AIのトレンドを受けた国内金融機関に必要な対応について(基本編)

インサイト
2025.04.21
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  • 保険
  • DX
  • AI
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ChatGPTに代表される生成AIの急速な発展と浸透は、国内の金融機関の経営においても大きな影響を与えつつある。
本インサイトは、金融業界におけるAIについて包括的に学びたい方を対象に、基本的な情報として、国内の金融機関のAIの取り組み状況を説明する。特に昨今、急速に普及し類似サービスが多数登場している生成AIに加え、従来型AIの取り組みとその背景についても言及する。また、生成AIや従来型AIのこれまでの取り組みを踏まえ、AIを活用するために国内金融機関として対応が必要なポイントについても示す。

執筆者情報

  • 田中 元海

    Director
  • 松尾 直弥

1.生成AIの急速な社会への浸透

2022年11月に登場したChatGPTは、リリースした5日後には100万のユーザーを記録し、1か月後には1億ユーザーに達したとされており、いまもなお利用者の拡大が続いている。Chat GPTを提供するOpen AI社は、Chat GPTの基礎となるGPTという人口知能モデルを2018年から発表しているが、当初は学習のデータセット・パラメータも少なく、能力は限定的であった。その後モデルを成長させ、1750億のパラメータを持つGPT3やChat GPTにつなげていった。Chat GPTまでのGPTのシリーズではAPIを通じて開発者が利用するものであったが、Chat GPTはユーザーとの対話に重点が置かれ、チューニングも対話にて行うことができるようになったため、ユーザーのすそ野が広がり、急速な広がりを見せた。

2.国内金融機関の生成AIの活用状況

生成AIについては、日本国内の金融機関においても急速に業務への適用が進んでいる。金融庁が2025年3月4日に公表したAIディスカッションペーパー「金融機関等におけるAIの活用実態と健全な利活用の促進に向けた初期的な論点整理」によると、アンケート調査対象の金融機関等の7割以上が、幅広く一般社員向けに生成 AI の活用を認めていると言う(図1)。また、生成AIの導入後の活用状況についても、69%以上が「導入後よりも現在の方が活発に利用されている」もしくは「導入後から大きな変化なく継続的に利用されている」との結果となっている。

図1 国内金融機関における生成AIの導入状況

これらの背景としては、日本の金融機関のDXへの取り組みの遅れに対する懸念や、人材不足といったことがあると考えられる。また、Chat GPTに代表される生成AIは使い勝手がよく、投資をしなくても、まずは試すことができるという点も受け入れられやすかったと推測される。また、ここ10年ほどで広がったRPAによる業務効率化の実体験も影響していると考えられる。業種別にみると日本の大手金融機関のRPA普及率は他業界より高いと言われており、こうしたテクノロジーと業務の親和性も高いといえる。

3.従来型AIの活用

AIディスカッションペーパーにおいては、生成AIのみならず、従来型AIも含めた利用状況のアンケートが記載されているが、「なんらか活用している」という回答が93.1%に上り、生成AIが登場する前から金融業界においてはAIが活用されてきていると言える。日本銀行も2024年10月に金融システムレポート別冊シリーズ「金融機関における生成AIの利用状況とリスク管理」を公表しているが、こちらでも多くの金融機関が従来型のAIを導入済みもしくは試行検討中と回答している。なお、従来型のAIは、「書類文書のテキスト化(OCR)」「顧客対応業務」「情報検索」「マーケティング」「AML/CFT 対策」「与信審査・信用リスク管理・引受審査」などで主に活用されている。

4.生成AI・従来型AIのトレンドを踏まえた必要な対応

こうしたことを勘案すると、生成AIはビジネス課題の解決として飛躍的にできることが広がったという一方で、ある種、これまでの技術の延長線上にあるものであり、ナレッジをしっかりと蓄積していくことが肝要である。ナレッジを蓄積し、AIをより活用していくためには、以下の対応が必要と考えられる。

①早いスピードで成長していく技術動向を把握すること

AIについては、海外金融機関でも積極的に活用されているケースがあるが、技術の進歩・浸透の速度が速いことから、投資に見合った十分な成果を得られている状況とはいえず、明確な勝者は存在しないと言われる。そうした不確定な状況においては、実際の製品やサービスを使ってみて、試行錯誤を繰り返し、手触り感を得ることが重要となる。従来の大規模なパッケージ製品などと比較し、AIに関するものはスモールスタートが可能である。特に生成AIについては、従来型のAIと比較し、大規模な仕組みを構築しなくてもユーザー主導で利用できるものも多くある。
また、公的な機関が公表しているレポートやDXに積極的に取り組んでいる事例も参考になる(図2)。なお、他社事例については、自社とは条件が合わないケースや情報入手時にはすぐに古い情報になっていることが多くあることから、そのものを真似するということではなく、事例における狙いや背景・ポイントを理解し、自社の経営環境や事業特性と照らし合わせて施策を考えることが肝要である。

発行機関 レポート名 概要
内閣府
(2019年3月)
人間中心のAI社会原則 社会的な視点でのAIの便益や影響力・リスクをとらえられたものとして、AIの社会原則やAI開発利用原則などがまとめられている。
日本銀行
(2024年10月)
金融機関における生成AIの利用状況とリスク管理
-アンケート調査結果から-
日本銀行の取引先金融機関のうち155先を対象にした「AIの利用状況等に関するアンケート」をもとに生成AIの利用の現状と課題、リスク管理上の論点などが整理されており、ユースケースの紹介などもある。
金融庁
(2025年3月)
AIディスカッションペーパー
「金融機関等におけるAIの活用実態と健全な利活用の促進に向けた初期的な論点整理」
金融分野におけるAI活用のユースケースやAI活用における課題や課題克服に向けた取り組み事例などが記載されている。
図2 <参考>公的な機関が公表しているAIに関連するレポート

②データを整備しAIを有効に利用できる状態にすること

従来型のシステム開発では、システム開発時や大規模なシステム更改時にデータを定義し移行する、もしくは、新たにデータを蓄積していくというアプローチが中心であったが、AIによるシステム開発では、存在するデータを活用していくというアプローチとなる。したがって、データ自体がなければ有効にAIを活用することは難しい。データ整備については、具体的なゴールの設定は一朝一夕にはいかないが、日本の金融機関では多くのレガシーシステムが存在し、データ活用において機動的な対応が難しいケースがあることから、まずは使いやすい状態にすることが重要である。データを使いやすい状態にする手段としては、データウェアハウスやデータレイクのような統合のインフラを整備する方法や内部APIにてデータを連携しやすくするなどいくつかの方法がある。また、データ整備に当たっては、金融機関の保有するデータは膨大であり、すべてのデータをさまざまな切り口で整備するというのは現実的ではない。そのため、いくつかのユースケースを検討し、それらを実現するために必要なデータを定め、整備を進める必要がある。また、データの品質やセキュリティを守るためのデータガバナンスの仕組みも求められる。

③業務・IT・データに精通した人材の育成と人材を活かす組織の構築

基幹システムなどの大規模システムの開発においては、ユーザーが定義した要件にもとづき、IT部門が設計開発をするというウォーターフォール型の開発が現在でも多く取り入れられている。しかしながら、AIやデータ活用に主眼を置くと、技術の特性や限界を確認しながら進める必要があることから、ウォーターフォールのように要件を定義しきることは困難である。したがって、業務設計と実装を一体として考えることができる業務・IT・データに精通した人材を増やしていくことが重要となる。業務とITの知識の壁が低くなっている点は以前から指摘されており、業務部門とIT部門の人事異動が頻繁に行われるケースがあるが、AIを活用する上では、それに加えデータについても精通していることが望まれる。また、AI開発においては「Human-in-the-Loop(HITL/人とAIを統合したシステム)」として、人間が介在しAIの精度向上や倫理的な面の確保をすることが求められることから、AI特性の理解も必要である。こうした人材は育成に時間がかかることから、経験者を外部から獲得することも選択肢として考えることになる。しかしながら、IT・データに精通した人材は各企業で求められており、容易ではないことから、中長期的な視野から自社で育成していくことも並行して進める必要がある。
また、人材を活かしていくためには、組織のあり方も変えていく必要がある。大きく中央集権、自律分散といった考え方があるが、ハイブリッドのような形態も考えられる。事業規模が小さい場合やビジネスモデルがシンプルな場合は中央集権でスピード感をもって取り組むことが望ましいが、そうでない場合は自律分散もしくはハイブリッドでの対応が中心となる。それぞれにメリットとデメリットがあることから、事業特性や文化などに応じた形で見直していくことが望まれる。

5. まとめ

生成AIは急速に社会に浸透してきており、国内の金融機関においても大きな影響を与えつつある。しかしながら、多くの国内の金融機関においては生成AIが浸透する前から従来型のAIを利用しており、そこで得られた経験を活かしていくことが望まれる。これまでの経験を活かしつつ、よりAIを活用していくためには、「①早いスピードで成長していく技術動向を把握すること」「②データを整備しAIを有効に利用できる状態にすること」「③業務・IT・データに精通した人材の育成と人材を活かす組織を構築すること」が肝要である。
アビームコンサルティングでは、金融機関の経営や顧客サービスの向上・現場での業務改善につなげるためのAI・データ利活用のための企画・戦略策定から実装や業務定着までを包括的に支援している。今後も金融機関の持続的な成長に向けて貢献していきたい。


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