「脱駐在員モデル」で実現する現地主導経営への転換とグローバル競争力の向上

インサイト
2025.12.05
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企業のグローバル展開において、従来の日本人駐在員依存の経営体制を見直す動きが広がっている。こうした流れの中で注目されているのが、「脱駐在員モデル」である。脱駐在員モデルとは、現地人材を登用・活用し、現地主導で事業を推進することで、コスト効率化や意思決定の迅速化、定着率向上を実現する仕組みを指す。
本インサイトでは、グローバル環境の変化や駐在員モデルの構造的課題を整理し、現地法人の自律性を高める経営アプローチとしての脱駐在員モデルの提唱と、その実現に向けたアビームコンサルティングの支援内容について事例を交えながら解説する。

執筆者情報

  • 鍋島 寛樹

    鍋島 寛樹

    Senior Manager
  • 廣田 貴一

    廣田 貴一

    Senior Consultant

グローバル環境の変化と駐在員モデルの転換点

近年、日系企業のグローバル展開を取り巻く環境は大きく変化している。ASEANをはじめ新興市場が「補完拠点」から「成長の主戦場」へと位置付けを変える中、優秀な現地人材の獲得競争が激化し、ブランド力だけでは人材を確保できない時代が到来した。働き方の多様化や賃金上昇、為替・インフレといったコスト圧力、ESGや人的資本開示への対応など、企業が直面する課題は一層複雑化している。

こうした状況下で成長のカギを握るのは「人材」であり、現地の優秀人材を惹きつけ、活躍してもらう仕組みづくりが欠かせない。従来、日本人駐在員は事業立ち上げや統制・品質確保に大きな役割を果たしてきたが、事業モデルの多様化やDXによる環境変化にともない、駐在員の存在が現地主導の経営を阻む要因となるケースも増えている。
ところが、こうした現地主導経営を阻害する要因については、日本本社側では漠然とした認識にとどまっており、具体的に「何を本社で担い、何をRHQ(地域統括機能)や海外各社に委ねるべきか」という役割分担の設計にまでは至っていないケースが多い。結果として、本社は現地化の必要性を認識しながらも、実行に踏み出せない状況が続いている。さらに、現地では意思決定の遅延や人材育成機会の阻害といった深刻な副作用が顕在化している。こうした現行の駐在員モデルが抱える「見えていない問題」の存在こそが、本社と現地の意識ギャップを拡大させ、ひいては事業全体の競争力低下を招くリスクとなっている。

アビームコンサルティングは、日系企業のグローバル展開において、現地人材の登用・育成こそが企業成長の持続的な原動力であり、市場理解を踏まえた迅速な意思決定や長期的な経営基盤の確立につながると考える。駐在員依存から脱却し、真に現地主導の経営体制へ移行することが、今後の競争力確保に不可欠であると考える。

駐在員モデルからの脱却が進まない"構造的要因"

多くの企業が経営の現地化の必要性を理解しながらも、なぜ「脱駐在員モデル」への移行を進められないのか。そこには複数の構造的な要因が横たわっている。

  • 本社主導型の統制文化:戦略や意思決定の最終権限が日本本社に集中し続ける限り、現地経営人材は裁量を発揮できず、実質的な「登用」とはならない。

  • 計画的な後継人材の育成不足:駐在員の任期が終わった際に現地人材へ責任を移譲する設計が不十分で、駐在員が短期的なつなぎ役にとどまってしまう。

  • 旧態依然とした人事制度の存在:給与・評価・昇進の仕組みが現地市場に合致せず、優秀人材が定着しない。

これらの構造的要因は、単に制度を変えるだけでは解決できない。組織文化や意思決定プロセス、人材マネジメントの根幹を再設計することが求められている。

現地法人の自律性を高める「脱駐在員モデル」とは

それらを解決する構造設計が、アビームコンサルティングが提唱する「脱駐在員モデル」である。「脱駐在員モデル」とは、単なる人件費削減や日本人派遣数の削減を目的としたものではなく、現地の経営人材が自走できるエコシステムを構築することで、現地人材のポテンシャルを最大限に活かし、地域最適化と経営の俊敏性を実現するための戦略的な取り組みである(図1)。

図1 「脱駐在員モデル」の仕組み

「脱駐在員モデル」を実現するポイントは以下の3点である。

①現地法人への権限移譲

1つ目は、現地法人への権限移譲である。グローバル経営の深化にともない、単なる形式的な権限委譲ではなく、現地法人が自律的に意思決定し、責任を持って事業を運営できる体制づくりが不可欠となっている。HQ(本社)が一方的に方針を示すだけでは、急速に変化する市場環境や多様化する事業モデルに対応しきれない。
そのためには、業務執行における権限を明確化するだけでなく、財務・人事・調達といった中核業務についても、現地が主導してKPIを設定・管理できる仕組みを構築する必要がある。こうした“自律分散型”の経営体制を整えることで、現地市場への俊敏な対応力が高まり、組織全体としての競争優位性につながる。
一方で、グローバル全体の最適を見据えると、現地の自律性だけでなく、HQが戦略と業務をどの程度まで統合的に管理するかという視点も欠かせない。つまり、「自律性」と「統合性」 のバランスをどのように設計するかが、ガバナンスモデル構築の核心となる。

➁ローカル人材の育成と登用

2つ目は、現地人材の計画的育成・登用である。従来、日系企業ではHQが後継候補を一方的に選抜・派遣する「HQ主導型」のサクセッション(後継者計画)が一般的だったが、これでは現地の事業環境や人材プールの実態を十分に反映できず、育成スピードや登用の多様性に限界がある。
そこで近年は、HQとRHQが役割を分担する「二層管理モデル」が有効となっている。HQはリーダーシップモデルや評価基準などの理念・枠組みを策定し、全社としての一貫性とガバナンスを担保する。一方、RHQは現地市場や人材状況に即して候補者の選定・育成計画・配置提案を主導し、機動的な登用を可能にする。
このように「HQのガイドライン × RHQの運用力」によるハイブリッドな仕組みへと転換することが、現地経営を担うリーダー層の裾野を広げ、事業の持続的な成長を支えるカギといえる。

➂文化や価値観を鑑みた制度のローカライゼーション

3つ目は、文化や価値観を鑑みた制度のローカライゼーションである。育成した現地社員に長く働き続けてもらうためには、文化や価値観を踏まえた魅力的な制度設計が欠かせない。民族的な価値観や宗教的な配慮、ライフイベントの違いを無視すれば、制度が形骸化し、優秀人材の離職につながりかねない。
したがって、評価・報酬・休日・福利厚生などの社内制度を、現地市場や文化に適合させて再設計することが重要となる。

「脱駐在員モデル」を実現するためのアビームコンサルティングの支援内容

「脱駐在員モデル」の実現に向けて、アビームコンサルティングは、制度設計の見直しから組織・ポジションの設計、人材育成・定着施策に至るまで、企業の現地化に必要な支援を伴走型で行っている。クライアントの実態に即した多面的な支援を通じて、現地法人が自律的に機能する体制を築き、脱駐在員モデルの実現を推進している。

続いては、アビームコンサルティングの支援内容について、具体的な事例を交えながら紹介する。

現地主導での事業推進を加速させる組織・ポジション設計

現地主導の事業推進を加速するため、アビームコンサルティングは組織・ポジション設計の最適化を支援している。

グローバルに事業を展開するA社では、日本式のマネジメントスタイルから脱却できないまま、駐在員がSpan of Control(管理可能人数)の適正範囲を大きく逸脱した数の部下を抱えることが常態化していた。このような組織運営は、一見すると「駐在員が責任感を持って現地を統率している」ように映るかもしれない。しかし実態としては、以下の深刻な課題を引き起こしていた。

  • 人材育成の停滞:一人の駐在員に過度な管理が集中することで、部下に対する十分な指導・育成の機会が失われ、現地社員の成長が阻害される。
  • 現地社員の管理職登用の遅れ:重要な意思決定や権限が駐在員に集中することで、現地社員がマネジメント経験を積みづらく、ローカルリーダーの育成・登用が進まない。
  • コンプライアンス上のリスク:管理が行き届かない状況では、不正・不祥事や職場環境の悪化が見過ごされるリスクが高まり、企業統治の観点から重大な課題となる。

これに対し、現地責任者である「HoX(Head of X)」を新設し、その選定基準や役割、処遇を明確に定義。各部門やチームが自律的に目標を設定し、現場の判断で業務を推進できる体制を整えた。
施策の背景として、多くの企業が「次世代リーダーに必要なスキル定義」や「育成ロードマップ」といったコンセプチュアルな打ち手で止まってしまい、実際の育成効果が十分に現れていない現状がある。真に効果を出すためのキーサクセスファクター(KSF)は、単にスキルを定義することではなく、そのスキルを構造的に習得させるための組織設計とポジションのアサインを組み合わせることにある。よく言われる「絵に描いた餅」に終わらせるのではなく、スキル定義・組織/ポジション設計・制度設計を一体で連動させ、人事施策を現場で持続可能な取り組みとして機能させることが重要であると考えている。

現地社員を惹きつける魅力的な人事制度設計・運用浸透

現地人材の長期的な定着には、文化や価値観を踏まえた魅力的な制度設計が不可欠である。アビームコンサルティングは、現地の実情や従業員ニーズを反映した評価・報酬、福利厚生制度の設計支援も行っている。

グローバルに事業を展開するB社では、年功や勤続年数を重視する従来制度のもとで、若手や実力人材が評価されにくいという課題があった。近年では報酬の公正性や成果への納得感・透明性がキャリア選択や定着意向を左右する要素となり、従来型の制度だけでは期待に応えられない状況が増えている。
このような現地従業員の意識を背景に、人事制度刷新では「現地主導×本社ガバナンス」というハイブリッドの設計思想を徹底した。制度の設計のプロセスでは、現地代表者が前面に立って制度の方向性や内容を議論し、説明会や評価者研修など従業員との接点もローカルチームが主導。一方で、報酬レンジや昇格基準といった経営に大きく影響する部分は本社が握り、表向きは現地主導の形を取りながら全社整合と透明性を確保した。さらに本社からは人事責任者クラスの派遣や制度設計プロジェクトのリソース支援を行い、グローバルの知見やベストプラクティスを現地に橋渡しする役割を担った。
制度は設計だけで終わらず、日常業務と連動させて定着を図った。評価・報酬プロセスを現地のマネジメントサイクルと結び付け、運用負荷を抑えつつ、全社会や個別のFAQで丁寧な説明を重ね、移行期の緩衝措置も設けた。

結果として、若手・ハイパフォーマー層の定着と成長機会が拡大し、明確なキャリアパスや人材ローテーションを通じて組織全体の新陳代謝も促進された。“現地が主役で文化に根差しつつ、HQが要所をコントロールする”―この両立が、現地社員の共感と信頼を生み出す制度の核となっている。

次世代リーダーを持続的に育成するためのサクセッションプランニング

近年、グローバル企業の間では「次世代リーダーの持続的な育成」をテーマに、サクセッションプランニング(後継者計画)の高度化に取り組む動きが広がっている。

グローバルに事業を展開するC社では、HQとRHQが連携し、グローバル全域での人材ポジションと後継者候補を一元的に可視化。戦略的に育成・登用を進める仕組みを整備している。
本取り組みの特徴は、以下の3つの柱に集約される。

1. グローバル全体でのポジション・候補者の見える化

従来、各拠点や国単位で分断されていた後継者管理を、グローバルダッシュボードで統合。主要ポジションの空席状況や候補者の充足率を可視化し、RHQおよび各国人事が共通のデータにもとづいて育成計画を推進できる体制を実現した。これにより、拠点間の人材流動性を高め、最適な配置を迅速に行うことが可能となった。

2. 後継者育成を担う責任者の設置

各主要ポジションには、候補者選定から育成計画の実行までを担う責任者を設置。事業部長クラスではRegional HeadやCFO/CHROが担当し、HQ・事業部長がアドバイザーとしてサポートする体制を構築した。これにより、現場に近い視点での育成推進と、全社的な一貫性の両立を実現している。

3.ハイポテンシャル人材の早期発掘と段階的育成

次世代幹部候補をハイポテンシャル人材として階層別に分類し、キャリア段階に応じた育成機会を提供している。課長層から幹部層に至るまで、選抜型の育成プログラムを展開。MBA派遣や海外経験機会の提供を通じ、グローバルリーダーに求められる経営視座と変革推進力を醸成している。
このように、HQが全体方針・基準策定を担い、RHQが現地での実行を推進する分担型のガバナンス体制を確立することで、グローバルリーダーのパイプライン形成が加速している。

まとめ

従来の駐在員依存モデルは日系企業のグローバル化の進展に一定の役割を果たしてきたが、環境変化が加速する今、その限界が鮮明になりつつある。現地人材を登用・育成し、自律的に経営を担える体制を構築することこそが、現地法人の迅速な意思決定、コスト効率化、優秀人材の定着といった成果につながる。単なる駐在員数の削減ではなく、現地法人の自律性を高める「脱駐在員モデル」を実現することこそが、今後の競争力確保に不可欠である。

アビームコンサルティングは、スキル定義・組織/ポジション設計・制度設計を連動させた多面的な支援を通じて、企業の現地主導経営への移行をトータルで推進している。今後もクライアントの変革パートナーとして、グローバル市場で勝ち抜くための企業競争力の向上や人的資本経営の実現に貢献していきたい。


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