大型EPC案件にみる、電力業界の調達リスクマネジメント進化 ―― 需要増・脱炭素時代の設備調達に求められるリスクマネジメント構築の必要性

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2026.05.20
  • 電力・ガス
  • サプライチェーンマネジメント
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執筆者情報

  • 小松 史郎

    Principal
  • 櫻井 彰則

    櫻井 彰則

    Senior Manager
  • 西村 亨輔

    Manager

1. かつてない調達リスクにさらされる電力業界

電力業界は現在、かつてない規模の投資ラッシュに直面している。
第7次エネルギー基本計画などでも示されているとおり、脱炭素化の潮流のもと、再生可能エネルギー電源、次世代火力、送配電ネットワークの次世代化といった新しい成長投資が急速に進展している。

一方で、DX進展に伴うデータセンターの増設やGX文脈における電化推進など、社会インフラ側の電力需要も拡大している。その結果、業界全体として「低廉・安定・環境適合」という三つの要請を同時に実現する、いわば“トリレンマ”への対応を迫られている。
過去に類を見ない新規領域への投資が増加する中で、従来型の調達スキームではリスクを十分に制御しきれなくなりつつある。

加えて、サプライヤー側でも構造的な変化が進む。重電メーカーの事業撤退や海外移転が相次ぎ、サプライチェーンにおける地政学的リスクは高止まりしている。
COVID-19やウクライナ情勢を契機に、供給制約やコスト上昇が常態化しつつあり、調達段階でのリスク顕在化が加速している。
その結果、発注者・受注者間、さらには元請・下請間においても、リスク分担や責任所在をめぐる調整が一層シビアになっている。

これらのリスクは単なる調達上の問題にとどまらず、個々の投資案件の採算悪化や投資回収の遅延、さらには事業計画そのものの見直しを迫る要因となりうる。実際に、条件設定の不備やリスク分担の曖昧さが、追加コストや紛争の発生を招き、経営判断に重大な影響を及ぼすケースも顕在化している。

2. 主管・調達・法務が一体となったリスク対応が求められる

例えば大型EPC案件では、取引時点での条件調整のみでは吸収しきれない構造的なリスク課題が多く存在する。
不可抗力や価格変動への対応といった個別要素の整理だけでなく、プロジェクト設計段階からのリスク洗い出しに加え、発注後のモニタリング体制までを一貫して整備する必要がある。

しかし現実には、リスクマネジメントが属人的かつ非構造化された状態にとどまり、リスクの整理軸・判断基準・対応プロセスが体系化されていないケースが少なくない。
主管部門・調達部門・法務部門の連携が形式的にとどまり、重大リスクを早期に可視化できないまま取引条件の協議や調整に入ってしまう状況が見受けられる。

こうした状況における典型的な課題として、以下の3点が挙げられる。
課題①:考慮すべきリスクが不明確
プロジェクト特性ごとにリスクを整理する社内基準が整備されておらず、経営層との協議における論点が曖昧。
課題②:判断体制の不在
どのリスクを主管部門・調達部門・経営層のいずれが判断すべきかといった責任分担が整理されていない。
課題③:条件調整の基準不足
従来の発注慣行を前提とした標準をそのまま適用することで、結果的に個別調整や属人的な対応が増加している。

これらの課題を放置すれば、条件設定の硬直化やリスク転嫁の連鎖を招き、最終的にはプロジェクトの採算や信頼性を損なう恐れがある。例えば、価格変動リスクの取り扱いが曖昧なまま着工に至り、労務単価や各種物価の高騰局面で想定外のコスト負担が発生する、といったケースは少なくない。このような事象は、事前にリスクを構造的に整理し、合意形成していれば影響抑止あるいは回避可能であったケースも多い。

3. 調達部門が担うべき“見積・条件調整プロセス”を起点としたリスク管理

今後、発注者側が取り組むべきは、取引全体を通じたリスクマネジメントの仕組み化だ。
調達部門は、単なる価格交渉の主体から「条件交渉プロセスの設計者」としての役割を担う段階に入っている。すなわち、調達機能が単なる購買活動にとどまらず、投資リスクを制御する経営機能の一部として再定義されることを意味する。

大型EPC案件では、取引条件の見直しや条項調整の一つひとつが、その後の設計変更、納期、原価管理へと波及する。したがって、調達プロセスを統制することで、リスク管理の“骨格”を構築することが可能となる。

ただし、この仕組み化には一定のハードルも存在する。
リスクを明確化する過程では、主管部門での仕様確定やスケジュール管理にも踏み込む必要があり、従来「発注時点では確定できないため、ケースバイケースで対応してきた」部分にも一定の基準や考え方を導入することになる。
結果として、主管部門を含めた社内調整の負担が一時的に発生・増加することも避けられない。

しかしながら、立ち上げ初期の個別案件として見れば、一定の労力は要するものの、調達・主管・法務が連携して標準プロセスを整えることは、リスクの属人対応からの脱却や中長期的な負担減の第一歩となる。

4. 成功の鍵は「現場実務を踏まえたリスク診断」と「基準づくり」

リスク対応の第一歩は、大型案件の調達およびプロジェクト推進に関するリスクを網羅的に整理し、自社としての「リスク観点・対応基準」を明確にすることである。
一般に公開されているリスクチェックリストの多くは汎用的な内容に留まるため、個社の状況を踏まえてリスクの影響度・対応を適切に判断するには、一段の落とし込みが必要である。例えば一般的なものでは、かつての調達環境を前提に受注者保護寄りの傾向で整備されているものが多いが、発注者視点での基準を整備するには、事業における取引先の位置づけや過去のトラブル事例、ビジネス上の有利/不利の観点なども踏まえた再設計が求められる。

特に近年では、価格変動の適用範囲や不可抗力の定義拡張など、従来の常識では捉えきれない論点が増えている。こうしたテーマについては、最新事例を参照しつつ、社外の知見も取り込みながら「自社標準」を継続的にアップデートしていくことが効果的である。

また、リスク対応は調達だけの知識で完結するものではない。EPCの実務や技術観点を理解し、仕様、工程、支払条件といった要素を一体的に把握することが不可欠だ。
この点において、案件進行上発生しうるリスクをあらかじめ把握し、対応方針を理解する人材の存在が、現場実装の成否を左右する。

こうしたリスク診断と基準づくりを実効性ある形で推進するためには、

  1. EPC実務に即したリスク構造の可視化
  2. 調達部門・主管部門・法務部門を横断した意思決定プロセスの設計
  3. 条件調整および実務運用への具体的な落とし込み

の3点を一体で設計することが重要である。

5. おわりに

今後の電力業界においては、これまでに経験のない事業の立ち上げや投資といったチャレンジが見込まれる。スポットでのコスト低減だけでなく、調達から稼働後までを見据えたより包括的なリスク管理が必要となる。

そのポイントは、「単なるリスク転嫁ではなく、適切なリスク分担を設計すること」にある。
社内の関係部門間、あるいは発注者・受注者が共通のリスク認識を持ち、リスク発生時には協働して対応できる関係性を構築することで、結果として事業全体の安定性と持続性を高めることができる。

未知の領域に挑む企業にとって、調達リスクの識別や条件調整は単なる事務手続きではなく、事業リスクを制御するためのマネジメントの手段である。
アビームコンサルティングは、調達、EPC、プロジェクトマネジメントを横断した視点と、実務に根差したリスク診断・基準設計のアプローチにより、電力業界における大型投資の安定的な遂行を支援する。

注記
本稿は、一般的なビジネス上の知見および調達リスクマネジメントに関する情報提供を目的としたものであり、特定の案件や契約条件に関する法的助言を行うものではありません。
記事の基となった当社の支援実績においても、契約内容や法的判断に関する対応は、クライアント企業の法務部門または外部の専門家(弁護士等)の判断に基づき実施されており、当社が弁護士法上の非弁行為に該当する業務を行うことはありません。
契約上の判断や法的リスク対応を行う際には、必ず自社の法務部門または専門の法律家にご相談ください。


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