行として、楽天ポイントをフックにさまざまな金融サービスを提供し、経済圏における利用価値を訴求する「異業種連携型」、銀行、証券、保険、ローン、リースなど複数の金融機関やFintech系企業と連携しワンストップで金融サービスを提供する「金融サービス連携型」、地場の企業と連携し、地域のスタートアップ企業や中小企業向けに利便性の高いサービスを提供していく「地域企業連携型」などである。
提携先選定においては、自行がターゲットする顧客ニーズを見極めるとともに、技術・人材・情報・資金といった経営資源を自行と補完し合い、Win-Winの関係となることが必要となる。
また、エコシステム構築においては、銀行がAPI基盤を構築し、さまざまな外部企業に公開することが重要となる。API公開を行うことにより外部企業と連携した利便性の高いサービスを顧客に提供することが可能になると考える。

⑤KPIを活用したPDCAサイクルの確立

サービス提供や顧客の囲い込みを進める中で、実施したマーケティング活動がどのように成果に結びついているかを可視化し定期的に施策を見直すことも重要となる。
KPI設定においては、ローン残高増加などの最終的な成果を示す指標だけでなく、マーケティング施策がどの程度実行され、顧客がどのように反応した結果、ローン残高増加につながったのかという最終的な成果につながるプロセスを分解して、プロセス単位で指標を設定することが必要となる(図3)。

図3 マーケティングの評価指標・KPIの例

⑥取り組みを継続する組織・人材育成

これまでに述べてきたマーケティング活動を継続的に推進するためには、データ分析・活用人材を育成することが必要となる。
データ分析・活用人材には、「課題背景を理解した上でビジネス課題を整理し解決する力(ビジネス力)」「情報処理・人口知能・統計学などの情報科学系の知恵を理解し使う力(データサイエンス力)」「データサイエンスを意味のある形に使えるようにし実装・運用できるようにする力(データエンジニアリング力)」という3つのスキルが求められる。
スキルフレームワークを定義し、自社に必要な人材を明確化した上で戦略的に育成することが必要となる。

3.最後に

これまでデジタルバンクとネットバンクを並列にて語ってきたが、両者の違いについて言及しておく。デジタルバンクとネットバンクは、店舗を持たないという意味では同じであるが、人手をどこまで介在させるかという点で大きく異なると言われている。デジタルバンクは、デジタルオリエンテッドで可能な限り人手を介在させないことを前提に仕組みを構築している。一方でネットバンクは伝統的な銀行の提供チャネルをデジタルに限定した形に近く、バックグラウンドは人手が介在することが前提に設立されている。
CX検討に際しては、どこまで人手を介在させるかがポイントの一つとなる。テクノロジーの進化によりデータ分析などは人手を介在させずに行うことも可能になってきているが、顧客への訴求メッセージやクリエイティブの検討などは、人手を介在させた方が効果的な場面もあると考える。CXの高度化検討において、デジタルバンクであっても、ネットバンクであっても前述の論点に違いはないが、人手の介在のさせ方については留意することが必要である。早期の収益化実現に向けては、一つ一つの検討ポイントにおいてより効果的かつ効率的な選択肢を取れるかどうかが重要となってくる。

アビームコンサルティングでは、こうしたCX検討に関する豊富な知見と専門人材を有しており、今後も個社の状況に合わせた企業の成長に貢献していきたい。

 

※参照URL
・みんなの銀行
https://www.minna-no-ginko.com/open-account/column/digitalbank/
・PayPay銀行
https://www.paypay-bank.co.jp/recruit/fresh/history.html
・ふくおかファイナンシャルグループ
https://www.fukuoka-fg.com/investorimage/data/20240528_ir.pdf
・みんなの銀行決算
https://www.fukuoka-fg.com/investorimage/data/20220523_ir.pdf
https://www.fukuoka-fg.com/investorimage/data/20240513.pdf
https://corporate.minna-no-ginko.com/information/public-notice/
・UI銀行決算
https://www.uibank.co.jp/info/public-notice/
・楽天銀行(単体)
https://www.rakuten-bank.co.jp/corp/investors/documents/disclosure.html
・住信SBIネット銀行(単体)
https://www.netbk.co.jp/contents/company/ir/library/disclosure/
・auじぶん銀行(単体)
https://www.jibunbank.co.jp/corporate/financial_information/


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