「メタバース」という言葉が世間を賑わせている。様々な団体や個人が「メタバース」を定義づけようとしているが、本インサイトでは、メタバースを「オンライン上の仮想空間で人々が活動する世界」と仮置きし、メタバースが一般化した未来の保険事務について考察する。
「メタバース」という言葉が世間を賑わせている。様々な団体や個人が「メタバース」を定義づけようとしているが、本インサイトでは、メタバースを「オンライン上の仮想空間で人々が活動する世界」と仮置きし、メタバースが一般化した未来の保険事務について考察する。
既出インサイト「メタバースと営業活動 ~生命保険~」「メタバースと商品・サービス ~生命保険~」では、メタバースが一般化した未来の保険営業、商品・サービスについて考察した。是非こちらも併せてご覧いただきたい。
eサッカープレーヤーのCさんはヘッドセットをつけた。メタバース空間のバーチャル病院へ向かい、オンライン診療を受ける。
医師 「調子はいかがですか」
プレーヤーC 「お陰様でかなり良くなりました」
医師 「確かにかなり良くなっていますね。あと数日、薬を飲んだ方が良いので、薬を処方します」
プレーヤーC 「ありがとうございます」
Cさんはそのままメタバースからログアウトした。翌日、薬を自宅で受け取り、なんとなくメタバース上の取引に使っているウォレットの入出金履歴を見た。
プレーヤーC 「この間メタバース病院に行った時の診察料は保険でカバーされているな。いつも自動的に決済されているから意識していなかったけど、そういえば、私の保険契約の内容はどうなっていたかな?」
Cさんはヘッドセットをつけて、保険会社のメタバース営業部に向かった。
プレーヤーC 「Hi, could I ask someone about my insurance policy?」
サービス担当者E 「はい、もちろんです。どのようなご質問でしょうか?」
Eさんは英語が話せない。しかしメタバース営業部の同時通訳機能によって、Cさんは英語での発話、Eさんは日本語での発話でコミュニケーションがとれる。
プレーヤーC 「大した質問ではないのですが、いつも自動的に給付金が診察料に充てられているので、一体自分の保険はどの保障がいつまで有効なのかなと思いまして」
サービス担当者E 「例えば、今回お支払いした通院時の給付金ですと、先日の入院原因となった病気の治療を目的として、通院をされた場合に支払われます。保険期間は、20XX年8月までですね。Cさんのウォレットからも、このようにしてご契約内容を確認いただけます」
Eさんは説明用のディスプレイを示しながらウォレットからの契約内容照会の方法を説明した。
プレーヤーC 「そうだったんですね。ありがとうございます」
サービス担当者E 「すみません。お問い合わせの内容から逸れてしまいますが、実はCさんのチームのファンでして・・・」
これは完全に空想の話である。この話が成立するためには、保険業界だけでなく、医療業界の変革も必要になる。このような未来が訪れるのは10年、20年先かもしれないし、訪れることはないかもしれない。しかし、この空想の話から、保険事務の課題を見ることができる。ポイントは以下3点で、それぞれ詳しく説明する(図1)。
① データ品質の保持
② 標準化
③ サービスレベル向上
① データ品質の保持
保険事務においても、手続きの流れの中で、データを再入力したり加工したりするステップを可能な限り減らす取り組みをしてきた。受け渡される度にそのようなステップが入るほど、データの品質が下がるリスクが高まるからだ。例えば、ペーパレス化はそのリスクを減らす方法のひとつで、新契約領域のペーパレス化はかなり進んでいる。保全領域でもWebやスマートフォンでの契約内容照会、一部の異動手続が可能になっており、支払領域でも診療報酬明細書をスマートフォンで撮影して送信できるようになっていたりする。
前述の空想の話では、データ連携のレベルが更に高く、契約者が医療機関で受診してから給付金が支払われるまで、契約者・保険会社ともにデータを入力・加工する行為が発生していない。契約者がスマートフォンでテキストを入力することも、必要書類を撮影・送信することもなく、手続きに必要な全てのデータが自動的に保険会社に連携される設定だ。現実には、紙媒体の書類や、追加で手入力が必要なデータを完全に排除することは難しく、このレベルのデータ連携を実現することは簡単ではない。
② 標準化
保険事務においても標準化は重要なテーマになる。商品や手続きの種類によらず、業務のインプット、プロセス、アウトプットが統一されていれば、システムを使って一括処理できる余地が大きくなり、効率的に事務処理を進めることができるからだ。
ところが、複数の企業や団体が関わる事務処理においては、標準化のハードルが高い。例えば、前述の空想の話で取り上げた医療機関との連携は、保険会社の事務システム設計に少しでも関わったことのある方であれば、一度は考えたことがある世界観ではないかと思うが、現実的にはこの世界観の実現はかなり難しい。各保険会社、各医療機関によって、請求書や診断書のフォーマットや処理プロセスが統一されていない中で、それらを標準化するとなると企業や団体を超えたリーダーシップが必要になる。実際には、様々な主体が関わり、統一されていないフォーマットやプロセスを通すことによって生じ得る漏れや誤りをチェックするための一定のコストが保険会社にかかっているのが実態だ。
③ サービスレベル向上
保険会社のトレンドのひとつに、コストセンターとして捉えられがちな保険事務を、顧客満足度の源泉、新たな顧客接点創出の機会にできないかという考え方がある。
現状、保険会社の営業と事務は分離されており、営業が顧客との接点創出、ニーズ把握、提案、契約を担い、事務が契約後の各種手続きに対応するというのが基本的な役割分担になっている。
ところが、生命保険は契約後の顧客接点が少なく、商品・サービスの魅力を顧客に感じてもらう機会が少ないため、保全・支払手続きといった、頻繁には発生しないイベントにおいても、サービスレベルを意識して顧客のエンゲージメントを高めようという動きがある。
前述の空想の話では、趣味嗜好によるルーティング機能により「サッカー」という趣味嗜好が同じサービス担当者が自動的に割り当てられ、同時通訳機能により、母国語が異なる顧客に対してもサービス担当者が即座に対応できる設定になっている。これは顧客の属性だけでなく、趣味嗜好に応じて最適な対応をリアルタイムで提供するという顧客サービスの理想像を示している。
保険事務がこれまで取り組んできた課題とメタバースは関係がないように見える。ところが、メタバースの特徴によって、保険事務の課題を解決できないかと考えてみると、少しの可能性が見えてくる。もちろん、現時点で一般的な消費者がメタバースに日常的に触れているかというと、まだその状況にはなく、メタバースが保険事務の課題を今すぐドラスティックに解決するソリューションであるとは考えにくい。
一方で、この空想の話から、保険事務の未来を見ることができる。ポイントは以下3点で、それぞれ詳しく説明する(図2)。
① データ入力の極小化
② 手続きの自動化
③ ソフトスキルの価値向上
① データ入力の極小化
メタバースはデジタル空間であるため、データの蓄積や取得が現実世界よりも容易になる。
前述の空想の話では、メタバースに蓄積されたデータから、給付金請求に必要な全データが自動的に収集され、保険会社に連携されるようになっている。もしこのような仕組みが実現すれば、契約者は手続きの際にテキストを入力したり、画像を送信したりといった行為が必要なくなり、手続きが実行されていることを意識することがなくなる。保険会社側でも、手入力やAI-OCRによってデータを補完することなく、必要なデータが最初からセットされた状態で事務処理が始まることになる。さらには、契約者のメタバース上での発言や行動も、自動的にデータに変換・蓄積され、手続きに必要な情報として保険会社に連携されるようになるかもしれない。
データ提供には顧客の同意が必要になるが、ユーザー同士がデータを共有することにより、データの複製や改ざんが起きにくいというWeb3.0の考え方が実現されるかもしれない。
② 手続きの自動化
Web3.0の世界観を支える技術のひとつにスマートコントラクトがある。スマートコントラクトとは、ブロックチェーン技術を活用して、契約が自動的に履行される仕組みだ。前述の空想の話においても、支払事由発生から支払までのプロセスがスマートコントラクトを使って自動的に実行される設定になっている。
自動的に処理が実行されるためにはフォーマットやプロセスの標準化が必要だが、「2.保険事務のチャレンジ」の「②標準化」で記したとおり、現実世界で企業や団体を超えた標準化を実現することは難しい。対して、仮想空間は言わば未開の地であるため、既存の仕組みを意識せず、初めから標準化された事務を作っていける可能性がある。
初めから標準化された手続きの仕組みがメタバース上で提供され、その仕組みをあらゆる企業・団体が活用していけば、事務手続きは自ずと高いレベルで標準化・自動化されていくかもしれない。
③ ソフトスキルの価値向上
プログラムを埋め込みやすいデジタル空間では、テクノロジーによってサポートされる業務範囲が広がっていくと想定される。そうなると、テクノロジーでは対応できない、人間が持っている純粋なソフトスキルが源泉となるサービスが、より良い顧客体験を作っていく上での差別化要素になる。
前述の空想の話では、母国語の異なる契約者とコミュニケーションをとることすらテクノロジーがサポートし、純粋な保険知識、説明力、対応力こそが付加価値業務の源泉になっていくという設定になっている。事務担当者も営業担当者のように、得られた顧客接点からニーズをくみ取って提案していくといった、営業と事務の境界線がない未来がくるかもしれない。
「メタバースと生命保険」について考察した本インサイトシリーズは今回が最後になるが、注目と期待が集まっているメタバースでどのような価値や変革を生み出すかについてはまだまだ議論が必要だと考える。
アビームコンサルティングでは、このトレンドを正しく理解し、適切に活用して意味ある社会変革につなげたいという思いから、メタバースのご相談に対応するチームを立ち上げ、事業会社・コンソーシアムの方々とディスカッションを始めている。今後もより一層、様々な企業・団体と議論を深め、価値あるビジネスを共創していきたい。
相談やお問い合わせはこちらへ