人的資本経営とは?注目される背景・メリットや実践・開示の取り組み方を分かりやすく解説

インサイト
2024.12.11
  • 人的資本経営
  • 経営戦略/経営改革
1322205527

昨今、ビジネスを取り巻く環境が急速に変化する中、多くの企業が変化に適応し、生き残るためのさまざまな変革に取り組んでいる。その変革の原動力となるのが、人的資本の最大化、つまり人的資本経営の実現である。
日本では義務化された人的情報の「開示」に関心が集中しがちだが、「実践」にこそ、本質的な意義がある。人的資本経営の実践を通して、優秀な人材を調達し、活躍の場を広げ、生産性を高めることにより、企業の変革を成功へ導くことができると言えるだろう。
そこで本インサイトでは、企業がなぜいま人的資本経営に取り組まなければならないのか、人的資本経営の実現によって得られるメリットや実際に取り組む際のアプローチ方法について紹介する。

人的資本経営とは

まず、基礎的な情報として、人的資本経営の定義、これまでの経営手法との違いや、人的資本経営が注目されるようになった背景、諸外国と日本の動向について説明していく。

人的資本経営とは

経済産業省では、人的資本経営を「人材を『資本』として捉え、その価値を最大限に引き出すことで、中長期的な企業価値向上につなげる経営のあり方」と定義している。
人的資本経営という言葉は、経済産業省が2020年9月に発表した「人材版伊藤レポート」をきっかけに日本でも注目を集めるようになり、当初は、人的情報の開示をはじめとする法的対応や、サステナビリティ(持続可能性)の観点にフォーカスがあたることも多かった。
しかし、図1に示す通り、人的資本経営とは、事業継続性の担保という長期的な視点と、事業戦略の実現という短・中期的な視点の双方における「人軸の課題」を解決する経営手法である。そのため、サステナビリティの観点と事業戦略遂行の両方の観点を考えて取り組むものだということが重要な点になる。

図1 人的資本経営とは

人的資本経営と従来の考え方との違い

では、人的資本経営は、これまでの企業経営のあり方とどこが違うのだろうか。これを3つの軸で整理したのが図2だ。
従来の企業経営では、人材を量やコストの対象として捉える傾向があり、「平等と分散」という考え方のもと、人材に満遍なく投資し、人材戦略と事業の連動性も明確ではないことが多かった。
これに対して人的資本経営では、人材を質そして投資の対象として捉える。そして、その価値を最大化するために、投資すべき人材の「選択と集中」を行う。さらに、事業継続性の担保(長期視点)や事業戦略の実現(短・中期視点)を目指し、事業・経営と連動しながら行っていくという考え方が、従来の経営手法とは異なる。
先述した「人材版伊藤レポート」でも、こうした「人的資源・管理」から「人的資本・価値創造」への意識変革を促している。

図2 人的資本経営と従来の考え方との違い

諸外国での動き

人的資本への関心は、欧米を起点にして高まり始めた(図3)。その発端は、投資家が株価以外の評価指標として人的資本に着目し始めたことである。特に近年は、株価が企業のパフォーマンスを必ずしも正確に表していない状況が見られ、人的資本をはじめとした非財務指標に対する関心が高まっている。

欧州では、2014年に欧州委員会(EC)が「非財務情報開示指令」(NFRD)を発し、企業に人的資本に関する非財務情報の開示を要請した。その目的は、「性差別廃止」「機会均等」「労働安全衛生」などにあり、他に類を見ない画期的なものであった。その後2023年に大幅な改定が行われ、名称も「企業サステナビリティ報告指令」(CSRD)と改められた。この際、開示の対象範囲や対象企業を拡大したほか、第三者認証による保証も義務化された。こうした動きにより、欧州企業は人的資本経営を強く意識するに至っている。

一方、米国では、2019年に「サステナビリティ会計基準審査会」(SASB)のスタンダード(基準)が改定され、企業の人的資本に関する情報開示の要求が盛り込まれた。その後、これを受けた法案が2021年に下院を通過、現在は「米国証券取引委員会」(SEC)が、開示のガイドラインを策定している。

図3 人的資本経営を巡る諸外国の動向

日本国内での動き

このような欧米の動きを受けて、日本でも東京証券取引所や政府機関の主導のもと、人的資本情報の開示などの動きが加速している(図4)。
日本では、2023年3月期決算以降、有価証券報告書を発行する大手企業4,000社を対象に、人的資本への投資に関する「戦略」と「指標及び目標」の記載が義務化された。また、企業の多様性を示す3指標(女性管理職比率、男性育休取得率、男女間賃金格差)については、自社に関連するすべての連結子会社においても開示が必須となった。
このほかにも2022年8月には、内閣官房が「人的資本可視化指針」を発表し、開示が望ましいとする7分野19項目が示された(詳細は後述)。
こうした関心の高まりを受け、2022年8月に政府主導で発足した「人的資本経営コンソーシアム」の参加企業数は613社(2024年10月24日現在)に上る。
今後も人的資本経営の取り組みはますます注目を集めていくだろう。

図4 人的資本経営を巡る日本国内の動向

人的資本経営が注目されている背景とは

では、なぜいま企業が人的資本経営に取り組む必要があるのだろうか。その代表的な背景を3点紹介する。

投資家の関心の高まり

企業が人的資本経営に取り組む背景の1点目は、投資家からの関心の高まりがある。2022年2月に発表された内閣官房の調査資料(内閣官房 新しい資本主義実現本部事務局 経済産業省 経済産業政策局「基礎資料」)によれば、機関投資家が今最も着目する情報は「人材への投資」となっている(図5)。また、その理由については「企業の将来性に期待できるから」という回答が最も多かった。このことから、人的資本の価値が企業価値そのものに直結しているという考えが、投資家の間で広く浸透していることが見て取れる。

図5 投資家の関心の高まり

技術革新に伴う事業ポートフォリオ変革

2点目は、技術革新に伴う事業ポートフォリオ変革の必要性である。アビームコンサルティングが実施した「事業ポートフォリオ変革と社内外への人的資本への魅力訴求に関する実態調査」の結果では、激しいビジネス環境の変化の中で生き残るため、調査対象企業の85%以上が事業ポートフォリオの変革に取り組んでいることが明らかとなっている(図6)。事業ポートフォリオ変革とは、漸進的な改善ではなく、ビジネスモデルの転換や新規事業開発、利益構造の改善、経営管理の進化など、抜本的な変革を指す。しかし、その一方で、事業ポートフォリオの変革に必要な人材を担保できている企業は、全体の1割程度に過ぎないということも分かった。
こうした結果から、いま企業が事業ポートフォリオ変革に取り組む上で、原動力となる人材の価値をいかに高めるかが問われており、そのため多くの企業が人的資本経営の実践に取り組んでいることが分かる。

図6 事業ポートフォリオ変革の推進状況と人材状況

人材不足の加速と獲得競争のさらなる激化

3点目は、加速する人材不足と人材獲得競争の激化である。先述したアビームコンサルティングの調査でも、事業ポートフォリオの変革を実現する人材の質や量を担保できない理由の1位は、「労働市場における人手不足」となっている(図7)。日本の生産労働人口の減少が大きな原因であることは明白だが、一方で変革の原動力となる高機能人材に関する需要の高まりも要因に挙げられる。
そのため多くの企業では、労働市場からの確保だけでなく、社内の人材への投資によって質を高めていく施策に注力しており、それが人的資本経営への関心につながっている。

図7 人材の量・質を充足できていない理由

人的資本経営を実施するメリット

続いては、人的資本経営に企業が取り組む上でのメリットについて、「対投資家」「対従業員」「対労働市場」「対顧客」の4つの観点で解説していく。

対投資家「企業価値の向上」

人的資本経営の実現によって、対投資家の観点では「企業価値を向上させられる」というメリットがある。
企業価値の指標である時価総額の構成要素は有形資産と無形資産であり、近年は無形資産の占める割合が増している。そのため、人的資本経営の取り組みそのものが直接的に株価へ影響を及ぼすケースが増えてきた。
アビームコンサルティングが実施した「日本企業の人的資本経営取り組み実態調査」の結果では、人的資本経営に取り組む理由として最も多かったのが「投資家への説明責任を果たす必要があるから」である。このことからも、投資家の関心が財務指標に表れる有形資産から、人的資本をはじめとした無形資産に移りつつあることがわかる。

対従業員「エンゲージメントの向上」

人的資本経営は「従業員のエンゲージメント向上」の観点でもメリットがある。
人的資本経営の取り組みには、従業員が働きやすい環境の整備、リスキリングをはじめとしたスキル習得の機会提供など、実際に従業員がメリットを受けられるものが含まれている。そのため、人的資本経営の実践によって、従業員の就労意欲の向上、生産性の向上、離職率の低下などが期待できるだろう。

対労働市場「採用力の向上」

人的資本経営の取り組みは、労働市場に向けてもメリットがある。昨今は働き方改革に取り組む企業が増え、労働市場において「働きやすさ」が企業を評価する重要な指標になっている。さらに、「エンプロイヤーブランディング」(雇用者としてのブランディング)という概念が広がり、採用候補者に対するブランドイメージも重視されている。従業員のエンゲージメント向上、労働市場におけるブランドイメージ向上との相乗効果で、人材採用力の強化や採用コストの削減が期待できることが、労働市場に対する人的資本経営のメリットだといえるだろう。

対顧客「ブランド力の向上」

人的資本経営に取り組むことで、「顧客向けのブランド力向上」にもメリットがある。
「働きやすい」「従業員に優しい」といった対外的な評価は、従業員だけでなく、企業のブランドイメージ向上にも貢献する。また、近年は、企業に対してビジネス上の付加価値に留まらず、SDGsやダイバーシティ(多様性)などの倫理的な観点でも社会的価値の創出が求められている。社会的な価値創出に向けた人的資本経営の取り組みを発信することで、顧客に対するブランドイメージの向上も期待できるといえる。

人的資本経営を実践するための取り組み方

ここからは、アビームコンサルティングが提唱する「人的資本経営ストーリーボード」の流れに沿って、企業が人的資本経営を実践する上で必要となる4つのプロセスと、その具体的な進め方について解説していく(図8)。

①目指す姿の定義

人的資本経営に取り組むに当たっては、その前提として、自社の「パーパス」(存在意義)、「ビジョン」(目指す姿)、そして、ビジョン達成や企業存続、普遍的な競争優位性の維持といった「サステナビリティ目標」(長期的視点)と「事業戦略」(短・中期的視点)を、具体的に策定していく必要がある。

このとき留意すべき点は、「サステナビリティ目標」と「事業戦略」は、互いに連動して自社の目指す姿を構成しているということである。例えば、極端な例ではあるが、事業戦略上で求める人材を男性中心に採用したとして、事業上の目標は達成したとしても、サステナビリティの観点で見た時には、投資家や従業員、今後の採用候補者、顧客からの評価やブランディングの低下につながりかねない。

そこで、長期・中短期の両面から、具体的にどのようなスキルや経験、コンピテンシーを持った人材がどれだけ必要なのかを割り出していくことになる。ここで目指すべき人材の質と量を可視化したものを「人材ポートフォリオ」と呼び、この目標と現状との差、すなわち「人材ギャップ」が浮き彫りとなる。この後のプロセスでは、サステナビリティ目標との整合性をとりながら、この人材ギャップを埋めていくことになる。

②人材マテリアリティの定義

上記①で目指す姿が定義できたら、次はそれらを実現するに当たっての最重要人的課題、つまり「人材マテリアリティ」を特定していく。ポイントとなるのは、冒頭で触れた「選択と集中」だ。企業が抱える人材課題は多岐にわたるが、それらすべてを平等に並べるのではなく、経営陣と合意形成をはかりながら、最も重視すべき課題を絞り込んでいくことが重要になる。

③ステークホルダー期待理解

この項目は、②の人材マテリアリティの定義と並行して進めるのが望ましい。ここでいうステークホルダーには、社会的評価や政府から求められる法令の順守、競合他社の動向や投資家の関心ごとなども含まれる。
企業として法令の遵守は当然のことながら、例えば、投資家の関心ごとでは、目標とする事業年度までに事業戦略を実現するため、多様性のある経営層がそろっているのか、戦略を実行するためのスキルと経験を持った人材を確保する計画は用意できているのかなどが想定される。こうした多方面にわたる期待を広く把握して対応していく必要がある。

④人的価値創造ストーリーの検討

その上で、➁の人材マテリアリティに対しての数値目標であるKGIの設定、それを達成するための人材戦略および人事施策の策定、そしてその施策の進捗を測るKPIを設定し、一連の取り組みをどう外部に訴求するか、全体の一貫したストーリーにまとめ上げていく。これをアビームコンサルティングでは「人的資本価値創造ストーリー」と呼び、人的資本経営を推進するための軸として位置付けている。なお、KGIやKPIはステークホルダーの期待を踏まえて設計することで、最終的に開示項目の裏づけともなる。

ここまでのプロセスを完了したら、実際にストーリーに沿って人的資本経営を実践していくフェーズに移る。こうした検討をすることなく実行しようとすれば、場当たり的な人事施策で目的が明確ではない投資を繰り返したり、ステークホルダーの期待にマッチしない結果を招いたりといったことになりかねない。

図8 人的資本経営ストーリーボード

人的資本経営を実践するためのポイント

実際に人的資本経営を実践するにあたっては、さまざまな難所がある。ここでは、特に多くの経営層が重要だと感じるポイントを4つに絞って紹介していく(図9)。

経営・事業・人事で解決すべき人的優先課題の合意

これは言い換えれば、先述した「人材マテリアリティの定義」を意味し、定義づけに向けた合意形成が重要になるという点だ。例えば、現在高い収益を上げている中核事業から、今後自社として期待を寄せる新事業に優秀な人材を充当する案が上がっていたとしても、中核事業の責任者は合意を渋るかもしれない。各事業部の責任者にとっては、自らの事業部が抱える人材課題が最も重要だと考えるのはある種当然ではある。しかしながら、パーパスやステークホルダーの期待など、全社の視点で考え、より高次の課題に着目して合意形成を図っていくことが重要になる。

適切な社内流動性を起こす社内労働市場づくり

「人材ポートフォリオ」とは、どんなスキル・経験・コンピテンシーを持った人材がどれぐらい必要なのかを可視化したものであり、そこから現状との差(人材ギャップ)を把握することが重要だと述べた。しかし、そのギャップを採用だけで補うのは現実的に難しいだろう。そこで、社内のリソースシフトや現状の人員のリスキリングなど、社内人材活用の施策も当然必要になる。そのための場となるのが、「社内労働市場」だ。硬化してしまっている社内労働市場をいかにつくっていくかが重要になる。

社内外の人材を惹きつける変革カルチャーと共創システムづくり

一般的に企業は、成長して組織が大きくなれば、求心力が働きにくくなる傾向がある。自社の人材をつなぎとめるためには、自社ならではのカルチャーをさまざまなチャネルを通じて全社に浸透させ続けることが欠かせない。同時に、必ずしも自社のみで人材を調達するという考え方ではなく、副業ネットワークといった、競合他社を含めた他社との共創基盤の仕組みを用意することも有効だ。こうした取り組みによって、社内外の意欲のある人材から高いエンゲージメントを引き出すことができ、人材の惹きつけや引き止めにつながるだろう。

改革の実効性を最大化する新たな人事組織の再設計

変革を進めるにあたっては、これまでの「オペレーショナルな人事部門」から「戦略的な人事部門」へのシフトも重要になる。人事部門には、経営者や事業責任者のパートナーとして、経営者視点に立って人事戦略を打ち出し、企業・事業の成長をサポートする戦略人事のプロフェッショナルとしての役割が求められている。また、事業部付の人事部門であるHRBP(HRビジネスパートナー)には、本社人事の問い合わせ窓口にとどまらず、事業部の戦略を実現し、人的な重要課題を解決するための要望・施策を積極的に本社人事に提言できる存在になることが求められている。

図9 人的資本経営を実践するためのポイント

人的資本経営で求められる情報開示項目

さて、ここまでを踏まえた上で、人的資本経営で求められる情報開示について紹介していく。開示とは、投資家をはじめとするステークホルダーの要望に応えるために、人的資本情報を外部に対して説明する取り組みを指す。

情報開示すべき項目

冒頭でも触れたが、日本における人的資本情報開示のガイドラインとして、内閣府が示す「開示が望ましい7分野19項目」(育成分野3項目、エンゲージメント1項目、流動性分野3項目、ダイバーシティ分野3項目、健康・安全分野3項目、労働慣行5項目、コンプライアンス/倫理分野1項目)は、図10の通りである。
ここで重要なのは、これらの開示項目について義務感にとらわれることなく、自社ならではのパーパスやミッションに裏打ちされた実績や計画を開示し、自社の価値向上につなげる意識を持つことだ。そのためのポイントを次章から解説していく。

図10 人的資本情報として開示が望ましい7分野・19項目

情報開示のポイント

アビームコンサルティングでは、開示指標を4つの種別に分けて整理している(図11)。現時点では、法令により開示が義務付けられている「開示義務的指標」の開示に取り組んでいる企業が多くを占めるだろう。だが今後は、「デファクトスタンダード型指標」や「ステークホルダー関心事に係る指標」、そして自社ならではの「価値訴求型指標」などを検討することが、他社との差別化につながっていく。形式上ではなく、自社ならではの指標を検討し、設定・管理していくことで、真の人的資本の価値、ひいては企業価値を向上させることにつながっていくと考える。

図11 人的資本に関する開示指標

まとめ ~人的資本経営の実現に向けて~

ここまで企業が人的資本経営に取り組む背景やメリット、実践におけるアプローチやポイント、情報開示項目について紹介してきた。企業が生き残りをかけた事業ポートフォリオ変革を成功させるためには、人的資本経営の実践が欠かせないものであり、そのためには、事業戦略と連動した人的資本価値創造ストーリーの構築や最重要人的課題の特定が重要となる。詳細については、我々が出版した書籍「人材マテリアリティ 選択と集中による人的資本経営」や人的資本経営の実践ポイントについて動画付きで解説した全5回のインサイトシリーズも参照いただきたい。
アビームコンサルティングでは、事業ポートフォリオ変革の実現に向けた最重要人的課題の「選択と集中」を起点に、変革構想策定、施策立案、実現まで、クライアントの人的資本経営の実現に向けて伴走支援している。今後も企業の変革パートナーとして、真の人的資本経営の実現に向けて貢献していきたい。

Contact

相談やお問い合わせはこちらへ