金融業界におけるCX変革への誤解とCX変革実現アプローチ

インサイト
2025.01.08
  • リース・クレジット
  • 銀行・証券
  • マーケティング/セールス/顧客サービス
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昨今の金融業界は、金融政策や法改正などの政治・経済的影響、少子高齢化・人口減少などの社会的影響を大きく受け、ゼロ金利解除以降も、既存の利鞘・手数料ビジネスは競争が激しく、思うような伸びを示していない。金利・手数料で勝負し、顧客の提示した要求に応えるだけでは他社と差がつかなくなり、顧客から選ばれ続けるためには、「顧客が求めている期待値を超えるモノ・コトを売る」ことが必要となってきている。
本インサイトでは、そうした潮流の中、CX変革に取り組んでいる金融業界各社が陥りやすい誤解・課題と、CX変革に向け必要となるポイント、実現するためのアプローチを提案する。

執筆者情報

  • 関野 顕宏

    Senior Manager

金融業界のこれまでとこれから

昨今の金融業界は、ゼロ金利解除以降、利鞘は回復基調にあるものの、既存の利鞘・手数料ビジネスは競争が激しく、思うような伸びを示していない。そうした金融政策や法改正などの政治・経済的影響や少子高齢化・人口減少などの社会的影響を大きく受けている(図1)。さらに、「他業界からの参入」や「プラットフォーマーの登場」が進み、既存の金融ビジネスはレッドオーシャン化している。例えば、企業が自身の提供する商品やサービスの中に「保険」を組み込んで提供するという新しい保険の販売手法(組込型保険/Embedded insurance)を取り入れ、自動車メーカーが独自の自動車保険の提供を開始するなどの動きが加速している。自動車保険は車載システムで安全運転スコアを計測し、その数値によって保険料を計算するという保険であるが、このように保険会社は既存ビジネスに参入してくるメーカーと競争をすることになっている。

図1 変動する金融業界

一方で、外部環境の変化は悲観すべきものだけではなく、「デジタルネイティブ増加」「キャッシュレス化」「ペーパレス化」「AI活用」といったデジタル化の潮流により、金融業界でも  既存の金融ビジネスの徹底的な「効率化」と「選択と集中」が進んでいる。市場競争においては、効率化により生み出された人的リソースを、既存の金融ビジネスの枠にとらわれない新規ビジネスの創出に割り当て、チャレンジしていくことで、ビジネスの多角化を目指すケースが増えている。
しかし、ビジネスの多角化が進み顧客の位置づけも変化する中では、これまで以上に顧客が見えづらく、理解しづらくなっており、顧客を理解することの難しさは増してきている。
顧客から選ばれ続けるためには、徹底した顧客理解に基づく、ニーズの見極めと新たな体験の提供、「顧客体験変革」「CX変革」が重要となる。言い換えれば、企業側の要因で市場に働きかける「モノ起点モデル」から、顧客の期待や背後にある真のニーズに着目し価値提供する「顧客起点モデル」への転換が必要となってきているのだ。
本インサイトでは、まず金融業界で進行する事業多角化に応じて、金融業界各社が応えていくべき要求事項の解説をする。そして、CX変革推進のポイントと、各企業のCX変革に対する誤解を解説したうえで、CX変革実現アプローチついて紹介する。

事業多角化/顧客多様化に伴い変化する要求事項

従来型の金融ビジネス、例えば貸出業務、証券業務、保険業務などは今後も重要な基盤である一方で、金融業界における事業領域は顧客課題解決型、価値創造事業型のサービスへと広がっている(図2)。

図2 金融業界の事業多角化の方向性

各ビジネスの最適化と多角化を進めるには、新規顧客だけでなく既存顧客であっても、新たな関係性を構築していく必要がある。顧客との関係性の変化に対応するためには、金融業界各社に要求される事項も必然的に変化してくる。金融業界に求められる役割や変革の方向性について、金融ビジネス、顧客課題解決型サービス、価値創造事業の3領域ごとに詳しく解説していく(図3)。

1. 金融ビジネス
従来型の金融ビジネスでは、徹底的なコスト削減と選択と集中による収益力強化が必要となる。CX変革の方向性の具体例として、ポータルサイトなどのデジタル接点を拡充して顧客の利便性をあげながら、依頼・手続を対応する社内の業務をワークフロー化(オートメーション化)して効率化を図るとともに、MA(Marketing Automation)ツールで顧客の行動情報・VoC(Voice of Customer)の収集をして、提供サービスのパーソナライゼーションを行い、顧客の満足度を高めていくという方法がある。さらに、BtoC(BtoBtoC)においては、顧客の年齢や過去の購入履歴などの基本情報からレコメンドを行う「パーソナライゼーション」からレベルアップし、顧客の現在地や時刻などのリアルタイムデータを加え、AI活用により高度な分析を行うことで、より関連性の高い顧客体験を提供する「ハイパー・パーソナライゼーション」へ進化している。一方、業務効率化の文脈でも、人間の介入なしに特定のタスクを実行する「AIエージェント」の導入検討がBtoCに限らず各社で進められている。このように継続的に最適化された顧客体験の提供や業務の効率化・高度化には、デジタル基盤導入だけでなく顧客体験や従業員のパフォーマンスを計測し、継続的に改善できる体制・仕組みの構築が必要となる。

2. 顧客課題解決型サービス
顧客課題解決型のサービスは、BtoBにおいては、顧客企業の担当者の業務プロセスにおけるニーズではなく、顧客企業全体の事業プロセスにおける潜在的な顧客ニーズを特定し、既存のプロダクト・サービス以外も含め提供することで解決を図っていくというものである。言い換えれば、顧客の経営戦略・業界動向・課題をキャッチしつつ、新しい解決策を開発・提案するということである。BtoCでも同様であり、直接的なニーズではなく、個人のライフサイクルや背景にある課題に着目し、解決策を提示するというものである。新しい解決策について、自社内からのオーガニックなアイデアの出現を待つという選択肢もあるが、Fintechの興隆に見られるテクノロジーの変化などに代表されるように、他社のケイパビリティ(知見・発想・サービス)を柔軟に組み合わせたサービス開発・提供が、複雑な課題を解決するために有効になる。さらに、ビジネスをスケールさせるためには、他社からパートナー(協業先)として選ばれることも重要となり、自社の強みの発信が求められる。例えば、銀行が提供する機能やサービスを、クラウドサービスとしてAPIを介して提供する仕組み(BaaS:Banking as a Service)を作り、パートナー企業を増やすことで、銀行単体だと接点を持ちにくい顧客へのリーチを進める営みもそれにあたる。

3. 価値創造事業
価値創造事業における顧客は、顧客企業に留まらず、顧客企業の先にいるエンドユーザーや社会である。そこに対してビジネスを展開していくには、より広い調査  能力や実現アプローチ手段を持つパートナー企業と領域を横断して協業し、マクロ動向・社会潮流をとらまえながら、経済価値・社会価値提供サービスを拡大していく必要がある。言い換えれば、社会情勢を反映した多様なヒトやモノのエコシステムの中で、顧客企業や官学も含めた共創パートナーとともに「課題の場」を探索し、実現したい社会を企画して仕組みを作ることが求められる。例えば、持続可能な社会の実現を目指して、パートナーと連携してエコシステムを構築し、グリーンボンドの発行や、再生可能エネルギープロジェクトへの投資などが新しい商機を生み出す営みとして進められているが、これには金融機関が既存の強みに加えて、リーダーシップと企画力を発揮できるような組織であることが求められるのである。

図3 事業多角化/顧客多様化により変化する要求事項

これまで紹介してきた通り、金融業界では、金利・手数料で勝負し、顧客企業の担当者の要求を理解し、応えるだけのビジネスでは各社差がつかなくなるため、今後ますますデジタルによる高度化・効率化が求められる。一方、新たに金融の枠を超えたビジネス(新しいプロダクト・サービス提供)を既存市場・顧客だけではく、新規市場・顧客に展開し選ばれ続けるためには、ステークホルダーやデジタル施策により蓄えてきたデータなどの会社資産をフル活用しながら、「顧客起点モデルへの変革」「顧客が求めている期待値を超えるモノ・コトを売る」という「CX変革」を持続的に実行することが必要となってきているのである。

CX変革を目指すための推進ポイント

「戦略なくして戦術なし」と言われる通り、継続的な成長を実現する金融機関を目指すためには、CX変革においてもまずは戦略が必要となる。
「顧客起点モデルへの変革」を行い、「顧客が求めている期待値を超えるモノ・コトを売る」ことを継続するために必要な推進ポイントとしては、「CX変革取組みにおける戦略(CX Strategy)」を立てた上で、「顧客体験提供を通じて継続的に顧客を理解し、顧客体験をデザインする活動(CX Creation)」と「顧客理解に基づいた企業活動を実行・検証し、常に自己変革する活動(CX Governance)」を機能させていく必要がある。(図4)

CX Strategy: 顧客体験価値向上と企業成長の関連性を明示し、顧客起点の指針を示す

CX Creation: 顧客体験提供を通じて継続的に顧客を理解し、顧客体験をデザインする活動

  • 社会を通じて顧客の文脈を捉える
    顧客が置かれている状況、実現したいミッションや価値観を理解する

  • 自社の強みを捉える
    顧客の文脈で活きる自社の強みやケイパビリティを理解する

  • 共創パートナーを捉える
    共創パートナーのケイパビリティとビジネスのバリューチェーンを理解する

  • 顧客と価値を見極め、CXをデザインする
    顧客理解で得られたインサイトと自社のサービスで、どんな顧客に何を価値として提供できるか
    仮説を立案する

CX Governance(CX Management): 顧客理解に基づいた企業活動を実行・検証し常に自己変革する活動

  • CX向上実現責任所在を示す
    CX向上は事業戦略と同様に達成目標とその実現責任所在を示す

  • CXの実態を捉える
    CX向上の有効性を把握するためにCXプロセスで発生する情報を収集する

  • CXとその活動を評価する
    目標乖離のキャッチアップ施策の検討とCX向上の活動そのものを評価する

  • 顧客起点の行動・マインドへ変える
    顧客の声に基づき企業活動を変革するために行動様式・カルチャーを構築し、顧客起点を根付かせる

一般的にCX変革というと、CX Creationに注力することが多い。また、CX=顧客接点のデジタル化のみに注力されることも多い。しかしながら、CX変革とは金融業界各社の活動方針そのものに関わる重要なミッションであり、その活動は明確な会社としての戦略のもと、適正に運用・評価・改善され続けなければ、日々変化していく顧客のニーズに応え続けることはできない。さらに、金融業界では厳しい規制とコンプライアンス要件/セキュリティ要件に従う必要があり、その制約を踏まえたCX施策をデザインする必要があるため、ハードルが高いものとなる。縦割り型で営業部署などの個別部署ごと、もしくは金融商品ごとに個別施策を実行するだけでは、真の顧客のニーズに継続的に応えることはできないだろう。また、デジタル化自体は有効な手段ではあるものの、あくまで手段のひとつであり、「CX Creationの活動」と「CX Governanceの構築」を両輪で回していくことが必要不可欠である。

図4 CX変革を目指すための推進ポイント

CX変革の取り組みで陥りやすい誤解と課題

金融業界には相対する「顧客」と「提供価値」が多様かつ流動的となる状況へ対応していくことが求められ、各社取り組みを推進しているものの、CX変革の実施主体や実現手段の誤解により、CX変革の本来の意義を全うできず、企業成長の推進力に転換できないことがある。ここでは、企業がCX変革の取り組みを進めるにあたり、陥りやすい誤解と課題を見ていく(図5)。

  1. CX Strategy:戦略における誤解と課題
    • CX変革、CX向上は「会社全体で検討すべきミッション」であるにも関わらず、顧客接点業務を担う「フロント部門(営業部門やカスタマーサービス部門)のみのミッション」であるという誤解に陥りやすく、戦略を立てるべきスコープに誤解が多い。そのため、フロント部門の目的や予算、リソースの範囲内で取り組みを行うことで局所的な対応となり、顧客に連動した体験を提供することができない。さらには、新規事業開発などを検討する際に、ビジネス指針のインプットとなる顧客理解まで辿り着かないことがある。
  2. CX Creation:顧客理解における誤解と課題
    • 顧客接点のデジタル化や自社サービスの向上により差別化を図ることで、CXは向上するという誤解に陥りやすい。顧客が求める価値は何かという本来の目的を考えずに差別化の検討を先行するあまり、今ある商材・技術への投資や業務の効率化のみに終始してしまう。
    • CX向上とは各営業担当が各顧客の要望に応えていけば実現されるという誤解に陥りやすい。そして、場当たり的な顧客対応、個別最適に留まってしまうことがある。
  3. CX Governance:実行検証における誤解と課題
    • CX向上は企業の収益向上には直結せず、評価は不要であるという誤解に陥りやすい。そのため、CX向上の取り組みの目標、実行責任、撤退基準を明確にしないまま推進することが見受けられる。その結果、取り組みの結果が検証されず、効果が見えないままの状態となり、失敗や成功要因を生かせず、次の取り組みに繋がらないということもある。
    • CXとは顧客の感じ方次第のため、業務評価にCX観点を含めるのは適切ではないという誤解に陥りやすい。そして、CX指標は現行業務の評価指標に設定されないため、社員は既存業務のやり方を優先し、CX向上の志向や行動に切り替えられないということがある。
図5 CX変革の取り組みで陥りやすい誤解と課題

アビームコンサルティングのCX変革実現アプローチ

ここまでで、CX変革の推進においてStrategy・Creation・Governanceの3要素が三位一体となって機能することが重要であることを述べた。中でも、CX Governanceは、CX変革を継続的に実施していくうえでは、特に重要性の高い要素と言える。具体的なCX Govenanceの機能とは①CXテーマの策定②各事業部が企画・実行する施策の支援③現場が動きやすい環境の整備④全社CX戦略の評価・検証のPDCAサイクルの統括が挙げられるが、これは各事業部に閉じた話ではなく、全社として組織の立ち上げが必要となる(図6)

図6 CX Governance推進組織の役割

一方で、人的リソースの確保や、データ活用基盤などのインフラ整備、最新デジタル活用人材の育成(スキル)がネックとなり、CX Governanceの仕組みの構築  には時間がかかることが想定されるため、現状の変化の激しいビジネス環境において、これら組織・人材・環境を整備してから各種CX施策を打ち出すのでは商機を逃すことになりかねない。
そこで、当社では、ネックとなる人材(リソース・スキル)やデジタル基盤についてはアウトソーシングを活用することで施策を実行し、オペレーションが定常化したところで社内に組織を構築していくアプローチを推奨している。当社はコンサルティングサービスとBPOサービスを提供可能であり、それら組み合わせによりクライアントの状況に合わせたCX施策の実行支援を行っている。クライアントのケイパビリティ(リソース・スキル・デジタル基盤)の現状に合わせて、ケイパビリティを補完もしくは代替するために当社の人的資源およびシステム資源を活用するBPOサービスをご利用いただくことで、施策検討・実行・成果検証・改善をクイックにトライアルをすることが可能になる。Creation(デザイン)とGovernance(実行・検証)のトライアルを通して施策の運用オペレーションモデルを確立し、効果の出る施策に関してはクライアント自身へ組織構築していくことを支援する。自走可能な組織構築を見据えながらも、クライアントのリソースをできる限り浪費せずクイックな検証を実施、効果を享受しながら推進できることがこのアプローチの特徴である。組織構築においてはBPOで培った知見をクライアントに還元することと合わせ、シルバー世代の活用などの企業課題も含めて、運用オペレーション・組織体制設計を行うことで自走化支援も併せて実行している(図7)。

図7 アビームコンサルティングのCX実現アプローチ

まとめ

金融業界各社が変動する外部環境に対応するためのビジネスの最適化・多角化を実現するには、ビジネスの先にいる多様かつ流動的な顧客とそのニーズを捉え続けて、提供価値や提供プロセスをより良いものへの革新するというCX変革を持続的に実行することが必要である。
しかし、多くの組織では、CX変革を部署・個人規模での意識レベルの取り組みとして誤認し、局所的な最適化に留まってしまうことが多い。CX変革を会社全体で検討すべきミッションと位置づけ、従業員全員が顧客を中心に行動ができるよう、顧客行動を計測し、従業員の業務パフォーマンスと紐づける仕組みの構築が必要である。
当社は、CX変革を単なる一施策に留めず、CX Strategy、CX Creation、CX Governanceの3つの側面からの統合的かつ一貫した推進が重要と考え、CX Strategy策定からCX Creationの伴走支援、CX Governanceを実現する体制・システム・プロセスの構築まで統合したサービスを提供する。今後も、顧客が求める人材・ナレッジ・システム環境を組み合わせて包括的なサービス提供することで、スピーディーなCX変革の実現を支援していく。


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