【イベントレポート】不確実な時代のサプライチェーン強靭化 ――リスクを先読みし、経営を動かす「次の一手」とは

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2026.05.13
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地政学リスクの高まり、感染症パンデミック、半導体不足――2020年代以降、「グローバル・サプライチェーンに国境はない」と言われてきた時代の常識が、根底から覆されようとしている。サプライチェーン断絶リスクが日常化した今、企業に求められる対応とは何か。2026年3月17日~19日に開催された「SCM-サプライチェーン マネジメント- ワールド」において、アビームコンサルティング サステナブルSCM戦略ユニット シニアマネージャー 阿部峻也が登壇。「サプライチェーン強靭化のための次なる一手 ~先進事例から学ぶ成功メソッド~」と題し、「事前準備」と「事後対応」の二軸でリスクに備え、経営を巻き込みながらサプライチェーンを強靭化するための具体的な方法論を解説した。その内容をダイジェストでお伝えする。

(本稿は、本セミナーを再構成しています)

SCMを取り巻く環境変化への対応策――3本の柱と、それを支えるAI基盤

新型コロナウイルスによるパンデミック(2020〜2023年)、ロシアのウクライナ侵攻(2022年〜)、半導体供給不足(2023〜2024年)――。これらは例外的な出来事ではなく、今後も繰り返す可能性の高い「新たな常態」だ。加えてAI・DXの活用加速、日本国内の労働力不足・物流問題も、SCM部門への負荷を増大させている。

このような環境変化のもとでは、従来のように個別最適でサプライチェーンを改善するだけでは対応しきれない。求められるのは、「事前に備える力」と「変化に即応する力」を一体で高めることである。こうした「サプライチェーン・デカップリング」と総称される一連の環境変化への対応策として阿部が示すのが、3本の柱からなる全体フレームだ(図1)。その柱とは、①リスクに強いサプライチェーンデザイン(SCD)と、②S&OPによるリスクヘッジ、そして③リスクが顕在化した際の実行調整である。フレーム全体から見て①~②は「事前準備」であり、③は「事後対応」に当たる。そして、これら3つの取り組みを横断的に支える基盤として、SCMへのAI適用がある。

次章からは、この3つの取り組みとAI活用の考え方について、具体的な事例や実践上のポイントとともに紹介する。

図1 環境変化に対する対応策

※ S&OP(Sales and Operations Planning):販売事業計画

デジタルツインとシナリオ比較で、サプライチェーンデザインの最適解を導く

リスクに強いサプライチェーンを「事前に設計する」=サプライチェーンデザイン(SCD)とはどういうことか。シンプルに言えば「どこでつくって、どこに運んで、どこで物を持つか」の全体像を描くことだ。阿部はその実践手法として、「デジタルツイン」と「リスクのスコアリング」を組み合わせたシナリオシミュレーションを紹介する。

まず、「デジタルツイン」については、ERPなどの社内システムからデータを収集し、生産拠点・物流ルート・在庫拠点をデジタル上に再現する。

同時に「リスクのスコアリング」では、リスク管理システムから外部のリスク情報(各国・各地点・各ルートのリスク指数)を取り込み、デジタルツイン上にマッピングする。これをもとにアルゴリズムによる最適化計算を行い、SCD=「どこでつくって、どこに運んで、どこで物を持つか」の複数のシナリオを比較検討する。

阿部は実際に企業から課題として相談を受けるケースの一例として、上海港の輸送遅延リスクへの対応を挙げた。

「ここでは、港湾ストライキなどで上海港経由ルートの断続的な輸送遅延リスクが高まった際に、①東南アジアからの供給量を増強する、②米国からの供給量を増強するという2つのシナリオをシミュレーションしました。リスク・コスト・在庫量を複数変数として最適化計算し、どのシナリオが最も合理的かを判断しました」(阿部)

ただし、机上のシミュレーションだけでは安心できない。どれだけ精緻な計算をしても、現地でのサプライヤーを見つけられなかったり、他の工場では技術的な問題で生産できなかったりといったケースがあるからだ。「シミュレーションと同時に、実行可能性も必ずセットで検討することが重要です」と、阿部は強調した。

図2 リスクを考慮したサプライチェーンデザインを事前に描く

経営を動かすS&OPプロセスの構築に向けた「4つの落とし穴と対策」

次に、阿部はS&OPの重要性が高まっている現状を指摘する。2010年代までは需要動向や原料価格が比較的安定しており、期初に立てた事業計画をSCM計画の微調整で達成することが可能であった。しかし現在では、期初の事業計画と直近のSCM計画が大きく乖離するケースが増えており、SCM計画をいくら高精度につくり込んだとしても、事業計画が未達に終わる状況が常態化しつつある。

ここで必要なのは、SCM計画を事業ポートフォリオの見直しと連携させ、経営層が戦略的な意思決定を行える新たなS&OPプロセスを構築することである。

「サプライチェーンをいかに高精度に設計しても、経営判断と連動していなければ在庫が積み上がり、キャッシュフローを圧迫する事態が繰り返されることになります。実際、私が経験した事例の中には、半導体部品の調達リードタイムが半年以上に延び、見込んでいた売り上げが実現しないまま部品在庫が膨らみ、企業のキャッシュフローを直撃したプロジェクトがありました」(阿部)

しかし、S&OPの実現には高い壁がある。阿部はその「4つの落とし穴と対応策」を以下のように述べる。

1つ目は、「収益性の可視化が難しい」という点だ。販売価格や製造原価といった金額情報は、営業部門や経理部門などが個別に管理しており、SCM部門では最新の金額情報を十分に把握できないケースが多い。その結果、SCM計画と事業収益にどのような影響を与えるのかを経営に示せず、意思決定につながらない。この対応策としては、会計・原価システムから財務データを収集したうえで、KPIや原価構成を起点に計算式を紐解きながらシミュレーション式を定義し、関連部門を巻き込みながら金額情報を一元的に扱えるデータ基盤を整備することが挙げられる。

2つ目は、「シミュレーション負荷が大きい」点だ。経営層に複数プランを提示するためにはそれぞれのプランが実行可能であることを担保する必要があり、生産能力や段取り替え時間などの制約条件を踏まえた生産計画を複数パターン作成することが求められる。その結果、計画精度を高めようとするあまり、担当者が徹夜対応を余儀なくされるケースもある。この対応策としては、段取り替え時間や仕掛かり在庫の保管スペースといった制約条件をあらかじめデータ化し、生産計画のシステムによって自動立案できる仕組みを可能にしておくことが有効である。

3つ目は、「経営層の巻き込み不足」である。需給調整の結果が事業収益にどの程度影響するのかをSCM部門が即座に示せなければ、経営層は適切な判断を下すことができない。こうした状況に対しては、「利益最大化」「稼働率最大化」など、あえて極端な比較プランを提示する手法がある。「ここから現状維持バイアスを崩し、段階的に計画変更の判断を引き出せるようになる」と、阿部はその効果に触れた。

そして4つ目の落とし穴が、「事業計画・部門予算との乖離」である。外部環境が変化してSCM計画と当初予算の乖離が拡大しても、予算修正が進まず、計画が形骸化してしまうケースは少なくない。対応策は、SCM計画を四半期・半期といったサイクルで事業予算に反映し、全社に展開するプロセスをルールとして明文化することが挙げられる。

図3 S&OP構築における実施施策

危機発生時のシームレスな実行調整――データ一元化で「情報断絶」を解消

事前の計画をいかに綿密に整備しても、突発的な危機は避けられない。重要なのは、そうした事態が発生した際の対応速度だ。

危機発生時には、「危機情報の把握→影響範囲の特定→調整対応」という3段階のプロセスを迅速に実行することが不可欠である。しかし、この各段階の情報が分断されていると、情報収集だけで多大な時間を要し、その間にも被害は拡大していく。結果として、納期遅延に関する顧客連絡の遅れによる受注キャンセルの発生や、欠品リスクを恐れた過剰在庫によるキャッシュフローの悪化、さらには緊急輸送によるコスト増といった問題が複合的に生じる。

「例えば大きな地震が発生したとき、どのサプライヤーが稼働しているか分からないまま電話をかけ続け、ようやく状況を把握してからシステムを開いて発注情報を確認し、代替サプライヤーを探すといった企業の例は少なくありません。その間にも被害は着実に広がっていきます」(阿部)

この問題への処方箋は、リスク管理システム、計画システム、基幹システム(BOM、仕入先情報、受注・購買情報など)のデータを一元化した「危機対応基盤」を整備することである。危機情報が後続業務へシームレスにつながることで、影響範囲の迅速な特定が可能となり、代替サプライヤーへの切り替えや製品納期調整などの実行調整を省力化・自動化できるようになる。

図4 危機情報と計画・基幹システムのデータ連動

SCMにおけるAI活用は、「判断を委ねる」のではなく「判断を支える」

ここまで紹介してきた事業環境変化への対応策の3本の柱である「SCD」「S&OP」「実行調整」は、AIの活用によってさらに高度化することが可能である。これにより、企業は変化への対応力を高め、結果として競争優位性を強化できる。しかし、阿部は、その前提として「AIの役割に対する正確な理解」が不可欠であると強調する。

「AIは需給調整の『魔法の自動化エンジン』ではなく、あくまで『人間による判断の補助』である点を忘れてはなりません。AIに期待すべき役割は、「認知の補助」「選択肢の生成」「影響度の評価」、そして安定した条件下での「判断の自動化(それも一部分)」の4つです。最終的な判断は、多くの場合、これからも人間の仕事として残ります」(阿部)

具体的には、例えば需要領域ではAIが需要予測値や外部要因の定量評価を提示し、人間がその結果を踏まえて予測の採用可否や需要創造の打ち手を判断する。また生産領域では、AIが制約条件を考慮したシミュレーションやボトルネックの特定を行い、人間が複数シナリオの中からどれを採用するか、増産・残業・外注を含む最終的な計画を決定する。調達・在庫領域においても同様に、AIが予測と選択肢を示し、人間がサプライヤー採用の最終判断やサービスレベルのポリシーを決めるといった住み分けが想定される。

将来の「AI Ready」な状態を実現するために、今から取り組むべきポイントとして、阿部は次の3点を挙げた。

「『どこを自動化するか』を考える前に、『どの意思決定を、どのように支えたいのか』を明確にすること。次に、AIが担う役割と人が担う役割を明文化すること。そして、AIが示した情報を実務プロセス(会議体やルール)にどう組み込むかを設計することです。この順番で考えることが、現実的で持続可能な改革につながっていきます」(阿部)

図5 製造業のSCMにおけるAIの役割

強靭なサプライチェーンに向けた「次の一手」を「3+1の構図」で探る

阿部は講演の締めくくりとして、これまで紹介してきた3つの取り組みの全体像を整理した。まず「リスク情報をデジタルツインに統合し、サプライチェーンデザインで最適なネットワーク構造を事前に設計する」こと。次に「S&OPプロセスを通じて短期リスクを経営計画に連携させ、事業ポートフォリオの見直しを経営層の意思決定につなげる」こと。さらに「危機発生時にはデータ一元化基盤を活用し、影響範囲を即座に特定したうえで、調整をシームレスに実行する」ことだ。加えて「これら3つをAIが支え、人間が意思決定に集中できる環境を整える」。この「3+1」の構図こそが、これからのサプライチェーン改革の鍵を握ると強調した。

「サプライチェーンの断絶リスクは、これからも予測不能な形で発生し続けます。重要なのは、何かが起きてから考えるのではなく、事前準備と事後対応の仕組みをあらかじめ整えておくことです。そのうえでAIをうまく活用することで、判断の質とスピードを高められると確信しています」(阿部)

不確実性が増す時代において、サプライチェーン強靭化に向けた「次の一手」は、デジタル技術と経営判断を有機的につなぐ仕組みづくりにある。今回示された阿部の提言は、その具体的な道筋を明確に示すものとなった。

まとめ

不確実性が常態化する中、サプライチェーンの強靭化は、もはやSCM部門だけの課題ではなく、事業継続性、収益性、顧客供給責任に直結する経営課題となっている。求められるのは個別機能ごとの対応ではなく、サプライチェーンデザイン、S&OP、危機管理などを全体最適の視点で設計することが欠かせない。

アビームコンサルティングは、SCM領域において、戦略構想、業務改革、データ・IT基盤整備、運用定着までを一体で支援してきた。ネットワーク再編や在庫配置最適化といったサプライチェーンデザイン、経営判断と接続したS&OP高度化、危機情報と基幹データを連動させた実行調整基盤の整備、さらにAIによる認知・分析・判断支援の実装など、多面的なテーマに対応できる知見と実行力を有している。

机上の構想に終わらせず、現場で機能し、経営成果につながる仕組みへと落とし込むこと。アビームコンサルティングは、企業ごとの事業特性やグローバルな供給構造を踏まえながら、強靭で持続可能なサプライチェーン変革を支援していく。


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