デジタル事業変革におけるSaaSの収益源多様化戦略 ~広告モデル導入がもたらす可能性とリスク~

インサイト
2024.09.26
  • デザイン×アーキテクチャ
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事業収益向上施策の一つとして、既存ビジネスの一部をSaaS(Software as a Service)化する企業は増え続けている。しかしながら、機能アップデートに伴う継続的な開発コストの増大により、コスト回収を目的とした有償オプション機能が乱立し、セールスコストや運用コストが増大する負のスパイラルに陥っているケースがある。ユーザー数拡大への投資が先行しがちなSaaS運営においても、事業を永続化するために利益率の向上を図ることは不可欠である。SaaSにおけるコスト回収を補助する施策のひとつとして、広告モデルの導入が挙げられる。SaaS事業の変革において、利用者以外からの収益獲得は多くのメリットをもたらす一方で、広告モデル特有のリスクも伴う。
そこで、本インサイトでは、SaaSが広告モデルの導入によってサービスの価値を高めながらリスク管理を行うためのアプローチについて紹介していく。

執筆者情報

  • 宮田 証

    Manager

SaaSのマネタイズ手段としての広告掲載

株式会社富士キメラ総研の調査※1によると、SaaSの国内市場は2026年度には1兆8,330億円に達する見込みだ。また、ガートナー社の予測※2では、世界市場においてSaaSのエンドユーザー支出額は2025年に2950憶ドルを超えるとされており、その市場はさらに年々拡大を続けている。2000年代初頭に登場し、今も拡大を続けるこのストック型のマネタイズモデルではARR(年間経常収益)が重視され、ストック型収益の源泉となるユーザー数拡大への投資を先行させるケースが多いが、事業を永続化させるためには利益率の向上にも取り組まねばならない。SaaSは継続的な機能アップデートが求められるため、サービス運営が長期間にわたるほどシステムの運用コストが増大する傾向にある。この課題に対し、追加機能を有償オプション化することが解決策として採用されやすいが、有償オプションが増えることにより管理コストが増加し、かつ営業担当者に各オプション機能の知識が必要となるため、セールスの難易度も上がる。さらに、その機能がユーザーの課題解決に最適な機能であっても、有料であるために利用が簡単には伸びず、プロダクトの有用性や競合優位性がユーザーに十分に伝わらないケースも見受けられる(図1)。一方、基本料金の値上げは市場の競争環境を考慮すると現実的ではない――。
このような状況への対応を目的としたSaaSの事業変革において、広告掲載をコスト回収の補助手段とすることを解決策のひとつとして提案する。toC向けや無償サービスであれば広告モデルはメジャーなマネタイズ手段だが、有償サービスにおいては、広告をはじめ多角的なマネタイズ手段が検討されていないことが多いためだ。特に、バーティカルSaaS(業界・業種に特化したSaaS)においてはその特性上、同じ業界内で類似した属性のユーザーが利用しているため広告が届く顧客セグメントが明確であり、一般メディアと比較して閲覧者数が少なくとも、十分に魅力的な広告媒体となり得る。業界紙に掲載される広告が業界内で有益な情報源となっているように、関連する新しい商品やサービスの情報を提供することは、ユーザーに対しても一定の価値をもたらす。
一方、ユーザーと無関係なコンテンツや質の低い広告を掲載したり、無理に広告を閲覧させたりすることなどにより、サービスのユーザビリティを損なうことはブランド棄損に直結する。このため、SaaS内で広告によるマネタイズを図る際には安易にADネットワークなどを利用するのではなく、相応しい広告主を厳選し、サービスのブランドを保護しつつ自社で積極的に広告市場を開拓する姿勢が求められる。

※1  株式会社富士キメラ総研『2023 クラウドコンピューティングの現状と将来展望 市場編/ベンダー戦略編』(2023)
※2 Gartner「Worldwide Public Cloud Services End-User Spending Forecast」(2024)

図1 有償オプション機能増加によるリスク

どのような広告主が望ましいか

では、具体的にどのような広告主を求めるべきか。前述のように、SaaSの広告メディアとしての強みはユーザーのセグメントが明確な点であるため、サービスのユーザーと広告のターゲットオーディエンスとが一致する事業者が最初の候補となる。次に、後述する機能連携の候補とするために、サービスが提供する機能や価値と補完関係にある商品を持つ事業者も望ましい。一方、自社のサービスのユーザー視点から、広告主の商品を評価することも忘れてはならない。その広告主が扱っている商品は自社商品と同様に自信を持ってユーザーに推薦できる品質なのか、そしてユーザーのニーズと合致しているのか。サービス運営においてこれまで把握してきたユーザーの課題や悩み(ペイン)を再確認し、その適合性を吟味することが求められる(図2)。

図2 広告主の例

広告主候補となる事業者を特定するプロセスは、自社のサービスを利用しているユーザーのステークホルダーリストを作成することから始める(図3)。ステークホルダーリストとは、ユーザーと、そのユーザーに直接または間接的に関係する企業や組織の関係性及び取り扱う商品をまとめたものだ。例えば、飲食店向けの業務支援サービスを提供しているバーティカルSaaSの場合、ユーザーは飲食店であり、そのステークホルダーには、仕入先、配送業者、調理器具メーカー、店舗設計事務所、廃棄物処理業者、フードデリバリーサービスなどさまざまな事業者が考えられる。まずは、予想されるステークホルダーを可能な限り洗い出し、その関係性と取り扱う商品をリスト化する。その中に有望な広告主候補が見つからない場合には、ユーザーの視点を変えて再度洗い出す。例えば、ユーザーが主に小規模飲食店である場合、オーナーには個人事業主が多いと仮定し、ユーザーを個人事業主として捉え直す。この視点から見ると、ステークホルダーには個人事業主向けの会計ソフト事業者やビジネスローンを提供する金融機関、各種手続きを代行する事業者などが新たに現れる。さらに、ユーザーの世代や属性など、多角的な視点からステークホルダーを綿密に洗い出し、その都度ステークホルダーリストを作成する。これらのリストを重ね合わせることで、各リストに共通する関連性の高いステークホルダーを特定することができる。ホリゾンタルSaaS(業種・業界を問わないSaaS)の場合もステークホルダーの特定手法は同様だが、利用される業界が多岐に渡るため、利用者のデモグラフィックデータを精緻に分析することから始めなくてはならない。

図3 ステークホルダーリスト例

広告のコンテンツ化

自社のサービスが対象とする業界やユーザー属性にとって魅力的な広告主が見つかれば、次に広告の出し方について適切な手法を選択する必要がある(図4)。
まず、純広告としてバナーなどを用いてランディングページへ誘導する方法が考えられる。広告主や掲載商品が業界内で十分な信頼を得ている場合、シンプルでわかりやすい手法だといえる。しかし、業界やユーザー属性にはマッチしているものの、広告主や掲載商品の認知度が低い場合には、ネイティブ広告※3も検討したい。例えば、コラムなどのコンテンツを広告主と共同で作成・掲載し、サービス内でユーザーに有益な情報とセットにして掲載商品の魅力を伝えることにより、広告としての効果を高める手法である。複数のコンテンツを集めることができれば、その枠をサービス内オウンドメディアとして活用することもできる。オウンドメディアの運営はノウハウが必要だが、ユーザーへのメッセージ発信やブランディングなど様々な活用方法がありメリットは大きい。また、コンテンツ形式の一つとして、アンケートやクイズなどユーザー参加型の広告コンテンツも効果的だ。ユーザーの反応を直接観察することにより得られる情報は、不特定多数のユーザーが参加するメディアに比べ、オーディエンスの属性が限定されているSaaSにおいて特に価値が高いからである。
ただし、オウンドメディア上でコンテンツとしてネイティブ広告を提供する場合は、そのクオリティが極めて重要だ。品質の低いコンテンツは、サービス自体の信頼を大きく棄損するリスクがある。また、コンテンツとしての消費期限にも注意を払わなければならない。同じバナー広告が長期間表示されることはあまり問題視されないが、同じ内容のコンテンツが更新されないままサービス内の目立つ位置に掲載され続けると、サービス自体の更新性が疑われる。まずは信頼できる広告主を見つけ、短期間で小規模に試行しながら、運用コストを徐々に投下していくことが望ましい。
次に、サービスの機能の一部として成果報酬型広告を掲載することもSaaSと相性が良い。例えば、スケジュール管理系のSaaSであれば、飲食店情報プラットフォームのアフィリエイトプログラムを用いて、会食の予定を入れると近隣の会食に適した店舗の情報がリスト化してユーザーに表示されるといったケースだ。広告の閲覧者数が限定されているため、売上規模も大きくはなりにくいが、機能連携での顧客誘導が可能であれば、既存サービスで提供できていない機能の補完となり、サービスの価値向上の観点からも良いといえる。ただし、相性がよく補完関係にあるサービスを後から見つけることは容易ではないため、初期のサービスデザインの時点から想定して、事前にエコパートナーとしても相応しい広告主を見つけておくことが望ましい。

図4 各広告の特徴

※3 ネイティブ広告についてはステルスマーケティングとならないよう、景品表示法や関連団体のガイドラインに則って掲載する必要があることに留意する。
参考:JIAA「ネイティブ広告に関する推奨規定

広告主をエコパートナーと位置付ける

エコパートナーとは、共通のビジョンのもと相乗効果を生み出しながら共に成長していく関係性を指す。広告主をエコパートナーとして捉え、共創的なエコシステムを構築することによって、広告は単なる収益源にとどまらず、サービス全体の価値を高める要素となる。新たにSaaS事業を創出する際には、両者の共創関係を深めるためにビジネスデザインの初期段階から広告掲載を考慮し、バリュープロポジション(顧客価値)との整合性を図りながら、表示タイミングや内容、掲載位置を最適化していくことが理想的だ。一方、既に運営しているサービスの事業変革の手段としてビジネスモデルに広告を組み入れる場合は、まず事業コンセプトとの統合から始めることとなる。その上で、ビジネスデザインやマーケティングデザイン、プロダクト/サービスデザインといった事業創出の際に検討した各種デザインフェーズに、改めて広告を組み入れてデザインを構築し直す過程が必要である。
また、単純な広告掲載であっても、営業活動をはじめ、サービス品質を維持するためのクオリティチェック、広告主へのレポーティング、トラブル発生時の対応など、運用には一定のコストが発生するため、適切な運用を維持し続けられるよう運用体制のデザインには特に注意を払わなければならない。広告が適切に運用されない原因は、事業コンセプトからの乖離と運用における業務設計の不備にあることが多い。事業コンセプトに基づき一貫したマネタイズ戦略を策定し、運用フローと体制を精緻に設計することが求められる。

図5 各デザインフェーズにおいて広告を組み込むべき要素

SaaSにおける広告運用で注意すべきこと

開発コストの回収補助を目的とした広告収益の拡大に過度に注力することで、サービスのユーザビリティが低下し、本来の目的が損なわれるようでは本末転倒である。2023年に日本広告審査機構(JARO)へ寄せられた広告の苦情件数8,727件中インターネットは4,035件と、テレビ(3,633件)を抜いて最も多くを占める※4。Web広告は明確に成果を測れるため、より閲覧され、より押される広告へと最適化が繰り返された結果、いつのまにか一線を越えて不適切な広告へと変貌してしまいやすい。そのような事態を避けるためには、事前に広告掲載の目的を明確にし、社内の認識統一に加え、掲載レギュレーションを定めておく必要がある。その上で、目的を達成するために必要最小限となる広告展開を常に意識しておかなければならない。収益化が進むほど広告担当部門の発言力が増大し、それにともない事前に定めた掲載レギュレーションが緩和され、サービスが本来望んでいた姿とは異なる方向に変化してしまうリスクを未然に防止するためである。問題が目に見えるほど拡大し、広告が肥大化して収益に依存するようになった時点ではもう止めることは難しい。問題が顕在化してから対策を講じるのではなく、組織全体で継続的に議論を行い、慎重な広告展開を行わなければならない。また、そのためSaaSでの広告運用においては、担当者に広告売上の目標を直接課すことはなるべく避けるべきだ。最初はコンセプトを共有していた担当者も、代替わりなどの環境変化の過程で売上向上に傾倒し、最終的にはサービス全体の目的よりも広告売上向上を優先するという悪しき部分最適に陥るケースが多いためである。
そういったリスクをゼロにすることは不可能だが、リスクを軽減するために、広告掲載を開始する際にはユーザーにオプトアウト(非許諾)オプションを提供することを検討しておくと良い。結果として広告の総閲覧数は減少するかもしれないが、非表示にされる広告はユーザーに付加価値を提供できておらず、その数が広告の質の指標となる。また、広告を望まないユーザーへの悪影響を最小限に抑えられるため、ユーザビリティ低下に伴う解約リスクを低減することができる。仮に広告主がオプトアウトオプションに理解を示さない場合でも、少なくとも広告に対するフィードバック機能は付加しておくことが望ましい。丁寧にユーザーの反応をモニタリングしながら、広告の質、掲載位置、掲載頻度を調整し、サービスの価値が損なわれていないことを指差し確認しつつ、徐々に広告運用を拡大していくことがSaaSの広告運用において最も重要なことである。

※4 公益社団法人日本広告審査機構「相談受付件数 2023年度通期

まとめ

本インサイトでは、SaaS運営において、エコパートナーとのアライアンスにおける収益配分手段のひとつとして広告モデルを加えることにより、柔軟なパートナーシップを構築していく方法を紹介した。広告はアライアンスモデルとして理解しやすく、事業創出においてもビジネスモデル構築の一助となるだろう。しかし、SaaS運営においては既存/新規ユーザーからの要求に応えるための機能企画や開発に多くのリソースを割り当てる必要があるため、新たな収益源確保に十分なリソースを割けない場合がある。
アビームコンサルティングは事業創出や事業変革において、サービスデザインから運用設計、人材育成デザインに至るまでワンストップで対応する体制を整えている。SaaS運営の変革に向けて、当社の支援が必要な際にはぜひご相談いただきたい。


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