「日本企業の企業価値を高めるESG指標トップ30」分析結果に基づく、新たなESG指標「研究開発成果」と「ブランド力」が示す企業の非財務情報活用の進展

インサイト
2025.01.07
  • サステナビリティ経営
965912628

アビームコンサルティングは、2024年11月に企業価値の向上とESG活動における指標の相関を明らかにすることを目的とした分析調査を実施し、「日本企業の企業価値を高めるESG指標トップ30(2024年度)」を発表した。本分析調査は2022年度に続く2回目の実施となり、ESG指標分析を実施する企業数の拡大を背景に、対象企業数は前回の約2倍に拡大した。

本インサイトは、「日本企業の企業価値を高めるESG指標トップ30(2024年度)」の分析結果をもとに、企業価値向上に寄与する指標や前回調査との比較を交えた当社の考察を当社エグゼクティブアドバイザーであり、非財務資本と企業価値とを結ぶ「柳モデル」を確立した早稲田大学大学院会計研究科 客員教授の柳 良平氏と当社の企業価値向上戦略ユニット ダイレクター今野愛美が解説する。

調査の概要と目的

ESGとは、環境(Environmental)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)の略であり、企業が持続可能な成長を遂げるために重要とされる要素だ。ESG指標は企業の非財務面でのパフォーマンスを評価する基準であり、昨今では企業価値向上の鍵として注目されている。日本企業においても、経済的利益だけでなく社会的責任を果たすことが求められるようになり、それが長期的な競争力へと直結するといわれている。

アビームコンサルティングが発表した「日本企業の企業価値を高めるESG指標トップ30(2024年度)」は、ESGの取り組みが企業価値にどのような影響を与えるのかを明らかにする目的で調査された。本調査は、企業価値とESG指標の相関を客観的に分析し、その結果を通じて企業が持続可能性に対応するための具体的な道筋を示唆するものである。

「柳モデル」とは

「柳モデル」は、アビームコンサルティングのエグゼクティブアドバイザーであり早稲田大学客員教授である柳良平氏が提唱した企業のESG(環境、社会、企業統治)取り組みが企業価値にどのように影響を与えるかを定量的に分析するためのモデル。
柳モデルの基本的な考え方は、企業の財務指標(例えばROE:自己資本利益率)と非財務指標(ESG指標)が企業価値(PBR:株価純資産倍率)にどのように影響を与えるかを示す回帰式を用いている。
柳氏は「このモデルを使用することで、企業はESGの取り組みが長期的に企業価値にどのように貢献するかを理解し、戦略的な意思決定に役立てることができる」と語る。

 

 

早稲田大学大学院会計研究科
客員教授
柳 良平氏

柳モデルはPBR仮説に基づいている。縦軸にPBR、横軸に時間軸を取り、日米のPBRをプロットすると、日本のPBRは国際的に劣後しており、日経平均が4万円に達しても1.3倍程度。PBRが1倍までの部分は財務資本と関係し、1倍を超える部分は非財務の価値と関係しており、例えば人的資本や知的資本、環境問題への取り組みなどがこれに該当する。

この仮説を定量化し、資本市場の信任を得ることでPBR向上に資するのではないかと考え、柳モデルが生まれた、と柳氏。「PBRが1倍までの部分は財務資本と見える価値と連関し、1倍を超える部分は非財務資本と関連しています。これを数字で立証するために重回帰分析を行い、ESGの指標が何年後にPBRに影響を与えるかを調べました」と述べる。

柳モデルは、2019年にエーザイをケーススタディとして第一号を完成させ、社内の88種類のESG指標を平均12年遡って分析。これにより、人的資本や知的資本がPBRを高めることを証明した。
本モデルは、柳氏と当社の今野がリードする企業価値向上戦略ユニットが協力して、日本企業の価値向上に取り組み、現在では百社近くが柳モデルを採用している。

調査結果から見える企業価値との関連性

今回の分析調査では、前述のESGと企業価値の関連を示す計算式「柳モデル」を用いて、アビームコンサルティングがこれまで支援を行った日本企業の非財務データ分析に基づき、企業価値と強い相関を示す具体的な指標を抽出した。その結果、多くの企業で企業価値と相関が認められる指標上位30位を新たに明らかにし、以下ランキングにまとめたものである。

※背景白:今回の分析調査で新たにESG指標トップ30にランクインした指標、
背景ベージュ:前回から継続してランクインしている指標

 「日本企業の企業価値を高めるESG指標トップ30(2024年度)」では、前回行った分析調査から21指標が継続してランクインしており、企業価値向上への中長期的な寄与が改めて明らかとなった。

一方で、ガバナンス領域の役員の平均年齢が2024年度のランキングで1位に躍り出た。これは、今回調査の対象企業8割程度に表れていることから「役員体制の多様化を重視した結果と考えらます」と今野は述べる。
また、「投資家との面談回数」が「投資家とのコミュニケーション」に関わる指標として26位にランクインした。投資家の視点にたった質の高いコミュニケーションを行うことで、投資家が企業の経営方針や戦略を理解し、支持することで、企業の成長期待や企業価値の向上につながることが確認できた。

 

 

企業価値向上戦略ユニット
ダイレクター
今野愛美

新たにランクインした指標のうち特筆すべきものとして、「役員体制の強化」「研究開発における成果」「ブランド力の強化」「従業員エンゲージメントの重要性」「投資家とのコミュニケーション」の5つを取り上げたい。

「日本の企業価値を高めるESG指標のトップ30(2024年度版)」における新たな示唆

1. 役員体制の強化
今回全体で1位になったのが、「役員の平均年齢」であった。柳氏が月刊資本市場2024年7月号で発表した「柳モデルのTOPIX採用全銘柄への適用に係る実証研究の示唆」でも、TOPIX採用全銘柄でPBRに対して有意かつ望ましい関係性が得られた割合が高い分野のTOP3に取締役会構成がランクインしており、経営に新たな風を与えることを目的に役員の多様性が求められていることが伺える。

2. 研究開発における成果
「研究開発による創出製品数」(4位)、「登録特許件数」(16位)のランクインから、研究開発という企業の新たな価値創出と競争力強化に直結する指標が企業価値向上にもつながることがデータ上でも明らかとなった。企業においては研究開発の成果をステークホルダーに対して、適切に開示していくことが求められている。

3. ブランド力の強化
「工場・ミュージアム・ショールームなどの見学来場者数」(11位)や「企業ブランド調査結果」(14位)は、企業価値向上においてブランド力の貢献が大きいことを示している。企業は地域・社会との交流やブランディング活動を実施することで、企業への信頼と評価を高めるとともに競争力につながるブランド力の強化を進めていくことが重要であることがわかった。

4. 従業員エンゲージメントの重要性
所属組織への貢献意欲を示す指標である「従業員エンゲージメント」が25位に新たにランクインしたことから、従業員のプロアクティブな行動や学習意欲が企業の持続的成長に寄与することが示された。高いエンゲージメントは、定着率の向上に加え、従業員の育成および組織の成長につながる。実数値が対外的に開示されることが少ない指標だが、従業員エンゲージメントを高める環境を整えることの重要性が明らかとなった。

5. 投資家とのコミュニケーション
「投資家とのコミュニケーション」に関わる指標として、「投資家との面談回数」(26位)がランクインした。投資家の声に耳を傾けるとともに、投資家からの関心が高い経営の観点に対し質の高いコミュニケーションを多くの投資家と行い、理解を得ることが、成長期待の醸成につながり、企業価値向上に貢献することが確認された。

なお、「研究開発成果」や「ブランド力」関連の指標が上位にランクインしていることから、企業の競争力の源泉となり得る非財務資本を増強することが、企業価値を押し上げ得ることが示されている。

前回調査との違いから見える進化のポイント

今回の調査は、2022年度に実施された初回調査の約2倍の企業を対象とし、より広範囲での分析を行った。その結果、前回調査から継続してランクインした指標は21項目であり、ESGへの取り組みを強化しつつある傾向が浮き彫りになった。2022年度の調査と今回の調査結果の変動を見ていくことでこの2年での進化のポイントを探っていきたい。

今野は、今回の調査結果を指して「2024年度の調査結果のうち色塗り部分は、2022年度の集計から引き続きランクインしている指標です。これらは2年経過してもなおPBRを高める強い指標と考えられる一方で、白抜きの部分は2024年度調査で新たにランクインした指標であり、この2年間で状況が大きく変わった部分といえます」と述べる。
特に「気候変動への対策」と「循環型社会への実現性」は、2年前の調査結果から順位の変動がみられることから注目度が上がっていることが確認できる。

1. 「気候変動への対策」
「CO₂排出量(スコープ2)」は前回の16位から5位に上昇し、さらに「CO₂排出量(スコープ3/カテゴリ11)」が新たに22位にランクインした。多くの企業がカーボンニュートラルの取り組みを強化した結果であるとともに、製品のライフサイクル全体での環境負荷低減が企業価値向上の重要な要素であることが確認された結果であり、今後も企業における環境に配慮した製品開発や事業活動の継続が求められている。

2.「循環型社会の実現性」
加えて、「循環型社会の実現」に関する指標が、5指標ランクインしており、ESGトピックで最も多い。また10位以内にランクインしている、「産業廃棄物排出量」(2位)、「リサイクル率」(3位)、「原材料使用量」(6位)の全てが、前回結果でも10位以内の指標(「産業廃棄物排出量」(前回9位)、「リサイクル率」(前回10位)、「原材料使用量」(前回1位))であり、ステークホルダーからの関心が引き続き高いことが見てとれる。これは、資源の有効活用という古くからある観点に加え、世界的な資源需要の増加や地政学的リスクの高まりによる資源制約の観点からもサーキュラーエコノミーの重要性が一層問われている現れと考えられる。企業価値向上の重要指標として、引き続き高い注目を得るであろう。

環境領域に関する多くの指標が2022年から引き続きランクインしていることについて、今野は「製品やサービスのライフサイクル全体で環境負荷を低減することが企業価値向上に直結していることが見えてきた」と述べた。

アビームコンサルティングが考える「真の企業価値向上経営」実現のポイント

今回の調査で新たにランクインした指標とともに2022年度の調査からの変化を見ることで、企業の中長期的な価値向上に寄与する指標が改めて明らかとなった。この結果から、企業が意識すべきESG指標の幅は着実に広がっているといえる。この傾向は、企業が非財務資本の重要性をより深く理解し、事業活動との連動を通して、その価値を最大化するための具体的な取り組みの推進が求められていることを示唆している。また、企業は「どのESG指標に特に注目すべきか」「どのESG活動が実際に効果的か」、さらには「改善点は何か」といった具体的な視点を持ち、定量的な検証を通じて、どの非財務資本が企業価値に寄与するかを特定し、適正配分を実現することが重要である。

また、企業価値向上を実現する「ストーリー」の可視化も必要だ。企業価値を高める取り組みは決して点だけの施策では実現できず、事業別に「競争力の源泉」となる要素を明確に洗い出し、製品・サービスが与える「社会インパクト」まで可視化しながら、人材戦略、知財戦略などとも整合した経営戦略を立て実行する、といった一貫したストーリーを構築する必要がある。これらを都度見直してアップデートしていくことにより、企業はESG活動の効果を実感しながら、持続的な成長を目指すことができる。

アビームコンサルティングは2019年より「Digital ESGサービス*」を展開し、社内外の非財務データを活用して非財務資本の増強施策と企業価値との関係性を定量的に可視化することで、中長期的な競争力強化を図るための戦略的な企業価値向上経営の実現を支援している。
今回の分析結果をもとに、今後もESG領域における企業や組織の価値向上の支援を通じて、新たな価値創造と持続可能な社会の実現を推進するパートナーとして貢献していく。

※Digital ESGサービス
デジタルテクノロジーを活用して、企業内に散在するESG情報を収集・蓄積・分析するサービス。非財務情報を収集し情報を一元管理する「Digital ESG Data Connection」、収集した非財務情報が経営に与えるインパクトを分析する「Digital ESG Data Analytics」、非財務情報と企業価値に関連する情報を可視化し、経営層や関係者の確認や意思決定を促す「Digital ESG Cockpit」の3つのコアコンテンツから構成される。
https://www.abeam.com/jp/ja/expertise/SL259


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