【イベントレポート】タレントポートフォリオマネジメントで、日本企業に最適な人材マネジメントを実現する

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2025.08.01
  • 経営戦略/経営改革
  • 人的資本経営

激変するビジネス環境の中で人的資本経営に着目する企業も多いが、「ジョブ型の雇用制度導入を検討したいが、何から手をつけていいか分からない」「社内人材をもっと有効活用したいが、具体的な方法が見えない」など、糸口が見つからないといった声が増えている。従来の日本型雇用を前提としながら、適時・適所・適材の人材配置を実現する方法はあるのだろうか。

2025年6月に開催されたオンラインセミナー「日経ビジネスライブ2025 Summer」(主催:日経ビジネス、日本経済新聞社)では、アビームコンサルティング 人的資本経営戦略ユニット プリンシパルの淺見伸之と、マーサージャパン プリンシパル 人事機能変革・デジタル戦略プラクティスリーダー 江口智彬氏が登壇。「日本企業でジョブ型を最大活用するタレントポートフォリオマネジメントとは」をテーマに講演した。本インサイトでは、その内容をダイジェストでご紹介する。

執筆者情報

アビームコンサルティングの淺見伸之と、マーサージャパンの江口智彬氏

※講演動画はこちらにあります

人的資本経営時代に求められる人材戦略の転換とは

セミナー冒頭では、現在の人的資本経営、および人材マネジメントを取り巻く背景と課題について、アビームコンサルティングの淺見が概略を紹介した。

企業価値の最大化に向けた事業ポートフォリオ変革の推進において、収益性の向上と成長事業投資は密接に連動しており、人的資本に対する投資のあり方がいっそう注目されるようになっていると語り、人的資本への投資が事業成長の鍵となる時代が到来していると指摘する。

「製造資本や知的技術資本、ブランド資本に加えて、人的資本への投資が事業の成功要因としての重要性を増しています。その第一歩として、経営戦略の中に人材マテリアリティ(人的重要課題)を設定し、KGI(重要目標達成指標)を設けることで、経営と人事がこの指標をもとに対話していくというアプローチが必要です」(淺見)

図1 投資効率の向上を実現する人材戦略が人的資本経営の要

加えて、この実効性を高める人事組織の再設計も急務だと、付け加える。

もちろん一方では、こうした動きを阻む問題も少なくない。最も大きいのは労働力人口の減少だが、ビジネスを取り巻く環境がめまぐるしく変化する中、人材獲得競争は従来の同業種間だけでなく、業種をまたいだものに変わってきていることを認識する必要がある。

さらに高度専門人材では、グローバルレベルで提示する報酬の競争力が求められるという。人材を求める日本企業が、かつて経験したことのない困難な局面といえるだろう。

社内のタレントを最大活用するための中核となる人材ポートフォリオ

では、日本企業も雇用に関して欧米のようなドラスティックな方向転換に踏み切るべきだろうか。それに対して淺見は、「極端なジョブ型雇用への変革は、日本企業にとって非現実的」と問題提起する。長らく終身雇用や正従業員といった条件のもとで成長してきた日本企業には、やはり雇用慣習をある程度維持することを視野に入れた変革を考える必要がある。

そこで日本企業が取り組むべきテーマとして、淺見は「社内のタレントを、これまで以上に最大活用できるマネジメントを行うこと。つまり、既存の人的リソースを最適・最大活用する試みこそが、日本企業における人材充足実現の最重要課題です」と示唆する。

こうした日本型の人材充足の実現に必要となるのが、「人材充足をエコシステムとして持続可能にする仕組み」であり、その中心となるのが「人材ポートフォリオ」だ。

人材ポートフォリオとは、企業が経営戦略や事業戦略を効果的に実現するために、必要な人材を「量」と「質」の観点から体系的に可視化・分析したものである。この人材ポートフォリオを共通情報として経営と事業が対話し、あるべき自社の人的資本経営を定めていくことになる。

このとき、To-Be(あるべき姿)とAs-Is(現状)とのギャップから、人材調達の計画(要員計画)を立案するが、留意すべきは人材調達が単独の仕組みではなく、他のHRM関連のさまざまな仕組みと連携しながら、エコシステム全体に貢献していくものであると意識することだと淺見は語る。

「日本型のエコシステムでは、要件を満たした人材を社内から探し出します。このため、育成・配置・評価・処遇といったマネジメントプロセスと、緊密に連動していることが重要です」(淺見)

このプロセスを支える制度として、現在導入が進んでいるのが、日本における「ジョブ型雇用」であり、「ジョブ型人材マネジメント」だといえよう。とはいえ、「日本企業でジョブ型の仕組みを定着させるには、まだまだ乗り越えるべき壁がある」と淺見は言う。

ジョブ型人材マネジメント実現における3つの壁

では、「乗り越えるべき壁」とは、どのようなものだろうか。マーサージャパンの江口氏は、まず従来型である「人材起点のマネジメント」と、「ジョブ型の人材マネジメント」の違いについて触れる。

前者の従来型の人材マネジメントでは、既存人材を前提に事業戦略を策定し、人材の能力を見て業務付与を行う。一方「ジョブ型」では、事業戦略にもとづいて要員計画を策定する。つまり、事業戦略の実現に向けて必要なフォーメーションを決め、その仕事に対して人材を充足していくのがジョブ型人材マネジメントであり、従来の「この人で、どんな仕事ができるか」から、「この仕事には誰が適任か」に180度、発想転換するものだ。

「事業環境の変化が激しい時代には、それに合わせて事業戦略も変わっていきます。限られた人材で的確に対応し、最大のパフォーマンスをあげるためには、必要なフォーメーションに対してどの様な人材を充足していくべきか、という観点が重要になります。これが、近年ジョブ型の人材マネジメントに注目が集まっている理由です」(江口氏)

江口氏は、ジョブ型人材マネジメント実現のために乗り越えるべき「壁」として、3つの課題を挙げる。

図2 従来の人材起点の人材マネジメントとジョブ型の人材マネジメントの違い(出典:マーサージャパン)

「第1の壁」は、人材フローを含めた一連の人材マネジメントシステムの再構築だ。「現状は、人事制度の中から職種別の報酬制度というところだけを切り出して、ジョブ型の人材マネジメントと呼んでいるケースも少なくない」と江口氏は指摘する。しかし、それはあくまでジョブ型の人材マネジメントの一側面に過ぎないという。

ジョブ型の人材マネジメントを正しく理解するには、その根底にある考え方の大きな変化である「従来は内部の公平性を重視していたものが、外部の競争力を重視したマネジメントへ転換しようとしている」ということに着目する必要がある。

さらに従業員と会社の関係という点でも大きな変化がある。従来の「企業が従業員を雇用・保障」する関係から対等な関係への移行、ひいては従業員のキャリア自律を前提とした関係性に変わっていく必要がある。

「第2の壁」は、ジョブ型人材マネジメントを機能させるのに適した人事機能の変革だ。 これには先述した通り、あらゆる人事施策がワークフォースプランニング(要員計画)を中心として、有機的に結合しながら施策を実行していく仕組みが必要になる。そのため、人事部門には、採用・異動・処遇といった機能をルールにもとづき正確かつ効率的に実行していく役割から、タイムリーな人材の確保・有効活用のために各機能を柔軟かつ統合的に実行する役割への変革が求められている。

そして「第3の壁」は、現場への人事権の移譲だ。 ジョブ型の人材マネジメントの肝は事業戦略を実現するための人材マネジメントであり、各事業部で異なるビジネス状況や人材マーケットを十分に考慮する必要がある。「このため、人事権を事業部側により移譲していく必要がある」と、江口氏は言う。

タレントポートフォリオマネジメント3つの機能

ここまでの課題に対して、経営はどう対応していくべきか。淺見は「現在は、人的資本経営の戦略そのものから、戦略をどう実現するかに議論のレイヤーが移りつつある」と明かす。

まずCxOレイヤーでは、CHROを中心に、CEOやCSOとの戦略連動、CFOとの人材投資に関する対話が進んでいる。人材マテリアリティを特定する動きが高まる中では、リアルな事業推進レイヤーでの実現に向けた体制づくりと、役割についての議論も活発化している。

淺見は、「特に重要な役割として、HRBP*が担う役割に大きな注目が集まっている」と指摘する。HRBPはCoE(組織を横断する取り組みの中核となる部門)との間で人材マネジメントの仕組みを構築し、事業と向き合うことが求められる立場だ。
*Human Resource Business Partner:人事および人材開発に関する事業部門で、経営者や責任者のパートナーとなる役職を指す

このHRBPに関して江口氏は、権限とガバナンスのバランスに注意を促す。

「どこまでの権限をHRBPと事業部に移譲していくのかを定義することが、非常に重要です。権限を移譲する際には、全社最適や全社ガバナンスの観点も必要になってくるからです」(江口氏)

では、こうした取り組みを進めた上で、人材充足エコシステムの実現には、具体的にどういった取り組みが必要なのか。淺見は、3つの機能が連携して動く「タレントポートフォリオマネジメント」を挙げ、それぞれの機能について説明する。

図3 経営レイヤー、事業推進レイヤーそれぞれに求められる人的資本経営推進体制

第1の機能は、「人的資本の最大化と、As-is/To-Be人材ポートフォリオの策定」だ。ここでは従来からの「スキルに対する評価」だけでなく、従来は数値化しにくかった生産性の証明までが求められる。これはジョブ型に必要な「質を加味したポートフォリオの可視化」に欠かせない要件だ。

第2の機能は、「ジョブを介した社内労働市場の流動化」だ。 ここでは経営・事業・従業員の各ステークホルダーが、ジョブを介して人材市場を構成することが、組織の中にダイナミクス(流動性)をもたらすことにつながる。

そして第3の機能は、「人材充足の仕組みを動かすプロセス、およびデータマネジメント基盤の確立」だ。この基盤設計には近年、マーサージャパンが提供するジョブ・スキル可視化基盤「Mercer Skills Library」や「マーサー総報酬サーベイ(日本)」などが、デファクトスタンダードとして活用されているという。

淺見は、「これら3者が有機的に連動している状態が、タレントポートフォリオマネジメントだと考えています」と定義する。

社内労働市場流動化のための4つの重要課題

先述した「タレントポートフォリオマネジメント」の中でも、特に重要な課題として、2番目の「ジョブを介した社内労働市場の流動化」があると、浅見は指摘。その理由として、「二律背反的なステークホルダー同士のアンマッチを防ぎながら、社内人材の流動化を加速する仕組みづくりは、人事部門にとっても非常に悩ましい課題」である点を挙げる。

また、この背景について江口氏は、これまでは3者間の共通言語がないまま、それぞれが希望を主張する状態が続いていたと分析。「今後はジョブを共通言語とすることで、必要な仕事と人材情報を正確に可視化し、配置の妥当性を3者が客観的に把握できる環境をつくり出す試みが必要」と語る。

これを受けて淺見は、その実現に必要な4つの課題を提起する。

第1の課題は、「ジョブやスキルを共通言語として理解し、対話可能なものに整理していくこと」である。これまでの人材起点で「特定の人のためのポジション」をつくるのではなく、シビアなほど公平に明文化することが重要だ。

第2の課題は、経営と事業が合意するための対話を、人事部門がどうサポートしていくかだ。「とりわけHRBPには、市場環境と成長戦略を前提に、要員計画の変化と打ち手を一連のストーリーとして経営に示し、対話できるかが問われる」と、江口氏は言う。

第3の課題は、「ジョブマッチングの実効性向上」である。とはいえ、最初から完全に要件を満たす人材はいないので、マストスキルと配属後に育成可能なスキルを分けて考えることが、マッチングの実現可能性を高めるポイントになる。

ここでは、処遇の問題も非常に大きな壁になる。淺見は、「等級制度などがミスマッチやパフォーマンス低下の温床になり得る」と強調する。江口氏も、マッチングに際しては、判断の基準をスキルだけに限定せず、より広く捉える必要があると指摘。「内在的な本人の特性やパーソナリティでのマッチングも、企業によっては進み始めている」と明かす。

そして第4の課題は、「魅力あるジョブの提示と惹きつけ」。すなわち、企業独自の価値提案の強化だ。

「最終的に従業員が企業を選ぶ理由は、ジョブだけでもないし報酬だけでもない。その企業ならではの要素を付加しながら、従業員への提供価値として訴求していくことが重要になっています」(江口氏)

タレントとリソースの両輪によるマネジメント

セッションの終盤、淺見は「タレントマネジメントの仕組み化は、日本企業においてもかなり進んできている」と評価した上で、さらに全社的・部門横断的なリソースマネジメントを可能にするためのツールの必要性を訴求する。

「とりわけ経営・人事・事業部門が対等かつ円滑に対話できるツールを、プロセス/データとして活用できる環境の整備が急務です。こうした要請に応えてアビームコンサルティングでは、『ABeam Human Capital Platform』というSaaS型プラットフォームを提供しています」

図4 「ABeam Human Capital Platform」の構成

「ABeam Human Capital Platform」には、マーサージャパンが提供する「Mercer Skills Library」も搭載され、人材施策の策定から進捗のモニタリング、意思決定までを一元管理するプラットフォームを提供していると淺見は語る。

最後に淺見は、今後の日本企業におけるジョブ型人材戦略で最も重要なポイントとして、タレントマネジメントとリソースマネジメントの両輪によるアプローチがますます重要になってくると強調。

「そのためにも、今回ご紹介した3つの視点『人材ポートフォリオの策定』『社内労働市場の流動化』『プロセスおよびデータマネジメント基盤の確立』を実践することで、タレントポートフォリオマネジメントを推進していただきたいと願っています」と訴え、セミナーを締めくくった。


関連ソリューション:人的資本経営における評価指標の管理・分析や人材情報の統合管理を実現するSaaS型プラットフォーム「ABeam Human Capital Platform」

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