メタバースと営業活動 ~生命保険~

インサイト
2022.05.25
  • 保険
  • テクノロジー・トランスフォーメーション
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「メタバース」という言葉が世間を賑わせている。様々な団体や個人が「メタバース」を定義づけようとしているが、本インサイトでは、メタバースを「オンライン上の仮想空間で人々が活動する世界」と仮置きし、メタバースが一般化した未来の保険営業の姿や今後の可能性について考察する。

1.営業部長はアバターを率いる

保険会社の営業部長のAさんはヘッドセットをつけた。メタバース空間の営業部へ向かい、10人のアバター営業職員と担当エリアの営業活動について話をする。

営業職員 「私の担当エリアでは、昨日eスポーツサッカーのイベントがありました。かなり盛況で、仮想グッズの売上も●●億円だったようです。試合後の交流イベントで、運良く人気プレーヤーと知り合うことができまして、来週、その方のバーチャル練習場に伺って、アバターのパブリシティ権に関わる補償や、サイン入りサッカーボールの損失・盗難補償について提案をする予定になっています」
営業部長 「それは良い機会ですね。その方の性別や年齢は?」
営業職員 「アバターなので分かりません」
営業部長 「その方と信頼関係を構築して、失礼にならない範囲で現実世界のアイデンティティも把握してみてはどうでしょうか。eスポーツのプレイヤーは目を使うし、体力も必要な職業なので、ヘルスケア関連の提案もできるかもしれません」
営業職員 「そうですね。リアルとバーチャルの生活を総合的に、かつ個人に合わせた形でサポートできないかということも考えてみます。あとは、プレイヤー同士のP2P保険なども考えられるでしょうか?」
営業部長 「そうですね。色々と話をしてみてください」
営業職員 「分かりました。その方は仮想鳥を肩の上に置いているのがトレードマークです。話しやすい雰囲気を作るため、私のアバターにも仮想鳥をつけたいです。デザイナーを呼んでも良いですか?」
営業部長 「是非そうしてください」

2.メタバースによる価値観のシフト

このような未来が訪れるのは10年、20年先になるかもしれないし、訪れることはないかもしれない。しかし、この一見、荒唐無稽と思われる未来予測から、メタバースによって人々の価値観が変わる可能性を見ることができる(図1)。
変化のポイントは以下3点となり、それぞれ詳しく説明する。
① デモグラフィック属性からサイコグラフィック属性へ
② 規範から創造へ
③ 管理から自律へ

① デモグラフィック属性からサイコグラフィック属性へ
メタバースでは地理的/身体的な制約がなく、人々はオンライン空間上でアバターを介してコミュニケーションをとるため、居住地域、性別、年齢というより、趣味、嗜好の合う人々同士でコミュニティを形成すると想定される。そうなると、人々は自身や他者の性別や年齢、コミュニティの所在地ではなく、どんな趣味、嗜好のある人なのか、どんなテーマに基づいたコミュニティなのかをより重視するようになる。
未来予測におけるメタバース営業部でも、eスポーツイベントというテーマによって形成されたコミュニティにアプローチしている。また、営業部長の「顧客の性別や年齢は?」という質問に対する、営業職員の「アバターなので分からない」という答えと、とはいえ現実世界での接触を試みようとしている場面は、リアル×デモグラフィック属性よりも、バーチャル×サイコグラフィック属性からコミュニケーションが始まっていることを示している。

② 規範から創造へ
メタバースにおいて人々がアバターで活動するようになると、人々はより自由に場やキャラクターをデザインできるようになる。現実世界では、既存の物理的条件や社会通念によってデザインの範囲が限定されるのに対し、メタバースにおいてはデザインの可能性が限定されにくいからだ。そうなると、人々は与えられた条件に適応することではなく、物事を作り上げる能力により価値を見出すようになる。
未来予測におけるメタバース営業部でも、人気eスポーツプレーヤーとアバターを介して会うにあたって、関係性構築を目的に仮想アクセサリーをつけようとしている。これは、メタバースにおいては、コミュニケーションの目的に応じて、より自由に場やキャラクターをデザインしやすくなるということを示している。

③ 管理から自律へ
オンライン空間はオフライン空間よりも行動データの蓄積・分析が容易になる。これまでもサイトの利用履歴など、消費者の行動データが蓄積・分析されてきたが、行動データの幅や深さがより広がっていくことが想定される。
そうなった場合に考えられる方向性は2つある。管理者が蓄積されたデータを分析し管理を強めるという方向性がひとつ。もうひとつは、自分の行動はデータとして蓄積されており、オープンだという前提を理解した上で、一人ひとりが自律的に動くという方向性だ。この答えはまだ分からないが、メタバースあるいはWeb3.0の思想であるDAO(分散型自律組織)を考えると、後者の自律的な方向になることを期待したい。
未来予測におけるメタバース営業部でも、営業部長が10人の営業職員をまとめるという一定の管理構造を持ちながらも、営業職員が自発的に提案し、営業部長は過去の行動について報告を求めることよりも、次のステップへのアドバイスにフォーカスしていることを示している。

図1 メタバースの特徴とメタバースによる価値観のシフト 図1 メタバースの特徴とメタバースによる価値観のシフト

3.未来の保険営業

このように空想を膨らませると、メタバースは保険営業を今すぐドラスティックに変革させるソリューションのように思われるかもしれない。確かにメタバースは注目を集めており、保険業界でも異業種の企業と組んでメタバース関連のPoC(実証実験)を始めるといった動きが見られる。しかし、現時点で一般的な消費者がメタバースに日常的に触れているかというと、まだその状況にはなく、もし人々の生活にメタバースが浸透したとしても、そこで保険営業を行うためには商品認可や募集人資格に関わる規制といった課題の整理も必要になる。
一方で、メタバースによる人々の価値観の変容を想定することは、保険営業の未来に向けた準備に繋がると考える(図2)。
ポイントは以下3点となり、それぞれ詳しく説明する。
① テーマ起点の組織・プロセス
② デザイン力の評価
③ ガバナンスの自動化

① テーマ起点の組織・プロセス
営業活動において、何かしらのテーマに基づいたコミュニティへアプローチすることの重要性はこれまでも認識されてきたが、メタバースによってもたらされるであろうサイコグラフィック属性によるコミュニティ形成により、それがより顕著になっていくと想定される。初めから趣味嗜好といった切り口でエリアが存在する世界では、エリアへのアプローチそのものがテーマへのアプローチとなるからだ。
そうなっていくと、これまで保険会社では地域別に営業部門を組成することが主流であったが、コミュニティが持つテーマや特性別に営業部門が組成されていく可能性が考えられる。また、営業プロセスについても、テーマを読み取りやすいバーチャル空間で顧客接点を持った後、リアル空間での接触に繋げるという流れが主流になるかもしれない。

② デザイン力の評価
営業職員の商品知識や提案力だけでなく、場の雰囲気を作る力やキャラクターといった要素はこれまでも重要視されてきたが、メタバースで場やキャラクターをデザインする幅が広がると、デザイン力がスキルのひとつとして重視されるようになると想定される。アバターのデザインを工夫するなど、現実世界にはない自己表現の方法が出てくると、これらにうまく適応し、コミュニケーションツールとして取り入れていくことが、営業の結果に繋がるようになるからだ。
営業活動のデジタル化に伴い、営業職員のデジタルリテラシーを高めようという取組みは既にあるが、タブレットやスマートフォンといったデバイス、アプリケーションへの適応に留まらず、デジタル空間上での営業の構成要素を自らデザインしていく力が、営業力として重視されるようになるかもしれない。

③ ガバナンスの自動化
メタバースにおける営業職員の行動がデータとして蓄積されるようになると、機械的に営業職員の行動が可視化されていくことが想定される。
そうなると、前述のとおり、蓄積されたデータを使ってより管理が強まるという方向性も考えられる。ところが、行動がデータとしてオープンになっていることを組織の一人ひとりが当たり前のように理解し、自律的に動くという仮定の上に立った場合、営業管理に求められる役割が変わっていくと考えられる。
営業管理には、過去の行動や結果を追うことよりも、次のアクションに向けて的確なアドバイスをすることが期待され、究極的には、管理者不在の自律型組織が実現する未来がくるかもしれない。

図2 メタバースによる価値観のシフトと保険営業の未来 図2 メタバースによる価値観のシフトと保険営業の未来

メタバースに注目と期待が集まっているが、そこでどんな価値や変革を生み出すかについてはまだまだ議論が必要と考える。
アビームコンサルティングでは、このトレンドを正しく理解し、適切に活用して意味ある社会変革につなげたいという思いから、メタバースのご相談に対応するチームを立ち上げ、事業会社・コンソーシアムの方々とディスカッションを始めている。今後もより一層、様々な企業・団体と議論を深め、価値あるビジネスを共創していきたい。

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