エネルギーバリューチェーンの変革
第2回 小売事業者における生き残り戦略
~スマートメータデーターとデジタルテクノロジーの活用による新たな価値創出~

 

山本 英夫

金融・社会インフラビジネスユニット
エネルギー担当 
ダイレクター

 

現在、海外および国内エネルギー業界は大きく変化しつつある。
本インサイト「エネルギーバリューチェーンの変革」では4回シリーズにて、国内エネルギー市場における最新の動向および今後のビジネスの方向性について解説していく。
第2回目は、小売事業者における生き残り戦略について解説していく。

 

ますます厳しくなる小売事業における市場環境

2016年に全面自由化がスタートし、低圧部門における電力小売事業者への切り替えは約20%程度まで進んでいる(2019年8月時点)。一方で価格競争の激化により、各社の利益率は急激に低下している。さらに今後人口減少や省エネ機器の普及により電力需要が減少する中、太陽光発電コストの低下による自家消費型モデルのビジネス規模の拡大が想定され、小売事業者の事業環境は益々厳しくなることが予想される。
市場では「これ以上小売事業者のビジネス拡大は難しい」との声がよく聞かれる。本当にそうだろうか。自由化が先行する欧米などの地域における先進事例を参考にすると、デジタルテクノロジーの活用により小売事業者がビジネスチャンスを拡大できる余地はまだ十分にあるはずだ。

 

デジタルテクノロジーを活用することによりなぜビジネスチャンスが生まれるのか?

デジタルテクノロジーを活用することで、国内市場において新たなビジネスチャンスが生まれる可能性がある最大の要因は、自社顧客のスマートメーターのデーターを利用できる点だ。新規小売事業者が顧客の30分毎の電力使用データを最新のデジタルテクノロジーを活用して分析することにより、従来では実施できなかったアプローチで小売事業の新たな価値創出が可能となるのである。では、具体的な3つの価値創出のアプローチについて紹介する。
 

スマートメーターデーターとデジタルテクノロジーの活用による新たな提供価値

スマートメーターデーターとデジタルテクノロジーの活用による新たな提供価値

 

価値創出のアプローチ

① 顧客にとって魅力的な新料金メニューの開発
1つ目の価値創出のアプローチは顧客にとって魅力的かつ 、一定の粗利を確保できる新たな料金メニューの開発である。
デジタルテクノロジーを活用し、スマートメーターから取得可能な30分毎の使用データに加え、コスト情報(電源調達、託送料金)および売上情報(料金メニュー)を統合分析することにより、顧客別・時間帯別の粗利分析が可能となる。この分析結果を活用し、顧客にとって魅力的かつ自社の粗利の向上が可能となる料金メニューの開発が可能となる。
例えば、粗利が低い時間帯から粗利が高い時間帯に顧客の電力使用を誘導する曜日・時間帯別料金メニューを開発することで、顧客の関心を高めるとともに、小売事業者としての粗利向上も可能となる。
既に米国の自由化市場では、家庭用顧客に対して「土曜日無料プラン」や「平日朝7〜9時無料プラン」など顧客にとって魅力的な新料金メニューを提供することで、新規顧客獲得の拡大や離脱防止を抑制するとともに、小売事業者としての事業採算性向上を実現している。


② 顧客ニーズの高い商品・サービスのプッシュ型提案
2つ目の価値創出のアプローチは 、使用量の用途別分析結果に基づき顧客にとって導入メリットが高い商品・サービスをプッシュ型で提案することにある。
デジタルテクノロジーを活用し、スマートメーターから取得した30分使用データと気象データとの相関性を分析することにより、全体の使用状況を3つの用途別に分解(ディスアグリゲーション)することが可能となる。3つの用途とは、24時間安定した負荷で供給を行う「ベースロード」、曜日や時間によって供給負荷が変動する「時間変動ロード」および、気象条件によって供給負荷が変動する「気象変動ロード」である。
このディスアグリゲーション分析結果を活用することにより 、商品・サービス別に導入時の経済メリットが高い顧客セグメントを選定し、プッシュ型で提案することが可能となる。
例えば、前年と比較して気象変動ロードが増加傾向にある顧客に対して「空調改修サービス」を提案する、昼間の日照時間帯に安定した電力使用実績がある顧客に対して「自家消費型太陽光発電」を提案するなど、顧客にとって導入効果が高い商品・サービスを適切な形で提案することよって小売事業者の新たな収益および利益の獲得が可能となる。

③ 精緻な需要予測に基づく調達リスクの最小化
3つ目の価値創出のアプローチは精緻な需要予測分析に基づく調達リスクの最小化である。
電力小売事業は元々利益率の低いビジネスモデルであり、調達コストの変動が事業採算性に与える影響は大きい。また日本市場においては、2021年のインバランス料金制度の改定に伴い、インバランス精算価格の上昇により事業採算性に与える影響が拡大することが想定される。
デジタルテクノロジーを活用し、上記に紹介したディスアグリゲーション分析結果に加え、天気予報データを統合することによって、顧客の電力使用実態に基づいたボトムアップ型の需要予測が可能となるとともに、機械学習やAIを活用し、需要予測結果と実績値を継続的に比較し分析ロジックを見直すことにより、需要予測精度の向上が可能となる。
電力調達において需要予測精度を向上することが出来れば、予め安価な電力の調達が可能となるとともに、電力需給時におけるインバランスを最小化し、調達リスクを低減できるため小売事業者の事業採算性の向上が可能となる。

 

デジタルテクノロジー活用による価値創出を実現するための課題とは?

ここまでスマートメーターデーターとデジタルテクノロジーの統合による小売事業者の新たな価値創出とビジネスチャンス拡大の可能性について紹介した。しかし、その実現に際しては主に2つの重要な課題が存在する。
一つ目のポイントは部門間での連携である。小売事業者内の組織は調達部門と営業部門で分離されており、リアルタイムでの情報連携は通常できていない。今後、益々小売事業者における利益率が低下することを想定すると、いかに組織横断で共通のスマートメーターデーターを活用した業務プロセスを構築し、会社全体で投資対効果が高いシステムを構築できるかが重要なポイントとなる。
もう一つの課題は経営層の意識改革である。
経営層は、価格競争が激化する将来の市場環境においては短期的な収益確保を重視し、根本的な業務プロセスやシステムの見直しへの意思決定を先延ばししがちである。
しかしながら、今後小売事業者の収益性低下が不可避であることをふまえると、経営層が将来の事業リスクを見据えた意思決定をいかに早期に進めることができるかが重要となる。

 

執筆者

山本 英夫

エネルギーバリューチェーンの変革

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