AIエージェントを活用した調達現場業務の効率化・高度化の未来像

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2025.06.25
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資材価格の高騰や業務の属人化への対応が喫緊の課題となっている調達現場業務において、生成AIの活用が進んでいる。とりわけ、AIがデータを基に自律的に判断・行動し、特定の業務を代替・支援する「AIエージェント」は、従来の調達現場業務の姿を大きく変革する手段として期待されている。しかし、その実現に向けては、多くの課題を解決し推進していく必要がある。本稿では、AIエージェントの活用で調達現場業務がどのように変わっていくのか、効率化・高度化実現に向けた課題をどのように乗り越えていくべきかを考察する。

執筆者情報

  • 小松 史郎

    Principal

1. 調達現場業務を取り巻く問題

調達現場業務において、例えば建設業界では、建築、電気、設備などの工事・サービスの業務委託から設備、資材購入までを行う。担当者は受注内容に応じてエンジニアなど関係部門と調整しながら発注先を選定(ソーシング)する。その際、発注仕様や図面を理解し、適切な価格で工事や納品を請け負うことができる協力会社の選定が必要である。この業務には幅広い知見が求められると同時に、適正価格を判断するため過去の調達実績などの情報も不可欠となる。
そうした調達現場業務を取り巻く問題として、「価格高騰による見積精度の低下」と「専門的知見を要することによる業務の属人化」の大きく2点が挙げられる。

価格高騰による見積精度の低下

昨今の物価上昇や円安、運送コストの増加などの影響により、調達資材の価格が高騰している。特に近年の価格上昇幅は大きく、過去のデータのみに頼った予測では実態に即した判断が難しくなっている。また、原材料の供給不足や世界的なインフレを勘案すると、このトレンドは当面続くと予想される。
こうした状況下において、適切な資材価格を予測するためには、為替レートの変動や国際的な需給バランス、物流コストの推移、さらには地政学的リスクの影響など、多岐にわたるデータをもとに、価格変動の要因を詳細に分析する必要がある。
しかし、これらのデータを適切に収集・分析し、迅速に意思決定へと反映させることは、従来の手作業や属人的な判断だけでは限界があり、業務プロセス自体を変えることが求められている。

専門的知見を要することによる業務の属人化

外部データを含めた複合的な判断には、資材の特性や市場動向を深く理解した専門的な知見が必要となる。そのため、特定の担当者に業務が集中しやすく、属人化が生じている。特に、経験や勘、担当者の人脈に依存する部分が多いため、ノウハウの共有が進まず、業務の属人化に陥りやすい。
属人化の問題は、業務の継続性や組織全体のパフォーマンスに大きな影響を与える。例えば、ベテランの担当者が退職や異動した場合、蓄積された知識や経験が引き継がれなければ、新たな担当者が同じレベルで判断を下すことは困難である。また、業務が特定の担当者に集中すると、その担当者の負担が増大し、判断スピードの低下やミスの発生リスクが高まる。結果として、調達現場業務全体の効率が低下し、意思決定の時間を確保できず、最適な価格交渉ができなくなる恐れがある。

2. AIエージェントを活用した調達現場業務効率化・高度化の将来像

このような「見積精度の低下」と「調達現場業務の属人化」の問題に対して、AIエージェントを活用することにより、業務の効率化・高度化が期待されている。
AIエージェントは、見積根拠となる発注実績をデータ化し、購買担当者の専門知識をAIに置き換え、発注の意思決定プロセスを自動化する。一方、購買担当者は過去実績との比較や調査業務などから解放され、需要予測やソーシング先とのリレーション強化や多様化、調達戦略策定などAIで置き換えが難しい重要な業務に時間を割くことが可能となる。

これを実現するには、Step1「業務基盤の構築」、Step2「調達現場業務の効率化・高度化」の2つのステップで推進する必要がある。

図1 調達現場業務効率化・高度化ロードマップ

Step1:業務基盤の構築

過去の発注実績や見積書は電子化されていないことが多い。AI活用の前段として社内文書のデータ化が必要である。業務基盤の構築にあたり、さまざまなフォーマット・形式で保存されている見積書のデジタル化及び項目間の名寄せを進めていく。

図2 業務基盤の構築

(1)見積書をAI-OCRで読み取りデジタル化

見積書や請求書のデータ入力は、手作業によるミスや抜け漏れ、フォーマットの不統一による処理の煩雑さが課題となっている。また、発注先ごとにフォーマットが異なることに加え、PDFや紙など保存形式もバラバラであり、データ整理に手間を要する。
そこでAI-OCRを活用し、手書きや印刷されたテキストを自動的にデジタルデータへ変換。発注先企業名、品目名、数量、単価、合計金額、発注日といった重要情報を正確に抽出・記録する。入力ミスやデータ不整合を防ぎながら、機械学習によるパターン認識で異なるフォーマットも統一的に整理できる。また、LLM (大規模言語モデル)とAI-OCRを組み合わせることで帳票の読み取り精度を大きく向上できる。これにより、業務の正確性と効率が向上し、作業時間の短縮や人的リソースの最適化によるコスト削減につながる。

(2)生成AIや自然言語処理を使った名寄せ

見積書や請求書は発注先ごとにフォーマットが異なるうえ、資材の名称や表記が統一されていない場合が多い。さらに、同一企業内でも部門ごとに異なる名称やコード体系が使われるケースがあり、データの統合や分析が難しくなっている。
そこで、生成AIを活用して名寄せを行い、バラバラな表記を統合する。AIは機械学習と自然言語処理を用いて、異なる名称の類似性を判断しながら、統一的な表記ルールに基づいてデータを整理する。例えば、「A社:六角ボルトM10」「B社:六角M10ボルト」などの表記を自動認識し、統一フォーマットで登録することで、検索や分析の利便性が向上する。手作業によるデータクレンジングの負担が軽減され、正確なデータを基にした調達現場業務や価格分析がスムーズに行えるようになる。

Step2:AIエージェントによる調達現場業務の効率化・高度化

購買部門では要求部門からの依頼内容・仕様に基づき発注先を選定し、見積もりを取得する。見積内容は過去実績、市況価格、購買担当者の知見などに基づいて評価され、購買担当者は最終的な調達先を決定し発注する。一連の業務フローの中で、AIで置き換え可能なタスク、各タスクで必要なデータとアウトプットを整理しAI要件を定めていく。ここでは、6つの領域にタスクを分け、AIエージェントによる処理の自動化を例として示す(図3)。

図3 調達現場業務フローの未来像

(1) 依頼内容分析

AIエージェントが、Step1で構築した資材データベースを参照し、見積依頼する発注先の候補を選定する。

■現状
取引履歴や調達実績の調査は、専門的な知見が求められるうえ、必要な情報の所在が分かりにくいことが問題となっている。特に若手メンバーは類似案件の価格や取引条件を素早く把握できず、意思決定の遅れや調達コストの増大につながる。

■AIエージェント活用後
デジタル化された過去の取引データを検索・抽出することで、必要な情報に即座にアクセス可能となる。また、検索エンジンのチューニングによって、類似表記や誤記を自動補正し、異なるフォーマットでも統一的に検索可能となる。さらに、類似の品目に関しても関連データを検索でき、見落としがちな情報の効果的な把握が可能となる。

(2) 見積書のやり取り

依頼内容に基づく最適な発注先の選定後は、各社へ見積もりを依頼する。将来的には発注先のAIエージェントと対話し、見積書の依頼から取得まで自動化する可能性もある。

■現状
複数の発注先への見積依頼や多様な資材の発注は、業務ミスやコミュニケーションエラーが発生する原因となる。

■AIエージェント活用後
AIエージェント同士でやり取りし管理することで、業務上のそうしたリスクを抑えることができる。

(3) 見積書解析

受領した見積書に記載された情報を効率的に分析し、後続タスクに必要な情報を整理する。

■現状
通常、発注先ごとに見積書のフォーマットが異なり、情報整理に多くの時間を要する。

■AIエージェント活用後
そこで、AIエージェントが必要な情報を整理したうえで、AI-OCRを活用。見積書からの情報抽出と分析を自動化することで、手作業による整理工数を削減し、業務効率化を図る。

(4-1) 過去資材の適正価格調整

社内のナレッジに加え、市況データなどの多角的なデータに対して、AIエージェントが自発的にどの予測モデル、パラメータを使うか判断し、過去の資材価格データに対して現在の市場感を反映した適正な価格を予測する。

■現状
資材価格の高騰により、過去の見積査定があまり参考にならないことが増え、価格の妥当性判断が難しい。実際、自社で査定した金額とサプライヤー側の提示金額に大きな乖離があり、担当者は調整に頭を抱え、価格交渉や調達プロセス全体に影響を及ぼしているという相談も少なくない。また、価格予測には各資材に関する専門的知見が必要であり、その業務を担当できる人が限られているため、効率的な調達判断が難しく、適切なタイミングでの調達ができない問題が生じている。

■AIエージェント活用後
過去の見積書に加えて市況データを活用することで、過去の取引データや市場動向(原材料の価格変動、為替レート、供給状況など)を基に価格の妥当性を評価し、リアルタイムで適正価格を算出できる。また、AIエージェントが資材によって使う市況データや価格予測モデルのパラメータを自律的に選択し、最適な価格予測の効率化が可能となる。
さらに、異常検知モデルの活用により、発注先の納期遅延や供給リスクを事前に察知可能にする。過去の納期履歴や供給状況を分析し、発注先のパフォーマンスを予測することで、リスクを未然に防ぐことができる。

(4-2) 発注先情報の収集

発注先の受注状況や過去の取引情報を収集する。

■現状
発注先情報の収集は特定の担当者に依存していることが多く、担当者の不在時や異動時に業務が滞り、情報共有がスムーズに進まないことが問題となっている。他にも、発注先の受注状況を鑑みず発注を行い、結果的に遅延につながるなど、多くの問題が存在する。

■AIエージェント活用後
発注先の情報を収集するAIエージェントの活用により業務の自動化と標準化を進め、属人化を防ぐとともに、発注先の状況をリアルタイムで分析し、業務負担の軽減やリスクを検知する。

(5) 出力分作成

さまざまなAIエージェントが収集・作成した情報を元に、担当者に向けて発注先候補の情報を分かりやすくレポートにして出力する。

■現状
最終的な発注先の意思決定に向けて、情報の量や質が不十分な場合、発注先の選定がうまくいかず、割高な発注につながることが少なくない。特に、サプライヤーの提案内容が不明瞭な場合や、複数の選択肢を十分に比較できない場合は、最適な契約条件の見極めが難しくなる。このような状況では、価格だけでなく、品質や納期などの重要な要素を見落としがちで、結果としてコスト増加や納期遅延のリスクを招く。

■AIエージェント活用後
文章作成を行うAIエージェントが、サプライヤーの情報を価格だけでなく、品質、納期、過去の実績など多角的な視点で収集・分析し、比較しやすい形で整理することで、迅速かつスムーズな意思決定を推進し、常に最適な発注先を選定できるようになる。結果として、割高な発注を防ぎ、納期遅延のリスクも軽減され、調達プロセス全体の効率化とコスト削減が実現する。

3. AIエージェントの利活用促進における課題

調達現場業務における課題解決のソリューションとしてAI活用が期待される一方、適用範囲の選定や既存業務との統合方法が焦点となりAI導入が頓挫するケースも少なくない。運用プロセスや管理体制が十分に検討されていないケースも多い。特に、データ管理やモデルの継続的な改善、従業員による活用定着が未確定なまま導入が進むと、AIエージェントが十分な効果を発揮しないリスクが高まる。
さらに、効果検証が難しく、定量的な成果指標の設定や評価方法が確立されていない場合、導入成否の判断が困難になる。加えて、AIエージェントの受け入れ態勢が整っていないことも大きな障壁となる。従業員がAI活用に抵抗を感じ、業務プロセスの変更や役割分担が不明確な場合、現場で混乱が生じる可能性がある。
このように、AIエージェントの利活用を促進するためには、適用範囲、業務統合、運用設計、効果検証、受け入れ態勢などの課題を解決する必要があり、単なる技術導入では十分な成果を得ることが難しい。

4. 調達現場業務の効率化・高度化に向けた課題解決プロセス

したがって、調達現場業務における根深い課題に対して、抜本的な改革の推進が求められる。図4は、課題解決に必要なアプローチを整理し、6つのプロセスで示したものである。

図4 調達現場業務の効率化・高度化に向けた課題解決プロセス

(1)現状分析と課題の可視化

  • 価格変動要因の特定、業務の属人化が生じている業務の洗い出し、調達プロセス全体のボトルネックを明確にする。
  • 特に、過去の調達データや取引履歴の分析を通じて、市況変動の影響を受けやすい資材やコスト増加の原因を特定する。

(2)データ収集・整理の仕組みを構築

  • 社内外のデータを統合しやすい環境を整備する。
  • 見積書や請求書などの書類をAI-OCR技術で自動抽出し、生成AIを活用してデータを名寄せ・統一することで、精度の高いデータベースを構築する。
  • 外部の市況データや為替レート、物流コストなどをリアルタイムで取り込み、調達判断の材料として活用可能な形に整理する。

(3)ナレッジ共有と業務標準化

  • 経験者の判断基準や価格決定のプロセス、価格交渉や発注先評価に関するベストプラクティスをドキュメント化することで、AIエージェントが活用しやすい形式でナレッジを整備する。

(4)AIエージェント適用範囲の選定とPoC実施

  • AIエージェント適用による業務負荷軽減の効果を検証する。
  • 過去データを活用した価格予測の試験運用や、AIによる過去実績検索・照合の有用性を評価する。
  • PoCの結果をもとに、業務統合と運用プロセスの確立を進め、AIが実務に定着するよう段階的な導入を進める。

(5)業務統合と運用プロセスの確立

  • AIエージェントが担う業務と人間が行う業務の役割分担を明確にした上で、業務フローを整理する。
  • 運用者が変更となった場合でも滞りなく業務が継続できるようAI活用ガイドラインを策定し、運用ルールを明確化する。

(6)効果検証と継続的な改善

  • 定量的、定性的な指標を基にAI導入の成果を評価し、運用の最適化を進める。
  • AIエージェントの継続的な学習とチューニングを行うことで、精度と適用範囲を拡大し、企業全体の調達戦略の高度化を実現する。

5. AIエージェント活用で調達現場業務を効率化し、重要業務に専念できる体制を実現

調達を取り巻く環境が複雑化する中、調達部門は今後、戦略的機能としての役割を果たす必要がある。それは、社内に溜まるさまざまな関連データを活用しながら、取引先・事業部と協働し戦略的なアクションを企画立案・牽引する姿である。
それには“煩雑なアナログ業務”から“量子/AI活用前提の業務”、”場当たり的・事後的リスク対応から“予防的なデータドリブン対応”といった業務モデルへのシフトが急務である。そこで、AIエージェントを調達現場業務に活用することは、情報収集や分析、定型的な処理などの業務を効率化し、業務の正確性と処理速度の両面で改善が期待される。結果として、“アナログ業務”や“場当たり的・事後的リスク対応”から解放され、戦略的な意思決定や重要な判断業務といった、より付加価値の高い領域に時間とリソースを集中できるようになる。AIエージェントの活用は、調達部門が業務負荷を軽減するだけでなく、調達部門がこれまで以上に経営判断や事業成長に関わる役割を担うことを可能にし、組織全体の意思決定の質や競争力の向上につながる。
アビームコンサルティングは、多くのプロジェクトにて、クライアントに寄り添う伴走支援の実績を有している。これからもAI活用と業務理解の両面での知見を活かし、調達現場業務固有の問題に対して、構想策定から運用まで一貫してサポートしていく。


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