失われた30年を取り戻すための“真”の人的資本経営の実現に向けて、ポイントごとに全5回で解説する本シリーズ。
第4回となる今回は、人的資本経営において重要な意味を持つ、社内外への自社の魅力発信活動である「エンプロイヤーブランディング」について、人的資本経営戦略ユニット 佐藤一樹が解説する。
失われた30年を取り戻すための“真”の人的資本経営の実現に向けて、ポイントごとに全5回で解説する本シリーズ。
第4回となる今回は、人的資本経営において重要な意味を持つ、社内外への自社の魅力発信活動である「エンプロイヤーブランディング」について、人的資本経営戦略ユニット 佐藤一樹が解説する。
アビームコンサルティングは、企業の人的資本経営を支援する中で、働きがいを高めるための社内カルチャー変革や、働く場としての会社の魅力を社内外に伝えるエンプロイヤーブランディングの観点からもコンサルティングを行っている。こうした従業員とのエンゲージメントを高める施策の「人的資本経営」における意義や課題、解決に向けたアプローチについて解説する。
いま多くの企業が、時代の変化を捉えて事業ポートフォリオの変革に取り組んでいる。そうした中、人的資本経営に取り組むことが大きな変革の原動力になることは企業の中で徐々に認識が進んできている。しかし、いまだに多くの企業は人材の質・量の双方において、適切に充足できていない状況だ。
我々が実施した「事業ポートフォリオ変革と社内外への人的資本への魅力訴求に関する実態調査」では、充足できていると答えている企業は、全体のおよそ1割程度に過ぎず、ほとんどの企業は人材の量、質ともに充足できてないと回答した。
その最も大きな要因は「労働市場における人手不足」が挙げられた(図1)。これは、企業にとって解決が困難な外的環境だが、次に挙がっている原因には改善の余地がある。
人材が質・量ともに充足できていない理由の第2位は、「自社の魅力訴求が不十分」というものだ。本インサイトのテーマであるエンプロイヤーブランディングは、働く場所としての自社の魅力を伝えていくための施策であり、まさにこの課題に応えようとするものだ。ただ、エンプロイヤーブランディングという概念の日本での浸透は限定的で、いまだ広く知られているとはいえない。
エンプロイヤーブランディングは、欧米では15年ほど前から浸透している考え方だ。エンプロイヤーとは雇用主を指す言葉だが、ここでは広く「働く場所」としての会社を指し、そのブランディングに当たる活動を総称して、エンプロイヤーブランディングと呼んでいる。端的に定義すれば、「働く場所としてのブランディングを、社内外に向けて一貫した戦略の下に行う活動」ということになる(図2)。
これまで多くの日本企業では、社内に向けた「インナーブランディング」、または社外に向けた「採用ブランディング」といったものは個別に実施してきたが、双方は連携していない企業が大半と言える。対して、エンプロイヤーブランディングでは、社内外の区別なく一貫した戦略の下で自社の魅力を発信していく活動となっていることが重要で、同時に人的資本の充足につながる活動として欠かせないものである。
では、ここからは具体的にどのようにエンプロイヤーブランディングに取り組んでいけば良いのかについて触れていきたい。実践に向けては3つのステップがある。
最初のステップは、働く場所としての自社のポジショニングを定義することである。これは、EVP(Employee Value Proposition=企業が従業員に提供できる価値)の特定と言い換えることができる。いわば、従業員に対して自社の「強み」が何かを見つけ定義づけることを指す。2つ目は、そのポジショニングを裏付けて強化していくステップとなる。この段階では、EVPを生かして他社にはない施策を立案し実行していく。そして最後となる3つ目のステップでは、自社ならではのポジショニングや実行した施策を、社内外に正しく魅力として訴求していく。
3つのステップを、さらに詳細な行動に落とし込んでいきたい。まず自社の働く場所としてのポジショニングの定義だが、例えば求職者に対して、「当社は自己成長が実現できる会社です」と訴求しても、求職者側からすれば多くの企業が同様の訴求をしており、差別化にはつながらない。自社が求職者にとって本当に働く場所として特別な会社であり、他社とは違うと魅力を持っていると感じてもらうためには、他社にはない存在感を見つけ出し、それをEVPとして定義する必要がある。
EVPを定義した後は、求める人材に刺さるものに磨き上げる必要がある。また、当然ながら実態を反映している訴求でなければ意味がないため、それを裏付ける施策の実行は欠かせない。
ただ、ここで注意したいのは、例えば自己成長の裏付けとしてeラーニングが活用できることを訴求しても、ほとんど他社との差別化にはつながらない。例えば、求職者に他社とは違う魅力を感じてもらうためには、EVPと連動した他の会社にはないユニークな施策を設計する必要がある。こうして施策を実際に運用することができたら、3つ目のポイントである魅力の訴求となる。EVPにひもづいた他社にはない施策を、社内外の区別なく訴求していく段階となる。
この3つのポイントをしっかりとエンド・トゥー・エンドで遂行できれば、働く場所としての魅力を社内外に訴求するエンプロイヤーブランディングを実践でき、それがひいては人的資本経営の実現に繋がっていく。
エンプロイヤーブランディングの効果についてデータもある。LinkedInの調査によると、エンプロイヤーブランディングに対して、適切な投資を行った企業に対する求職者の入社意向は、投資を行っていない企業に比べて2倍高いという。
事業ポートフォリオ変革に向けて準備を進める企業は、目下の業績維持以上に、人的資本充足の必要性を痛切に感じているはずだ。数年後などに設定しているありたい姿に対して、適切な量と質の人材を確保するためには、差別化された自社の魅力を社内外に訴求して、採用はもとより離職防止も含めてポテンシャルの高い人材を引きつける必要がある。そのために、エンプロイヤーブランディングは非常に重要な取り組みと言える。
ここまでシリーズ第4回として、人的資本経営を推し進めるまさに原動力となる人材に対して、自社の魅力を社内外に訴求するエンプロイヤーブランディングについて紹介した。今回のテーマを含めて、我々が人的資本経営について執筆した『人材マテリアリティ 選択と集中による人的資本経営』では、実践のポイントや具体的な取り組み事例などを詳しく紹介している。ぜひ参考にしていただきたい。
シリーズ最後となる次回は、人的資本経営における適切な情報の「開示」について掘り下げていく。
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