【イベントレポート】インパクトを「測る」から「経営に実装する」へ ― IVCセミナーが示した企業価値接続の現在地と展望

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2026.07.13
  • 経営戦略/経営改革
  • 企業価値経営
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2027年3月期からのSSBJ基準の段階適用、IFVI/VBAによるインパクト測定手法の最終化、Capitals Coalition傘下でのIVSB設立——インパクトを巡る「国際的な標準化」と「日本における制度実装」が、2026年に同時に動き始めた。「サステナビリティに関するリスクと機会の財務的影響」を開示することが、もはや任意の取り組みではなく経営上の必須要件となるなか、企業に問われているのは、もはや「測れているか」ではなく「測った結果を経営の意思決定にどう接続するか」である。

多くの企業が非財務指標を整備し、社会的インパクトを定量化し、統合報告書に開示する。それ自体は確実に前進している取り組みである。しかし、こうした努力を積み重ねてもなお、経営の意思決定の場で「企業価値にどうつながるのか」という問いに明確に答えられないという声が、実務の現場から繰り返し聞こえてくる。問題は、測定した結果を経営の仕組みの中にどう組み込むかという「実装」の設計にあるのではないだろうか。

2026年6月15日、アビームコンサルティングは、主催するインパクトバリューコンソーシアム(IVC)のセミナーを開催した。アサヒグループホールディングス株式会社Senior Managerの勝島宏信氏による実務報告、インパクト会計の国際標準化を牽引する非営利団体Value Balancing Alliance e.V.(VBA)CEOのクリスチャン・ヘラー氏による国際標準化の動向紹介、そしてアビームコンサルティングのエグゼクティブアドバイザーである柳良平氏によるラップアップコメントを通じて、インパクトと企業価値の接続をめぐる構造的な課題と、その突破口の輪郭が浮かび上がった。

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  • 今野 愛美

    今野 愛美

    Principal

インパクト可視化に関する3つの問い ― 「測る」だけでは企業価値は上がらない

IVCのこれまでの取り組みは、企業価値を「測る」「語る」ことを中心テーマに据えていた。Corporate Finance & Transformation Strategic Unit, Principal 今野愛美は、その成果と課題を3つの問いとして提示した。

第一の問いは、インパクトの可視化が「社会価値創出」にとどまっているのではないかというものである。顧客の体験価値、地域との関係価値、あるいは当たり前の価値を維持していくことの価値など事業に密接した価値を、インパクトの枠組みで正しく表現できているのかという疑問が、企業の実務者から繰り返し寄せられているという。「持続可能な地球」といった抽象的な文脈ではなく、自社が提供しているものの価値を的確に可視化する手法への渇望が存在する。
第二の問いは、社会価値の創出が「長期的な利益の最大化と短期的な利益の最適化」にどうつながっているのかが見えないという懸念である。インパクトを可視化しても、「社会に良いことをしている」で終わってしまうのではないかという危惧は、多くの企業が共有する悩みである。
第三の問いは、社会的価値を向上させるために、どのような活動にどの程度の資本投下を行い、どのくらいインパクトを伸ばしていくことが最適なのかという、資源配分の判断軸の不在に関わるものである。

昨年度のIVCの取り組みを通じて、第一の問い(社会価値どまりの可視化)に対しては一定の前進が見られた。世の中で算出が難しいとされていた社会価値の類型、例えば主観的幸福の実感に関して、顧客が自社製品やサービスの活用を通じて得られるポジティブな感情やネガティブな感情、QOL、ウェルビーイングといった要素を特定し、測定するためのロジック式を検討する取り組みが進められた。

また、インパクトの「語り方」についても、投資家に対してインパクトをどのように伝えれば評価に織り込んでもらえるのかという観点をもって検討を進めた。インパクトの裏側には社会課題があり、その解決が市場拡大につながるという目線を持ち、拡大した市場に対してどのような事業戦略や競争優位性を持ち、KPIとの接続をストーリーとして構築するかといった方法論が検討された。
しかし、これらはいまだ定性的な接続にとどまっているため、インパクトと企業価値・財務価値をより深く接続させていくことが必要である。
一方で、第二の問い(長期・短期の利益への接続)と第三の問い(資源配分の判断軸)は、依然として未解決の構造的課題として残されている。インパクトを可視化する手法は整いつつあるが、それを企業価値・財務価値と結び付け、経営の意思決定に組み込むための設計図がまだ描けていないのである。

「実装」の構想 ― インパクトを変革プロセスに織り込む

この未解決の2つの問いに答えるためには、企業内部の変革や改革、改善が起きるときの通常のプロセスの中に、インパクトの要素を加味して組み込んでいくという発想が必要である。あるべき姿を描き成長戦略を設計する段階でインパクトやアウトカムの視点を導入すれば、自社の成長戦略そのものがより深い次元で再定義される可能性がある。そしてその実現にあたっては、オペレーションや経営モデル、意思決定のあり方を変えていくことも連鎖的に発生しうる。

図1 インパクトの「活用」

「実装」が具体化されることで、経営層が日々直面する次の3つの経営課題 への解として翻訳されていく。すなわち「10年後の稼ぐ力の源泉は何か(=長期利益への接続)」「投資の判断軸をどう刷新するか(=資源配分の判断軸)」「未来を動かすKPI、成長のエンジンとなるKPIは何か(=両者をつなぐ管理指標)」—— これら経営の現場で繰り返し問われている課題に対して、インパクトが実質的な解を提供しうるのではないか、と今野は指摘した。

何らかの投資活動があり、インパクトの創出があるからこそ、自社の競争力が何者であるのかが明らかになる。その競争力を向上するために何を追わなければならないのかを連鎖的に解明し、そこに的確にスコープを当てた行動や投資の最適化を行い、将来財務の向上へとつなげる。そうした関係性を数字のモデルとして解明していくことが、今後の核心的なテーマである。

Corporate Finance & Transformation Strategic Unit, Principal 今野 愛美

アサヒグループホールディングスの実践 ― 4年間の共創が示す実装の現在地

アサヒグループホールディングスSenior Managerの勝島 宏信氏は、同社が「サステナビリティと経営の統合」を掲げ、インパクト可視化を経営管理の基盤として位置づけていると説明した。

同社のインパクト可視化の取り組みは、4つのステップで体系化されている。第1ステップは「価値関連図の作成と仮説検証」であり、サステナビリティ活動が企業価値向上にどのようにつながっているかの相関関係を把握する土台的な業務にあたる。第2ステップは「社会インパクト・事業インパクトの定量的可視化」であり、価値関連図で示した各活動がどのようなインパクトを創出しているかを数値として捉えるフェーズである。第3ステップは「企業価値向上への効果の可視化」であり、定量化されたインパクトがいかに企業価値の向上につながっているかを分析する段階に入る。そして最終的な第4ステップとして「インパクトドライバーの特定」を据え、重要な指標を見極めることで経営管理の高度化やステークホルダーエンゲージメントの強化に資するアウトプットを生み出すことを目指している。

図2 インパクトの可視化 アウトライン(アサヒグループモデル)

注目すべきは、この体系を「現場目線」と「本社機能」の2つのラインに分けて運用している点である。価値関連図のうち、活動からインパクトの創出までは現場の事業会社が主体的に取り組む領域として位置づけ、インパクトから企業価値向上への接続は本社機能が担う領域として切り分けた。その理由について勝島氏は、「現場の方々はアカデミックなことよりも、実際に実装していくことが重要であり、自分たちが事業インパクト・社会インパクトを出していく行動に集中してもらうため」と述べた。加えて、企業価値への接続部分は全テーマに共通する要素であるため、考え方が部門ごとに異なることなく統一的に運用されるべきだという判断もあったという。

図3 2024年度版価値関連図(環境を一部抜粋)

価値関連図のテンプレート化にあたっては、実務上の重要な知見が共有された。数年間の試行錯誤を経て、勝島氏は「複雑にボックスを作って迷走するよりも、シンプルにしたほうが実際に分かりやすい」という結論に到達したという。グループ全体への展開を見据えると、運用しやすいフォーマットでなければ現場では作れないという現実的な制約もある。そこで、ボックスや矢印を描き始める前に、戦略の柱、活動、アウトプット、アウトカム、インパクトという流れで頭の中を整理するテンプレートを先に用いるプロセスを導入した。

ただし、このテンプレートを使っても、現場の理解を得ることは容易ではないと勝島氏は率直に認めている。「どれがアウトプットで、どれがアウトカムで、インパクトとはどれなのか」という区別は現場にとって直感的ではなく、とりわけ社会インパクトの特定は難航した。現場の議論はすべて事業インパクトの話に収斂しがちであり、「受益者が誰なのか、誰にとってのインパクトか」を明確にしながらテンプレートを完成させていくプロセスが必要であるという。

企業価値への接続 ― 「証明に至らず」が照らす構造的難所

勝島氏の講演で最も示唆に富んでいたのは、企業価値向上への効果の可視化(第3ステップ)に関する率直な報告である。同社は「プラスの効果」と「ニュートラルの効果(リスクの回避・低減)」の両面から検証を試みた。

プラスの効果については、2024年までに①株主資本コストとESG外部評価の関連性分析、②創出した環境などの社会インパクトがコミュニケーションを介して購買行動に与える影響分析を実施したが、いずれも「証明に至らず」。前者はデータのばらつき、後者は日本のエシカル消費意識の低さ(価格・味の影響度が大きい)などが要因とされた。

そこで同社は発想を転換し、ニュートラルの効果、すなわちサステナビリティ活動がリスクの回避や低減に寄与しているのではないかという仮説に基づく検証に着手した。具体的には「サステナビリティ活動を十分に実施していない仮想アサヒグループ」を設定して財務指標で比較分析を実施。ROIC・ROEでは明確な差を検出できなかったものの、PERでは一定の有意性の可能性を示唆する結果が得られたという。

アサヒグループホールディングス Senior Manager 勝島 宏信氏

グローバル標準化の潮流 ― VBAが示す「2035年」への道程

Value Balancing Alliance e.V.(VBA) CEOのクリスチャン・ヘラー氏の講演は、インパクトの経営実装が個社の取り組みにとどまらず、国際的な標準化の流れの中に位置づけられるべきものであることを明確にした。VBAは約30社の国際企業が参加する非営利組織であり、企業が創出する価値をいかに測定・管理するかを実務の観点から検討している。

図4 Brief history of impact valuation and VBA

ヘラー氏が強調したのは、企業が社会に対して創出しているインパクトは、将来の財務的リスクと機会に他ならないという認識である。この認識に基づけば、温室効果ガス排出量を何百万トンと開示するだけでは不十分であり、それを貨幣単位に変換して初めて経営者は傾聴し始めると指摘した。同氏がドイツの化学大手BASFにおいてこのシステムを構築した経験から、ESGデータにバリュエーションファクターを乗じて貨幣換算するというアプローチが、資本配分の判断に直接的な影響を与えうることも併せて語った。

国際的な標準化の動きとしては、キャピタルズコアリションの下に設置されたImpact Value Standards Board(IVSB)が、ハーバードビジネススクールのIFVI(旧IWAI)の流れを汲んで標準策定を進めている。加えて、イギリスのビジネスコミュニティが主導するISO 32210(サステナブルファイナンス領域)、OECDによる自然資本会計のプロセスという、少なくとも3つの国際的な標準化プロセスが並行して進行している。ヘラー氏は、OECDのプロジェクトが欧州委員会の支援を受けており、その推進者がCSRD規制にも類似の思想を埋め込んでいることを指摘し、規制レベルでの連携が水面下で進みつつあることを示唆した。

投資家サイドの動きとしては、前述のエフェクチュアルキャピタル(ロレックス創業者一家のファミリーオフィス)がインパクトデータのみに基づく資本配分を実践し、そのポートフォリオがMSCI Worldを数年にわたりアウトパフォームしているという実績が紹介された。あわせて、Bloombergをはじめとする主要データプロバイダーがインパクト関連のインデックス組成に着手しており、規模はなお限定的ながら、機関投資家の運用判断にインパクト指標が織り込まれる流れが着実に拡がりつつあるとヘラー氏は述べた。

こうしたグローバルな潮流は、日本においても規制対応として実装段階に入っている。国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)の基準と整合する日本版基準を策定するサステナビリティ基準委員会(SSBJ)は、2027年3月期からプライム市場上場企業(時価総額3兆円以上)を皮切りに段階的な強制適用を開始する予定である。「サステナビリティに関するリスクと機会の財務的影響」の開示は、近い将来、日本の主要企業にとって経営上の必須要件となる。ヘラー氏は、「今こそ準備し、こうした国際的な標準化プロセスに自社の実務知見を反映させていくチャンスがある」と、日本企業の主体的な関与を呼びかけた。

Value Balancing Alliance e.V. CEO クリスチャン・ヘラー氏

アカデミックな視座からの補強 ― 柳良平氏が示す「蓋然性」の根拠

柳氏はラップアップコメントで、アサヒグループホールディングスの実践とヘラー氏の講演をアカデミックな視点から補足した。個社レベルでインパクトと企業価値の因果関係を直接証明することは難しい一方、ESG評価と株主資本コスト、温室効果ガス削減とPBR・時価総額の関係など、マクロデータに基づく研究では一定の相関が示されていると説明。さらに、インパクト会計のグローバルベストプラクティスに日本企業が複数選出されていることに触れ、日本がこの領域をリードしうる可能性を示した。

柳氏はまず、アサヒグループホールディングスのMSCI ESG格付けがAAであることに着目し、マクロデータの回帰分析に基づけば、日本の大企業平均(BBB)に対してAA格付けを取得していることは株主資本コストを約30ベーシスポイント(0.3%)低減する効果に相当すると指摘した。これを企業価値やマーケットキャピタリゼーションに換算すれば数千億円規模の価値創出に相当するというのが、アカデミックな解釈としての見立てである。勝島氏が「証明に至らず」と謙虚に述べた個社レベルの分析の背後に、マクロデータではすでに一定のエビデンスが存在していることを補足する形となった。

柳氏はさらに、インパクト会計の課題として「直接的に株価や企業価値との関連性を個社別に証明することが難しい」点を認めつつ、ドイツのアウクスブルク大学のマルコ・ミルケンス教授がエフェクチュアルキャピタルと連携して約7500社・10年分のデータで実施した回帰分析においても、スコープ1・2の温室効果ガス削減とPBRないし時価総額との相関関係が証明されていることを紹介し、企業価値との接続に関するアカデミックなエビデンスが国際的に蓄積されつつある現状を示した。

日本のポジションについても柳氏は重要な視座を提供した。IFVIが選定したインパクト会計のグローバルベストプラクティス12選において、日本企業が3社選出され、国別では世界1位であったという事実は、日本がこの領域で決して後発ではなく、むしろリーダーとなりうるポテンシャルを有していることを示している。アメリカがESGやインパクトのバックラッシュで揺れ動く中にあって、ヨーロッパに加えて日本がインパクト会計を推進する実務の国として重要な役割を担いうる。

アビームコンサルティング エグゼクティブアドバイザー 柳良平氏

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