「睡眠負債」の改善を通じた従業員パフォーマンスの最大化 ~デジタルテクノロジーを活用した人的資本経営の実践~

インサイト
2024.07.29
  • ヘルスケア
  • AI
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近年、睡眠不足が労働生産性の低下に大きく影響していることが明らかになっている。特に日本においては、平均睡眠時間がOECD(経済協力開発機構)への加盟国中最下位という結果も出ており、労働生産性が低迷している。昨今、人材への投資を通じて企業価値を高める人的資本経営の重要性が高まっているが、その中でも特に睡眠時間の確保という観点から従業員の健康管理・投資に注力することが、労働生産性の向上に直結するとも考えられている。

本インサイトでは、アビームコンサルティングとNTT PARAVITA社による、スリープテックを活用して従業員の睡眠改善効果と企業における経済的効果を具体的なデータで可視化した共同実証実験の結果を通じて、その有用性について述べる。企業の経営層や人的資本経営の推進担当者、健康推進担当者に向けて、睡眠負債の改善を通じた従業員のパフォーマンス向上施策と企業の経済的価値向上を結び付ける方法について解説する。

執筆者情報

  • 西岡 千尋

    Principal
  • 宮本 潤

    Director

睡眠不足と労働生産性

昨今、日本国内において睡眠不足は社会問題化されている。厚生労働省の調査*1によると、日本国内において平均睡眠時間が6時間未満である割合は、男性 37.5%、女性 40.6%を占めている。加えてOECD報告書*2によれば、日本人の平均睡眠時間を世界と比較した場合、OECD加盟 33 カ国の中で最下位となっている。
この睡眠不足の現状は身体や精神への影響はもちろんのこと、注意力や判断力の低下を招き、労働生産性を低下させる要因の一つと考えられている。日本の労働生産性は、OECD38か国中31位と低迷しており*3、年間約15兆円の経済損失になるとも言われている。

この影響は企業にとっても重大である。企業の従業員が十分に質の高い睡眠がとれていない場合、一人当たりの労働生産性は年間約32万円の損失にも及ぶという試算結果もある。
今後、ますます労働人口減少が深刻化していく中で、自社の従業員一人ひとりのパフォーマンスをどう維持・向上させていくかは、日本企業全体にとって重要な経営アジェンダの一つとなりうる。

*1:「令和元年の国民健康・栄養調査結果11」
*2:「令和3年OECD(経済 協力開発機構)調査報告12」
*3:「労働生産性の国際比較2022」

企業の健康経営の実態と課題

企業の健康経営推進の目的は、従業員の健康管理を経営戦略として捉え、従業員の心身の健康を保持・増進を通じて、生産性の向上、離職率の低下、企業価値の向上、医療費の削減などを実現し、企業の持続的な成長を図ることである。
しかしながら、実態としては健康経営の取り組みが具体化されない、もしくは各施策を実施しているものの、企業の持続的な成長に繋げられていない企業が多く、以下のような課題が存在する。

■企業の健康経営における課題

  • 健康経営に向けた構想・計画が定まっておらず、断片的な施策になっている

  • 施策を通じた従業員の健康やパフォーマンスへの効果を適切に評価する手法が確立できず、やりっぱなしになっている

  • 施策を通じた経営指標への効果を定量的に評価できず、施策の経済的価値の向上が示せない(投資対効果が見える化できていない)

こうした従来型の健康経営の課題を解決するためには、企業自身が「人」を企業・組織における重要な「資産」として考え、従業員の健康の維持・増進を「人的な資本」に対する積極的な「投資」として捉え、経済的価値の観点から健康経営の取り組みにおけるPDCAを実践することが重要である。

スリープテックを活用した睡眠改善と経営インパクトの可視化の実証実験

スリープテックを活用した実証実験概要

アビームコンサルティングでは、真に持続的な人的資本向上施策を推進するためのモデル確立を目指し、NTT PARAVITA社と共同で、スリープテックを活用した睡眠改善プログラムによる従業員のパフォーマンス向上および経営インパクトの可視化に取り組んだ。
スマートデバイスや睡眠改善オンラインアドバイスを含む睡眠改善プログラムと、AIアナリティクスを活用し、睡眠改善を通じた労働生産性向上・メンタルヘルス対策を目指した実証実験を実施した。

本実証実験は、2023年11月~2月の期間で21名の対象者に対して実施し、NTT PARAVITA社の提供する「ねむりの応援団」*4を導入し、睡眠の質の向上を図った。「ねむりの応援団」とは、睡眠のセンシングデータと睡眠状況を算出するアテネ不眠尺度アンケートを用いて、利用者の睡眠状況を把握し、専属のパーソナルトレーナーの指導の下、一人ひとりに合った具体的なアクションで、睡眠改善を達成するプログラムである。

プログラム参加者には、健康増進や日々のパフォーマンス向上につながる睡眠知識に関する授業や、LINEで睡眠に関する相談ができる「ねむりの相談室」、また、睡眠のトータル診断結果レポートが提供された。また希望者には、睡眠状態の改善をより効果的に実現する「ねむり改善プログラム」を通じて、専門家によるオンラインアドバイスが提供された。

実証実験終了後には、3か月間の睡眠改善プログラムの実施前後における下記のデータを対象者から取得することで、施策の効果を複数の観点から可視化した。

■対象者から取得したデータ

  • 日常的な不眠度を計測するアテネ不眠尺度

  • ストレスチェックテスト(57項目)

  • WLQ-J/プレゼンティーイズム*5評価(労働生産性評価)

*4:「ねむりの応援団」公式サイト https://nemuri-supporters.nttparavita.com/
*5:病気など健康上の問題を抱えながらも出勤している状態

なお、プレゼンティーズム評価においては、プレゼンティーイズム測定ツール「WLQ-J」を活用することで、労働生産性改善効果の金銭換算を行った。

図1 スリープテックを活用した実証実験概要

実証効果の評価観点・測定方法

上記のプログラムを通じて、「不眠症リスクの低減」「ストレス値の低減」「労働生産性の向上」の3つの観点から効果を測定した。

不眠症リスクの低減に関しては、「アテネ不眠尺度」を用いて評価した。これは「睡眠と健康に関する世界プロジェクト」が作成したもので、不眠症の評価方法である。この尺度では、8つの質問に対する回答を数値化し、24点満点で測定した。これにより、不眠度を具体的に評価することができる。

ストレス値の低減に関しては、「ストレスチェックテスト」を使用した。このテストは労働安全衛生法で義務付けられており、労働者のストレス状況を調査するためのものである。テストは、仕事のストレス原因、ストレスによる心身の反応、さらに周囲のサポートに関する質問項目を含む57の質問から構成されている。これにより、労働者のストレス状況を包括的に評価できる。

最後に労働生産性の向上に関しては、「WLQ-J」という指標を用いた。これは、健康問題による仕事上の制約の状況や生産性の低下を測るためのものである。テストは25の質問から構成され、プレゼンティーイズムがパフォーマンスに与える影響を測定する。最大良好な状態のパフォーマンスを100%として算出することで、労働者の生産性を具体的に評価する。

図2 実証効果の評価観点・測定方法

実証実験の結果

結果サマリ

スリープテックを活用した実証実験の結果として、不眠症リスクの低減、ストレス値の低減、労働生産性の向上、それぞれの改善傾向を確認することができた。

  • 不眠症リスクの低減

    • 不眠症リスクの高い参加者の割合が24%減少
    • 参加者全体のアテネ不眠尺度の平均点は1.77点改善
  • ストレス値の低減

    • 参加前後のストレスチェックB項目(自身のストレス受容)に関する設問において、参加者全体の平均値は1.81点の改善
    • 高ストレス者予備軍の疑いがある群の割合が約5%減少
  • 労働生産性の向上

    • 総合パフォーマンス値の参加者全体の平均値が0.75%向上
    • 一人当たり7.5万円分、施策全体で157万円分の労働生性向上効果(WLQを用い算出)。
図3 実証実験結果サマリ

結果①不眠症リスクの低減

アテネ不眠尺度の介入前後比較では、参加者全体での不眠症リスクが低い群が約14%増加し、不眠症リスクの高い参加者の割合が約24%減少した。また介入前後の参加者全体のアテネ不眠尺度の平均は1.77点の改善が見られた。

図4 アテネ睡眠尺度の結果

結果②ストレス値の低減

ストレスチェックテストにおいては、睡眠改善効果が影響を与えるとされる項目B(心身のストレス要因)の改善効果に着目している。当初の仮説通り、睡眠改善に伴いB項目を判定する領域に改善が見られ、介入前後のストレスチェックB項目(身心のストレス要因)に関する設問において参加者全体での平均値は1.81点の改善が見られた。また、高ストレス者予備軍の疑いがある群の割合が約5%減少した。

図5 ストレスチェック(領域B)の結果

結果③労働生産性(WLQ)の向上

WLQ-J(総合パフォーマンス値)の値が95%以上である参加者の割合が約29%増加した。また参加者全体の平均値では0.75%向上が見られた。
このことから、本施策を通じた労働生産性評価改善の金銭インパクトは、1人当たり7.5万円/年、介入対象者21名の場合、157万円/年の改善となる。

※インパクト試算はプレゼンティーイズムから労働生産性を算出するWLQ-J結果に、参加者人数と参加者平均年収を乗算することで算出。なお、施策導入による睡眠改善習慣が1年間持続したものとしている。

図6 労働生産性(WLQ)の結果

また、本実証に参加した参加者からは、「日々センサーのデータを確認することによって、睡眠への意識が高まり、自分自身での改善アクションにつながった」、「配信されるコンテンツに気づきがあり、普段の生活での行動に取り入れるようになった」、「睡眠の質を維持するためのコツをねむりの相談室で睡眠改善インストラクターに相談できて安心できた」というコメントも得ており、従業員の行動変容の観点でプログラムの有効性が示唆された。

人的資本経営の実践に向けた提言 -施策インパクトの可視化・評価ー

今回の実証実験から、スリープテックとデータアナリティクスを活用した健康経営施策における「実施評価」・「経営インパクトの可視化/評価」の一連の有効性を検証することができた。健康経営施策を通じて従業員のパフォーマンス向上を持続的なものにするためには、従来型の健康経営でありがちな施策のやりっぱなしから脱却し、施策の効果可視化とKPIモニタリング、その結果に基づいた経営判断・開示という、企業の経済価値を高めるための一連の施策PDCAサイクルの構築が必要である。

データ活用とインパクト可視化を通じて企業が真に持続的な人的資本経営を実現することは、各企業の従業員のパフォーマンスを最大化するための重要な道標となると考える。また、その一つの成功モデルとしてスリープテック活用の取り組みは、日本の各企業・業界・日本全体の睡眠負債の解消と労働生産性向上に繋がる可能性がある。今後も施策の定着に向けて、ユーザー利用率を高めるためのサービスエクスペリエンスの向上やデータビジュアライゼーション(膨大な施策データの収集・管理・分析、ダッシュボードによる可視化)の高度化に取り組んでいく。

アビームコンサルティングでは、スリープテックを活用した睡眠改善と経営インパクトの可視化のみならず、人的資本経営の開示・実践においても包括的なご相談に対応している。
今後もアビームコンサルティングは企業・組織における様々な課題解決や価値向上を伴走型で支援し、社会課題の解決に向けた道筋を創出する社会変革アクセラレーターとしての活動を推進する。

■スリープテックを活用したWell-Being経営推進支援サービス
https://www.abeam.com/jp/ja/expertise/sl391/


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