6つの失敗パターンを教訓に 持株会社化によるガバナンス強化のポイント

インサイト
2026.01.05
  • 経営戦略/経営改革
  • M&A
1252669785

【この記事のエッセンス】

  • 持株会社化は、単なる制度導入や組織改編ではなく、企業の意思決定構造=“経営のOS”を刷新する取組みである。
  • 成功の鍵は、ガバナンス強化を目的化せず、資本・人材・情報・支援機能の一体設計と取締役会の戦略会議化により、価値創造に直結するしくみを構築することである。
  • 失敗パターンを教訓に、目的の明確化やKPI設計、現場の裁量拡大、変化への柔軟な対応力を重視した“動かすガバナンス”への転換が求められる。

※旬刊経理情報 2025/12/10 特大号に寄稿したもの

執筆者情報

  • 嶋村 貴史

    Principal 財務戦略・構造改革戦略ユニット長

持株会社のガバナンス-「止めるガバナンス」から「動かすガバナンス」へ-

(1)持株会社化の進展とその背景

いま、多くの企業がこれまでの延長線を超え、経営の“型”を抜本的に変える挑戦に乗り出している。これは単なる組織改編や流行りの経営手法ではなく、企業のOSそのものを入れ替えるような大きな変革である。

ここ数年、持株会社化(ホールディングス化)の動きは再び加速している。大和総研の集計によれば、2023年9月末時点で670社以上の上場企業が持株会社であり、上場企業全体の15%超を占めるまでに増加している(注)。この数字は、単なる制度導入の増加を示すものではない。背景には、「変化に乗り遅れると、企業は生き残れない」という共通認識がある。
市場構造はめまぐるしく変わり、産業の境界は曖昧になった。国内外の競争は激しさを増し、資本市場は“成長性”と“資本効率”の両立を求める。かつては数年越しの戦略で十分だったテーマが、今や四半期単位での意思決定と検証が当然となった。
このような環境のなか、従来の「本社-事業部」モデルでは、分権と統制のバランスは保てず、機動力や資本効率の確保も難しい。どの事業に投資し、どこから撤退するのか、誰を次の経営者として育て、どの市場で戦うのか――こうした問いには、もはや過去の延長線上では答えられなくなっている。

持株会社体制は、これらの問いに対する1つの解である。親会社は資本政策と人材・方針の設計に集中し、子会社は市場での競争に専念する。監督と執行を明確に分離し、統一された方向性と分散された俊敏さを両立させる体制である。しかし、形を整えただけでは企業は動かない。制度は“器”にすぎず、企業を動かすのは“意志”と“しくみ”である。
持株会社化の本質は、意思決定の精度と速度を高めるための組織能力を強化する行為である。
実際の経営会議では、事業ポートフォリオ再設計、資本配賦、参入と撤退の判断、グループ人材の選抜とローテーション、海外子会社の統治など、さまざまな論点が同時多発的に発生している。持株会社化は、それらを場当たりの議論で終わらせず、持続可能なシステムとして実装する、いわば“経営OSの刷新”である。
さらに今日では、資本市場からの圧力と、サステナビリティ開示の高度化といった外部要因により、企業の「経営の作法」そのものを変えつつある。いまや企業には、単に製品やサービスの質を高めるだけでなく、将来の成長戦略や価値創造のプロセスを投資家やステークホルダーに明確に示し、現場で実効性のある経営を実現することという三層の要請に同時に応える経営体制が求められている。
その両輪をつなぐ回路として、持株会社体制が再び注目されているのである。

(注)大和総研(2023)『持株会社化の近時動向』(株)大和総研
https://www.dir.co.jp/publicity/magazine/u2m68r0000007ka2-att/23110104.pdf?utm_source=chatgpt.com)(2025年11月20日アクセス)

(2)企業が持株会社体制を選択する4つの目的

企業が持株会社体制を選ぶ理由は、大きく4つに整理できる(図表1)。

横にスクロールしてご確認ください

目的 期待される効果 留意点・リスク
事業ポートフォリオの再構成 投資・人材の最適配分 責任・権限の明確化が必要
経営ガバナンスの再構築 統一方針と現場自律の両立 権限委譲と監督のバランス
機動力確保 スピンオフ・再編の柔軟性 法務・会計・税務の制度設計が重要
ブランド・文化の再定義 共通の価値観に基づく自律性 価値観の芯を明確にする

図表1 持株会社の目的と効果

① 事業ポートフォリオの再構成

成熟事業と成長事業を切り分け、投資と人材を最適に配分するための枠組みが必要となる。どの事業を強化し、どこを縮小し、何を手放すかを、資本効率や成長性という共通の指標で判断する。多角化を進めてきた企業ほど、事業単位での責任と権限を明確にしなければ、スピーディーな再編は難しい。
たとえば、ROIC(投下資本利益率)ツリーを事業ごとに分解し、さらに各事業のなかで「どの工程や現場活動が利益や効率の向上に貢献しているか」を具体的に分析する。これにより、現場の改善活動が企業全体の資本効率にどう寄与するかを可視化できる。

② 経営ガバナンスの再構築

親会社が資本と人材、方針の方向づけを担い、子会社が事業を執行する。監督と執行を明確に分離し、グループ全体の方向性を一本化することが目的である。
ここで重要なのは、権限と責任の切り分け、そして意思決定の期限設定である。誰が、何を、いつまでに決めるのか。決めたことを、どの指標で検証するのか。この設計が曖昧だと、形を整えても実態は変わらない。

③ 機動力確保

スピンオフや事業売却などの機動力確保については、持株会社化によって、各事業の切出しや資本政策を柔軟に設計できる。事業のライフサイクルが短くなり、外部との連携や事業転換の頻度は上がる。だからこそ、法務・会計・税務など制度上の“摩擦”を最小限に抑えつつ、影響を定量的に評価して意思決定するしくみが必要となる。

④ ブランドと文化の再定義

多様な事業を1つのブランドにまとめるのではなく、グループ理念を共有しつつ、事業ごとに最適な経営を行う。
持株会社が目指すのは“見た目を統一する“ことではなく、“価値観の核をグループ全体で共有する”ことである。その核があるからこそ、現場は自律的に判断できる。
一方で、「なぜ持株会社にするのか」が明確でないまま制度だけを導入し、経営の実態が変わらないケースも少なくない。「ガバナンスを強化する」、「透明性を高める」といった表現は美しく響くが、その先にある実務設計が伴わなければ意味をなさない。制度は目的ではなく手段である。

(3)制度面・法規制の視点

持株会社化の制度的基盤は、会社法・独占禁止法・金融商品取引法・税制の4つの制度的基盤を押さえておく必要がある。

まず会社法は、株式移転・株式交換・会社分割といった組織再編の手段を提供し、取締役会の監督責務や内部統制システムの整備義務を定めている。実務では、組織再編のスキーム選択が、少数株主の保護、のれんの計上、税務処理、将来の事業売却やスピンオフのしやすさにまで影響する。

独占禁止法は、かつて財閥再形成を防ぐため持株会社を制限していたが、現在は企業結合審査を通じて、市場支配力の過度な集中を防ぐ枠組みへと変化している。具体的には、市場シェアや参入障壁、顧客が選択できる競合の数や質などの観点から、M&Aやグループ内再編が市場競争を損なわないかを審査する必要がある。

金融商品取引法は、上場持株会社に対し、グループ全体(連結ベース)の業績やリスクを、タイムリーかつ正確に開示することを求めている。事業セグメントごとの情報開示の細かさや、経営者の視点から自社の状況と見通しを説明する責任(MD&A)、サステナビリティ指標の扱いなどが、投資家からの信頼を左右するポイントとなる。

税制面では、グループ通算制度や事業再編税制が適用され、適格・非適格の判定、繰越欠損金の引継ぎ、事前照会の要否などが設計上の要件となる。これらは“節税スキーム”としてではなく、“意思決定の摩擦を下げる設計”として捉えるべきである。

要するに、制度は“使い方”によって価値が決まる。税務メリットや上場区分の見え方だけを目的化すると、組織はすぐに形骸化してしまう。法制度は土台であり、経営のOSをどう設計するかという視点があってこそ、初めて活きるものである。制度が目的化したとき、現場は疲弊し、経営は停滞する。

ガバナンスを誤解した6つの失敗パターン

(1)看板替え型――「形だけ変えて中身が変わらない」

制度や組織図を変えても、意思決定や運用のしくみが従来のままでは経営改革は実現しない

純粋持株会社を設立したものの、意思決定や人事、評価制度が従来のままという例は少なくない。ある製造業では、持株会社化を「上場企業としての体裁を整える」ことを目的に進めたが、親会社の取締役会は依然として各事業の営業報告と人事承認が中心であり、3年経ってもグループ戦略が議論されることはなかった。その結果、事業間の重複投資や内部競合が発生した。

同社がようやく本質的な改革に踏み出せたのは、取締役会を「戦略と資本配賦に特化した場」に切り替え、ROIC・WACC・自由現金流量を軸に投資と撤退の原則を明文化した時である。資本コストを上回らない事業については、聖域なき改善か撤退をルール化し、例外的な判断についても期限を設けて検証した。
重要なのは、箱(組織の形)をつくることではなく、意思決定の根幹をつくること。これがガバナンス改革の出発点である。

(2)承認過多型――「管理強化が現場のスピードを奪う」

リスク管理や統制を重視するあまり、承認プロセスが煩雑化し、現場の迅速な意思決定や対応力が損なわれる

リスク管理を強化する目的で承認フローを増やした結果、現場の意思決定スピードが落ち、ビジネスチャンスを逃すケースが多発した。あるサービス企業では、「1億円以上の契約は持株会社承認」、「採用は持株会社人事決裁」と定めたことで、営業リードタイムが大幅に延び、顧客が競合他社に流れる事態となった。現場からは「ガバナンスが足かせになっている」との声も上がった。

1年後、同社は取引リスク、金額、属性に応じて案件を3段階に分類し、高リスク案件のみ持株会社の事前承認とする制度に見直した。加えて、事前承認は原則オンライン化し、チェックリストと証跡の標準化によって手戻りを防止した。この制度変更により、持株会社の承認が必要な案件は大幅に絞り込まれ、現場の裁量で進められる案件が増加した。意思決定プロセス全体が効率化され、現場の対応スピードが向上したことで、ビジネスチャンスを逃すリスクも低減された。
ガバナンスの本来の目的は「止めること」ではなく、「安全に動かすこと」である。

(3)統制偏重型――「管理指標ばかりで価値創造が止まる」

内部統制や報告制度の強化に偏り過ぎると、現場の創造性や成長への投資が後回しになり、企業価値向上につながらない

ガバナンスを「内部統制の精度」と重視しすぎると、報告や監査などの制度ばかりが強化され、現場での価値創造が後回しになることがある。ある食品メーカーでは、KPIを「報告期限の遵守率」や「監査指摘削減件数」といった管理指標に設定していたが、その結果、主要ブランドのシェアは下落を続けた。

その後、経営企画部門がKPIを「ROIC」、「投資回収率」、「新ブランド売上比率」といった価値創造に直結する指標に変更した。さらに、ブランド別の成長仮説と投資回収の検証サイクルを導入した結果、1年後にはROICが大幅に改善した。
管理のためのガバナンスではなく、価値を生み出すためのガバナンスが重要である。

(4)情報基盤未整備型――「必要な情報がリアルタイムで届かない」

情報システムや会計基準の統一が不十分だと、グループ全体の実態把握や迅速な意思決定ができず、経営の機動力が損なわれる

グローバル企業では、情報システムや会計基準が統一されていないことが大きなボトルネックになる。ある製造業では、海外約40社がそれぞれ異なる会計ソフトを使用していたため、月次連結決算に1カ月以上を要していた。その結果、経営陣が実態を把握するころには、すでに現場の状況が変化してしまっていた。この企業では持株会社化を機にBIツールを導入し、財務・KPI・リスク情報をグループ全体で可視化したことで、世界中の拠点の状況をタイムリーに把握できるようになり、意思決定が迅速化した。

ガバナンスはルールではなく、情報の鮮度で動く。

(5)動機ミスマッチ型――「目的不明確な持株会社化は形骸化する」

税制や体裁など表面的な理由だけで持株会社化を進めると、実務設計や経営改革が伴わず、組織が形骸化する

税制メリットや上場区分変更、透明性向上といった表向きの理由だけで持株会社化を進めても、実務設計が伴わなければ組織は形骸化する。ある企業では「投資家への印象向上」を掲げて持株会社化したが、報告体制や人事制度は従来のままであった。その結果、1年後には「結局何が変わったのか」と株主から問われる事態となった。

一方、競合企業は「資本効率の改善」を明確な目的として掲げ、ROICとWACCの差をKPIに設定し、ノンコア事業を売却した。その結果、3年で資本効率が大きく改善した。
明確な目的があれば、持株会社化は企業価値を押し上げる装置となる。

(6)監視強化型――「統制一辺倒でイノベーションを阻む」

監査や統制機能を強化しすぎると、現場が萎縮し、イノベーションや新規事業への挑戦が阻害される

監査や統制機能を強化しすぎると、子会社を監視対象として扱ってしまうケースもある。ある小売企業では、持株会社化後に内部統制部門を拡大した結果、報告精度は上がったものの、現場では「新しい提案をすると監査対象になるのでは」と萎縮する雰囲気が広がり、イノベーション提案件数は前年の3分の1以下に減少した。

その後、持株会社がマーケティング・人事・ITの横断支援組織(CoE)を設置し、「監視」から「伴走」へ方針を転換したことで、子会社主導の新規事業が複数立ち上がり、営業利益は改善に転じた。
ガバナンスは、現場を萎縮させるしくみではなく、挑戦を後押しするしくみである。(図表2参照)

横にスクロールしてご確認ください

失敗パターン 主な問題点 成功に導く要因
看板替え型 形だけ変化、制度・運用が従来のまま 意思決定の再設計・資本配賦原則の明文化
承認過多型 承認フロー過多で意思決定スピードが低下 リスクベースの権限移譲とオンライン化・標準化
統制偏重型 管理指標偏重で価値創造が停滞 価値創造指標のKPI化
情報基盤未整備型 情報分断で意思決定が遅れる 情報基盤の統一・BIツール導入
動機ミスマッチ型 目的不明確で組織が形骸化 明確な目的とそれに沿うKPI設計、構造改革
監視強化型 統制強化で現場が萎縮 支援型のCoE設置・伴走型ガバナンス

図表2 失敗パターンと成功に導く要因

成功企業に共通する3つの視点

持株会社体制を形式だけで終わらせず、真に経営力を高めた企業には、明確な共通点がある。試行錯誤を経て「持株会社という制度を使いこなす」ことに成功した企業は、例外なく次の3つの視点を持っている。

(1)目的を「ガバナンス強化」ではなく「価値創造」に置くこと

優れた企業は、ガバナンスを単なる“ルールを守らせる枠”ではなく、資本を投じて価値を生み出すためのしくみとして捉えている。その結果、持株会社は単なる“管理本部”から脱却して、事業の可能性を見抜き、リスクを取りながら成長を後押しし、事業を磨き上げる“攻めの経営者集団”へと変わる。
たとえば、ある企業では、持株会社が「事業計画を承認する存在」であることに疑問を持ち、「事業を共にデザインし、必要資源を付与し、リターンを求める主体」へと役割を再定義した。この変化により、子会社側では「報告義務」から「投資提案」へとマインドが転換し、事業提案の質とスピードが劇的に向上した。つまり、目的を“守り”ではなく“価値の創出”に置いた瞬間、ガバナンスは単なる制御機能ではなく、挑戦を可能にする力に変わる。

(2)資本・人材・情報のしくみを同時に再設計すること

制度を一部だけ変えても、持株会社体制は十分に機能しない。成功する企業は、次の3要素が同時に動くように設計している。

  • 資本:投資基準の明確化、資本配賦ルールの策定、撤退判断の基準設定
  • 人材:グループ経営人材の定義、計画的な異動設計、評価・報酬制度の整備
  • 情報:KPIや会計基準、BI環境の統一

とりわけ、資本と人材が連携して動くと、組織は劇的に変わる。たとえば、ある企業では、持株会社が「人事異動の司令塔」としての機能を強化し、複数事業を経験した人材を計画的に育成するしくみを整えた。その結果、事業横断の知見が蓄積され、投資判断の質が向上した。
部分最適ではなく、経営のパーツを“一式”で変える発想。これが、持株会社体制を真に機能させる基礎である。

(3)取締役会を「報告の場」から「戦略の場」へ変えること

多くの企業では、持株会社化をしても取締役会の役割や運営方法が従来のまま変わらない。「報告を聞き、監督する場」として機能し続けている例が少なくない。成功企業はこの点を見直し、取締役会を“未来を決める戦略会議”へと転換している。
取締役会で扱う議題も、過去の実績や報告事項の確認から、将来に向けた意思決定へとシフトしている。たとえば、次のものが挙げられる。

  • どの市場で戦うか
  • どの事業を伸ばし、どれを畳むか
  • どの人材に賭けるか

こうした問いを正面から議論するようになったとき、取締役会は「守る場」から「方向を決め、動かす場」へと進化する。

これら3つの視点を押さえた企業は、持株会社体制を「止めるしくみ」ではなく、「動かすしくみ」として機能させている。
さらに、成功企業にはもう1つの特徴がある。それは、投資家との対話を経営のしくみに組み込んでいることだ。単なる四半期ごとの対応にとどまらず、次のような“更新の習慣”を持っている。

  • KPIや前提条件の見直し
  • 仮説と現実のギャップ分析
  • 経営方針の更新

こうした企業は、一度決めたKPIに固執するのではなく、必要に応じて定義ごと変える柔軟性がある。そのため、環境変化への適応力や回復力が高く、成長スピードも速い。
ガバナンスとは静的な構造ではない。変化に追随し、挑戦を支え、未来をつくるための動的なしくみなのである。

実務設計の核心――経営のOSをつくり直す

経営企画や財務経理部門が担うべき役割は、単なる制度設計にとどまらない。企業の意思決定構造、すなわち経営の“OS”を設計し直すことである。成功する持株会社化には、次の4つの要素が不可欠である。(図表3)

図表3 持株会社化における実務設計の核心

(1)資本配賦のルールを明文化すること

投資・撤退・再編の判断をROICやキャッシュ・フローに基づいて明確にし、例外運用の条件も定義する。事業の成熟度や市場特性に応じてハードルレートを差別化し、短期の収益性と中長期の成長投資の両立を図る。さらに、投資案件の“死因分析”を年次で行い、仮説と実績の乖離を体系的にフィードバックするしくみが重要である。

(2)人事と報酬を価値指標と連動させること

子会社トップや経営幹部の評価・報酬は、資本効率・成長指標・安全性の 3 点で構成し、KPI の重みづけを事業特性に応じて調整する。昇格要件に「資本コストの理解」や「撤退判断の遂行」を加え、難しい意思決定を支える評価体系に更新する。

(3)情報基盤を統一すること

KPI・財務・リスクデータをリアルタイムで共有するしくみを整備し、月次レポートの標準化やデータ辞書(データ項目の意味や定義を標準化・共有するための一覧)の整備、重要指標の定義統一を徹底する。グローバル展開企業では、IFRSや現地会計基準との整合、データプライバシー規制(たとえばGDPR等)への適合、サイバーセキュリティ対策を合わせて設計することが前提となる。ダッシュボードは単なる情報閲覧ツールではなく、迅速な意思決定を支えるためのものと位置づけるべきである。

(4)支援機能(CoE)を設けること

法務・IT・人事・調達などの専門組織を持株会社内に置き、子会社の競争力を底上げする。海外については、現地規制・賃金水準・人材市場・文化差異を踏まえ、地域ごとに専門性とガバナンス密度を最適化する。統制か自律かの二者択一ではなく、価値創造に資する実装レベルを設計する発想が重要である。加えて、重大インシデント時の“指揮権限”と“現地責任”の線引きを事前に明文化しておくことも欠かせない。

グローバル企業の動向

欧米では税務最適化や地域統治を目的にリージョンHQを配する設計が一般的だった。しかし近年は、OECDのBEPSプロジェクトや地政学リスクの高まりを背景に、単なる税務拠点ではなく、“実体を伴う統括機能”が求められている。具体的には、財務・人材・デジタル・サプライチェーン・コンプライアンスなど、複数の機能を束ねる多機能型の統括会社へのアップグレードである。いまや統括会社は“監視塔”ではなく“グループ経営を加速させる装置”であるべきだという発想が主流になりつつある。

また、海外子会社は国内と同じ設計で統治できるとは限らない。会計基準、雇用慣行、情報規制、マイノリティ株主の権利、労使関係、サイバーリスクなど、前提条件が根本的に異なるためである。したがって、統制と自律のバランスを「地域別・事業別・規模別」に再設計することが、グローバル持株会社の実務上の課題となる。たとえば、価格改定や大型投資といった重要な意思決定は地域HQの承認を要する一方で、販促活動や採用・小口購買などは現地子会社に裁量を残すといった分権設計が有効である。

目的を取り戻すことが、最強のガバナンス

近年、持株会社体制をあえて解消する企業も出てきている。一見すると逆行にみえるこの動きは、持株会社という“形”自体に価値があるわけではないという現実を雄弁に物語っている。
かつて、事業の分権化やM&A後のガバナンス強化を目的に持株会社化した企業のなかには、一定の役割を果たした後、再び事業会社を統合し、権限と意思決定を再集中させた例もある。背景には、変化の速度がかつてなく高まるなかで、「分けて統治する」よりも「束ねて一気に動かす」ほうが競争優位につながる局面があるという現実がある。
つまり、持株会社は万能の処方箋ではなく、経営戦略や事業環境に応じて選び直すべき“道具”であり、重要なのは形式ではなく、目的である。持株会社体制は、企業価値を高めるための手段であって、ゴールではない。どれほど見事な組織図を描いても、経営の意思が宿らなければ、組織は動かない。逆に、明確な目的と設計思想があれば、どの体制でも企業は強くなれる。

資本・人・情報・リスクのしくみを根本から見直し、その原理原則を日々の経営判断に落とし込めたとき、ガバナンスは「止める力」から「動かす力」へと進化する。
制度をつくることは比較的容易だが、制度と文化、そしてしくみを一体で設計し、実際に運用しながら学び続ける意思こそが重要である。結局のところ、企業のガバナンスとは、経営者と従業員が「どの未来を選び、どう向き合うか」という意思の総量に等しい。
このとき中心に立つのが、経営企画・財務経理の実務家である。数字を読み、現場の声をつかみ、資本と組織の構造を設計する。この3つをバランスよく担える人材こそ、持株会社体制を“機能する経営”へと昇華させる存在である。
ガバナンスの本質は、挑戦と成長を支えるしくみである。経営の形は時代とともに変わっていくが、企業の目的は変わらない。
「守るガバナンス」から「動かすガバナンス」へ。そこにこそ、これからの日本企業が進むべき新しい経営の姿がある。

さいごに

持株会社化の巧拙は、制度導入の速度ではなく、意思決定の質と学習速度で測るべきである。組織が環境に適応する力とは、「正しい判断をすること」以上に、誤った判断から素早く方向修正できる柔軟性にこそ宿る。
たとえば、四半期ごとに資本配賦のレビューを行い、仮説と実績の差異を隠さず共有し、組織内で“負け方”を学びに転換する企業は、失敗のコストを最小化し、次の打ち手を早めることができる。失敗を禁じるのではなく、失敗の構造を理解し、再発しないしくみに変えるという姿勢こそが、持株会社体制を生きた経営機能へと進化させる。
取締役会は、単に承認する場ではなく、仮説を磨き、撤退を決め、次の挑戦に資源を再配分する場であるべきである。報告や形式に終始する会議体では、変化のスピードに追いつけない。議論は「何を考えたか」ではなく、「どの前提が変わったか」、「どこを捨て、どこに賭けるか」といった、未来志向の意思決定に集中すべきである。

ガバナンスは、企業の挑戦権を守るルールであり、挑戦の速度を高めるしくみである。外部環境が目まぐるしく変わる時代において、守るだけのガバナンスは、静かに企業体力を奪う。変化に備えるだけでなく、変化を先取りし、未来をつかみに行くための統治へ。“止める力”と“動かす力”の両立こそが、これからの持株会社に求められる姿である。
企業経営において、完璧な設計図は存在しない。重要なのは、走りながら磨き続けることであり、意思決定の質と学習のスピードを高める組織だけが、長期的に競争優位を築く。持株会社化とは、単なる組織の形ではなく、問い続け、変わり続け、挑戦し続けるための経営哲学を実装する営みといえる。


Contact

相談やお問い合わせはこちらへ