「10年経営」を支える経営体制 ― 長期と短期の責任を分離し、並走させる ―

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2026.07.03
  • 人的資本経営
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前稿では、2026年のコーポレートガバナンス・コード改訂が企業に求めるものの本質は、形式的な遵守から「意思決定の質」への転換であると論じた。人的資本投資や後継者計画は、もはや人事部門で完結する施策ではなく、取締役会が主体的に関与し、経営資源配分と接続した経営アジェンダとして再設計されなければならない。

本稿はその続編として、長期的な企業変革を実際に担う経営チームに焦点を当てる。問いは単純である。社会が求める変革は10年単位の時間軸を要するのに、経営チームはなぜその時間軸でリスクをとれないのか。乗り越えるために、CEOと経営チームはどのような体制を設計すべきなのか。本稿の結論は、長期に責任をもつ者と短期に責任をもつ者を明確に分け、両者を対等に並走させる経営体制に実現である。かつてベネチア共和国が、外的環境に応じて貿易構造を変えつつ、複数機関の分散統治で持続性を確保したように、本稿では長期と短期の責任を分離し、対等に並走させる「10年経営」の必要性について論じる。

執筆者情報

  • 砂田 浩行

    見城 大輔

    Principal

1. 変革の時間軸と経営の時間軸 ― 埋まらない非対称性

企業経営の前提となる社会構造は、かつてない規模の転換期を迎えている。自国ファーストを基調とする国家主導型の経済秩序の台頭、実態経済と乖離した資本市場のボラティリティ、先進国における中間層の貧困化と格差の拡大、そしてAIによる産業構造そのものの変化。これら四つの構造変化に共通するのは、いずれも単年度や数年単位で解決できる性質のものではない、という点である。脱炭素、事業ポートフォリオの転換、AIを起点とした新たな産業構造の構築、社会課題への貢献—これらは複数年、場合によっては10年以上の時間軸を必要とする変革テーマである。

一方で、これらを担う経営チームは、CEOの交代とともに構成も優先順位も変わりうる。日本企業のCEO在任期間は平均6年前後とされるが、近年は株主やガバナンス改革の圧力により、米国を中心に3年以内での交代も増加している。ここに、社会が求める変革の時間軸と、経営チームが現実に担える時間軸との間の、深刻な非対称性がある。

変革を構想しえないのは、確実に継承・実行していく仕組みが欠けているからである。

2. なぜ経営チームは長期のリスクをとれないのか

変革の必要性が認識されながら実現しない理由を、組織慣性や後継者問題に求める議論は多い。しかし、より根本にあるのは、経営チームに長期のリスクをとる動機と仕組みが構造的に欠けているという現実である。

第一に、短期業績への集中である。多くの経営チームは、今年度の業績を達成するだけで手一杯の状態に置かれている。足元の数値を確保することに経営資源と意識が吸い寄せられるなかでは、成果が5年先にしか現れない長期のリスクテイクに向かう動機は、構造的に生まれにくい。

第二に、資本市場からの圧力である。投資家・株主からは、資本コストを上回るROE水準が一貫して要請される。この要請のもとでは、先行投資によって業績がいったん沈み、その後にV字で回復する—という投資回収のストーリーにコミットすることが難しい。各期が資本コストとの比較で問われ続けるために、「いったん沈め、後で大きく戻す」という計画は説明も正当化も困難となり、経営の意思決定は足元で達成可能な範囲に収束する。結果として、本来もっとも価値を生むはずの、リスクを伴う長期投資ほど後回しにされていく。

第三に、ここで2026年のCGコード改訂が問う「キャッシュの使い方」が交差する。日本企業の現預金は2004年から2024年にかけて約2倍に膨らんだとされるが、これは裏を返せば、成長への投資を選択してこなかった証左でもある。改訂が現預金の有効活用に説明責任を求める背景には、余剰資本を反射的な株主還元や内部留保にとどめるのではなく、長期の事業投資へと振り向けよ、という明確な要請がある。短期業績の重力と資本市場の圧力に流されたままでは、この問いに正面から答えることはできない。

すなわち、長期変革が進まない真因は、変革テーマの巧拙でも経営者個人の資質でもなく、短期と長期が同じ経営チーム・同じ評価軸のなかで競合し、構造的に短期が勝ってしまうことにある。だとすれば、必要なのは精神論ではなく、競合そのものを解消する体制の設計である。

3. 「10年経営」という時間軸の設計

その出発点として、本稿は企業変革を約10年の時間軸で捉える「10年経営」という考え方を提示する。10年経営とは、社会構造の変化を起点に定めた変革テーマを、現CEOと次期CEOの二世代にわたって継承・拡張し、10年という時間軸で推進する長期経営モデルである。

時間軸はおおむね二つのフェーズに分かれる。第一フェーズは、現CEOが主導する「変革の構想・基盤構築」である。変革テーマを設定し、事業ポートフォリオの見直しと再構築を進め、変革を支える組織能力とガバナンス基盤を整備する。第二フェーズは、後継世代が担う「変革の拡張・価値実現」である。前任者が構想・実行してきたテーマを継承しながら、新たな収益構造の確立と事業ポートフォリオの本格転換を実現していく。

ただし、この時間軸を固定的に捉えてはならない。CEOの在任期間が短縮するなかでは、変革テーマの設定と次世代への関与は就任と同時に始めなければならない。「構想は就任後数年かけて」という余裕はない。また、脱炭素や産業構造の転換のように、テーマ自体が10年以上を要する場合、10年経営はあくまで第1サイクルであり、その先には第2サイクルが続く。重要なのは、各サイクルで変革テーマの本質を受け継ぎながら、社会環境の変化に応じて進化させていく仕組みを企業がもてるかどうかである。しかし、時間軸を描くだけでは長期変革は実現しない。長期変革を継続的に推進するには、時間軸に対応したガバナンスと意思決定の仕組みを経営体制として組み込む必要がある。問題は、この10年という時間軸を、誰がどのような体制で担保するのか、である。

4. 長期と短期の責任を分離する ― 経営チームが設計すべき体制

前章までの議論が示す結論は明確である。短期業績と長期変革を同じ経営体制・同じ評価軸でマネジメントする限り、意思決定は短期志向に偏りやすい。したがって、短期業績と長期変革の責任を切り分け、それぞれが適切な権限と評価のもとで推進できる経営体制への転換が求められる。

具体的には、責任の所在を次のように切り分ける。

  • 短期責任:今年度および中期の業績、ROEなど資本効率の指標、足元のオペレーションの実行
  • 長期責任:10年の変革テーマ、事業ポートフォリオの転換、長期投資の意思決定と資源配分

ここで重要なのは、両者を上下関係に置かないことである。長期責任者が短期責任者の下位に組み込まれれば、長期はまた後回しにされる。両者を対等・並走の関係に置き、取締役会と指名委員会が、この二つの責任がともに機能しているかを監督する。CGコード改訂が「意思決定の質」を問うのは、まさにこの監督機能を要請するからである。「長期目線のCXO体制」を経営層に組み込む。 長期責任を経営チームの漠然とした共同責任にとどめれば、それは結局、誰の責任でもなくなる。鍵となるのは、長期責任を担う役割を、経営層のなかに明確なCXO体制として据えることである。事業のP&Lと足元の業績を背負う執行ライン(COOや事業部門の責任者)とは別に、10年の変革テーマ、事業ポートフォリオの転換、そして長期投資の配分を専管する「長期目線のCXO」を置く。決定的に重要なのは、このCXOを今年度の損益では評価しないことである。評価軸は変革テーマの進捗と中長期の企業価値に置かれ、短期業績の責任から切り離されているからこそ、長期のリスクを引き受けられる。

そして、長期目線のCXOは、短期業績を担う執行陣と「対等」の位置に置かれなければならない。取締役会の直下で、執行ラインと並走する一線として監督される存在である。長期責任が執行ラインの下位に組み込まれた瞬間に、長期はふたたび足元の業績に従属し、後回しにされる。

長期目線のCXOに、事業成長投資の責任を帰属させる。 この長期目線のCXO体制が担うべき中核の機能こそ、事業成長投資の意思決定である。第2章で述べたとおり、短期業績と資本効率の重力のもとでは、先行投資はつねに後回しにされる。だからこそ、事業成長投資の責任を、四半期ごとのROEを問われる執行ラインから切り離し、長期目線のCXOに明確に帰属させる。余剰資本を反射的な株主還元や内部留保にとどめず、新規事業の育成、成熟事業の再編による資源の解放、外部連携を通じた事業基盤の構築といった成長投資へと振り向ける—その投資ポートフォリオを設計し、取締役会に対して説明責任を負うのが、長期目線のCXOの役割である。

業績がいったん「沈み」、後にV字で回復する投資—短期のROE評価のもとでは描きにくいこの軌道を、長期責任の側があえて引き受ける。短期と長期の責任を分け、事業成長投資の責任を長期側に明確に帰属させることこそが、第2章で示した構造的なジレンマを解く要諦である。

5. 経営チームとCEOに問われていること

少し視点を広げると、この「長期と短期をどう両立させるか」という問いは、企業経営に限らず、統治の歴史において繰り返されてきたテーマでもある。冒頭でご紹介したベネチア共和国では、戦争や国際情勢の変化といった外的リスクにさらされながらも、貿易の中継点を柔軟に変え、環境に適応することで繁栄を続けてきた国家である。その背景には、元首だけで意思決定を完結させるのではなく、元老院や評議会など複数の機関が相互に牽制しながら意思決定を重ねる仕組みがあり、短期の判断の偏りを抑えつつ、長期的な持続を担保した。「分散とバランス」の発想は、いま企業経営に求められている姿そのものである。

長期経営の成否を分けるのは、優れた変革テーマでも、一人のCEOの意志でもない。短期と長期の責任を意図的に分離し、両者を並走させる体制を、経営チームが自らの手で設計できるかどうかである。

CEOと経営チームに問われているのは、次の四点である。第一に、短期業績の重力から長期変革を切り離す体制を設計し、長期責任の座を経営の中核に据えること。第二に、キャッシュを反射的な株主還元や内部留保にとどめず、長期の事業投資へと振り向け、その判断を説明可能にすること。第三に、投資家に対して、変革過程で生じる短期的な業績悪化を、長期の価値創造ストーリーのなかに位置づけて説明責任を果たすこと。そして第四に、取締役会・指名委員会が、長期と短期の責任が対等に機能しているかを監督し続けることである。

社会課題の深刻化、地政学リスクの高まり、AIによる産業構造の転換は、政府だけでは解決できない。10年単位で変革を構想・実行できる大企業の経営者こそが、社会システム変革の主役となれる時代である。その時代にあって、短期と長期を両立させる経営体制を自ら設計できるか—それが、企業の長期的な存在意義を決定づける。CGコード改訂はその仕組みをガバナンスとして整備することを求めている。仕組みを実効性ある統治機能へと転化させるのは、長期の責任を自らのものとして引き受ける経営チーム自身である。アビームコンサルティングは、変革テーマの設計、長期目線のCXO体制の構築、事業ポートフォリオ転換と長期投資ガバナンスの設計支援を通じて、その実行を伴走する。

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