開発コストの回収補助を目的とした広告収益の拡大に過度に注力することで、サービスのユーザビリティが低下し、本来の目的が損なわれるようでは本末転倒である。2023年に日本広告審査機構(JARO)へ寄せられた広告の苦情件数8,727件中インターネットは4,035件と、テレビ(3,633件)を抜いて最も多くを占める※4。Web広告は明確に成果を測れるため、より閲覧され、より押される広告へと最適化が繰り返された結果、いつのまにか一線を越えて不適切な広告へと変貌してしまいやすい。そのような事態を避けるためには、事前に広告掲載の目的を明確にし、社内の認識統一に加え、掲載レギュレーションを定めておく必要がある。その上で、目的を達成するために必要最小限となる広告展開を常に意識しておかなければならない。収益化が進むほど広告担当部門の発言力が増大し、それにともない事前に定めた掲載レギュレーションが緩和され、サービスが本来望んでいた姿とは異なる方向に変化してしまうリスクを未然に防止するためである。問題が目に見えるほど拡大し、広告が肥大化して収益に依存するようになった時点ではもう止めることは難しい。問題が顕在化してから対策を講じるのではなく、組織全体で継続的に議論を行い、慎重な広告展開を行わなければならない。また、そのためSaaSでの広告運用においては、担当者に広告売上の目標を直接課すことはなるべく避けるべきだ。最初はコンセプトを共有していた担当者も、代替わりなどの環境変化の過程で売上向上に傾倒し、最終的にはサービス全体の目的よりも広告売上向上を優先するという悪しき部分最適に陥るケースが多いためである。
そういったリスクをゼロにすることは不可能だが、リスクを軽減するために、広告掲載を開始する際にはユーザーにオプトアウト(非許諾)オプションを提供することを検討しておくと良い。結果として広告の総閲覧数は減少するかもしれないが、非表示にされる広告はユーザーに付加価値を提供できておらず、その数が広告の質の指標となる。また、広告を望まないユーザーへの悪影響を最小限に抑えられるため、ユーザビリティ低下に伴う解約リスクを低減することができる。仮に広告主がオプトアウトオプションに理解を示さない場合でも、少なくとも広告に対するフィードバック機能は付加しておくことが望ましい。丁寧にユーザーの反応をモニタリングしながら、広告の質、掲載位置、掲載頻度を調整し、サービスの価値が損なわれていないことを指差し確認しつつ、徐々に広告運用を拡大していくことがSaaSの広告運用において最も重要なことである。
※4 公益社団法人日本広告審査機構「相談受付件数 2023年度通期」