実態調査を踏まえたScope3削減サプライヤーエンゲージメント推進のポイント

インサイト
2025.05.26
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企業が脱炭素を推進するにあたり、自社だけでなくサプライチェーン全体の排出量を削減するためのアプローチとして、「サプライヤーエンゲージメント」に取り組む企業が増えてきている。サプライヤーエンゲージメントとは、サプライヤーに削減活動に協力してもらうよう働きかけ、サプライチェーン全体の排出量を削減していく活動を指す。

本インサイトでは、サプライヤーエンゲージメントの取り組み状況に関するアンケートやインタビュー調査した結果を基に先進企業の活動を紐解き、サプライヤーエンゲージメントを円滑に推進するためのポイントを解説する。

執筆者情報

  • 北村 健一

    北村 健一

    Senior Manager

1. 脱炭素に関する企業を取り巻く環境

サステナビリティ情報開示に関する規制動向

近年、脱炭素は多くの企業でマテリアリティ(重要課題)に位置付けられるなど、経営アジェンダのひとつとして掲げられている。
2015年のパリ協定採択、2020年の日本におけるカーボンニュートラル宣言が契機となり、多くの日本企業で本格的な取り組みがスタートした。

さらに、2024年1月にISSB(International Sustainability Standards Board)がサステナビリティ開示基準を運用開始し、それに倣う形で日本でもSSBJ(Sustainability Standards Board of Japan)が日本版のサステナビリティ開示基準の最終版を2025年3月に公開した。プライム上場企業はすでに2023年度3月期の有価証券報告書からサステナビリティ情報開示が義務化されていたが、SSBJ開示基準の策定に伴い、具体的な開示内容が明確化され、GHG排出量(Greenhouse Gas)に関しては、Scope1(自社が直接的に排出するGHG排出量)、Scope2(自社が間接的に排出するGHG排出量)だけでなく、Scope3(自社事業の活動に関連する他社のGHG排出量)も開示が必要となる。
SSBJ開示基準は、今後金融庁が法令にて正式採用し、2027年3月期より時価総額の大きい企業から順次適用されていく予定である。

社会からの要求の高まり

脱炭素が経営アジェンダとして取り上げられるもう一つの背景が、社会全体からの要請である。
2006年にPRI(責任投資原則)が発足以降、署名する投資機関は増大し、ESGの課題を組み入れた投資活動が主流化した。投資家とのコミュニケーションを深めるテーマの一つとして気候変動への対応が必須になってきている。

最近では、米トランプ政権によるパリ協定離脱やウクライナ情勢を踏まえた欧州でのサステナビリティ情報開示の鈍化など、一定の揺り戻しはあるものの、地球温暖化が進行している実情を考えると、脱炭素の推進は不可避というマクロトレンドは変わらないものと考えられる。

2. Scope3削減の手法としてのサプライヤーエンゲージメント

サプライヤーエンゲージメントとは

一般的に、GHG排出量はScope1/2に比べてScope3の占める割合が圧倒的に多いため、自社のみならず、バリューチェーン全体での排出量を把握し、その削減に取り組む必要がある。
Scope1/2に関しては、よりクリーンな燃料への転換や、再生可能エネルギー電力への切り替えなど、すでに多くの企業が取り組んでいる。一方、Scope3の大部分は、サプライヤー、カスタマーにおける排出量であり、自社が直接手を出すことができず、かつ、その範囲が多岐にわたることから、各社が削減活動を悩んでいるところである。

こうした中、各社がScope3削減のひとつの手法として取り組んでいるのが、サプライヤーエンゲージメントである。サプライヤーエンゲージメントは、サプライヤーに削減活動に協力してもらうため、排出量算定や削減活動等の働きかけを行い、サプライチェーン全体の排出量を削減していく活動を指す。

図1 サプライヤーエンゲージメントの概略

多くの企業においてScope3のCategory1にあたるサプライヤーから購入したモノやサービスが製造される過程で排出されたGHG排出量が特に大きな割合を示すこと、またCDP(Carbon Disclosure Project)の評価項目にサプライヤーエンゲージメントが含まれていることから、取り組む企業が増えてきている。

当然ながら、個々の企業で脱炭素への向き合い方は異なり、サプライヤーにおける脱炭素の取り組み姿勢について、自社同等のものを求めるべきではない。サプライヤーによっては、脱炭素に対する理解が十分に進んでいるとは限らないという前提で、各社に働きかけ、協力を得ていくことが重要である。しかしながら、その進め方について苦慮している企業が多いのが実情であり、その課題を明らかにするため、今回アビームコンサルティングで日系企業90社を対象に「サプライヤーエンゲージメント実態調査」を実施した。

※調査概要や詳細のデータについては、添付ファイルを確認ください

3. サプライヤーエンゲージメント実態調査から見えた現在値

Scope3削減活動のTOPはサプライヤーエンゲージメント活動

優先的な削減対象としてScope1/2に続き、Scope3 Category 1(購入した製品・サービス)があがった。Scope3削減の取り組みとしては、サプライヤーエンゲージメントが最多を占めた。

図2 削減活動における優先的な削減対象Scopeおよびカテゴリ
図3 Scope3削減の取組み内容

具体的なエンゲージメント活動としては、「自社の排出量削減活動の説明」「脱炭素の危機感の共有」など、脱炭素推進の必要性の理解を促す施策が大半を占め、次点として勉強会の実施やツール配布など、排出量算定・削減活動の支援施策があがった。
また、ビジネス上の便宜を設けたり、契約要件に追加したりといった、サプライヤーとの取引そのものを見直す動きは、一部の企業で実施されているものの、ペナルティを実施している企業は1社にとどまり、日系企業としてはなかなか踏み切りづらい様子が窺える。

図4 サプライヤーに対するエンゲージメント活動

サプライヤーの排出量をすべて把握している企業はわずか5%

このように企業によってアプローチは異なるものの、どの企業においても取り組まなければならないのが、サプライヤーからの排出量情報の収集である。
企業におけるScope3算定方法は「自社による算定」が一般的で、「自社で把握している活動量情報(金額情報など)」×「排出係数」で算定される。排出量削減を見据えたとき、活動量を減らすことは企業活動を拡大する動きとは相反するので、そもそも推奨されない。また、排出係数についても、環境省データベースやIDEAなど固定の値を使用するので、サプライヤーがいかに削減努力をしたとしても排出係数の低減は期待できない。
このように、「自社による算定」のままではサプライヤーの削減努力は反映されないことから、「自社による算定」から「サプライヤーによる算定」への移行が進んでいる。

図5 算定方法の移行 図5 算定方法の移行

しかし、サプライヤーから排出量情報収集に関して、「すべて把握できている」と答えた企業はわずか5%に留まり、各社エンゲージメント活動に苦労していることが窺える。

図6 サプライヤーからの排出量情報の収集状況

4. サプライヤーエンゲージメントを円滑に進めるための5つのポイント

先進企業と追従企業*の違い、さらには、先進企業へのインタビュー結果からサプライヤーエンゲージメントを円滑に進めるための5つのポイントを導き出した。

  • 経営層関与の取り付け

  • 人材育成・外部リソース活用の両立

  • ムリ・ムダのない戦略策定

  • データ収集の効率化

  • サプライヤーエンゲージメントに取り組む動機付け

*本調査では、「脱炭素に関する活動の位置づけ」と「サプライヤーエンゲージメントの活動状況」の2軸で、先進企業、追従企業、未実施企業に区分し分析を実施
先進企業:脱炭素をビジネスチャンスととらえ、サプライヤーへの働きかけを実施
追従企業:脱炭素をビジネスチャンスととらえているが、サプライヤーへの働きかけは準備中、あるいは、脱炭素を社会要請のアジェンダと位置づけ、サプライヤーへの働きかけを実施中あるいは準備中
未実施企業:サプライヤーへの働きかけは、準備も含め未実施

ポイント①|経営層関与の取り付け

先進企業は追従企業と比べて、トップコミットメント、活動に対する関与、経営層への報告頻度のいずれも高い結果となり、経営層の関与が強い。

図7 サプライヤーエンゲージメントに対する経営層の関与

サプライヤーエンゲージメントを円滑に進めていくには、サプライヤーは当然ながら、社内の理解と協力を得て、一枚岩になり推進していくことが重要である。特に、社内の巻き込みを進めるという点では、経営層のコミットメントと実際の行動として活動に関与してもらうことが肝要である。
ボトムアップで社内の巻き込んだ一例として、サステナビリティへの取り組みを地道に社内関係部署に説明し理解してもらうとともに、経営層向けにはサステナビリティ勉強会の定期的な開催、経営層が社外で登壇する機会を設けるなどして、経営層の巻き込みに成功した企業もある。特に、外部交流機会の創出は、サステナビリティ、脱炭素の取り組みを経営層が自分事化するのに有効であるため、経営層の理解が得られずに困っている企業は参考にしてほしい。

ポイント②|人材育成・外部リソース活用の両立

人材育成の観点では、全ての項目で先進企業が追従企業を上回ったことから、先進企業は脱炭素を推進するにあたり、育成にも注力していることが窺える。
とりわけ、大きく差が開いたのが、スキルの可視化および人材像の明確化であった。脱炭素を推進する人材としての必要要件を定義したうえでメンバーのスキルの棚卸を行い、育成を進めることが効果的であると推察できる。

図8 サプライヤーエンゲージメント推進のための人材育成

また、サプライヤーエンゲージメントの課題として社内リソース不足をあげる企業が最も多く、知識不足についても約40%の企業が課題としている。社内育成は実施しているものの、排出量削減活動推進に育成が追い付かない場合も多く、インタビューした企業の多くが脱炭素人材の中途採用やコンサルティング等の外部リソースの活用によって、ナレッジとともにリソースも補っていた。
自社のナレッジとリソースを見極め、育成と外部リソースの活用を両立することも視野に入れていく必要があるだろう。

図9 サプライヤーエンゲージメントの課題

ポイント③|ムリ・ムダのない戦略策定

先進企業→追従企業→未対応企業とサプライヤーエンゲージメントの成熟度が下がるにつれて、戦略不足やコンセンサスが得られないことに課題認識を持つ企業割合が高くなっている。

図10 サプライヤーエンゲージメント実行の課題(グループ別)

企業は限られた時間の中で計画的に削減活動を進めなければならないが、サプライヤーエンゲージメントは自社で完結せず、多様なサプライヤーが絡むため、すべてを予定通りに進めることは困難である。

そのため、

  • 協力的なサプライヤーとスモールスタートし、自社なりのアプローチを確立後、水平展開する
  • 計画通りにいかないことを前提とし、余裕あるプランを策定する
  • 多様なサプライヤーに対応するため、複数のアプローチ手段を用意する

このような点に意識し、ムリのない形でムダのない戦略をあらかじめ策定しておくことが肝要である。

ポイント④|データ収集の効率化

サプライヤーが非常に多い企業では、各サプライヤーからの排出量情報の収集および整理には多くの労力を要し、それが対応リソース不足に直結する。
現状は、先進企業、追従企業ともメール等のコミュニケーションツールでの情報収集が主であるが、先進企業ではCFP算定やESGアンケートツールのツール導入も進んでおり、DXによる効率化を推進し、リソース不足解消等の課題に対処していることが窺える。

図11 サプライヤーからの排出量情報の収集方法

ポイント⑤|サプライヤーエンゲージメントに取り組む動機付け

社内・社外の巻き込みに際し、サプライヤーエンゲージメントへの取り組み意義をどのように位置づけ、どのように説明するか、悩ましいという声を多くの企業からよく聞く。
今回のアンケートで、Scope3削減は当然のこと、その他の効果があげられていたので紹介する。

  • サプライチェーンの理解深化・リレーション強化
    サプライヤーエンゲージメントを通じ、サプライヤーとコミュニケーションを取ることで仲間意識の醸成やパートナーシップが強固になり、新製品開発や業務改革をするうえで連携強化できる

  • サプライヤーの評価・見極め
    脱炭素の取組みへの協力の具合を通じて、サプライヤーのポテンシャル評価、今後のパートナー企業の見極めにつなげることができる

  • ブランド力向上・外部評価の獲得
    外部ステークホルダーからの高評価獲得や外部のスコアリングでも得点になる

  • 活動を通じたコスト削減
    サプライヤーに脱炭素の取組みとして、省エネや配送効率の向上を励行してもらうことで、費用削減につなげられる

  • 新規ビジネスの足掛かり
    サプライヤーとコミュニケーションをとることで新規事業、新製品開発等イノベーションの足掛かりになっている

自社内の巻き込みを進めるうえで、是非こうした効果もあることを説得材料のひとつとして参考にされたい。

一方、サプライヤーへの動機付けは、自社とサプライヤーとのパワーバランスによってその必要性が企業ごとに大きく異なるが、サプライヤーエンゲージメントの活動を通じ脱炭素の取組みをサプライヤー自身が対外的にPRできることや、省エネ活動に取り組むきっかけにもなっているという声があった。
また、サプライヤーも当然ながら様々な企業と取引をしているため、複数の取引先から排出量情報の開示を求められていることがある。排出量算定支援は、他社からの開示要請があった際にもその算定結果を転用できることから、サプライヤーに協力いただく動機付けになっているという企業もいた。

こうした外部の事例は説得材料のひとつになるものの、それ以上にサプライヤーの巻き込みに効果的なのは、やはり自社におけるサプライヤーエンゲージメントの活動実績であると考える。すでに自社からの要請によりいくつかのサプライヤーでエンゲージメント活動が行われていれば、活動を通じて得られたメリット・デメリットはより信頼できる情報であり、実行に踏み切るための大きな材料になる。また、他サプライヤーに後れを取らないようにしたい、という意識が働くサプライヤーもいるので、まずは自社でサプライヤーエンゲージメントの活動実績を作ることを心掛けてほしい。

5. サプライヤーエンゲージメント推進のための視点

前述のサプライヤーエンゲージメントを円滑に推進するためのポイント5つを踏まえ、サプライヤーエンゲージメントをより有意義にするため、企業に心掛けてほしい視点を3点提言したい。

提言①|サプライヤーエンゲージメントの位置づけ:Scope3削減に限定しない活動に

先進企業では、サプライヤーエンゲージメントを通じてScope3削減だけでなく、そのほかにも効果を見出し、活動を推進していた。サプライヤーエンゲージメントを単なるScope3削減のための手段としてではなく、サプライチェーンの深化やパートナー企業の見極め、サプライチェーンの高度化を図る取り組みとして位置づければ、より包括的にサプライチェーン改革を推進することができる。
また、企業にとってサプライヤーとの関わりの中でScope3削減は取り組みの一部にすぎず、人権や情報セキュリティ等の観点でも、サプライチェーン全体で取り組み状況を把握し、働きかけていく必要がある。
このように、Scope3削減に限定せず、サプライヤーエンゲージメント活動の広がりを意識しながら推進していくことができれば、サプライチェーン改革を効率的に進める道が開けてくると考える。

提言②|関係者の巻き込み:社外よりも社内巻き込みに力点を

サプライヤーエンゲージメントは、非常に多くのサプライヤーを相手にするので、いかにサプライヤーを巻き込めるかに傾倒しがちである。しかし、先進企業では、経営層の下支えがあるからこそ、必要な推進体制の構築や社外に対する一貫性ある働きかけができており、それがサプライヤーに対する説得力の向上およびサプライヤーからの協力の取り付けにつながっていると考えられる。
いきなりサプライヤーとのコミュニケーションから入るのではなく、まずは社内の巻き込みとして、特に経営層のコミットメントを得るところから意識的に取り組んでいくことが重要である。

提言③|戦略策定:サプライヤーへの働きかけるよりもまず戦略策定を

サプライヤーエンゲージメントへ着手する際、まずサプライヤーからの排出量情報の収集に取り掛かり、Scope3削減目標との整合性をしっかり考えられていない企業が散見される。サプライヤーに働きかけること自体は大事なプロセスであるが、この活動を通じてScope3をどれだけ削減できるのか、この活動にどれくらい注力すべきなのか、当年度にどこまでやっておく必要があるのか等の見極めには、前段として戦略の策定が重要である。
戦略は未策定のまま、すでにサプライヤーへの働きかけを始めている企業も、今からでも遅くない。これまでの活動結果を踏まえて今の活動はScope3削減目標に対して十分なのか、対象企業はどこまで広めるべきなのか、サプライヤーをより効果的に巻き込むほかのアプローチはないのか等、一度立ち止まって戦略として落とし込むとよい。

サプライヤーエンゲージメント調査のレポート本紙添付

6. 最後に

Scope3削減に関しては、これをやれば削減を実現できるといったベストプラクティスが世の中でまだ確立されておらず、各社が試行錯誤しながら取り組んでいる状況にある。サプライヤーエンゲージメントをはじめとするScope3削減活動の好事例をウォッチするとともに、自社の活動に取り入れていくことが各社にとってのScope3削減の近道である。
アビームコンサルティングは、サプライヤーエンゲージメントの方針策定・実行支援サービスを提供している。カーボンニュートラルの実現に向け、Scope3の算定・削減対策の伴走者として、クライアントの企業価値向上に貢献していく。


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