日本企業の海外拠点をめぐる環境は大きく変わった。しかし、権限は本社に集中したままという企業も多い。アビームコンサルティングは2026年4月、タイオフィスの経営を現地のスプリーダ・ジラウォンシーに託した。スプリーダは、ガバナンスをリスク管理にとどめず成長の原動力に変えることが、次の競争力を生むと説く。拠点を任された立場から見える、海外拠点の役割の変化と、本社と拠点の新たな関係を聞いた。
アビームコンサルティング タイオフィス
日本企業の海外拠点をめぐる環境は大きく変わった。しかし、権限は本社に集中したままという企業も多い。アビームコンサルティングは2026年4月、タイオフィスの経営を現地のスプリーダ・ジラウォンシーに託した。スプリーダは、ガバナンスをリスク管理にとどめず成長の原動力に変えることが、次の競争力を生むと説く。拠点を任された立場から見える、海外拠点の役割の変化と、本社と拠点の新たな関係を聞いた。
―― 地政学的緊張やサプライチェーンの再編が続く中、海外拠点はどう変わっていますか。
スプリーダ:日本企業の海外拠点はこれまでものづくりの強さや効率的なオペレーション、市場開拓によって競争力を支えてきました。しかし、地政学的な不確実性、サプライチェーンの再編、労働力構造の変化、そしてアジア域内の競争激化によって事業環境は変わりました。日本から現地拠点が変わらず安定して見えたとしても、それは現地が変化に応えてきた結果です。これは本社と現地の認識がずれているのではなく、現地拠点において安定を保つために求められる適応力が高まってきたということです。海外拠点は市場の変化を早く察知し、顧客に近い場所で成長機会を見いだす存在になっています。
―― 海外拠点に期待される役割はどう変わっていきますか。
スプリーダ:多くの日本企業は既存事業の価値を最大化しながら、EVや半導体、データセンター、AIといった次世代の事業を育てなければなりません。既存の強みをどう将来の成長につなげるかが問われています。海外拠点の役割も「効率よく実行する」ことから、新たな成長機会を見つけ、必要なケイパビリティーを築いて「変革を実現する」ことへと移っています。どこに拠点を置くのが最適かは業種や戦略で異なりますが、確かな産業基盤と域内とのつながりがあり、次世代産業への投資も広がるタイは有力な選択肢の1つだと言えます。
―― 「ガバナンスは成長のドライバーでもある」という発言の真意は何でしょうか。
スプリーダ:リスク管理やコンプライアンスといった統制の維持は今後も欠かせません。そのうえで求められるのは、成長を後押しするガバナンスです。地域でデータを共有し、プロセスを標準化しても、報告や作業が増えるだけなら現地にとっては負担でしかありません。仕組みがうまく機能すれば、本社は現地の状況が見えてリスクを早く察知でき、現地は事業の実態の把握と意思決定を速め、地域の共通基盤や域内専門性を活用できる。双方に実利があってはじめて、ガバナンスは成長につながります。統制か自律かという二択ではないのです。
―― 本社が権限を握っている企業はどうしたらよいでしょうか。
スプリーダ:出発点は「権限の前に可視性」です。何を任せるかを決める前に現場で何が起きているかを把握できるようにする。多くの組織にとって真の課題は分権ではなく可視性の不足です。本社が必要な情報を得るまで1週間、時に1カ月かかると聞きます。見るべきは業績だけでなく、リスクも含めた事業の実態です。それが見えたときに本社は拠点に何をどこまで任せるかを判断できるようになるでしょう。必要な情報がすぐに見えないなら、ガバナンスを見直すサインです。
―― 本社と現地をどう線引きするとよいでしょうか。また、成果につながった事例も教えてください。
スプリーダ:鍵となるのは各階層が得意なことに集中できているかどうかです。1つの考え方として、本社・地域統括・現地の3層で役割を分ける方法があります。本社は戦略の優先順位や資本配分、リスクの境界を担う。地域統括は戦略を地域に合った実行計画に落とし込み、市場をまたがる相乗効果を見いだす。現地は事業運営に集中する。線引きの目安は、グループ全体に影響する判断や大きな投資、重大なリスクを伴う判断は本社寄りに、顧客や市場、実行状況などに左右される判断は現地寄りに置くことです。権限を1か所に集約するのではなく、必要な情報と責任がある場所に判断を委ねることが重要です。ASEANで複数の事業を展開するある日本企業は国ごとに独立して事業運営する体制をやめ、地域統括が各国を束ねるモデルへ切り替えました。それで地域全体を同じ物差しで見られるようになり、国の寄せ集めではなく、1つの地域事業として動けるようになりました。こうした仕組みそのものを設計することも本社に求められる役割です。
―― 海外拠点のリーダーにはどんな人材が求められますか。
スプリーダ:戦略を成果につながる行動へ翻訳できる人材です。事業ポートフォリオの組み替えも新しい成長領域への参入も変化が起きるのは本社ではなく市場です。現地は顧客にも人材にも新しい産業にも最も近く、自分たちの市場で変化をどう起こすべきか理解しています。変革が進むのは現地の社員がそれを本社の施策ではなく、自分たちの変革だと感じたときです。ある日本企業はリーダーの評価を業績だけでなく変革への貢献でも測るようKPIを組み替え、トップ主導の変革を組織全体の課題に変えました。事業の優先順位とKPI、インセンティブがそろって初めて変革は持続します。
―― アビームコンサルティング自身も現地のリーダーに拠点運営を委ねています。委ねる側と委ねられる側に何が必要ですか。
スプリーダ:現地のリーダーには事業の将来を自分のものとして引き受ける覚悟が要ります。委ねる側に必要なのは現地の人材に投資し、リードする機会を与えることです。リーダーは研修だけでなく、戦略の議論に加わり、変革を率いる経験の中で育つからです。そのうえで任せきりにせず、重要な意思決定や組織が変わる局面では支える。信頼は最初からあるものではなく、双方が力を合わせ続けた結果として築かれます。私はアビームコンサルティングで20年以上働いてきました。その間の積み重ねの先に、マネージングディレクターへの就任がありました。今度は私が次の世代のリーダーに機会をつなぐ番だと考えています。
―― 本社の意思決定層にメッセージをお願いします。
スプリーダ:海外拠点の競争優位はコストからケイパビリティーへ移りつつあります。これまで数十年にわたり、本社が決め、海外拠点が実行する形が続いてきました。今後成功するのは本社と海外拠点がともに未来を形づくる企業です。海外拠点は単に実行の場ではなく、将来のリーダーを育て、イノベーションを生み出し、地域の成長をけん引する場へと変わっていくはずです。拠点をコストで測るのか、ケイパビリティーで測るのか。この問いに向き合えるかどうかが次の10年を左右すると考えています。
※「日本経済新聞」2026年10月21日公開記事より転載
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