再エネ導入拡大に向けた電力系統増強の費用便益評価について

インサイト
2025.09.03
  • 官公庁・社会公共
  • 電力・ガス
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『第7次エネルギー基本計画』(2025年2月)において、2040年度の電源構成の4~5割程度を再生可能エネルギー(再エネ)とする方針が明記された。再エネの導入拡大に伴い、潮流変化によって系統の混雑が増加することが懸念されており、同計画では『電力ネットワーク(系統)の増強』の必要性も併せて説かれている。

こうした社会インフラの整備にあたっては、投資に要する費用と、そこから得られる便益との比較により投資判断を行うことが求められている。特に、系統増強についてはより大規模な投資が必要となるため、これまでに十分に考慮されてこなかった便益の再確認が課題となっており、貨幣価値への換算や定量化が難しい定性的な効果もその検討項目として挙げられている。

本インサイトでは、系統増強が先行している諸外国における便益の認識動向を概観し、それを踏まえた日本への示唆を提示する。

執筆者情報

  • 本田 孝哉

    Executive Expert

日本におけるこれまでの議論

ここでは、日本における系統整備に関する便益認識の検討状況を確認する。

系統増強のような大規模なインフラ整備は、国民負担にも直結することから、その社会的な便益を適切に説明することが求められている。この点を踏まえ、電力広域的運営推進機関(OCCTO)では、費用便益評価の精緻化に向けた検討が継続されている。

2025年8月時点においては、費用便益評価の便益項目として、さらに、これらに加えて、4つの非貨幣価値項目を「直接効果」、「波及効果」、「説明性向上」の3つの視点から提示していくとしている(図1)。

このうち、「説明性向上」に関しては、既に貨幣価値項目として評価している効果を別の視点から説明するなどにより、新たに社会便益の増を認識する位置付けとしている。

図1 広域機関における便益項目の検討状況

諸外国の制度とその対応状況

ここでは、OCCTOが検討を進めている便益について、系統増強を進めてきた諸外国での取り扱い状況を確認する。

欧州連合(EU)

欧州連合では、再生可能エネルギーの比率向上を目指し、欧州全域の系統運用者による協調機関(ENTSO-E)が、「系統開発10カ年計画(TYNDP)」の実行にあたり、関係者を巻き込んだコンサルテーションを行い、費用便益の確認を行うプロセスを採用している。これは、EU規則2022/869「欧州横断エネルギーインフラに係るガイドライン」に定められている。

具体的な費用便益評価の項目は、ENTSO-Eが発刊しているガイドライン(第4版、2024年4月)において定義されており、日本が検討している3項目についても、(図2)に示すとおり、必ずしも便益として明示されているわけではないが、類似の論点が取り上げられており、着目点には大きな乖離がないことがうかがえる。

このうち、「大規模災害被災時等」に関しては、発生頻度が低く、影響度が高い災害のような事象については、定量的な評価の有効性は薄いとの立場から、アデカシー便益の一部として「停電コスト(VoLL:Value of Lost Load)」という定義を行い、貨幣換算の考え方に触れるにとどまっている。なお、このVoLLは、「停電がなければ供給されていたはずの電力に相当する消費者コスト」として位置づけられ、地理的要因、電源構成、利用者層(電力依存度)、停電期間などに依存するとしている。

一方、当該ガイドラインのとりまとめ段階では、エネルギー規制機関間協力庁(ACER)から、「EU規則2022/869の趣旨に則り、異常気象の影響については過去実績に限定せず、今後予想される高頻度かつ広範囲な災害を考慮し、レジリエンス性を評価するように」といったコメントが示されている。現時点ではガイドラインとしてはまだ整備されていないものの、「大規模災害等の事故ケース」に相当する評価も、今後考慮される方針であることがうかがえる。

図2 広域機関が検討している便益項目に関する欧州連合での取扱い

英国

英国では、再エネ拡大の方針のもと、欧州各国との連携線が重要な位置づけとされており、2030年までに最低でも18GWの容量確保を目標に整備が進められている。

同国では、英国ガス・電力市場局(Ofgem:The Office of Gas and Electricity Markets)がこうした整備事業により、電力システム全体がもたらすインパクトをより広く捉えるという方針のもと、系統整備案件の初期段階から費用便益分析を通じた投資判断を行っている。

この評価項目は、連携先となる欧州のガイドライン(前述のENTSO-Eガイドライン)も参考にしつつ、22個の指標として定義されている。この中では、日本で「市場分断の緩和」として検討している項目について、連携線の整備によってもたらされる社会経済厚生の変化(消費者が支払う電力料金の変化など)という視点から貨幣換算の方法が示されているが、当該緩和による競争力促進については検討がなされているものの、成長傾向にある電力市場への参入が増えるのみで競争促進には至らないとして明確な便益としては認識していない。また、「大規模災害」や「事業予見性」に関しても言及はなされていない。

米国

近年、米国では電力系統が自然災害で影響を受けるケースが増加しており、その中で系統増強への投資が重要な議題となっている。この投資判断を支えるため、長期停電による経済損失の定量化に関するレポートがさまざまな研究機関から発表されている。

中でも、米国エネルギー省(DOE)関連の研究機関であるオークリッジ国立研究所は、これまでの関連研究の再整理を通じ、自然災害による長期間の停電がもたらす社会コストの定量的把握に向けた課題を示している。ここでの「社会コスト」は、欧州のような直接的な費用だけでなく、GDPへの波及的な経済損失も含めた観点から検討されている。

同報告では、こうした社会コストの定量的な評価にあたり、現時点では基準となるデータや評価手法が確立されていないため、災害ごとの比較が難しく、有意な情報を抽出することが困難であると指摘している。そのうえで、今後社会コストを算定するために必要となるデータの構成要素として、「産業セクター種別」「企業規模」「停電期間」を挙げ、これら3点の視点に基づくコスト把握の整備・活用を行っていくためのデータ収集・分析方法の標準化を今後の課題として位置づけている。

また、評価視点についても、停電が及ぼす社会コストという「影響サイド」のみならず、災害の影響を低減するための戦略や投資といった「予防サイド」の研究が必要であるとしている。 

まとめ:レジリエントなインフラ整備に向けて

日本では、平成13年1月の中央省庁再編に伴い、政策評価制度が本格的に導入された。翌年の平成14年4月からは、「行政機関が行う政策の評価に関する法律(いわゆる行政評価法)」に基づき、法律上の明確な責任として、各府省が所掌する政策について自らが評価を行うことを基本とした「政策評価」を実施することとなっている。

「インフラ整備」に関しては、公共社会インフラ(道路、河川管理施設など)を所掌する国土交通省での政策評価が先行しており、個別事業に対しても、新規事業採択時・実施中など複数段階で評価を実施している。その際、貨幣換算が可能な便益を中心としながらも、換算が困難な定性的な便益についても可能な限り評価対象とするなど、包括的な評価に努めている。また、並行して、定量化・貨幣換算に向けた研究や試行も進められている。

災害対応についても、こうした分野では一定の整理が進んでいることから、災害による電力損失がもたらす経済的損失やそれに対する対策の便益についても、同様の評価枠組みで定性的な整理が可能と考えられる。電力系統を含む電力社会インフラ整備には多大な費用を要するため、可能な限り定量的な効果の提示ができることが望まれる。米国の研究報告に見られるような「社会コスト」と「投資額」の比較が行えるようになれば、政策としての説明力はさらに高まるであろう。そのためには、中長期的な視点でのデータ収集・分析方法の標準化が求められる。

当社は、社会インフラ分野を含め、データ収集・分析に関するコンサルティングサービスを提供しており、多様な視点から、レジリエントなインフラ整備の実現に向けて貢献していきたいと考えている。


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