日本IP業界における価値最大化の課題とマネジメントの方向性

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2026.07.10
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日本では、製作委員会方式をはじめとする独自のビジネスモデルのもと、多くの世界的IP(キャラクターやゲームの版権・著作権)が生み出されてきた。漫画、アニメ、映画、ゲーム、キャラクターなどの多様なジャンルで独創的かつ高品質なIPを生み出せることは、これまでの日本の産業構造やクリエイターを育てるノウハウがあってこそだと考える。
一方で、グローバル競争の激化、顧客接点の多様化、AIの進展により、ヒット作品を継続的な事業価値へとつなげる難易度は高まっている。アビームコンサルティングでは、クライアントの支援を通じて、日本発IPは高い潜在力を持ちながらも、権利の分散、データ活用の不足、全体最適を担うマネジメント機能の不在により、その価値を十分に収益化できていないと捉えている。

本インサイトでは、日本のIP業界の構造課題を整理したうえで、IP価値最大化に向けたマネジメントの方向性を提示する。

執筆者情報

  • 久保田 圭一

    Principal
  • 伊藤 亮太

    伊藤 亮太

    Senior Manager

日本発IPが世界で支持されてきた要因

近年、日本発のアニメ・漫画・ゲームなどのIPは、世界規模で熱狂的な支持を獲得している。市場拡大を牽引してきたのは、ジャンルとターゲット層の幅の広さである。他国の作品が子ども向けや特定ジャンルに偏りやすいのに対し、日本のアニメは学園・SF・ファンタジー・アクション・ミステリーなど多彩なジャンルを展開し、幅広い世代に届いてきた。

さらに、成長・友情・努力・勝利といった普遍的なテーマを軸とすることで、流行に左右されず長く愛される作品が生まれてきた。こうして築かれた世界観があるからこそ、映像・ゲーム・商品化・イベント・コラボレーションなど多面的な展開が可能となる。

ではなぜ、日本では多様なIPを生み出すことができているのか。背景の一つには、IPビジネスに関わる企業層の厚さがある。アニメ制作会社・出版社・ゲーム開発会社・玩具メーカーなど、大企業から中小企業まで多様なプレイヤーが共存し、それぞれの強みを活かし合うことで多彩なIPが生まれてきた。

こうした多層的な企業群によるヒット創出を支えてきたのが、製作委員会方式と呼ばれる分業型の製作スキームである。複数企業の共同出資により、リスクを分散しつつ専門性を結集することで、制作・配信・興行・商品化・宣伝を効率的に推進する体制が築かれ、幅広い作品を生み出し世界へ展開する原動力となってきた。

一方で、グローバル競争の激化、顧客接点の多様化、AIの進展などにより、製作委員会方式が抱える構造的な課題も浮き彫りになりつつある。

IPビジネス戦略の重心の変化

IPビジネス市場の拡大により、IPの価値の捉え方が変わってきた。競争の重心が「創ること」から「どう育て、どう回収し、どう持続させるか」へと移行している。
従来は一時的なヒットの大きさが重視される傾向があったが、現在はファンとの関係性を継続的に維持・深化させ、LTV(顧客生涯価値)の観点で価値を育てることが重要な論点になっている。そのため、短期収益の最大化と、中長期的なブランド・ファン価値の育成を両立させる意思決定がIPビジネスの成否を左右する。

海外のプラットフォーム企業やグローバルIPホルダーは、制作・流通・商品化・マーケティング・ファン接点を統合的に設計し、IPを長期資産として運用する方向へと向かっている。IPを長期にわたり育てていくためには、市場の反応を捉えながら、商品化・ライセンス・体験事業などの展開を一体として動かしていくことが求められる。海外の大手エンタテインメント企業の多くは、これらの機能を自社内に備えることで、IP全体に関する判断を社内で一貫して下せる構造を築いてきた。
一方、日本の製作委員会方式は、複数の企業が役割を分担することで、リスク分散と多面的な展開を可能にしてきた。こうした強みを持つ仕組みであるが、IPを長期資産として育てていく観点に立つと、IP全体としての方針判断や、市場反応を踏まえた展開の見直しにおいては、関係企業間の調整に時間を要しやすい。作品の人気が高くても、こうした判断プロセスの違いが、IP価値の長期的な運用力や収益化の幅に影響を及ぼしうる。

また、顧客接点の急速な拡張も、IP価値最大化を難しくしている。従来の映像作品や商品化に加え、配信サービス、SNS、リアルイベント、ゲーム、越境EC、企業コラボなど、IPが価値を発揮する場は大きく広がった。接点が増えること自体は機会の拡大であるが、その分、「どこに重点投資すべきか」「どの順番で展開すべきか」「どの市場・顧客を優先すべきか」という判断は複雑になる。接点ごとに最適化された施策が、必ずしもIP全体の価値最大化につながるとは限らない。

こうした環境変化を踏まえると、IP価値の最大化は一部門や個別施策の論点ではなく、経営として統合的に向き合うべき課題と言える。

日本のIP業界における構造課題

日本のIP業界が価値最大化に向けて直面している課題は、単に権利が複数主体に分かれているという点にとどまらない。本質的には、分散構造の中でIP全体を見据えた判断が行いにくいことにある。特に重要な構造課題は、「権利と運用の分散」「施策とデータの分断」、そして「仕組みの弱さ」に集約される。

分散構造がもたらす難しさ

日本のIP産業を支えてきた製作委員会方式は、制作費負担の軽減、各社の専門性の活用、リスク分散といった観点で合理性を持つ仕組みである。一方で、IP価値最大化の観点では、法的権利が分散するだけでなく、「何を優先すべきか」「どのように展開すべきか」という運用上の判断も分散しやすくなる。

このとき問題になるのは、各プレイヤーが自社の収益や事業上の合理性に基づいて判断すればするほど、IP全体としては部分最適に陥りやすいことである。商品化、配信、イベント、海外展開など、それぞれの施策には個別の合理性があるが、IP全体の価値向上にどう寄与するかを統合的に捉える視点がなければ、施策は点で終わりやすい。

近年は、IP活用領域がさらに広がっているため、判断負荷も増大している。二次利用、コラボレーション、越境展開、デジタル施策などの選択肢が増えるほど、「何を打つか」だけでなく、「何を先に打つか」「何を打たないか」を含めた意思決定が重要になる。ところが、その判断を担う視点や機能が不在である場合、結果として短期収益が見込みやすい施策や、関係者間で合意しやすい施策に流れやすくなる。

支援現場で見られる代表的課題

こうした構造課題は、支援現場ではより具体的な形で表れている。主な課題は3つある。

(1)施策が案件単位で進み、IP全体の方針とつながりにくい

商品化、イベント、販促、コラボレーションなどが個別には成立していても、「このIPをどの市場で、どの顧客に、どの価値で伸ばしていくのか」という上位方針が曖昧なまま進むと、施策同士の相乗効果が弱くなる。短期的な売上は立っても、IP全体として何を積み上げたいのかが見えにくくなりやすい。

(2)データが存在していても、意思決定に使える形になっていない

購買データ、ECデータ、イベント来場データ、SNS反応、ファンコミュニティの声、海外販売実績など、情報そのものは一定程度存在している一方で、部門別・委託先別・チャネル別に保持され、横断的に見られていないケースが多い。加えて、粒度や更新頻度が揃っておらず、「どの市場を優先すべきか」「どのカテゴリを伸ばすべきか」「どの顧客層を重視すべきか」といった判断に直結する形で整理されていないことも少なくない。

(3)判断の仕組みが整わず、属人的・短期的な意思決定に偏りやすい

関係者が多い環境では、「最も価値を伸ばせる打ち手」よりも、「合意を取りやすい打ち手」「既存体制で回しやすい打ち手」が優先されやすい。展開方針や投資判断が特定の担当者や関係者の経験則に依存している場合、「なぜその商品化なのか」「なぜその地域展開なのか」「なぜそのコラボなのか」といった判断理由が形式知化されず、再現性も持ちにくくなる。その結果、成長機会を取り逃すだけでなく、目的の定義がなされないまま施策だけが走り、DXや基盤整備自体が目的化してしまうという副次的な弊害も生じる。

これら3つの課題は個別に存在するのではなく、「方針→データ→判断」が連動しない構造として相互に絡み合い、IP価値の最大化を阻む根本要因となっている。だからこそ求められるのは、個別施策の改善ではなく、IP全体を見据えた統合的なマネジメント基盤の構築である。

IP価値最大化に向けて求められるIP司令塔機能

前章で述べた課題に対して、今後ますます重要になるのが、IP価値最大化に向けた「IP司令塔機能」である。ここでいうIP司令塔とは、特定の部署名を指すものではなく、IP全体の価値を定義し、複数の施策・投資・展開方針を統合的に判断する機能を指す。

IP司令塔機能とは何か

IPを「作品」ではなく「事業資産」として捉えると、作品の魅力を高めるだけでなく、そのIPがどの市場で、どの顧客層に、どのような価値を発揮し、中長期でどのような収益・ブランド資産を生み出すのかを見極める必要がある。この観点に立てば、IP司令塔機能とは、個別施策の調整役ではなく、IP全体の価値向上に責任を持つ判断機能であると言える(図1)。
ここで重要なのは、従来の製作委員会方式そのものを否定するものではないという点である。製作委員会は、専門性を持つ複数のプレイヤーが実行を担う仕組みとして、依然として合理性を持つ。問題は、その実行を全体最適へと導く判断の仕組みが十分に整っていないことにある。
したがって必要なのは、「製作委員会=実行の仕組み」「IP司令塔=判断の仕組み」として両者の役割を切り分けたうえで、判断と実行が連動するプロセスを設計することである。

図1 課題解決に向けたIP司令塔機能

求められる役割と、それを支えるデータ・AI

IP司令塔機能には、少なくとも3つの役割が求められる。

(1)IP価値を定義し、成長の方向性を明確にする役割

どの市場を優先するのか、どの顧客接点を強化するのか、何を変え、何を変えないのか。こうした方針が明確でなければ、各施策は個別最適になりやすい。IP司令塔機能は、作品の魅力やファン基盤を踏まえながら、IP全体としての価値の伸ばし方を定義する役割を担う。

(2)施策・投資の優先順位を判断する役割

商品化、配信、イベント、海外展開、ライセンス、コラボレーション、データ基盤整備など、IPを取り巻く打ち手は多岐にわたる。限られた経営資源の中で、どこに優先投資すべきかを、短期収益だけでなく、中長期的なブランド価値やファン価値も踏まえて判断する必要がある。

(3)分散した実行を、全体最適に向けて統合する役割

各部門・各プレイヤーが持つ情報や施策を統合し、IP全体の価値向上という共通目的のもとに意思決定を束ねることが求められる。求められるのは、個別施策の寄せ集めではなく、IP全体の価値を起点に実行を方向づける機能である。


こうしたIP司令塔機能を支えるうえでは、データの整備と活用が不可欠である。ただし、重要なのは単にデータを集めることではない。「どの意思決定のために、どのデータが必要なのか」を定義し、意思決定とデータ整備を一体で設計することが求められる。
加えて、今後はAIの活用も意思決定の高度化に向けた重要な要素になる。領域ごとのAI活用の一例を紹介する。

(1)ファン・市場理解の高度化

配信・購買・SNS・コミュニティ反応などのデータを統合し、生成AIやAIペルソナを用いて、市場ごとの嗜好や潜在需要の解像度を高める。グローバル配信プラットフォームに作品を提供する一方で、ファンデータがプラットフォーム側に蓄積されやすい日本の構造課題を踏まえれば、IPホルダー自身が顧客像を捉えるためのデータ・AI基盤を持つことの重要性は今後さらに高まる。

(2)ポートフォリオ・投資判断の精緻化

マーチャンダイジング領域(商品化計画)においては、AIを活用してSKU(最小管理単位)・価格・販路・販促に関する仮説精度を高めることで、限られた経営資源をどのIP・市場・施策に振り向けるべきかの判断に役立てることができる。

(3)施策検証・シミュレーション

商品投入やマーケティング施策の効果を、事前・事後に検証し、判断の再現性を高める。特に、地域差・所得差・嗜好差が大きい市場では、実績データだけでは捉えきれない潜在需要や購買反応を補完する手段として、消費者ペルソナをデジタル上で再現し、施策反応を仮想的にシミュレーションするアプローチへの関心が高まっている。

 

もっとも、AIはあくまで判断を高度化する手段であって、それ自体が目的ではない。重要なのは、IP司令塔機能のもとで、どの問いに対してAIやデータを活用するのかを明確にすることである。そうして初めて、テクノロジーはIP価値最大化に資する実装可能な手段となる。

日本IPが次の成長フェーズへ進むために必要なもの

ここまで述べてきた通り、日本IPが次の成長フェーズへ進むためには、従来の強みを維持しながら、業界構造とマネジメントのあり方を進化させていく必要がある。その方向性として重要なのは、以下の3点である。

(1)「創る力」に加え、「価値を定義し、判断し続ける力」を競争力にする

日本IPの強みは今後もクリエイティブ力にあるが、それだけでは十分ではない。優れた作品を生み出すことを前提に、その価値をどの市場で、どの顧客に、どの順番で広げ、どう持続させるかという判断力が、今後の競争力を左右する。IPビジネスの競争優位は、「創る力」から「価値を定義し、判断し続ける力」へと重心を移しつつある。

(2)分散構造を前提に、意思決定基盤を再設計する

日本IP業界の実態を踏まえると、権利や関係者が多層的に存在する構造を一足飛びに変えることは現実的ではない。だからこそ、その前提の中で全体最適を担保する判断の仕組みを設計する必要がある。実行の仕組みを活かしながら、IP司令塔機能を組み込み、意思決定を統合することで、分散構造のデメリットを補完していくことが重要になる。

(3)データ・AIを用いて、判断の質とスピードを高める

ファンの行動、消費者反応、市場特性、施策効果、海外市場動向などを踏まえて判断するためには、データ基盤の整備だけでなく、仮説構築、シミュレーション、意思決定支援にAIを活用する視点が必要である。経験や勘を否定するのではなく、それをデータとAIで補強し、より再現性の高い判断へとつなげることが、日本IPの競争力を高めるうえで重要になる。

 

これらを実装していくうえで鍵となるのは、構想、意思決定、実行、運用、検証を分断しないことである。短期的な収益獲得と中長期的なブランド・ファン価値の育成は、ときに相反するが、その両立を図るには、一貫した設計と推進が不可欠である。

アビームコンサルティングは、本領域において、テクノロジー起点の高度化支援と、構想から実装・定着までを見据えたハンズオン型支援の両面に強みを有している。データ・AI活用構想の策定、意思決定基盤の整備、部門横断の体制設計、施策実装に向けた推進支援などを通じて、IP価値最大化に向けたマネジメント高度化を支援していく。

とりわけアジア市場への展開支援においては、AIによる各国の消費者ペルソナのデジタルツイン化(各国の消費者像をAIで再現する手法)を推進している。構築したペルソナに対し、マーケティング施策を仮想的に実行した場合のイベント来場者やグッズ売上などをシミュレーションすることで、意思決定を支援するアプローチである。当社の現地法人で収集する“生の消費者データ”を活かした精度の高いペルソナを構築できる点が特徴であり、実際の販売データを継続的に反映することで、ペルソナの精度向上=シミュレーション精度の向上を実現する仕組みである。

日本が世界的なIP大国であり続けるためには、これまで培ってきた「創る力」を土台としながら、それを継続的な事業価値へとつなげる「判断する力」「動かす力」を強化していくことが不可欠である。今後も日本のIP業界構造の進化と持続的な価値創出の実現に向けて、構想から実装・定着まで一貫した支援を通じて貢献していきたい。


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