【IVC活動レポート】社会的インパクトの“測り方”と“語り方” -インパクト志向型経営管理の実現可能性-

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2026.04.24
  • 企業価値経営
  • 経営戦略/経営改革
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はじめに:社会的価値を“共通言語”で語るために

企業は社会に対してどのような価値を生み出しているか——。
いま、世界ではその価値を定量的に示す重要性が高まっており、日本国内においても先進的に取り組みをスタートする企業が増えています。こうした潮流の中で、当社は主要な参画企業4社とともに「インパクトバリューコンソーシアム(以下IVC)」を立ち上げ、日本におけるインパクト会計のデファクトスタンダード構築に挑戦してきました。本稿では、その取り組みから得られた知見の一部をまとめ、社会的価値を企業経営管理に融合するための新たな視座を提示します。
※IVCの目的や概要は下記URLよりご確認ください。
インパクト会計のデファクトスタンダード確立に向けた企業共創型コンソーシアム「Impact Value Consortium」を設立 | プレスリリース/お知らせ | ABeam Consulting

執筆者情報

  • 今野 愛美

    Principal
  • 太田  京世

    Senior Consultant
  • 小寺 彩乃

    Senior Consultant

1. 社会的インパクトの“測り方” ロジック汎用化 — 共通のものさしで社会的価値を捉える

インパクト会計をめぐっては、グローバルで共通ルール化に向けたフレーム整備が進んでいます。一方、企業の実務では、事業特性やデータ制約、各社が訴求したい社会的価値の違いに応じて、各社が独自の算出ロジックを構築しているのが実情です。もちろん自由演技の枠内において各社が捉える固有の社会的価値を定量化するという取り組みは、企業独自の戦略・成長ストーリーに沿った訴求を行う点で非常に重要かつ有効です。しかしながら、例え同一事業・製品を扱う企業間であっても、そこで定義される社会的価値や算出ロジックが大きく異なり、結果的に算出される社会的インパクトを単純比較することができない、恣意性が高すぎるといった課題をはらんでいたことも事実です。IVCではこうした課題への実務的な解を得るために、OECDが公表し、これまでインパクト会計の手法開発を推進してきたIFVI※1も参照する「Well-Beingフレームワーク※2」を参考に、計11タイプの社会的価値を類型化することから検討をスタートしました(図1)。さらに「ボリューム(人数 etc.)×金額換算係数×貢献率」という、インパクト会計における算出ロジックの基本構造に則りつつ、各社が共通して参照できる算出ロジックのベース構築(ロジック汎用化)にも同時にアプローチしました。こうした一連の取り組みを通じて、社会的価値の定義および算出ロジック構築における「共通のものさし」を整備しています。この取り組みを通じ、どの企業でも適用しやすく、多様なステークホルダーとの対話に活用することができる、企業目線の共通見解を獲得しています。

図1 社会的価値の一覧(類型化)

本稿では図1でハイライトしている3つの社会的価値をピックアップして、汎用ロジックの検討結果の一部をご紹介します。

1-1. #1_安全性の確保

協力企業 ※社名五十音順
アサヒグループホールディングス株式会社
日清食品ホールディングス株式会社

IVC では「安全性の確保」の中から労働安全衛生の確保による労働者の安全性をテーマとし、これらは「身体的安全性」と「心理的安全性」の2つの要素を内包しているものと定義しました。※3

従業員の身体的安全性・心理的安全性を確保し続けることは企業が遵守すべき責任です。一方、国外を含むサプライチェーン労働者の身体的安全性の確保が不足している点や、国内労働者の心理的安全性が十分に確保されていないという点など、社会と企業が連携し解消すべき課題が残っているのが現状です。これらの解消に向けた企業努力はまさしく社会的価値であるとして、IVCでは身体的安全性と心理的安全性のそれぞれに関する算出ロジックを構築しました。

■身体的安全性の算出ロジックについて
日本国内の労災による怪我の発生率は世界的にも低い水準であることから、基本的に日本企業は自社従業員の身体的安全性は確保できていると言えます。一方、国外を含むサプライチェーン労働者の身体的安全性の確保不足は、国際連合・厚生労働省も警鐘を鳴らす社会課題です。この課題解消に向けた企業努力は社会的価値として定義可能であり、企業ごとに取組み深度が異なることから社外にも発信できる要素だと考えられます。
身体的安全性が向上することは怪我・疾病の回避などの社会的価値創出に寄与します。IVCではその金銭換算方法をインパクト会計の先行研究(IFVIなど)と整合するよう、①労災により働くことができない期間の労働損失の回避、②労災による怪我・疾病の治療にかかる医療費の回避、③労災による従業員本人の健康価値毀損の回避という3つの要素に整理しました。サプライチェーン労働者における怪我・疾病の発生状況に関するデータの正確性や網羅性、怪我・疾病の回避に対する自社の貢献割合の定義や、どの時点との比較により企業努力を計測するかなど、インパクトウォッシュを避けつつも、インパクト算出の対象が自社の従業員でないからこその論点にも対応する形で、企業の視点から現時点で実現性がある算出ロジックを構築しました。

■心理的安全性の算出ロジックについて
日本企業における心理的安全性は国際的にかなり低い水準にあるとされており、これは個人や職場に限った問題ではなく、社会全体のイノベーションの停滞、労働生産性の低下、QOLの低下などを引き起こす社会課題とされています。
この社会課題に対し、自社従業員の心理的安全性が向上することで起きうる変化・発生する影響は3段階あると捉えており、個人の心理的安全性の向上は当該個人への影響を超え、所属企業、ひいては社会経済全体への影響を創出しうると考えます。
第1段階:従業員個人の心理的安全性が向上することによる当該個人のQOL向上
第2段階:QOLが向上した従業員個人の行動が変化することによる所属企業の事業価値拡大※4
第3段階:企業の事業拡大・取組深化による経済・社会全体への影響創出
IVCでは、まずは第一段階から社会的価値の定量化に取り組むべきと考え「第1段階:従業員個人の心理的安全性が向上することで得られる当該個人のQOL向上」に関する算出ロジックの検討を進めました。企業努力による従業員の心理的安全性の向上に関して、どの時点と比較してインパクトを算出すべきか、心理的安全性の向上によるQOLの向上をどのように金銭価値換算すべきかなどの論点を考慮した上で、算出ロジックを検討しました。(算出ロジックについては、次節1-2. #2_主観的幸福の実感を参照)
心理的安全性による効果を段階的に構造整理し、企業が今後労働安全衛生に関する取り組みを推進する際の大きな後押しとなり得る算出ロジックを構築したことは、一定の成果であると考えています。

1-2. #2_主観的幸福の実感

協力企業 ※社名五十音順
アサヒグループホールディングス株式会社
ANAホールディングス株式会社
大日本印刷株式会社
日清食品ホールディングス株式会社

OECDの定義※5を参考に、IVCでは主観的幸福を「感情」と「QOL」という2つの価値に大別し、感情は短期的な幸福、QOLは長期的な幸福を指すものと定義しました。
一方でWHO※6では感情をQOLの構成要素の一部として位置付けており、短期的な感情の積み上げによってもQOLに影響が生じるということが明らかにされています。こうした定義を踏まえ、我々はまず社会的インパクトの算出対象とする事業や製品が、「感情」と「QOL」のどちらを創出しているかを定義し、算出結果の重複を排除することを重視し検討を進めました。
結論として、IVCでは図2のように、“接点の長期⇔短期”ד価値創出の長期⇔短期” という2軸から整理される4象限のうち、自社の事業や製品がどの象限に該当するかを定めることで、感情とQOLの切り分けを実現すべきと捉えています。ただし、左上と右下のグラデーションになっている象限については、感情とQOLの両面に影響を与える領域であるため注意が必要です。仮に感情とQOLにおける社会的価値を明確に切り分けることが可能な場合は、双方の社会的インパクトを合算することが可能ですが、切り分けが難しい場合には、特に企業の戦略に合致する価値を特定したうえで、重複が生じないように、感情か QOLのどちらか一方のみを算出することが肝要です。

図2 感情とQOLのマトリクス表

■感情の算出ロジックについて
感情を定量化するにあたっての最も大きな障壁は金銭換算係数の定義です。
幸福感のような目に見えない価値を定量化する手法はいくつか存在するものの、中でも我々が着目したのは「WTP(支払意思額)」という考え方です。これは対象とする感情(図3)を明確に定義したうえで、「その感情を享受できるなら個人はいくら支払うか?」という観点から、感情そのものの価値を定量化する手法を指します。ここで定義した金銭換算係数を、各社の取り組みによって感情が想起された人数や、その感情が持続する時間等の要素に乗じる、こうしたプロセスを経ることで、各社が創出する感情の価値を定量化します。最後に検討すべきは、ここで定量化した感情の社会的インパクトは既に自社の売上に反映されている、つまり財務的価値ではないかという指摘への対応です。IVCでは、基準となる類似製品との価格差(=価格プレミアム)こそが、感情の価値を表しており、既に単価に反映されている財務重複額であると定義しました。この重複額を最終的に社会的インパクトから差し引くことで、明確に社会的価値と財務的価値を切り分け、ピュアに社会的インパクトを算出するという考えです。
もちろん感情には個人差があるため、各感情の定義をどう共通化するか、また感情の強弱をどのように加味するか等、今後も精緻化していくべき論点はあるものの、このように目に見えない感情の価値を定量化できる可能性を見出せたことは、IVCにおける大きな成果です。

図3 算出対象となる感情一覧 ※7

■QOLの算出ロジックについて
QOLの定量化においては「WELLBY※8」というイギリス政府が政策決定にも活用する指標を金銭換算係数として用いる方針です。これは10段階の人生満足度スコアを活用し、このスコアが1pt上がった(且つ1年間継続した)場合における金銭的価値を示す指標であり、これを感情と同じような、ボリューム・貢献率の考え方と掛け合わせることでQOL価値の定量化を実現します。
活用する場合、各社アンケート調査を通じたデータ収集が必要になる等の前提条件は残るものの、感情と同様に定量化の道標が示されたことにこそ意味があります。

1-3. #3_社会に対する経済的便益

協力企業 ※社名五十音順
ANAホールディングス株式会社
大日本印刷株式会社

IVCでは、「社会に対する経済的便益」を「生活の質向上につながる、国や地域の所得の増加」と捉え、自社活動によって引き起こされる国・地域の経済活動の活発化、およびそれらに付随する税収増加を社会的価値と定義したうえで、3つの算出パターンを整理しました。

■社会に対する経済的便益は社会的価値か?
そもそも社会に対する経済的便益は社会的価値といえるのでしょうか。自社の売上や利益の増加などといった経済的価値とどう切り分けるべきでしょうか。
先述のOECDによる「Well-Beingフレームワーク」では、Well-beingを構成する「Material Conditions(物質的条件=生活水準を決める要素)」の一要素として「Income and Wealth(所得と富)」、つまり人々が利用できる経済的資源の量を挙げています。IVCではこの考え方に則り、かつ一個人や企業にとどまらない社会全体に対する経済的資源の増加として「人々の生活の質向上につながる、国や地域の所得の増加」を社会に対する経済的便益と定義しました。
その中でも、地域全体の豊かさを底上げするための「経済活動活性化」と、公的機関が国民の生活や社会の維持のために提供するサービスの原資となる「税収増加」に着目し、以下3つの算出パターンを検討しました。これらのパターンは同時に算出・合算するものではなく、取り組み内容や活用目的に応じて、いずれかを選択して適用することを想定しています。

■算出パターン①:自社活動を通じた税貢献による国・地方の税収の増加
社会の公器である企業が、税金を支払うことで社会に貢献しているという考え方に基づき、自社が国・地方に納めた納税額そのものを社会的価値と捉えるものです。
日本企業での訴求事例は少ないですが、BBVA(スペイン拠点の総合金融グループ)※9等、欧州を中心とした海外企業では、自らの税支払い行為を社会貢献の一環と明示したうえで納税額を開示しています。

■算出パターン②:自社活動に起因する経済波及効果により発生する国・地方の税収の増加
自社活動の活発化は、自社のみならず他産業へも経済波及効果を及ぼします。当算出パターンは、第三者の産業連関の考え方を踏襲し、自社活動により発生した経済波及、特に粗付加価値誘発効果がもたらす税収想定額を社会的価値と捉えます。
粗付加価値誘発効果は、総合効果(生産誘発効果)から中間取引を除いた経済効果を示しており、GDPに直接寄与する部分となります。本算出パターンでは、粗付加価値誘発効果にGDPに対する税収比率を乗じることで、自社活動に起因する経済波及効果により発生する税収額を推定します。

■算出パターン③:自社活動を通じた地域社会の経済活性化
企業が社会課題を抱える特定地域に意志をもって人流・物流を生み出す活動をすることで、地域の消費額・所得の増加を促すという点を、社会的価値として評価します。
当算出パターンが適用される前提は以下の2点です。

  1. 対象の地域が、地域経済活性化により改善が期待できる地域課題を抱えていること(図4)
  2. 上記に対する企業の取り組みが、意図して行われたものであること
図4 地域課題例

IVCでは、上記の前提のもと、企業の活動を「移動させる対象(人・モノ)」と「対象の動き(地域外から流入・地域外へ進出・地域内で循環)」の2軸で洗い出したうえで、自社が直接的に社会的価値を創出しており、かつ地域への経済的還元が高いと考えられる以下の取り組みに対して算出ロジックの構築を行いました。

  • 観光客流入による地域内の消費の拡大
  • 移住者増加による地域内の消費の拡大
  • 地域住民を直接雇用することによる人々の所得額の増加
  • 地域事業者との取引による地場企業の収益増加

なお、本算出パターンでは、地域に帰着する経済的便益を社会的インパクトとして捉えることを基本とし、原則として地域の消費額・所得の増加を算出対象としています。
一方で、企業活動による経済的便益の主な帰着先が地域住民や事業者の消費・所得の増加ではなく、自治体財政を通じた公共サービスやインフラの維持等、地域の持続性の確保にある場合などは、地域活性化に伴って発生する税収の増加を社会的価値として定義・算出対象とすべきと結論づけました。

社会に対する経済的便益は多くの企業で定量化が望まれる一方で、社会的価値として体系的に整理・評価されてきませんでした。今回、経済的便益を社会的価値として明確に定義したことや、その価値を税収や地域経済活性化で測るための算出パターン検討、算出ロジック構築を達成したことは大きな成果です。


インパクト会計の国際的な推進団体であり、日本企業のインパクト推進に強い期待を寄せているVBAの “Christian Heller” CEOより、IVCの取組および本レポートに対して以下コメントを頂戴しております。

“As VBA, we are delighted to see the impact movement gaining strong momentum in Japan. We congratulate ABeam on the successful establishment of the Impact Value Consortium and the publication of your first Insight. As the understanding of value creation is closely linked to societal and ethical perspectives, we strongly support the contextualization of methodologies and their practical implementation in specific market environments. Staying closely connected to the global movement is essential—particularly for internationally operating businesses and integrated economies. We look forward to deepening our collaboration with the Japanese business community—and with ABeam in particular—to help make impact and value accounting the new standard for measuring corporate value creation.”
Christian Heller, CEO Value Balancing Alliance e. V. 

CEO Value Balancing Alliance e. V. and logo of  Value Balancing Alliance


※1 International Foundation for Valuing Impactsの略

※2 General Methodology 2: Impact Measurement and Valuation Techniques - IFVI(2025/12/23時点)を参照

※3 「#1_安全性の確保(身体的・心理的安全性)」は、身体・精神的な疾患の予防・改善を目的とする「#4_心身の健康維持と増進」とは異なり、労災等による身体的毀損の回避や心理的安全性による心の豊かさの確保を社会的価値とする点に独自性がある。また、休暇確保や長時間労働削減を通じた公私の両立を目指す「#6_ワークライフバランスの向上」とも、#1は職場内における心身の安全・安心、およびそこから生まれる満足度の向上そのものを社会的価値とする点で性質が異なる。そのため、#1,#4,#6は別の社会的価値の類型としてIVCでは整理。

※4 第2段階による効果は企業個社の事業価値に直結し、社会的インパクトは生み出されないものと整理。

※5 OECD Guidelines on Measuring Subjective Well-being (2025 Update) | OECD(2025/12/23時点)を参照

※6 WHOQOL - Measuring Quality of Life| The World Health Organization(2025/12/23時点)を参照

※7 Quantifying the Value of Emotions Using a Willingness to Pay Approach(2025/12/23時点)を参考にABにて整理

※8 The WELLBY Well-being Valuation Method in the United Kingdom | OECD(2025/12/23時点)を参照

※9 Informe-Contribucion-Fiscal-Global-2024_ENG.pdf(2025/12/23時点)を参照

2. 社会的インパクトの“語り方” ストーリー検討 — 企業価値向上への貢献の可視化

2-1. 社会的インパクトを価値へ転換する“語り”の必要性

社会的インパクトは、一定の枠組みに基づき金銭換算することで、企業横断での比較可能性や定量的な把握が可能となります。一方で、それが直ちに経営判断や企業価値評価に織り込まれるとは限りません。実際には、社会的インパクトを金額として算出・開示しているにもかかわらず、投資家からの評価や社内の意思決定に十分に活用されず、ステークホルダーとの対話の深化にもつながっていないケースが見受けられます。なぜこのような事態が生じるのでしょうか。

①ステークホルダーごとの目的と関心事のばらつき
社会的インパクトの基本的な概念については一定の共通認識が形成されつつある一方で、「何を成果とみなすか」「どの粒度・時間軸で評価するか」「企業の貢献をどこまで認められるか」「いかに企業価値に寄与するか」といった着眼点の多様性が依然存在しています。
例えば投資家であっても、社会的インパクトが将来のキャッシュフロー創出やリスク低減にどのように寄与するかという観点を注視する場合もあれば、その算出根拠や正確性、コーポレートブランドへの貢献や新規事業機会創出の可能性などを注視する場合もあり、どのような判断をすべく社会的インパクトを活用するかは多種多様です。このような目的と関心事の多様性は、同一の社会的インパクトであっても受け手によって意味が異なる状態を生み、結果として企業の「語り方」を困難にするのです。

②企業側の「語る目的」の非統一
社会的インパクトを語る目的が、企業内部で明確になっていないケースも少なくありません。自社が訴求したいことを伝えるための開示手法の一環としてインパクトを活用することも重要ですが、開示そのものが目的化することは避けるべきです。開示はあくまで何らかの目的を達成するためのプロセスであり、その結果としてどのような成果を得たいのかという、企業としての不変的かつ強固な目的・ゴールの設定が非常に重要になってきます。

③経済的価値、企業価値との非連関
算出された社会的インパクトが企業の将来成長やリスク低減、競争優位の確立といった企業価値ドライバーにどのようにつながるのかが示されないケースも多く存在します。投資家が企業価値評価に織り込むためにも、また企業が社会的インパクトを用いた意思決定を進めるためにも、社会的インパクトがあるからこそ示すことができる将来成長を、より現実的に語る必要があります。

④現場業務、現場価値観との不整合
社内においても、社会的インパクトが経営管理に十分に組み込まれていないケースが見られます。単に社会的インパクトを数値として把握するだけでは現場の事業KPI・KAIとの接続がなされず、従業員にとっては自らの業務との関係性が見えません。その結果、現場の行動を変える指標とはならず、経営管理指標としても機能しない状態に陥ります。

今後、社会的インパクトの「測り方」については、国際的な枠組みによって一定の標準化が進むことが想定される一方で、「語り方」は企業ごとの戦略や事業特性、ステークホルダー構造に強く依存するため、標準化が困難な領域として残り続けます。
だからこそ、社会的インパクトを語るにあたっては、データの正確性や算出根拠の妥当性を適切に開示・説明することを前提としつつ、定量化した金額をいかに解釈し、企業価値と接続して語るか、すなわち「構造化された語り」ができるかが、今後の企業にとって重要な論点となります。
ひいては、これこそが社会的インパクトを実際の価値創出へと転換できるか否かを分ける決定的な要素となるのです。

2-2. 社会的インパクトを企業価値へ転換する「語り方」とは

「構造化された語り」を通じて社会的インパクトを実際の価値創出へと転換するためには、当該インパクトがどのような経路を通じて企業価値へと至るのかを明確化することが不可欠です。

前提として重要なのは、そもそも企業がどのような意図をもって社会的価値を定義しているかという点です。企業は、自社だからこそ創出できる社会的価値をいかに導出し設定すべきでしょうか。当社は社会的価値の定義にあたり、「社会課題―市場―戦略―競争優位―事業活動―業績指標」という一連の接続を背骨として整理すべきと考えます。
社会的価値創出の裏側には何らかの社会課題が存在します。では自社の活動がどのような社会課題解消に寄与するか、その課題の裏にはどのような市場が広がっており、それを攻略するためにどういった戦略を立て、自社の競争優位をどう活用しながら事業活動を行うか。そしてその結果として業績指標にどれほどの影響を与えるかといった一連の整理を行うことでこそ、社会的価値の創出と自社の企業価値との関係が明確になるのです。

図5 社会課題と業績指標の接続

自社の社会的価値の創出と自社の企業価値との関係を語る際に重要となるのが、社会的インパクトの構成要素と自社戦略や事業KPIとのつながりを示すことです。
社会的インパクトの算出ロジックは、複数の要素の掛け合わせで構成されますが、それら構成要素一つ一つの変化が、どの事業KPIにどの程度連動するのかを示すことは、社外ステークホルダーへの訴求に有効です。例えば、感情に関する社会的インパクトを例にとると、構成要素であるボリューム、すなわち「感情を抱いた人数」の増加は、顧客数・利用者数の拡大に直結し得ます。また、金銭換算係数として用いる「感情1時間当たりの支払意思額(WTP)」や、その持続時間を示す「感情の持続時間」の向上は、ブランド価値の向上を通じて顧客満足度やリピート率の改善をもたらし、ひいては製品・サービス提供数の増加につながります。これらの結果は売上および収益力の向上を通じて、最終的には企業価値の向上へと結びつきます。
また社会的インパクトの開示が顧客・投資家・従業員といったステークホルダーのどのような行動変容を生むかを仮定し語ることも重要です。例えばこうした社会的インパクトの対外発信は、購買意欲の向上を通じた顧客の獲得・維持や、就職先としての選好度の向上を通じた優秀人材の獲得、さらにはそれらによる投資家の投資意向・評価の向上を経て、将来価値への期待を醸成する要因ともなります。さらに、従業員に対しては、これら一連の関係性を示すことで、自身の業務が社会的インパクト創出にどのように貢献しているか、また設定されたKPIとどのように接続しているかの理解を促し、行動変容を引き起こすことが可能となります。

図6 ケイパビリティ起点のKPIツリーと社会的インパクトの関連

こうした「構造化された語り」こそが、自社戦略やKPIと社会的インパクトの整合性を担保する新たな経営管理ツールとなり、最終的には社会的インパクトを実際の価値向上に転換するための鍵となるのです。

3. おわりに

インパクトを取り巻く動きは大きな変革期に差し掛かっています。「測り方」の普及や統一にとどまらず、社会的インパクトを経営管理に組み込み、企業の意思決定に繋げることの重要性が高まっています。
IVCは、国際的な潮流とそれらの社会実装事例双方を推進しながら、企業が社会に与えるインパクトを定量的かつ比較可能な形で提示・活用できるよう、日本発の実践的モデルとして、今後も検証と共創を継続していきます。


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