「ケイパビリティ型人材マネジメント」で日本企業の低生産性・人材不足に挑む 第1回 なぜ今ケイパビリティ型なのか、背景とアプローチの全体像

インサイト
2025.11.12
  • 人的資本経営
  • 人材/組織マネジメント
  • 経営戦略/経営改革
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日本の労働生産性はOECD諸国の中でも下位クラスに低迷しており、経済成長の大きな制約要因となっている。さらに少子高齢化の進行によって労働力人口が減少する中、限られた人材を有効活用し生産性を向上させることが、日本企業にとって喫緊の課題である。
ところが、日本の労働市場は流動性が低く、メンバーシップ型雇用(終身雇用・年功序列)に根差しているため、欧米で一般的なジョブ型(職務明確化)などの人材マネジメント手法をそのまま導入しても十分に機能しにくい実態がある。

本インサイトシリーズ(全6回)では、日本企業特有の構造問題を解決する新たなマネジメントモデルとして、「ケイパビリティ型人材マネジメント」について解説する。
第1回では、日本企業が直面する低生産性と人材の需給ギャップの現状や、「ケイパビリティ型人材マネジメント」のアプローチについて紹介する。

執筆者情報

  • 久保田 勇輝

    Principal 人的資本経営戦略ユニット長

背景と問題提起

日本の低い労働生産性

日本の労働生産性(就業1時間あたり付加価値)は2023年時点で56.8ドルと、OECD加盟38カ国中29位という低水準に甘んじている(出典:日本生産性本部「労働生産性の国際比較2024」)。これは主要先進国の中でも見劣りする水準であり、OECD平均を大きく下回っている。また、少子高齢化による労働力人口減少が拍車をかけ、生産年齢人口の減少が日本の経済成長を阻む一因となっている。実際、現場では慢性的な人材不足が叫ばれ、生産性向上なくして持続的成長は望めない状況である。

高齢化社会でも生産性の高いドイツ

労働力の高齢化は日本に限った問題ではない。同じ高齢化社会であるドイツは自動車産業など構造面でも日本と似通っているが、労働生産性は日本よりはるかに高い水準を維持している。例えば、2017年時点の比較では、ドイツの時間当たり労働生産性は69.8ドルでOECD7位、日本は47.5ドルで20位と、ドイツは日本の約1.5倍の生産性を誇る(出典:日本生産性本部「労働生産性の国際比較2018」)。この差は、生産年齢人口や国民性だけでなく、働き方や人材活用の仕組みの差によるところが大きいと指摘されている。ドイツでは各人の職務範囲・責任が明確でIT活用も進んでおり、一人ひとりの役割に応じ効率的に業務を遂行できる体制が整っている。それに対し、日本企業では品質やチームワークの面では優れているものの、役割分担の不明確さや業務の属人化によって効率が損なわれているケースが少なくない。

「人材不足」と「人材過剰」が同時発生する日本企業

人材不足が叫ばれている一方、意外とも思われるのが、日本企業では人材が足りない部署と過剰な部署が共存する「ミスマッチ現象」が起きているという点である。アビームコンサルティングが実施した「企業内の人材ミスマッチ実態調査」の結果では、89.8%の企業が「人材不足」であると回答した一方、63.6%の企業で「人材過剰」が発生していると回答があった。働き盛りである30代・40代においても人材過剰が発生しており、多くの企業で人材の有効活用ができていない現状が見受けられた。
また、79.8%の企業で、求められる職務要件以上の能力を有する人材(オーバースペック人材)が配置されている現状も明らかになった。発生年齢は40代が最も多く、次いで30代と、働き盛り世代の能力を活かしきれていない現状が見受けられる。
参考:「企業内の人材ミスマッチ実態調査」 ~人的資本経営を進化させる新たな人材マネジメントモデル~

こうしたミスマッチは、日本企業の長年の雇用慣行(終身雇用による年功序列配置や部署横断の異動慣習など)に起因する部分が大きいと考えられる。必要な部署には人が足りず、不必要になったポジションに人が留まる―こうした人的資本配置の非効率が、日本全体の生産性を押し下げているのである。

ジョブ型の限界

人材のミスマッチを解消すべく、日本企業の一部では、欧米で一般的な「ジョブ型」の導入も進んでいる。ジョブ型とは職務記述書(ジョブディスクリプション)で求めるスキル・役割を明示し、その要件に合致する人材を登用・採用する方式だが、日本では必ずしも思うように機能していない側面がある。背景には、日本の雇用慣習として雇用の流動性が低く、「アップ・オア・アウト(昇進できなければ退職)」という文化もないため、制度だけジョブ型にしても現実には人材が硬直化してしまう点が挙げられる。また、従来の日本企業は職務範囲があいまいで、ゼネラリストとして幅広い業務を担う、いわゆる「何でも屋」としての役割を求められる傾向があるため、明確な職務定義になじまない面もある。このため、現在の職務で求めるスキル・役割をベースに人を見る手法もうまく根付かず、せっかく社内外からスキル情報を集めても活用しきれないといった問題が見受けられる。要するに、日本では従来のメンバーシップ型から急にジョブ型に振り切るのは難しく、日本固有の事情に合わせた人的資本マネジメント改革が必要と言える。

放置すれば負のスパイラル

人材のミスマッチをこのまま放置すれば、企業競争力の低下と人的資本の価値毀損につながり、深刻な負のスパイラルに陥るリスクがある。現に、必要な人材がいないために非効率な増員でしのいだり(生産性低下)、社内で活かせない優秀人材が流出したりするケースも頻出している。人材の過不足のアンバランスが解消しないままでは、人件費ばかりが膨らんで、労働分配率の低下や従業員エンゲージメントの低下も招きかねない。こうした危機感から、近年多くの企業が人的資本経営の重要性に着目し、取り組みを進めている。しかし、従来型モデルの延長では限界があるため、抜本的に発想を転換した新たなモデルが求められているのである。

ケイパビリティ型人材マネジメントとは

上述の課題に対応すべく、アビームコンサルティングは日本企業向けに「ケイパビリティ型人材マネジメント」という新しい人材マネジメントモデルを提唱している。ケイパビリティ(Capability)とは直訳すれば「能力」や「組織的な遂行能力」のことで、本モデルでは企業が現在および将来の事業において必要とする能力群を軸に人材マネジメントを再構築する。ケイパビリティ型人材マネジメントとは、人を単に職務に当てはめるのではなく、将来獲得すべき組織能力(ケイパビリティ)を特定し、その獲得・活用を最適化する発想で、日本企業の人材流動性の低さを考慮し、事業の方向性と従業員の自律・挑戦を促すモデルである。

当社が提唱するケイパビリティ型と、一般的なジョブ型との違いは大きく2点ある(図1)。

  • ジョブ型が現在の事業に焦点を当てて必要な職務・スキルを定義していることに対して、現在および将来の事業に必要なケイパビリティをもとに必要なスキルを定義する

  • ジョブ型が従事する人材の保有スキルに関係なく職務で待遇を決めることに対して、職務に必要なスキルに対して現状保有するスキルで処遇を決定する

図1 ケイパビリティ型とジョブ型の違い

ケイパビリティ型人材マネジメントのプロセス

ケイパビリティ型人材マネジメントの具体的なプロセスは以下の5つに整理される(図2)。

図2 ケイパビリティ型人材マネジメントの全体像

1. 経営戦略・事業戦略との連動

まず経営戦略・事業戦略と人材戦略を強く連動させることである。将来の事業ビジョンにもとづき、今後自社にとってどのようなケイパビリティが必要かを洗い出す。市場動向や技術トレンド(DXの進展など)も考慮し、将来必要となるスキルや知識、職種を明確化する。例えば、「5年後に○○事業を拡大するなら、データサイエンスやグローバル営業のケイパビリティが重要になる」といったように、事業ポートフォリオと人材ポートフォリオを結びつけて検討する。経営トップと人事がこのケイパビリティの仮説を共有することで、人材戦略を経営計画に組み込むことができる。

2. タレントポートフォリオマネジメント

次に、必要と判明したケイパビリティを軸に、自社人材の棚卸しを行う。現在社内にどの程度の人材(タレント)がいるのか、それぞれの質・量を「見える化」したタレントポートフォリオを作成する。これはまさに人的資本版の事業ポートフォリオと言えるもので、経営と事業部門がこの共通情報をもとに対話し、現状の弱点や将来像を共有する。例えば、「デジタル系人材が不足している」「あるスキルを持つ人材は過剰だが別部署では不足している」などを把握し、As-Is(現状)の人材配置とTo-Be(あるべき姿)の人材構成のギャップから具体的な要員計画を立案する。ここで重要なのは、タレントポートフォリオが採用・育成・配置・評価・処遇といった他のHR施策とも連動する点である。単発の採用計画で終わらせず、育成計画や異動計画と一体で回すことで、社内の人的資源を最適配分していく。

3. タレントマーケットづくり

社内に人材の流動性を高める市場(マーケット)を創出する取り組みである。具体的には、社内公募や社内副業制度、ジョブマッチング制度の整備などにより、従業員が社内のさまざまなポジションに挑戦できる機会を提供する。従業員が自らのスキルのミスマッチ(活かせていない状況)に気づき、新たな役割に手を挙げたり、リスキリングしたりできる環境を作るのである。例えば、社内専用の求人プラットフォームを設けて「魅力的な社内求人票」を掲示し、従業員が自分のキャリア志向に合うポジションを社内で探せるようにする。また社内には「Peopleマネージャー」あるいは社内エージェントといった役割を置き、社内人材の仲介役・キャリア支援役を担う人材を育成する。重要な点は、社内の情報をオープンに伝達し、上司の引き留めや評価バイアスを排除して、公正にマッチングを行う仕掛けを整えることである。こうした内部マーケットが機能すれば、一方で人が過剰で他方で不足するミスマッチを企業内で解消し、潜在力の高い人材を最適配置していくことが可能になるだろう。

4. 社外労働市場との接続

社内だけで全てのケイパビリティを充足させることが難しい場合、外部の人材市場とシームレスにつながることも重要である。必要なケイパビリティによっては中途採用や業務委託、提携やアウトソーシングで補う戦略も含め、社外のリソース活用を計画に組み込む。ここでカギを握るのが、自社が求める人材に対して、魅力的な雇用価値提案(EVP: Employee Value Proposition)を定義し、発信することである。自社にどんなビジョンがあり、どんな成長機会や報酬が得られるのかを明確にし、それを社内外に示すことで、人材市場から優秀な人材を引き付ける。例えば、大手流通企業ではDX人材確保のため「デジタルでおもしろいことをするならXX」というメッセージを掲げ、採用サイト刷新や専門人材コミュニティの立ち上げなど大胆なブランディング施策を展開している。このように社外への魅力訴求を強化しつつ、社内のタレントマーケットとも連動させることで、内部育成と外部登用を戦略的に組み合わせ、最適な人材ポートフォリオを実現する。

5. 投資とモニタリング

最後に、人材への投資を資本投下として捉え、その成果をモニタリングする仕組みの導入である。人的資本経営では人件費や育成費用をコストではなく将来への投資と見なし、経営目標(KGI)に直結する指標でその投資対効果を測定する。具体的には、「強化したい事業領域で必要なケイパビリティを持つ人材がどれだけ充足されたか」「内部のマッチング施策でミスマッチ率がどれだけ改善したか」といったKPIを定め、PDCAサイクルで検証する必要がある。投下資本に対しどの程度の人的戦力が発揮されているか、タレントポートフォリオの改善が収益や生産性にどう結びついているかを見える化したバランスシートのような形で管理するのである。このモニタリングにより、人材投資の適否を継続的に判断して素早く施策に反映でき、人的資本経営の実効性を高めることができる。

以上の5つの柱はいずれも経営トップ・事業部門・人事部門が一体となって推進すべき取り組みである。経営戦略と人材戦略の整合を取り、社内外の人材流動を促し、データにもとづき投資効果を検証するという一連の流れを作ることで、日本企業は初めて人的資本を最大限活かす体質へ転換できる。まさに「人に依存した場当たり的な配置」から「能力にもとづく戦略的な配置と育成」へのパラダイムシフトと言えるだろう。

まとめ

日本企業が直面する低生産性と人材の需給ギャップの問題に対し、「ケイパビリティ型人材マネジメント」は理論と実践の両面から応える包括的アプローチである。
本インサイトで述べたように、従来型の延長では解決困難な構造課題に対し、このモデルは経営・事業・人事の垣根を越えた全社的な変革を促す。実際にアビームコンサルティングでは、危機感を持つ先進的な企業と協働しながら本モデルの導入支援を進めており、すでに一部企業ではミスマッチ人材の減少や生産性指標の改善といった成果が現れ始めている。

人的資本経営の取り組みは長期的な企業価値向上に直結するものである。ケイパビリティ型の視点で自社の人材戦略を再構築することは、日本企業全体の活力を取り戻す大きな原動力となり得る。アビームコンサルティングは、真の人的資本経営の実現に向けて、ケイパビリティ型への転換を支援し、日本企業の人的資本の最大化、企業価値向上に貢献していきたいと考えている。日本発のこの新モデルが、低迷する日本の「失われた生産性」を好転させ、持続的成長への道筋を示すことを期待したい。

本インサイトシリーズの次回以降では、「ケイパビリティ型人材マネジメント」の5つのプロセスについて具体的に解説していくので、ぜひご覧いただきたい。


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