AI時代のM&A実践における論点(前編)

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2026.10.29
  • M&A
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2025年には、日本企業が関係するM&Aの件数・金額がともに過去最高を更新した。※1 M&A実務では生成AIの活用も進み、デューデリジェンス(DD)においても、情報収集や資料整理、仮説形成などへの活用が期待されている。AI活用の価値は、情報処理に要する時間を短縮し、限られたDD期間内の検証密度を高めることにある。一方、各領域の検証が速くなるほど、更新された結果や前提を、企業価値評価、取引条件、Day1(取引実行日)、実行計画へ横断的に反映することが新たな課題となる。

本稿では、この変化を、DD内の検証サイクルの再設計と、専門領域・フェーズ横断で検証結果を反映する機能という二つの観点から捉える。前編となる今回は、AIによるDDの変化と、そこから顕在化する課題を整理する。

※1 レコフデータ「M&A回顧 2025年」をもとにアビームコンサルティング作成

執筆者情報

  • 吉田 佳輔

    Principal

M&Aプロセス全体へ広がるAI活用

AIの適用対象は、戦略・案件形成、DD・価値評価、契約・実行準備、統合・分離実行まで、M&Aプロセス全体へ広がっている(図1)。なかでもDDは、限られた期間内に大量の資料を確認し、対象会社とのインタビューを重ねる必要がある。

資料や質疑応答(QA)への回答がDD期間中に追加され、その都度仮説と分析を更新するため、AIによる情報処理の高速化が検証サイクルの変化に直結しやすい。

図1 M&AプロセスにおけるAIの主な活用例

AIが変えるDDの検証サイクル

従来のDDでも、新たな情報に応じて分析は随時更新される。ただし、情報の収集、整理、照合に時間を要するため、仮説の見直しやクライアントとの共有は、週次会議、中間報告、最終報告などのタイミングにまとまりやすかった。

AIを活用すれば、新たに入手した情報を既存情報と照合し、仮説や分析、追加確認へ反映するまでの時間を短縮できる。その具体的な活用方法は、DDの領域や検証目的によって異なり、例えば財務、法務、税務、人事、IT、カーブアウトにおいては、資料やQA回答の差分、前提不一致を抽出し、ビジネスDDでは、外部情報から形成した仮説を対象事業の実績・事業計画と照合して更新することで、仮説検証を迅速に進められる。

その価値は、報告書を早く作ることだけではない。情報の整理や照合に要する時間を短縮し、同じDD期間内で検証サイクルをより多く回し、重要論点の精査、複数の仮説の比較、M&A後の価値創出仮説の検討に時間を振り向けられる点にある(図2)。

AIが資料開示自体を早めるわけではない。しかし、情報の入手から分析や追加確認への反映までの時間を短縮できれば、案件後半の残りの期間をより有効に使うことができる。

この高速化はDD内の検証密度を高める一方、案件全体では別の制約を顕在化させる。次節では、顕在化する二つのボトルネックを整理する。

図2 AIの活用による検証サイクルの変化

個別作業が速くなっても残る、案件全体の二つのボトルネック

AIにより各領域の情報整理、照合、仮説更新が速くなっても、複数領域の検証結果を案件全体の判断と実行へ反映する工程まで自動的に速くなるわけではない。そこで、二つのボトルネックが顕在化する。

第一は、専門領域ごとの検証結果や前提の変更が、案件全体の判断へ適時に反映されないことである。

第二は、DD、契約交渉、サイニング、Day1、統合・分離実行と、フェーズや関与者が変わる中で、前提や判断経緯、対応事項、未解決事項の引き継ぎが途切れることである。

これらへの対応が遅れれば、同じ事項の再確認や再分析、関係者調整が発生し、AIによる時間短縮効果が相殺される。AIによって各領域の検証が速くなるほど、この専門領域・フェーズを横断したマネジメントが次の重要課題となる。

実務では、こうしたボトルネックは個別領域の論点として表面化しながら、案件全体の判断へ波及する。

例えば、あるカーブアウト案件では、対象事業が利用するシステムを分離できないことが判明し、移管予定者を受け皿会社へ出向させる必要が生じた。これにともない、人員配置、契約、費用負担、移行サービス契約(Transition Service Agreement:TSA)の前提が連鎖的に変わり、分離後に単独で事業を運営するためのコスト(スタンドアロンコスト)や取引条件の前提についても再検証が必要となった。

また別の案件では、新システムの導入遅延によりDay1時点の事業継続性を確保できず、クロージング時期そのものの見直しが必要となった。これにともない、TSA期間、移行投資、追加コスト等の前提も変更された。

こうした事例は、個別論点の発見に加え、その影響を企業価値、取引条件、Day1、分離・統合計画など、案件全体の判断と実行へ反映する機能が必要であることを示している。

アビームコンサルティングが進めるAI活用型DD―検証密度を高め、取引判断へつなぐ

アビームコンサルティングは、ITと業務の実態を踏まえ、分離・統合の実行可能性や追加投資、移行期間を検証し、その影響を事業計画や取引条件、Day1準備へつなぐ知見を有する。

こうした知見を活かし、当社では、ビジネスDDおよびカーブアウトDDを対象に、AI活用を前提としたDDプロセスの高度化に取り組んでいる。ただし、目指しているのは、既存のDDプロセスにAIツールを追加し、個々の作業を速めることだけではない。AI活用を前提に、人とAIの役割を組み替えることで、DDに投入する時間の使い方そのものを変えることである。重視するのは、個々のAI機能の高度化だけではなく、AIで生まれた時間を検証へ再投資し、その検証結果を取引判断と実行までつなぐプロセス全体の設計である。

具体的には、次の三点である。

第一に、情報の収集、読解、整理、照合、初稿作成など、反復性が高く大量の情報処理をともなう工程をAIで支援する。

第二に、そこで生まれた時間を、重要な問いの設定、複数仮説の比較、追加検証、対象会社との議論、M&A後の価値創出仮説の検討へ振り向ける。AIが情報整理や初稿作成などを担うことで、人には、何を検証するかを定め、その結果を評価し、追加検証や経営判断につなげる役割が求められる。AIによる効率化を単なる工数削減にとどめず、同じDD期間の中で検証の確度を高めることにも活用する考え方である。

第三に、AIが生成した情報と、人が行う検証・判断を切り離さない。AIの出力は、根拠資料や参照箇所を確認できる形とし、担当者が原典と照合して事実関係を確認することを前提とする。新たな情報によって仮説や前提が変わった場合は、その変更を次の検証へ反映し、検証サイクルを継続的に回す。

ビジネスDDでは、公開情報の収集・整理、出典付き要約、市場規模・競争環境分析、仮説のたたき台、追加調査に向けた問い、報告書ドラフトなどをAI活用の対象として検討している。その狙いは、調査資料の作成を速めることにとどまらず、対象事業の実績や事業計画との照合を早期に開始し、仮説の修正と追加検証を繰り返す時間を確保することにある。 

カーブアウトDDでは、仮想データルーム(VDR)で共有される資料の読解、質問案の作成、インタビュー準備、議事メモ、報告書ドラフトなどを対象としている。大量の内部資料を読む時間を圧縮し、システム、人員、契約、拠点、データなどの依存関係やTSA、スタンドアロンコスト、Day1へ波及する事項の検証を早期に開始することを目指す。

特に当社が持つシステム導入や業務プロセス改善の知見をもとに、TSAやコスト・投資の影響度を体系的に整理し、AIを用いた複数のシナリオをプロジェクト序盤に示しながら、議論を深めるアプローチをとることができる。単に調査・分析の時間を短縮しプロジェクト工数を抑制するだけでなく、戦略的な意味合いや実行のボトルネック解消に時間を振り向けることで、DDの質的な転換を図る。

想定する役割分担は、AIが情報処理を支援し、各専門チームが問いを設定して検証を行い、クライアントがその結果を踏まえて判断するというものである。そのうえで、AI活用型DDをDDの中だけで完結させず、その検証結果を取引判断と実行へつなぐには、DDからエグゼキューションまでを担う体制づくりがキーになる。

この体制の具体像は、後編で整理する。

おわりに

AIがDDにもたらす本質的な変化は、資料整理や報告書作成の高速化だけではない。情報処理の効率化で生まれた時間を、問いの設定、仮説検証、追加確認、M&A後の価値創出仮説の検討へ再配分し、DDの検証サイクルそのものを変えることにある。

一方、各領域の検証が速くなるほど、検証結果や前提の変更を案件全体の判断と実行へ反映する負荷が高まる。

後編では、この機能をTransaction Management Office(TMO)として整理し、AIによって高速化された検証を取引判断と実行へつなぐ方法を考察する。


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