後編はこちら「「ベストオーナー原則」の発想から考える 事業価値を最大化させる「分社化」の活用法(後編)」
※旬刊経理情報 2026/8/10号に寄稿したもの
後編はこちら「「ベストオーナー原則」の発想から考える 事業価値を最大化させる「分社化」の活用法(後編)」
※旬刊経理情報 2026/8/10号に寄稿したもの
嶋村 貴史
【この章のエッセンス】
2026年6月、(株)アシックス(以下、「アシックス」という)は急成長中の「オニツカタイガー」事業を分社化すると発表した。不振事業の整理ではなく、全社の成長を牽引する絶好調の事業を、あえて本体から切り離すという選択である。この一件は、日本企業の事業ポートフォリオ経営が新しい局面に入ったことを象徴している。本特集では、スピンオフ、カーブアウト、社内分社といった分社化の諸手法を、制度の解説としてではなく、「事業の独立性をどう設計するか」という経営の意思決定の問題として論じる。手法の使い分けの勘所と、制度解説書には書かれていない実務の落とし穴を、M&Aと組織再編の現場で得られた知見から解き明かしていく。
日本企業の経営者がいま資本市場から突きつけられている問いは、突き詰めれば1つである。「なぜ、その事業をあなたの会社が持ち続けるのか」。
東京証券取引所が2023年に上場企業へ要請した「資本コストや株価を意識した経営」(いわゆるPBR改革)以降、この問いは建前ではなく実務になった。複数の事業を抱える企業の株価が、各事業の価値の合計を下回って評価される「コングロマリットディスカウント」は、かつては学術的な概念として語られることが多かった。しかし現在では、アクティビストが株主提案の根拠とし、機関投資家が対話の議題に載せ、証券会社のアナリストがサム・オブ・ザ・パーツ(事業別価値の積み上げ)分析でディスカウント幅を数値化して指摘する、極めて実践的な経営課題となっている。
この数年、「事業を持ち続けること」の説明責任は根本的に変わった。かつては、売却や撤退にこそ説明が求められ、保有の継続に理由は要らなかった。いまは逆である。シナジーが立証できない事業、グループ内にいることで成長が阻害されている事業を抱え続けることは、それ自体が経営の不作為として問われる。持ち続けることが「デフォルト」であった時代は終わった。
視野を海外に広げれば、事業の切り出しは特別なイベントではなく、経営の常道である。米ゼネラル・エレクトリック(GE)は、100年以上にわたり多角経営の象徴であった複合体を航空、ヘルスケア、エネルギーの3社に2024年に分割した。ジョンソン・エンド・ジョンソンは消費者向けヘルスケア事業をKenvueとして切り出し、3Mもヘルスケア事業をSolventumとして切り出しており、いずれも祖業や中核事業を含む聖域なき再編である。
これらの再編に共通するのは、「大きいことは強いこと」という前提の放棄である。事業ごとに投資家層も資本コストも競争環境も異なる以上、それぞれが独立して資本市場と向き合うほうが、経営の焦点も資源配分も明確になる。「複合経営を維持するなら、本社が各事業に付加している価値を具体的に立証せよ」、グローバルの資本市場はそう要求しており、その要求が日本市場にも本格的に及んでいるのが現在地である。
この変化を最も体現しているのが(株)日立製作所であろう。同社は2009年3月期に製造業として当時過去最大の最終赤字を計上した後、10数年をかけて事業ポートフォリオを組み替え、御三家と呼ばれた日立金属・日立化成・日立電線を含む20社超の上場子会社をすべて売却・統合した。社会イノベーション事業という成長領域に経営資源を集中させ、適合しない事業は、祖業に近く黒字であっても、より適したパートナー企業に売却する。本特集では、この一連の再編を貫く考え方を「ベストオーナー原則」と呼ぶ。
ベストオーナー原則の本質は、事業の所有を企業の都合ではなく事業の側から考える点にある。ある事業が最も成長できるのは誰の傘下にいるときか。必要な投資を最も積極的に行えるのは誰か。その答えが自社でないなら、自社が持ち続けることは、事業の成長可能性を狭め、そこで働く従業員の機会を奪うことになりかねない。
売却は「切り捨て」ではなく、事業と人材に対する責任の果たし方である。この価値観の転換こそが、日立グループの再編を単なるリストラと分かつものだった。
重要なのは、ベストオーナーの問いに対する答えが「外部への売却」だけではないという点である。自社グループが引き続き最適なオーナーであるとしても、現在の組織形態が最適とは限らない。本体の一事業部門のままでいるべきか、独立した会社にすべきか、資本関係をどこまで維持すべきか。ここに、本特集の主題である「分社化」の論点が立ち上がる。
付言すれば、この潮流は巨大コングロマリットに限った話ではない。この論点は中堅企業にも確実に及んでいるといえよう。
複数事業を営みながら経営資源が限られている中堅企業ほど、選択と集中は大企業以上に切実である。事業ポートフォリオ経営は、規模を問わず複数事業を営むすべての企業の課題である。
分社化という言葉は、日本のビジネスの文脈ではしばしばネガティブな響きを伴ってきた。本体から切り離される、リストラの前段、島流し、そうした受け止めが現場に根強い。
しかし、本特集で論じる分社化はその対極にある。分社化とは、事業の価値を最大化するために、その事業に最適な「所有構造」と「ガバナンス構造」を設計し直す行為である。資本を100%維持したまま経営の独立性だけを高める形もあれば、株主に株式を分配して資本ごと切り離す形、外部資本を招き入れる形、株式市場に直接上場させる形もある。どの形を選ぶかは手法の優劣の問題ではなく、「この事業をどこまで独立させたいのか」という経営の意思の問題である。ただし、法人格を分けることは、この設計の入口にすぎない。決裁権限や人事権が実質的に本社に残ったままでは、法人格をいくら分けても経営の意思決定は変わらない。ところが実務の現場では、この順序がしばしば逆転する。
「スピンオフ税制が使えるらしい」、「他社がカーブアウトをやったからうちも」と、手法から検討が始まるのである。手法起点の検討は、ほぼ例外なく迷走する。目的が定まっていないから要件の議論が空転し、関係部門の利害調整に飲み込まれ、最後は「時期尚早」という結論に落ち着く。実務上、分社化の検討が頓挫する最大の原因は、制度の複雑さでも税務リスクでもなく、「独立性の設計図」を最初に描いていないことにある。
だからこそ本特集では、手法の解説から始めず、2026年現在に参考となる事例を読み解くことから始める。
【この章のエッセンス】
2026年6月、アシックスはオニツカタイガー関連事業を100%子会社「OTグループ」に承継する分社化を発表した。会社分割を用いて事業を移管し、2027年1月から新体制へ移行する計画である。
この発表が注目を集めた理由は、対象となる事業の性格にある。事業ポートフォリオ改革における分社化は、不採算事業やノンコア事業の整理として語られることが少なくない。しかし今回対象となったのは、全社の成長を牽引する中核事業の1つである。
この点に、今日の分社化を考えるうえで重要な示唆がある。
分社化は必ずしも事業を縮小・整理するための手段ではない。むしろ、成長を続ける事業だからこそ、その成長速度に見合った組織形態や意思決定のしくみを必要とする場合がある。本件は、「成長事業をどの組織で運営するべきか」という観点から分社化を捉える必要性を示している。
アシックスが公表した分社化の目的は、オニツカタイガー事業をより独立性の高い事業運営体制へ移行させ、意思決定の迅速化とブランド特性に応じた競争力の向上を図ることであった。ここで重要なのは、それが「資本の独立」ではなく「経営の独立」であった点である。
スポーツ用品事業とファッション・ブランド事業では、競争力の源泉や意思決定の前提が異なる。求められる人材像、投資判断の考え方、ブランド運営のあり方も同一ではない。事業特性が大きく異なれば、同じ管理のしくみや評価基準のもとで運営することが必ずしも最適とは限らない。もちろん、1つの企業のなかで複数の事業モデルを運営すること自体は珍しくない。
しかし、性格の異なる事業モデルを1つの会社のなかで同時に高いレベルで回すことは、経営の実務としては極めて難しい。管理会計を分け、社内カンパニー制を敷いても、最後は1つの取締役会、1つの人事制度、1つの投資基準に収斂してしまうからである。事業の異質性が一定水準を超えた場合には、損益管理を分けるだけでは十分ではなく、組織や権限の設計そのものを見直す必要が生じることがある。
その意味で今回の事例は、分社化の本質が法人格を分けることではなく、事業にふさわしい意思決定環境をつくることにあることを示している。
一見、独立性の徹底と矛盾するようにみえるが、今回の分社化の設計とは全機能を切り離すことではない。今回の事例でも、報道によればテクノロジー分野をはじめとするグループの強みは引き続き両社間で共有される方向性が示されている。これは、経営や事業運営の独立性を高めながらも、グループ全体で保有したほうが価値を生みやすい機能は維持するという考え方と理解することができる。
分社化の設計において問われるのは、「独立させたほうが、価値が高まる機能は何か」「グループで束ねたほうが、価値が高まる機能は何か」を見極めることである。
たとえば、営業やマーケティングは切り出す一方で、生産機能は残す。事業運営は独立させる一方で、知財や研究開発の一部は共有する。実務上の論点は、このような機能単位での設計にある。
そして、この設計思想は手法選択にも表れる。アシックスは資本を分離せず、100%子会社化という手法を選択した。これは、資本の独立ではなく経営の独立を実現したいという目的と整合した選択と捉えられる。目的が先にあり、手法が後から従う。本件は、その対応関係を考えるうえで示唆に富む事例である。
次章では目的と手法の対応関係を体系的に整理していきたい。
【この章のエッセンス】
分社化の手法は多岐にわたる。会社分割による社内分社、子会社株式の一部売却、株式分配によるスピンオフ、パーシャルスピンオフ、子会社上場、合弁化。それぞれ会社法・税務・会計上の処理が異なり、全体像の把握は容易ではない。
これらの手法は、2つの軸で整理すると全体像を掴みやすい。横軸に「資本の独立度」、縦軸に「経営の独立度」を取ったマトリクスである(図表1)。
資本の独立度とは、親会社(元親会社)がその事業に対して保有する持分の水準であり、100%保有からマイノリティ持分の残存、完全分離まで連続的に変化する。一方、経営の独立度とはその事業体が自らの意思で経営上の意思決定を行える度合いであり、取締役会の構成、投資決裁権限、人事権、資金調達の自由度などによって決まる。
この2軸が独立の概念であることが実務上決定的に重要である。資本を100%握ったまま経営の独立度を大きく高めることもできれば、逆に、資本を分離したはずなのに経営への関与が残り続けることもある。分社化の設計とは、この平面上のどこに事業を置くかを決め、そこに至る経路として最適な手法を選ぶ作業にほかならない。
議論の前提として、会社分割の道具立てを整理しておく。既存の会社に事業を承継させる吸収分割と、新設会社に承継させる新設分割があり、対価の株式を分割会社自身が受け取る分社型分割(子会社化の器)と、分割会社の株主に交付する分割型分割(兄弟会社化やスピンオフの器)とに分かれる。本章の各類型は、これらの分割の型と、株式の譲渡・分配・上場という資本取引の組み合わせとして理解できる。
以下、マトリクスの各象限に対応する手法を、目的との対応関係とともにみていく。
第1の類型は、資本は100%維持したまま、経営の独立度だけを引き上げる形である。手法としては、100%子会社を承継会社とする吸収分割、または新設分割によって事業を別法人化する。前章でみたアシックスの選択がまさにこれである。
目的として想定されるのは、意思決定の迅速化、事業特性に応じた人事・処遇制度の導入、将来の資本政策に向けた選択肢の確保などである。特に最後の点は実務上重要で、法人格を分けておけば数年後に外部資本を入れる、上場させる、スピンオフするといった次の一手の自由度が格段に高まる。
手続面では、この類型は最も軽い。100%グループ内の会社分割は無対価分割や分社型分割として設計でき、承継資産が分割会社の総資産の5分の1以下であれば、分割会社側の株主総会決議を省略できる簡易分割の要件を満たし得る。税務上もグループ内で100%の資本関係が続く見込みであれば適格分割に該当し、資産・負債は帳簿価額で引き継がれて譲渡損益への課税は生じず、会計上も連結財務諸表への影響は原則として生じない。
実務では、あらかじめ設立した受け皿会社を承継会社とする吸収分割が選好されることが多く、アシックスの事例でも発表に先立って新会社が設立され、承継の準備期間を確保する設計が取られている。
この類型が向くのは、アシックスのように事業モデルの異質性が明確で、かつグループ内にとどめることの戦略的合理性(技術基盤、ブランドの淵源、調達シナジーなど)がある場合である。逆に、事業の資金需要が親会社の投資余力を超える場合や、コングロマリットディスカウントの解消そのものが目的である場合は、次の類型以降が視野に入る。
ただし、手続が軽いことと実行が容易であることは別問題である。労働契約承継の手続、許認可の再取得、契約の相手方の同意、システムと間接機能の分離など、実務の重さは他の類型と変わらない。
第2の類型は、事業を独立会社として分離しつつ、元親会社が持分の一部(20%未満)を残す形である。パーシャルスピンオフと呼ばれ、税制措置の整備によって、日本でも現実的な選択肢となった。
この手法が想定する目的は、コングロマリットディスカウントの解消と、グループとしての緩やかな連携維持の両立である。完全に切り離せばブランドや技術、人材交流といった無形の紐帯まで断ち切りかねない。一方、連結子会社のままでは独立性は生まれない。持分20%未満という水準は連結からも持分法適用からも外れ得るため、資本市場からは独立した会社として評価されながら、元親会社との資本的なつながりを残せる。
2025年にはソニーグループ(株)が金融子会社についてこの手法を国内で初めて適用したと報じられている。祖業や大規模事業の切り出しという、従来であれば売却しか選択肢がなかった局面で、パーシャルスピンオフが第三の道を提供し始めている。
もっとも、この類型を選ぶ企業には、残存持分の「意味」を自らに問うことを勧めたい。20%未満の持分はもはや支配でも重要な影響力でもなく、ブランドや技術連携の象徴としての持分なのか、将来の売却益を見込んだ純投資なのか、単に完全に手放す決心がつかないだけなのかを分離の時点で整理しておくべきである。
第3の類型は、子会社株式のすべてを株主に現物分配し、資本関係を完全に解消するフルスピンオフである。事業の切り出しでありながら、対価としての現金が動かない点で、売却とは根本的に性格が異なる。株主からみれば、従来1社の株式を保有していたものが、ある日から2社の株式を保有する形になる。事業の切り出しでありながら、対価としての現金が動かない点で、売却とは根本的に性格が異なる。
この手法の目的は明確で、コングロマリットディスカウントの完全な解消である。それぞれの会社が独立の上場会社として、事業特性に応じた投資家層から評価を受け、独自の資本政策を追求する。米国では古くから一般的な手法だが、日本では2017年度の税制改正で適格株式分配の制度が整備され、2020年の(株)コシダカホールディングスによる(株)カーブスホールディングスの分離が上場会社による第1号案件となった。
フルスピンオフの実務上の要諦は、分離後の両社がそれぞれ単独で上場会社としての体制を維持できるかにある。管理部門、資金調達力、取締役会の構成など、親会社の傘下で享受してきた機能をすべて自前で備えなければならない。切り出される側だけでなく、成長事業を切り出した後の残存会社が「その他事業の寄せ集め」と評価されれば再編そのものが失敗と見なされるため、双方のエクイティストーリーを同時に設計することが不可欠である。
もう1つ、フルスピンオフに固有の力学として株主層の入れ替わりがある。スピンオフ直後の新会社の株主は、元の親会社の株主がそのまま横滑りすることが多いが、安定配当目的の株主にとって、成長投資優先の新会社は投資方針に合わず、分離直後に売りが先行することがある。米国ではフローバックと呼ばれるこの現象を織り込み、新会社は分離前から想定投資家層に向けたエクイティストーリーの発信を始めておく必要がある。株式を分配して終わりではなく、株主を「入れ替える」プロセスまでを含めてスピンオフなのである。
第4の類型は、事業を切り出したうえで外部の資本を受け入れる形である。マイノリティ出資の受入れから、マジョリティの譲渡、全株売却、あるいは事業会社との合弁化まで、外部資本の比率に応じて多様なバリエーションがある。
この類型の目的は、自社グループ単独では供給できない経営資源(成長資金、業界知見、販路、経営人材など)を取り込むこと、あるいは端的に、より適したオーナーへの承継である。プライベート・エクイティ・ファンドが受け皿となるケースも市民権を得ており、上場企業の傘下では実行しにくい抜本的な事業改革を非公開の環境で集中的に行う手段として選択されている。
外部資本の受け入れ方にもグラデーションがある。マイノリティ出資にとどめて提携効果を狙う形、50対50の合弁で対等のガバナンスを組む形、マジョリティを譲渡しつつ一部持分を残す形。いずれを選ぶかは、取り込みたい経営資源と手放してよいコントロールの水準との交換条件で決まる。持分を残す場合には、取締役指名権や重要事項への拒否権、将来の売却に関する権利といった少数株主としての権利を株主間契約で精緻に設計しておかなければ、残した持分は影響力の裏づけを欠いた塩漬け資産になりかねない。
カーブアウト売却の実務は、本章で扱う類型のなかで最も重い。買い手に対して事業を単体として引き渡すために、財務諸表の切り出し(カーブアウト財務諸表の作成)、資産・契約・人員の帰属の確定、移行期間中のサービス提供契約(TSA:Transition Service Agreement)の設計が必要になり、検討開始からクロージングまで年単位の時間を要することが通例である。
だからこそ、買い手が現れてから慌てるのではなく、カーブアウト財務諸表の作成基盤や資産・契約・人員の帰属整理、分離コストの試算を先行させ、売り手自身が事前に実査を行うベンダー・デューデリジェンスの手法も大型案件では定着してきた。準備の巧拙は、価格と交渉力に直結する。
最後に、子会社を上場させて資本の一部を市場に開放する形に触れておく。資金調達と知名度向上、従業員インセンティブの観点から、日本で長く用いられてきた手法である。
ただし、現在の資本市場環境においては、この手法へのハードルは著しく上がっていることを直視すべきである。親子上場は、少数株主と支配株主の利益相反という構造的な問題を内包しており、東証と機関投資家の親子上場に対する視線は年々厳しさを増している。日立グループが上場子会社をゼロにした潮流のなかで、新たに親子上場を作り出す判断には、相当の説明責任が伴う。支配株主を持つ上場会社に対しては、少数株主保護の枠組みや独立社外取締役の役割など、ガバナンス上の要請も段階的に強化されてきており、上場維持のコストは制度面でも確実に上がっている。子会社上場を検討する企業に問われるのは、それがパーシャルスピンオフや完全分離への通過点なのか、恒久的な形態なのかである。恒久的な親子上場を前提とした設計は、従来以上に重い説明責任が伴うことを踏まえた検討が必要である。
以上の5類型について、会社法上の手続、税務、会計、所要期間の比較を整理した(図表2)。この表は独立度を決めた後に参照してほしい。制度は手段であり、設計図が先にある。
比較の際に見落とされがちなのが「時間」の軸である。100%グループ内の会社分割は効力発生まで半年から1年程度で設計できる一方、外部への売却は買い手の選定と交渉、デューデリジェンスを含めて1年から2年、スピンオフは上場準備を要するため2年から3年を見込むのが現実的である。事業環境の変化速度と再編の所要期間が見合っているかも、手法選択の隠れた制約条件である。
最後に、この枠組みの使い方として重要な視点を付け加えたい。マトリクス上の移動は、一度で完結させる必要がないということである。
まず会社分割で社内分社し、独立採算とガバナンスの体制を固める。数年かけて事業の単独運営能力を証明したうえで、外部資本を入れる、あるいはスピンオフや上場に進む。こうした段階的な経路の設計は実務上むしろ王道であり、いきなり資本の分離まで踏み込んで分離実務とガバナンス転換の負荷が同時に襲いかかる事態を避けつつ、各段階で次の一手を再考する自由も残せる。
その意味で、アシックスの今回の分社化も、終着点と決めつける必要はない。100%子会社化は、それ自体が完成形でありうると同時に、将来のあらゆる資本政策に向けた布石ともなり得る形である。上場企業の分社化の発表を見るとき、問うべきは「これは終点か、経路の第一歩か」である。ゴールの象限だけでなく、そこに至る経路と各段階の所要期間まで描いて、初めて設計図は完成する。
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