モノづくり企業のリカーリングビジネス転換に向けた挑戦~自動車ディーラーから学ぶLTV最大化のカギ~

インサイト
2024.01.15
  • 自動車
  • 経営戦略/経営改革

ハードからソフトへ、モノからコト・意味へと価値が移行している。モノづくり企業においても、「売り切りビジネス」からの脱却やLTV(顧客生涯価値)最大化に向けたビジネスモデル転換が本格化し、「リカーリングビジネス(継続的に商品やサービスを提供して収益を得るビジネスモデル)への転換」が注目を集めている。しかし、当社がモノづくり企業のリカーリングビジネス転換を支援する中で、モノづくり企業であるが故の特性がリカーリングビジネス転換のボトルネックとなることが明らかになってきている。
本インサイトでは、典型的なモノづくり業界と思われてきた自動車業界にありながらリカーリングビジネスの先進事例である自動車ディーラーからの学びに基づき、リカーリングビジネスの本質およびモノづくり企業にとっての本質的挑戦を解説する。

リカーリングビジネス転換に向けた視点

多くのモノづくり企業でリカーリングビジネスへの転換が注目されているものの、必ずしも順調に進むわけではない。リカーリングビジネスへの転換とは、「“顧客とのつながりを長期的に捉えること”を起点に、自社のビジネスモデルを変えること」である。LTV/カスタマーサクセス/サブスクリプションなど「顧客とつながり続ける」ことを基本とする類似コンセプトへの挑戦においても、既存のビジネスモデルを温存したまま「課金の仕方」だけを変えて挑戦した結果、既存ビジネスを毀損するケースも発生している。例えば、あるアパレル企業では売り切り型で販売していた洋服のサブスクリプションサービスを開始したが、当初想定したターゲットを取り込むことができなかっただけでなく、店舗の既存顧客がサブスクリプションサービスに流れてしまい、売上減少の要因となってしまったため、サービスを終了している。
モノづくり企業がリカーリングビジネス転換を目指すには、リカーリングビジネスの本質を認識した上で、売り切り型ビジネスモデルで構築してきた考え方・仕事の仕方がリカーリングビジネスの本質を捉えるボトルネックとなることを認識し、そのボトルネック解消に向けた組織変革が必要である。
まずは、典型的なモノづくり業界と思われてきた自動車業界にありながらリカーリングビジネスの先進事例である自動車ディーラーの取り組みから、リカーリングビジネスの本質を詳説する。

自動車ディーラーから学ぶリカーリングビジネスの本質

自動車ディーラーは、車両販売に加えて、販売した車両の車点検や一般修理などのサービス収益、保険やローンに関する手数料からも収益を上げている。粗利構成は、一般的に、新車販売が3割、中古車販売が2割、サービスその他の収益が5割である(図1)。
このビジネスモデルを読み解くと、車点検に代表されるアフターサービスなどのマネタイズポイントで顧客とコンタクトをとり、そこで顧客満足を上げることで顧客基盤を固め、次の代替=車両販売へとつなげる循環を作り上げている。この循環が切れるタイミングの代表が「車検」である。車検のタイミングで、他ブランドに代替されることを、「流出」と呼ぶ。
「流出」とは、すなわち「チャーン(解約)」である。リカーリングビジネスにおいて防止するべきとされる、まさに「チャーン」である。自動車ディーラーのビジネスは、車両販売を入口とし、その後の車検などのタイミングでのチャーンを防止しながら収益をあげ、新たな車両販売へとつなげるという、典型的なリカーリングビジネス・カスタマーサクセス型のビジネスモデルなのである。

図1 自動車ディーラーにおけるリカーリングビジネスの全体像 図1 自動車ディーラーにおけるリカーリングビジネスの全体像

自動車ディーラーがリカーリングビジネスの先駆者となりえたポイントは3つある。

1. 「生活者から見て自然」な顧客コンタクトの実施

自動車は購入後、法律により法定点検や車検、自賠責保険の加入が義務付けられている※1。また、自賠責保険ではまかなえないリスクに対して任意保険に加入することが一般的である。さらに、数百万円もする高額商品を現金購入できる消費者は限定されるため、購入時にローンの需要が高い。これらは、自動車という商品特性および法規制により自然と発生する生活者のニーズである。
そのため、自動車ディーラーは、法定点検・車検、保険満期などの必然的なタイミングで顧客と自然にコンタクトする機会を持つことができる。こうした自然なコンタクトの中でコミュニケーション量を増やしていくことで、自動車ディーラーは顧客との「つながり」を強化していく。顧客側も積極的にコミュニケーションを取る中で、自動車ディーラーが代替提案をしてくることを許容する人間関係を構築することができる。顧客のクルマの使い方・現有車への不満、次のクルマへの期待を知り、結果として適切なタイミングで代替提案を行うことができる。

  • ※1

    道路運送車両法に基づく自動車車検や自動車損害賠償保障法に基づく自賠責保険

2. 「生活者から見て自然」なマネタイズポイントの設定

前述の車点検や保険は、車両購入とは異なるマネタイズポイントにもなっており、「生活者にとって自然」と付随するマネタイズポイントを取り込んでいる。

3. 顧客コンタクトの現場活動の定式化

自動車ディーラーの顧客コンタクトは長年に渡るトライ&エラーの結果、ほぼ黄金律が成立している。例えば、車検6か月前、5カ月前、4か月前、3か月前、2か月前、1か月前で、何を実施するべきか、ほぼ決まっている。ローン満了前でも同様である。多くの自動車ディーラーで、それらのタイミングに応じてコンタクトするべき顧客のリストが自動生成され、店長とスタッフの間で、リストを見ながら作戦会議がなされている。
「顧客基盤が重要である」というのはどの企業でも言われているが、自動車ディーラーほど科学的な方法かつ現場の統率が取れた状態で顧客へのコミュニケーションを絶やさないことで、顧客基盤を維持できている例は多くない。

モノづくり企業のリカーリングビジネス転換に向けた挑戦

自動車ディーラーはリカーリングビジネスの先駆者ではあるが、法律を前提としたマネタイズポイントや顧客接点が中心となっている点は憂慮すべき要素である。
今後、自動車の付加価値がハードからソフトに移行することで、OTA(無線通信)による機能アップデート、エンタメなどのアプリ、カーシェアリングなどの新たなマネタイズポイントが期待されている(図2)。これらのマネタイズポイントを取り込むためには、これまでとは異次元の顧客基盤形成が求められる。なぜなら、これまでの顧客基盤形成は法規制や商品特性から必然的に導かれる顧客コンタクトおよびマネタイズポイントに付随するものであったが、今後期待されるマネタイズポイントは、必要性に迫られた動機からではなく、生活者が自発的に求める付加価値に基づくものであるからである。

図2 将来の自動車ディーラーにおけるリカーリングビジネスの全体像 図2 将来の自動車ディーラーにおけるリカーリングビジネスの全体像

つまり、自動車ディーラーは、法規制などに立脚しない「生活者から見た必然性」を自ら作り上げていかなければならない。このチャレンジは、今後、リカーリングビジネス転換を試みるモノづくり企業にも共通するものと考えられる。
モノづくり企業=メーカー主導でチャレンジする場合、モノづくり企業が故の特性が、メーカーと販売現場(以下、現場)に3つのボトルネックを発生させる。この3つのボトルネックを解消することが、モノづくり企業の本質的な挑戦である。

1. 購入後の顧客理解不足

日本のモノづくり企業は、設計・開発・生産と販売・アフターサービスを機能分化してきたことで、顧客理解が購入前に偏ってきている。商品の企画・製造を主戦場とするメーカーは、多くの顧客の声を集めて商品に反映している。しかし、販売は販社に任せる傾向があるため、実際に販売の現場でどのような顧客が購入しているかは把握できていなことが多い。また、アフターサービスは修理対応が中心となっており、使っている人よりも「モノ」そのものに注目することが多い。そのため、顧客が「購入後にどのような使い方をしているか」「そのモノを使って何を実現しようとしており、現段階で何に困っているか」などを知る機会は必ずしも多くない。仮に、販売・アフターサービスの現場で、そのような情報が収集されていたとしても、メーカーに集約されることはなく、それぞれの現場が孤軍奮闘している状況になっているのではないだろうか。
その結果、メーカーは顧客を想像することが求められ、自社にとっての「理想の顧客像」を無意識に描いているというケースが見受けられる。一方で、実際の顧客は必ずしも企業が望む顧客像であるとは限らず、そこまでロイヤリティが高くない顧客がほとんどである。リカーリングビジネス転換に向けては、メーカー自身が顧客の購買や利用の実態を理解するためのアクションを取ることが求められる。

2. メーカーと現場の変革スピードの違い

メーカーと現場を組織体制の面から比較すると、一般的にメーカーは単一拠点にまとまっていることが多いが、現場は全国各地に小粒分散している傾向にある。ゆえに、メーカーの変革は比較的スピード感をもって実行しやすいが、小粒分散した現場の変革を一気呵成に行うことは至難の業である。こうした組織体制の違いに起因した変革のスピード感の違いを把握することが重要であり、特に小粒分散の現場の意識をいかに変えていくかが大きなポイントとなる。こうした現場の変革に対して、メーカーは方針を示すに留まり具体的な実行を現場に委ねるケースもあるが、上手く進まないことが多い。現場のリーダー(店長や拠点長)を変革の旗手に据えつつメーカー/本社が現場のサポートを惜しみなく行うことや、変革に前向きなリーダーのいる拠点をパイロット拠点に設定し「小さな成功」を積み重ねその成功の噂を徐々に他の拠点にも広げていくなど、現場の状況や各拠点のパワーバランスに即した変革施策をメーカー/本社と一丸になりながら取り組んでいくことが求められると言える。

3. 現場における売上へのこだわり

一般的に、販売現場には「目の前の売上へのこだわり」という強烈なDNAが刷り込まれていることが多く、ゆえにメーカー/本社がいくら「リカーリングビジネス転換だ、顧客基盤が大事だ」と言っても、従来の行動原理への粘着性やそれを変えようとすることへの抵抗力が働くケースが散見される。そうした状況下でリカーリングビジネス転換を実現するためには、顧客と相対する現場において、彼らの行動原理を変えるレベルまで妥協無く踏み込んでいくことが求められる。具体的には、顧客との中長期的な関係性構築を是とする評価制度の改訂やKPIの見直し、デジタル支援ツールの導入などが挙げられる。リカーリングビジネス転換の成功に向けては、前述の変革の旗手たる現場リーダーの巻き込みといったソフト面の支援に加えて、社内の仕組みというハード面の変革にも取り組むことが求められるのである。

以上から明らかなように、リカーリングビジネス転換は、単なるモノの売り方や課金の変化ではなく、自社のビジネスモデルとそれを実現する企業自身の体質の変革に取り組むことでもある。そこで重要なのは、顧客との接点である販売の最前線を主役とする逆ピラミッド構造の組織、販売の最前線である顧客接点での顧客体験と従業員体験の連鎖、およびそこから得られる顧客の声を還元できる組織連携体制である。これらの取り組みは、一朝一夕で成し遂げられるものではなく、粘り強く継続的に実施していく必要がある。
そのため、アビームコンサルティングでは、顧客接点の変革だけではなく、ビジネスモデルの変革や人事・組織領域の改革実績・知見を活かして、これらのチャレンジを伴走型で支援していきたいと考えている。

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