金融犯罪対策/AMLの今と未来~金融機関に求められる新たな視点とは~

インサイト
2025.03.11
  • 保険
  • 銀行・証券

2025年2月6日、アビームコンサルティングは、当社主催セミナー「金融犯罪対策/AMLの今と未来~金融機関に求められる新たな視点とは~」(以下、本セミナー)を開催した。本稿では、金融業界における金融犯罪対策/AMLの動向、ならびに対策のポイントについてお伝えする。
(本稿は、本セミナーをもとに再編成しております。)

執筆者情報

  • 高田 望

    Director

金融行政における金融犯罪対策の重要性

全世界で地政学リスクが高まる中、犯罪者やテロリストにつながる資金を断つことは、国際社会全体で取り組まなければならない課題であり、マネロン等対策の重要性はこれまでになく高まっている。無論、日本も例外ではない。元金融庁長官の中島淳一氏に、金融行政における金融犯罪対策/AMLの重要性を語っていただいた。

一般社団法人金融データ活用推進協会( FDUA )顧問(元金融庁長官) 中島淳一氏

基調講演の冒頭では、ご自身が制定に尽力された2003年の本人確認法全面施行に始まり、FATF第三次審査の結果を踏まえた犯罪収益移転防止法の改正、ビットコイン・マウントゴックスの事案を受け他国に先がけた暗号資産の法整備などを経て、今日に至る日本のマネロン対策・金融犯罪対策の歩みを、ご経歴と共に振り返っていただいた。また、2021年に結果が公表されたFATF第四次審査においては、官民一体の金融部門の取り組みが日本全体の評価を押し上げた、と語った。リスクの高まり・テクノロジーやビジネスの進化と共に、金融行政の中で一層重要性を増す金融犯罪対策の歴史を認識できた。
昨今の複雑化する金融犯罪やマネロン手法に対し、今後の対策のポイントとして4つの示唆があった。リスクベースアプローチの強化、リアルタイムの意思決定を支えるデジタル活用、業界内外との連携・モデルの業界内共有、経営陣のリーダーシップによるガバナンス強化というものだ。
「金融犯罪対策の目的が、資金面から犯罪組織の活動を抑止するものから、国民を詐欺から守るといった直接的なものへシフトしている。」(中島氏)

官民それぞれの取り組みと現在地

行政はもちろんのこと、民間の金融機関においても、金融犯罪対策は喫緊の課題である。では、行政・民間はどのような取り組みを推進しているのだろうか。齋藤氏、植田氏に、行政・民間の取り組みを紹介いただいた。

左:金融庁 総合政策局 リスク分析総括課 金融犯罪対策室長 齋藤豊氏
右:株式会社三井住友銀行(全国銀行協会会長行) AML 金融犯罪対策部長 植田敬氏

2021年4月に、金融庁は各金融機関に対し、マネロンガイドラインで対応が求められる事項について、2024年3月までに態勢整備を完了するように要請文を発出した。
金融庁 総合政策局リスク分析総括課 金融犯罪対策室長を務める齋藤氏によると、業態・規模に寄らず、99%の金融機関が、2024年3月末までに対応を完了させた。

しかしながら、マネロンガイドラインの対応が求められる事項の完了は、スタートラインに立った状態である。今後は、金融機関が自ら有効性検証を行い、基礎的な態勢を高度化していく必要がある。FATF第5次審査を見据え、金融機関が有効性を合理的・客観的に説明できるようになることを期待し、金融庁では、金融機関向けに有効性検証の考え方や実際の取り組み事例を公表物として示す予定である。「金融機関の態勢が不十分であった場合に誰が困るのかと言えば国民である。態勢不備が、金融機関の存在を揺るがしかねないことを理解のうえ、公表物を十分に活用し、各金融機関が自立し有効性検証の枠組みを構築してほしい」と語った。

では、このような状況のもと、金融機関はどのような取り組みを推進しているのだろうか。
三井住友銀行では、主な取り組みとして、有効性検証を含む態勢整備、地政学リスクに伴い複雑化する経済制裁への対応、金融犯罪対策を実施している。しかし、いずれの取り組みも一筋縄ではいかず、時間も工数も嵩むものである。これに対し、「リソースは足りていますか?」と疑問を投げかけるのは、同行AML金融犯罪対策部長の植田氏。同行では、リスク管理の年間サイクルを策定し1線、2線、経営陣がそれぞれの役割を発揮・連携する事例が紹介された。「この年間サイクルを滞りなく運用するには、リソース配分が欠かせない。それには経営陣のマネロン対策へのコミットが不可欠である」と植田氏は述べた。

守りの戦略のポイントとは

「守りの戦略を紐解く」と題して金融犯罪対策/AMLの有効性向上のための戦略のヒントを持ち帰っていただくことを狙いとし、態勢整備の根幹を司る「経営陣のリーダーシップ」と、業界のトレンドである「有効性検証」の2つのテーマを取り上げ、齋藤氏、植田氏とともにパネルディスカッションを通じ深堀りをした。

1.経営陣のリーダーシップ

マネロンと言えば、直近のカナダ大手銀、トロント・ドミニオン銀行の米国法人(TDバンク)に対する処分事案の記憶が新しいだろう。麻薬カルテルなどのマネーロンダリングに対し、適切な監視を怠った刑事責任で有罪を認め、米司法省などに総額約31億ドルを支払う事態となり、世界中の金融機関に衝撃を与えた。金額の大きさもさることながら、当局報告の不備のみならず、犯罪組織への不正送金を通じて、結果的に銀行としてマネロン活動を許容してしまっていたと評され、さらにその衝撃を大きくした事案だ。
このような事案が発生すると、三井住友銀行ではタイムリーに経営陣にシェアすることは当然ながら、事案の内容や規模によっては経営陣向けの勉強会を実施しているという。また、自社だけではなくグループ会社や海外拠点にも展開し、グループ全体での意識醸成を図ることを仕組化している。「TDバンクの事案は極端な話にも聞こえるが、実はどこでも起こりうるケースと考えている。どこの銀行にも類似の事象が発生する構造があり、他人事ではないはずだ。抑止には行員一人ひとりの意識が重要だと考える。」(植田氏)

また、齋藤氏も「行員と経営陣の意識が揃うことこそが重要である。意識変革をするには各金融機関の舵を取る経営陣自らが率先して動く必要がある。経営陣の関与が形だけだと、組織全体は当然ながら守りの要である担当部門の意識や士気の低下も避けられない。」と続けた。
一般論として、経営陣の役割は、意思決定・適切なリソース配分、組織全体への意識醸成、ステークホルダーとの信頼構築とされている。経営陣はこれらを自らの役割として主体的に考え行動し、全行員にその様を見せていくことが求められている。

さらにこれに対し植田氏は「昨今の地政学リスクの変動など、経営陣は難しい局所と対峙することが多いが、有事の時こそ、経営のパワーが発揮されるシーンだと考えている。経営陣のリーダーシップのもと、お客さまと接するフロント部門を含め安心して業務に従事できる体制が、お客さまや社会の安心にもつながる。だからこそ、経営陣への情報共有は欠かせない。」と伝えた。

2.有効性検証

2025年1月20日、金融庁は「マネロン等対策の有効性検証に関する対話のための論点・プラクティスの整理(案)」を発表した。この公表の背景として齋藤氏は「ガイドラインにおける対応事項の期限内の対応が完了したことで、やるべきことは終わった。」と考えている金融機関があることを示した。しかし、基礎的な態勢整備の完了はスタートラインに立ったにすぎず、やるべきはここからが本番なのである。そのため、今後に向けた方向性を行政として示したものが、今回の公表だとした。
既出のマネロンガイドライン・FAQがあり、それに加え今回の公表物が存在する。マネロンガイドライン・FAQは最低の目線・水準をクリアしているかを確認する、いわばチェックリストであるのに対し、今回の公表物は、これまでに構築した体制の維持や高度化をする上でどのようなことを実施すればよいのかという考え方を示したものである。また、今後金融機関の実際の取り組みをまとめた事例集の公開を予定しているという。

齋藤氏は「有効性検証で100点を取る必要はないし、当局としても100点ですという報告は期待していない。検証結果として何が有効だったのか、有効でなかったのかを客観的視点で評価し、今後どう対応していくのかを検討するためのインプットとしてほしい。常に変化していく内外の環境に合わせ、継続的に検証内容をブラッシュアップしていくことが、真に求めていることだ。」と語った。

これを受け、植田氏は自行におけるリスクをどう客観的に説明できるか、どう改善するかという点において、リスクの「見える化」が重要になると述べた。「見える化」することで初めて具体的な低減策も施行できるとし、その手法として、データの活用の必要性を説いた。同行では、以前よりデータを活用した検証を実施しているが、刻々と変化する犯罪類型や社会情勢に対して、データの蓄積年数が浅いことなどから、傾向が見いだせず、異常値が出るなど、データを活用し有効性を十分に図り切るのは困難なケースも多いとした。しかしながら、だからと言ってやらないという選択肢は取り得ず、エキスパートジャッジメントとデータ活用を併用し、取り組んでいると語った。
また、同行はデータ管理の体制強化にチャレンジしているという。具体的には、数年前に専門チームを新設し、専門家の育成に取り組んでいる。客観的な状況の把握や説明のためにデータ活用をするには、システムと業務の両方の知見が必要となり、人材育成を含め組織としてのチャレンジであると紹介した。「お客さまや銀行をマネロンや金融犯罪から守るため、より具体的で効果的なリスク低減策を実施するための取り組みである。」(植田氏)

齋藤氏も同様に、定性的な説明だけではなく、定量的な補足も必要になることを示唆した。無論、口で言うほど易しいものではないことは理解していると伝えた。FATF第5次審査には概ね3年間のデータが必要になり、そのためには今年中にデータの準備を始める必要がある。データ検証の元年にあたるとした。
最後に「例えばFATFなどへ合理的・客観的な説明が必要なのは当局も同じである。金融機関からの提供データの重要性は言うまでもない。様々な困難があると認識しているが、最初の一歩を踏み出さなければ、前には進めない。官民一体で試行錯誤をしていきたい。」とメッセージして、会を締めた。

本セミナーでは、行政、民間の立場からそれぞれの考えや取り組みを窺い知る機会となった。繰り返しとなるが、基礎的な態勢整備の完了はスタートラインに立ったに過ぎず、ここからが本番となる。自行の守りが世の中の守りとなることを深く認識し、今後取り組んでいくことが求められている。
アビームコンサルティングは、有効性検証の枠組み整備支援や第三者検証の実施支援、データガバナンス導入支援、AI活用を始めとし、金融犯罪対策/AMLの知見、総合コンサルティング会社としてのテクノロジーや戦略策定・組織運営に関する知見を豊富に有している。当社は、コンサルティング支援を通じてクライアントとともに、安心・安全な金融サービスの提供に貢献したいと考えている。金融犯罪対策/AMLに関し課題をお持ちの金融機関があれば、ぜひご連絡いただきたい。


Contact

相談やお問い合わせはこちらへ