AI時代の人的資本経営とCHROの新たな役割 第4回 社内労働市場設計から考える、生成AI時代の採用基準の再定義

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2026.06.03
  • 人的資本経営
  • 人材/組織マネジメント
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採用はこれまで、「将来活躍できる人材を見極め、確保するための入口」として位置づけられてきた。しかし今、その前提は大きく揺らいでいる。

社内外の労働市場が流動化し、役割や必要能力は固定されなくなった。こうした変化は、生成AIの普及によって一気に加速した。また、社内ではプロジェクト型や越境協働が進み、社外では副業やスポット参画など選択肢が増えている。こうした環境変化を踏まえると、採用を単なる「人材確保」と捉えるのではなく、活躍を生む社内労働市場の設計まで含めて捉え直す必要が生じる。このとき、どのような人材を受け入れるかという採用基準も、同時に見直されるべきである。

本稿では、生成AIの普及と労働市場の流動化によって、企業における採用の前提がどのように変化しているかに着目する。その上で、従来の採用基準の限界と、生成AI時代に求められる「問いの設計・更新力」を中心とした新たな採用・組織設計の方向性について論じる。

執筆者情報

  • 佐藤 一樹

    佐藤 一樹

    Director
  • 川又 優輝

    川又 優輝

    Senior Consultant

1. 労働市場の流動化は社外だけでなく社内でも起きている

「労働市場の流動化」という言葉を聞くと、転職市場の活性化が想起されがちである。しかし労働市場の流動化は社外だけでなく社内でも同様に起きている。プロジェクト型の業務運営や越境協働が広がり、人材は「配置される」存在から、「機会にアクセスしに行く」存在へと移行しつつある。副業やスポット参画などの選択肢も増え、個人の意思で「どこで、何をするか」を選びやすい環境が整ってきた。

この変化を一気に加速させているのが生成AIである。AIは論点整理や選択肢の洗い出し、要約や比較、構造化といったプロセスにおいて補助線を引いてくれるため、結果として仕事の立ち上げは格段に速くなった。プロジェクトは小さく始めやすく、途中で方向転換もしやすい。結果として、ポジションや役割は一度定義して終わるものではなく、環境に応じて更新され続けるものへと変化しつつある。

2. 採用は単なる「入口」ではなく「社内労働市場設計の一部」へシフトする

従来、採用は将来活躍できる人材を見極め、確保するための「入口」として位置づけられてきた。しかし、労働市場の流動化と生成AIの台頭に伴い、その前提は揺らいでいる。入口で「良い人材」を獲得しても、社内でその人材が価値を発揮できる役割機会がなければ、活躍にはつながりにくい。流動性が高まれば高まるほど、次の役割に誰がアサインされるかという意味で社内労働市場は競争的・選抜的になる。

ここで「選ばれ続ける」人材とは、必ずしも過去に正解を多く出してきた人ではない。役割や環境の変化に応じて問いを更新し続けられる人材である。ゆえに採用は、単なる「人材確保」としてではなく、活躍を生む「社内労働市場の設計」まで含めて捉え直す必要がある。このとき、どのような人材を受け入れるかという採用基準も同時に見直されるべきである。

3. 生成AIにより「求められる能力の流動化」が加速する

生成AIは、単なる業務効率化ツールではない。企業における意思決定や価値創出の構造そのものを書き換えつつある。これまで人間が担ってきた情報収集、要約、比較、論点整理、資料作成といった知的生産プロセスは、生成AIによって急速に代替・補助され始めている。特にホワイトカラー業務では、「一定品質のアウトプットを素早く生成する能力」の希少性が低下しつつある。

この変化の本質は、単なる効率化ではなく、「人間に求められる能力の定義」が変わり始めている点にある。従来の企業では、知識量や処理スピード、正確性、構造化力といった能力が競争力の源泉だった。若手人材も、議事録作成やリサーチ、資料作成などを通じてビジネスの型を学び、その過程でロジカルシンキングや情報整理力を習得してきた。しかし現在では、それらの多くを生成AIが短時間で実行できる。その結果、「早く・正確に・きれいにこなす」だけでは、人材間の差が生まれにくくなっている。生成AIが加速させているのは、単なる業務効率化ではなく、「求められる能力そのものの流動化」なのである。

4. 従来の採用基準と選考プロセスが抱える「構造的限界」

前述の通り、従来の若手人材にとっては、知識量や処理スピード、正確性、構造化力といった能力が競争力の源泉だった。故に採用基準においても「与えられた課題に対して、限られた時間の中で情報を整理し、一定品質のアウトプットを返せるか」が重視されてきた。ケース面接、グループディスカッション、ES(エントリーシート)、適性検査など、多くの選考プロセスは、突き詰めれば「与件処理能力」を測る構造になっている。言い換えると、前提条件が与えられた状態で、論理的に整理し、一貫した回答ができるかを見る設計である。

もちろん、この能力自体が即時不要になるわけではない。複雑な情報を整理し、構造化し、他者に伝達する力は、今後もビジネスの基礎能力として重要であり続ける。しかし問題は、その能力だけでは差がつきにくくなっている点にある。生成AIの普及によって、かつては「優秀さ」の象徴だった「短時間で綺麗に整理されたアウトプットを作る力」は、AIによって急速にコモディティ化している。つまり、従来の採用基準は、依然として重要ではあるものの、競争優位を生む識別指標としては相対的に弱まりつつあるのである。

加えて、もう一つ大きな変化がある。それは、企業内部の役割や仕事そのものが流動化している点である。従来の組織では、一定の役割を長期間担い、過去の成功パターンを積み上げることが価値につながりやすかった。しかし現在では、事業環境の変化、生成AIの進化、組織横断型プロジェクトの増加などにより、求められる役割が短期間で変化する。昨年まで有効だった「正解」が、翌年には通用しないケースも珍しくない。この環境においては、「過去の型にどれだけ習熟しているか」よりも、「変化に応じて前提を更新できるか」の方が重要になる。つまり必要なのは、既存の正解を高速処理できる人材ではなく、不確実性の高い状況の中で、問いそのものを立て直せる人材である。

しばしば「問いを立てる」という言葉は、抽象的な発想力やクリエイティビティとして語られがちである。しかし実際には、もっと動的で実践的な能力である。例えば、AIに仮説や論点を投げかけ、示唆や選択肢を得る。その上で、それらを鵜呑みにせず、自分なりに解釈・評価し直す。さらに、関係者との対話を通じて認識のズレや前提条件を確認し、必要に応じて問いを修正する。そして、更新された前提をもとに次の探索テーマへ接続する。この一連の往復運動こそが、本質的な「問いの更新力」である。

前述のとおり、生成AI時代においては、「最初から正しい問いを持っている人」が強いわけではない。むしろ、仮説を外しながらも、環境変化や対話を通じて認識をアップデートし続けられる人材の方が、長期的には価値を発揮しやすい。この観点から見ると、現在の採用プロセスには構造的な限界がある。多くの選考では、「結論の正しさ」や「ロジックの綺麗さ」に評価が寄りやすく、思考の更新プロセスそのものは見えにくい。結果として、「与えられた条件下で最適解を出す人材」は採れても、「問いを再定義しながら探索を進められる人材」は見抜きにくいのである。

以上を踏まえ、次章では採用基準の具体的な移行方向を論じる。

5. 採用基準を「問いの設計・更新」へ移す

採用基準の中心は「与件処理能力」から「問いの設計・更新能力」へと移行すべきである。これから企業が見極めるべきなのは、単にロジカルに整理できるかではない。不確実性の高い状況において、自ら論点を設定し、仮説を構築し、対話を通じて認識を更新し続けられるかである。

具体的には、以下の3つの要素が重要になる。

第一に、「論点を自ら設定できるか」である。与えられたテーマを処理するだけではなく、「そもそも何を考えるべきか」を定義できる人材は、変化環境に強い。

第二に、「仮説と検証を往復できるか」である。生成AI時代には、仮説生成そのもののコストは大幅に下がる。そのため重要なのは、仮説を大量に出すことではなく、検証を通じてどれだけ認識を更新できるかに移る。

第三に、「対話を通じて前提を変えられるか」である。AIとの対話だけでなく、人との対話を通じて視点を広げ、自らの思考を柔軟に修正できる人材ほど、探索の質は高くなる。流動化する社内労働市場において、「選ばれ続ける」人材とは、正答率が高い人ではない。問いをいかに更新し続けられるかが、その人材の価値を決めるのである。

6. 採用基準だけでなく、ジョブ/タスク設計も同時に変える

ただし、採用基準だけを変えても不十分である。第2章で述べた通り、個人が機会を選びやすい環境では、魅力的な役割や探索機会を提供できる企業ほど、人材から選ばれる。

そのため、企業は採用だけでなく、ジョブ/タスク設計そのものを見直す必要がある。
第一に、選考設計を変える必要がある。正解の有無ではなく、問いの変化、仮説の修正、対話姿勢、情報の扱い方を可視化する。例えば、一問一答型ではなく、対話を重ねながら認識変化を見る面接設計が重要になる。

第二に、入社後の仕事設計を変える必要がある。探索的なテーマ、未定義領域、新規プロジェクトなどに接続する機会を増やし、個人が問いを持ち込める余地を確保する。問いを立てる人材を採用しても、与件処理しか求められない環境では、その力は埋もれてしまうからである。

第三に、機会設計を社内に閉じないことも重要になる。外部人材やコミュニティと接続し、社内外を横断した役割市場を形成することで、組織全体の探索力は高まる。こうした開放性を持つ企業ほど、優秀層にとって成長機会へアクセスできる場として魅力を持つようになるのである。

7. まとめ:採用は「入口の議論」であり「設計力の勝負」である

採用は入口の議論であると同時に、企業の労働市場設計力の勝負でもある。入口で「問いを立てられる人」を集めても、社内にその力を発揮できるジョブ/タスクがなければ活躍にはつながらない。採用を変えるのであれば、社内労働市場の設計も同時に変える必要がある。生成AI時代に求められるのは、AIに委ねる領域と人間が担う領域を見極め、問いと対話を設計する力である。作業遂行を主な強みとする人材を採り続ける企業は、AIが均質なアウトプットを大量生成する時代において、差別化の根拠を失いやすい。一方で、問いを更新できる人を採り、その力を活かす機会を設計できる企業は、変化の速度そのものを競争優位へと転換するチャンスを得るのである。

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