前章までの議論が示す結論は明確である。短期業績と長期変革を同じ経営体制・同じ評価軸でマネジメントする限り、意思決定は短期志向に偏りやすい。したがって、短期業績と長期変革の責任を切り分け、それぞれが適切な権限と評価のもとで推進できる経営体制への転換が求められる。
具体的には、責任の所在を次のように切り分ける。
- 短期責任:今年度および中期の業績、ROEなど資本効率の指標、足元のオペレーションの実行
- 長期責任:10年の変革テーマ、事業ポートフォリオの転換、長期投資の意思決定と資源配分
ここで重要なのは、両者を上下関係に置かないことである。長期責任者が短期責任者の下位に組み込まれれば、長期はまた後回しにされる。両者を対等・並走の関係に置き、取締役会と指名委員会が、この二つの責任がともに機能しているかを監督する。CGコード改訂が「意思決定の質」を問うのは、まさにこの監督機能を要請するからである。「長期目線のCXO体制」を経営層に組み込む。 長期責任を経営チームの漠然とした共同責任にとどめれば、それは結局、誰の責任でもなくなる。鍵となるのは、長期責任を担う役割を、経営層のなかに明確なCXO体制として据えることである。事業のP&Lと足元の業績を背負う執行ライン(COOや事業部門の責任者)とは別に、10年の変革テーマ、事業ポートフォリオの転換、そして長期投資の配分を専管する「長期目線のCXO」を置く。決定的に重要なのは、このCXOを今年度の損益では評価しないことである。評価軸は変革テーマの進捗と中長期の企業価値に置かれ、短期業績の責任から切り離されているからこそ、長期のリスクを引き受けられる。
そして、長期目線のCXOは、短期業績を担う執行陣と「対等」の位置に置かれなければならない。取締役会の直下で、執行ラインと並走する一線として監督される存在である。長期責任が執行ラインの下位に組み込まれた瞬間に、長期はふたたび足元の業績に従属し、後回しにされる。
長期目線のCXOに、事業成長投資の責任を帰属させる。 この長期目線のCXO体制が担うべき中核の機能こそ、事業成長投資の意思決定である。第2章で述べたとおり、短期業績と資本効率の重力のもとでは、先行投資はつねに後回しにされる。だからこそ、事業成長投資の責任を、四半期ごとのROEを問われる執行ラインから切り離し、長期目線のCXOに明確に帰属させる。余剰資本を反射的な株主還元や内部留保にとどめず、新規事業の育成、成熟事業の再編による資源の解放、外部連携を通じた事業基盤の構築といった成長投資へと振り向ける—その投資ポートフォリオを設計し、取締役会に対して説明責任を負うのが、長期目線のCXOの役割である。
業績がいったん「沈み」、後にV字で回復する投資—短期のROE評価のもとでは描きにくいこの軌道を、長期責任の側があえて引き受ける。短期と長期の責任を分け、事業成長投資の責任を長期側に明確に帰属させることこそが、第2章で示した構造的なジレンマを解く要諦である。