攻めのファイナンスPMOで企業価値向上へ~プロジェクトの司令塔を担う新しい経理財務PMIの姿~

インサイト
2025.06.30
  • 経営戦略/経営改革
  • M&A
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東証のPBR1倍割れ改革を受け、大型M&A・ポートフォリオ再構築が進む一方、PMIが形骸化すればのれん減損などで企業価値は容易に毀損する。PMIでは多様な分科会が設置されるが、その核である経理財務分科会は制度会計・管理会計など重要な領域を担いつつも、日常決算に追われ受け身に陥りがちである。しかしながら、真に求められるのはシナジー創出や資本効率改善など価値創造の司令塔機能である。ゆえにCFOは「攻めのファイナンスPMO」を設置し、減損テスト・PPAを軸に他部門を巻き込み、シナジー施策の定量モニタリング、不要資産整理によるキャッシュフロー最大化などを主導することで、バランスシートを守りつつ長期的な企業価値を押し上げられる。本インサイトでは攻めのファイナンスPMOの定義、設計上の要点、経営アジェンダを積極的に提言して企業価値向上へつなげるためのアプローチを解説する。

  • 吉田 賢史

    吉田 賢史

    Senior Manager

PBR改革下のM&A成功の鍵 – CFOが率いる「攻めのファイナンスPMO」

1. PBR改革で加速する大型M&AとPMI失敗リスク – CFO・経理財務部門に求められる役割転換

近年、東京証券取引所が掲げる「PBR(株価純資産倍率)1倍割れ企業の改革」を契機に、日本企業では事業ポートフォリオの抜本的な見直しが急速に進んでいる。ノンコア資産の切り離しや成長領域の取り込みを目的に、大型M&Aに初めて踏み切る上場企業も増加傾向にある。
M&Aにおいては、初動でのデューデリジェンス(DD)の精度を前提として、実際に価値を創出できるかは、DDで描いたシナリオを現実の数値へ落とし込むPMIの質に大きく左右される。統合設計が不十分なままPMIが形骸化すれば、買収前に掲げた成長シナリオは実現せず、将来キャッシュフローの見積もりを下方修正せざるを得なくなる。その結果、のれんの減損損失につながるリスクが高まる。
特に、経理財務分科会が制度会計や管理会計といった必須タスクを終えた一方で、買収前に描いたシナジー実現に向けたトラッキングとフォローアップが不十分な場合、のれんの減損の顕在化やシナジー顕在化の遅れによって企業価値が思うように伸びないケースがある。実際、ここ数年でも複数の上場企業が数百億〜数千億円規模ののれん減損を計上しており、M&A初期の設計とPMI体制の重要性が改めて問われている。

こうした状況の中で、CFO(最高財務責任者)は単なる「経理・財務の責任者」ではなく、経営トップと並ぶC-suiteの一角として、統合後シナジーの数値化・モニタリングや不要資産整理によるキャッシュフロー最大化など価値創造に向けた活動を主導する役割が強く求められている。

2. PMIにおける経理財務領域の重要性

M&A後の統合プロセス(PMI)では、全体PMOが統括ポジションを担い、案件規模や必要性に応じてIT・Legal・HR・経理財務(ファイナンス)などの分科会を組成するケースが一般的である。なかでも経理財務領域は、連結決算体制の構築や開示対応などの「制度会計」や事業計画策定や予実管理といった「管理会計」など、PMIの初期段階から広範な重要業務を担う。

プロジェクト推進にあたり全体PMOが全体のタスク/課題などの横ぐし管理を行うが、経理財務のPMI実務経験者、ましては全体を俯瞰してプロジェクト管理まで担える人材は大変希少であるため、全体PMOが経理財務領域まで深く踏み込む難易度は高いと考えられる。また、経理財務分科会のメンバーは日常業務で手一杯になりがちで、M&A直後に高度な対応を求められても十分に応じられないことが多い。このような受け身の体制では、シナジーの実現や企業価値の最大化が困難となる。
ゆえに、経理財務領域には専任人材や専門アドバイザーの起用を含め、能動的にM&Aを推進する「攻めのファイナンスPMO」(図1・2)の立ち上げが不可欠である。

図1 攻めのファイナンスPMOの定義
図2 攻めのファイナンスPMOプロジェクト体制図例

「攻めのファイナンスPMO」が必要とされる背景

M&A後のPMIで、経理財務分科会がまず着手しなければならないのは制度会計対応である。これは親会社への連結プロセスを整備し、正確かつ迅速に業績を開示するうえで欠かせない。加えて、グループ全体の管理会計体制の再設計や買収先の予実管理プロセス整備など、PMI序盤から担うべきタスクは膨大である。
全体PMOが設置されていれば、全体のタスク進捗管理や調整、課題管理などは原則として全体PMOが担う。しかしながら、全体PMOに経理財務領域に精通した人材が不足している場合、以下のような問題が発生しやすいと言える。

  • 減損テストなど、他部署との連携が必要なタスクが漏れる、または後手に回る
  • 全体PMOと経理財務分科会の役割や責任範囲が曖昧で、どちらがボールを持つべきか判断を先送りし、タスクが遅延する

これらの背景には、次のような構造的な要因がある。

  • タスクごとの責任と権限が不明確
  • 意思決定プロセスと決裁権限が事前に定義されていない
  • クロスファンクショナル課題を統括するガバナンス層の欠如

したがって、PMI設計段階でタスクごとの責任と権限を明確にし、決裁ルート(どの資料を、どの順で、誰に承認を得るか)をあらかじめ合意しておくことが不可欠である。経理財務分科会は“攻め”の姿勢で独自のPMO機能を立ち上げ、専門論点をリードしつつ他部門を巻き込み、クロスファンクショナル課題の実行責任者として位置づけられるように体制を整備する必要がある。

減損テストとPPAでつまずかないPMI – 他部署連携・監査先行対応でPMI停滞を防ぐ

1. 減損テスト・PPAにみるクロスファンクショナル連携の必要性

上述した「タスクの漏れ」、「タスク主体者が不明確なことによる遅れ」などの問題が顕著に表れるケースとして、買収後のPMIフェーズの必須対応事項である減損テスト・PPA対応がある。

  • 減損テスト:のれんの回収可能性を毎期検証 (IFRS(国際財務報告基準)適用企業は年1回必須)
  • PPA(Purchase Price Allocation):取得対価をのれんと識別可能資産・負債へ公正価値ベースで配分するプロセス(取得後1年以内に確定)

こうした実務は単なる会計処理にとどまらず、買収後の事業計画の実態化、シナジーの織り込み、市場環境の見直しなど、いずれもビジネス部門や経営企画とのクロスファンクショナルな連携が不可欠である。特に入札(Bid)案件のように短期間かつ質問数・情報開示に制限がある取引では、買い手が十分なDDを実施できず、売り手のマネジメントケースが楽観的な前提を含んだまま最終契約に至ることが少なくない。したがってクロージング後から、経理財務・事業・経営企画などが一体となり、前提すり合わせやKPI再設定を含む修正事業計画の策定を速やかに進める横ぐし連携が重要である。

2. 対応遅延が招く監査指摘とPMI停滞リスク

減損テストやPPAの前提を監査法人と握らないまま作業を進めると、「想定外の前提変更」や「追加エビデンスの要求」が発生し、その瞬間にPMIの推進スケジュールが遅延する事態を引き起こす。責任範囲が曖昧でボールを拾う人がいなければ、監査指摘は決算発表の直前まで尾を引き、最悪の場合は四半期報告の定性やIR修正に発展してステークホルダーの信頼を毀損する。こうした事態を防ぐためには、経理財務分科会はPMI初期から主導的に動き、監査法人・事業側双方と前提条件をすり合わせる必要がある。

攻めのファイナンスPMOで企業価値を伸ばす

1. 仕訳で終わらせない減損テスト・PPA

減損テストとPPAから導かれる数値は、買収価格の妥当性と将来キャッシュフローの確からしさを示すシグナルとなって、シナジー未達や過大なのれんが露呈すれば株価に影響を与える。ゆえにファイナンスPMOは、これらを決算締め切りに追われて処理する仕訳作業ではなく、企業価値コミュニケーションの核心として位置付けるべきである。このように、経理財務分科会が主体的に“ボールを取りに行く”姿勢を取ることができれば、減損リスクを適切にコントロールしつつ将来の収益計画を磨き直すことができるだろう。

2. 経営アジェンダを提言し、企業価値のさらなる向上を目指す

経理財務分科会が資金・コスト・利益構造を俯瞰できる立場を活かし、下記のような経営アジェンダを提言し、シナジー創出と資本効率改善を両立させる取り組みを立案・牽引することで、経理財務部門を守りの財務管理者から価値創造の牽引役へと飛躍できる。

【経営アジェンダ例】

  1. シナジー効果を定量的に追跡し、経営陣と議論する場を設定
    例:コストシナジー達成率を定期レポートとして可視化
  2. 不要資産・不採算事業を整理しキャッシュフローを最適化
    例:重複する固定資産や余剰在庫を洗い出し、売却・廃棄を実行

不要資産・不採算事業を整理することは単なるコスト削減にとどまらず、事業に寝かせているお金(投下資本)をスリム化しつつ、シナジー施策によって本業の稼ぎ(NOPAT:税引後営業利益)を押し上げる。投下資本を絞りながら利益を伸ばすことで、投下資本利益率(ROIC)が着実に上向き、同じ資本で生み出せるフリーキャッシュフローが増大する。結果として将来キャッシュフローの裏付けが厚くなり、企業価値を押し上げる確かな原動力となる。

こうした資産の選定や売却・撤退判断は、平常時の業務フローでは後回しになりがちだが、ファイナンスPMOがビジネス部門と一体で主導すれば、PMI期という希少なタイミングをとらえて全社構造を一気に組み替えることができ、企業価値向上のモメンタムを一段と加速できる。

まとめ

M&AによるPMIは、グループ全体の成長戦略を左右する一大プロジェクトである。こうした局面で全体PMOに任せきりにせず、経理財務部門がプロアクティブに動き、「攻めのファイナンスPMO」を立ち上げることが、企業価値最大化への近道となる。
具体的には、以下のようなアクションを通じて、従来の“受け身”の経理財務では得られなかった成果が実現し、M&A後の企業価値最大化に経理財務部門が大きく貢献できると考える。

  • 全体PMOのタスク設計を補完し、経理財務特有の論点を主導する
  • 減損テスト・PPAといったクロスファンクショナルタスクを主体的にハンドリングし、シナジー創出やリスク管理の精度を高める
  • PMIのタイミングを捉え、企業価値向上に資する新たな経営アジェンダを積極的に提言・実行する

こうしたアクションを実現するには、CFO自身が初期PMI設計段階から関与し、経理財務部門に独自のPMO機能を持たせるよう、経営レベルで体制設計と人材配置の意思決定を行うことが重要である。

アビームコンサルティングでは、経理財務PMIにおける論点整理から具体施策の実行まで、一貫した伴奏型支援を強みとしている。今後もPMIを軸にクライアントに寄り添うパートナーとして支援をしていく。


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