ROIC向上を通じた経営変革の実現:経営目標と現場活動の連動(前編)

インサイト
2025.06.20
  • 経営戦略/経営改革
  • 財務会計/経営管理
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資本市場から資本効率を重視した経営が要請される現代の企業経営において、ROIC(投下資本利益率)は重要な指標となっている。
一方で、ROIC経営の浸透は容易ではない。ROIC経営を推進するには、ポートフォリオ管理に留まらず、業績管理の仕組みを構築する必要がある。特に、事業部が強く、コーポレート部門が弱い企業文化の会社においては、ROICと連動した業績管理の仕組みを現場まで浸透させることは難易度の高い取り組みとなる。
本インサイトでは、ROIC経営を主導する経営企画部などのコーポレート部門向けに、ROIC経営の浸透を阻む部門間の壁に対し、コーポレート・現場が共に解決する道筋を前後編の2回に分けて紹介する。
前編となる今回は、主にコーポレート部門と事業部門の連動観点での課題及び対応の方向性について紹介する。後編では、サプライチェーンマネジメント視点からのアプローチについて紹介する。

執筆者情報

  • 馬場 崇之

    馬場 崇之

    Senior Manager

企業を取り巻くROICの状況

資本市場からの要請にもとづき、ROICを経理管理指標として取り入れ、開示する企業が増加している。
一方で、ROIC経営を主導する経営企画部などのコーポレート部門からは、「ROICと現場活動との連動」や「ROICをベースとした経営管理サイクルの現場浸透」が難しい、といった意見を聴くことが多い。
特に、事業部が強く、コーポレート部門が弱い企業文化の会社においては、ROICと連動した業績管理の仕組みを現場まで浸透させることは容易ではない。
当社は、その原因としてコーポレートと事業部門の壁、部門横断の壁が影響していると考えている(図1)。

図1 ROIC浸透を阻む壁

KPI・ルール・データといった視点から見ると、以下のような3つの問題が存在する。

問題1. KPIの視点:全社業績目標と現場活動がつながっていない
ROICを採用した企業ではROICを分解したKPIツリーを作成して、業績管理を行うことが多い。
一般的には、ROICを営業利益率や資本回転率などの財務KPIに分解していくことになるが、これらの財務KPIが現場のKPIと繋がっていないことも多い。
結果として、現場からは余計な管理指標が増え管理コストが増大し、コーポレート部門では現場の取り組みがどれだけROICに影響しているか分からない、といった状況が発生する。

問題2. ルールの視点:共通言語ができておらず部門間のコミュニケーションが不全
企業経営の現場では、類似する言葉が部門によって意味が異なり、誤った経営判断に繋がることがある。
例えば、利益率の高い製品を優先して販売するため、製品別の損益を算出するケースを考える。コーポレートとしては、正しい製品のコストを算出すべく、営業部門から販売費用、物流部門から物流費、生産部門から製造原価を収集するが、部門によって管理粒度が異なるため、共通費用は按分することになる。
この按分ルールが部門やシステムで異なり、部門間で差異を認識できていなかった場合、利益が高いと思っていた製品が実態を反映しておらず経営判断を誤ってしまう、という事態が起こりうる(図2)。
(例えば、経理部門では財務会計システムで保持するデータにもとづいて費用を按分するが、生産部門では製造実行システムで保持する別の基準データで費用を按分しており、部門間で認識が合わない)

図2 部門間のコミュニケーション不全

問題3. データの視点:分析に必要な情報が取得困難
ROICは企業グループの全体の取り組みであり、コーポレート部門はデータにもとづいて判断していく必要がある。
一方で、部門間でシステムが異なり、Excelを中心とした手作業が残っている場合、機動的な判断ができない。
例えば、上述の課題1・2をクリアし、全社と現場のKPIが繋がり、統一されたルールにもとづいて、計画、実績、着地見込を管理していく運用フェーズに入ったとする。
その際、部門間で上記データを管理するシステムが異なり、コーポレートがマニュアルで集計する場合、コーポレート部門が業務に忙殺され、本来果たすべき全社最適視点でのチェック機能が働かなくなるリスクが存在する。

ROIC経営が浸透した姿

それでは、ROIC経営が浸透した姿とはどのようなものだろうか。
当社では以下のようなPlan、Do、Forecast、Analyze、Actionといったサイクルが確立し、自律型の経営が実現した状態と考えている(図3)。

  • 経営目標をターゲットとして、部門を跨いだ施策検討・予実管理が定量的根拠を伴って行われている
  • 各部門が管理するKPIを活動単位までブレイクダウンし、KPI達成に向けた施策を定量的根拠にもとづいて落とし込めている
  • 経営目標~活動KPIが連動して見える化・分析できる仕組みが整備され、運営されている
図3 ROIC経営の浸透イメージ

ROIC経営の浸透に向けて

ROIC経営の浸透に向けて、以下のようなアプローチで課題解消を実施していくことが考えられる。

問題1. KPIの視点:全社業績目標と現場活動がつながっていない
財務KPIと現場活動の関連性について統計学的手法を用いて定量的に明らかにする必要がある。
この対応により、コーポレート部門は各部門の施策内容がどれだけ財務KPIに影響するか把握できるようになると共に、各部門は財務KPIへのインパクトを理解することができる(図4)。

図4 全社業績目標と現場活動の連動

さらに、コーポレートは部門を跨いだ施策についてシミュレーション・検討し、全社最適の視点から取捨選択していくことが求められる(図5)。

図5 全社最適の視点からの施策判断

問題2. ルールの視点:共通言語ができておらず部門間のコミュニケーションが不全
各部門のルールを可視化し、部門間で共有することが第一歩となる。この過程を踏むことで、部門間でのルールの違いが明らかになる。
次にどのような経営判断がする必要があるか、データ活用シナリオを整理する。データ活用シナリオによって、数字をどのように作成すべきか、適用するルールが変わるためである。
最後にデータ活用シナリオと適用ルールの組み合わせをシステム化し、自動で算出できる仕組みを構築する(図6)。

図6 データ活用シナリオと適用ルールの自動化

こうした全社的なルールの整備に向けては、FP&A(Financial Planning & Analysis)部門の役割が重要になる。部門横断の検討では、経営がリーダーシップを発揮して解決することが求められ、経営と関係部門をつなぐ役割を持つ機能組織(FP&A)が必要となるためである。
各部門内にFP&Aを組成し、CFOにレポートするような管理プロセスを整備することで、ルールの浸透を図ることも有効である。

問題3. データの視点:分析に必要な情報が取得困難
ローコード開発ソリューションやクラウドサービスの興隆により、これまで手作業が中心となっていた予算策定のような業務も自動化が進んでいる。
予算の収集・加工/集計業務に留まらず、現場での活動KPIの計画/着地見込も含めて自動化することで、コーポレートは本来果たすべき全社最適でのチェック業務にリソースを投下できるようになる。
作業の自動化は第一歩であるが、分析・シミュレーションなどの高度なデータ利活用を進め、部門間で同じデータを見て議論する文化を醸成し、人材を育成することが重要である(図7)。

図7 人材の高度化

まとめ

ROIC経営の浸透に向けては、部門間の壁が阻害要因となっていることが多い。解決のためには、KPI、ルール、データの3つの視点からコーポレート部門が現場への浸透を図っていくことが重要である。
中には、コーポレート部門のリソースが不足しており、アクションに踏み切れないケースもあると想定されるが、当社では、特定の部門・データから開始し、事業・全社へ展開していくスモールスタート方式を推奨している。
ROICは全社指標であり、活動範囲はバリューチェーン全体に関わるため、事業部門からグループ会社まで巻き込むべき関係者が多い。
アビームコンサルティングは、経営層から現場まで巻き込み、絵に描いた餅で終わらせず、現場の運用に落とし込んだ多くのプロジェクト実績を有している。
次回はROIC経営管理とサプライチェーンをテーマに発信を行う予定である。


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