実現フェーズに入ったデジタル通貨~ステーブルコイン・トークン化預金の相違点・導入時の検討ポイント~

インサイト
2025.08.04
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ブロックチェーン技術を活用したデジタル通貨であるステーブルコインとトークン化預金は、ビジネスでの利用が既に始まり、実用段階に入っている。これらのデジタル通貨は、即時決済・プログラム可能性・透明性といったこれまでの決済手段にはない特長を持ち、従来の金融システムを革新する潜在力を秘めている。一方で両者は、発行主体や法的位置付けなどの観点で相違があり、導入時に考慮すべき論点も異なる。
本インサイトでは、ステーブルコインとトークン化預金の特長や相違点を整理したうえで、金融機関や事業会社が導入検討時に押さえるべきポイントについて解説する。

執筆者情報

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実現フェーズに入ったデジタル通貨

企業間取引や国際送金における決済の遅延、高額な手数料、煩雑な照合作業―これらの問題を解決する新たな決済手段として、ブロックチェーン技術を活用したデジタル通貨が実用段階に入っている。特に「ステーブルコイン」と「トークン化預金」という二つの形態は、すでに先進企業や金融機関で導入され、従来の決済プロセスを革新し始めている。
USDTやUSDCなどのステーブルコインの発行総額は、著しい成長を遂げており、2025年3月時点で2,300億ドル(約34兆円)に達している※1 。また、企業の国際送金や貿易決済においても、既存の決済手段を補完する新たな決済手段として注目されている。トークン化預金の一つであるJPモルガン・チェース社発行の「JPMコイン」は、グローバル企業のキャッシュマネジメントに革新をもたらしている。JPMコインを利用した取引は1日あたり10億ドルに上るとされ※2、多国籍企業の資金管理を効率化している。これらのデジタル通貨による決済手段により企業は決済スピードの向上、キャッシュフローの最適化、決済事務の効率化、さらには新たなビジネスモデルの創出が可能となる。
本インサイトでは、ステーブルコイン・トークン化預金の特長・両者の相違点を明らかにしたうえで、「銀行や事業会社が自社サービスに導入する際の選択肢と検討事項を考察する。
なお、既インサイト「ステーブルコインの可能性」で述べた通り、ステーブルコインについては広義・狭義にさまざまな定義が存在する。ステーブルコインは広義には法定通貨に連動し、価値が安定するように設計されたトークン資産であり、トークン化預金についても広義のステーブルコインに含まれるのだが、本インサイトではより解像度を上げて考察を行うため、両者を区別する。資金決済法で電子決済手段として定義され、概して法定通貨資産を裏付けとし不特定多数者間で流通可能なトークンをステーブルコイン、銀行預金をブロックチェーン上のトークンとして表現したもの、すなわち銀行の信用力を裏付けとし、銀行口座保有者間での流通を想定したものをトークン化預金と定義して記述を進める。

※1 出典:defillama.com より(https://defillama.com/stablecoins)
※2 出典:JPモルガン・チェース社発表より

ステーブルコイン・トークン化預金とこれまでの決済手段との違い

ブロックチェーン技術を活用したデジタル通貨であるステーブルコイン・トークン化預金は、これまでの決済手段にはない、「①価値の即時移転」「②プログラマビリティ」「③トレーサビリティ」という特長を持つ(図1)。これらの特長は、従来の金融システムに革新をもたらす可能性を秘めている。

図1 デジタル通貨(ステーブルコイン・トークン化預金)とこれまでの決済手段との違い

まず、「①価値の即時移転」について見てみよう。これまでの代表的な決済手段である銀行振込では基本的には送金が銀行営業時間に限定されている。また、もうひとつの代表的手段であるクレジットカード決済では、決済が行われてから加盟店が売上金を受け取るまでに最大1か月程度の期間を要する。これは、一部の電子マネーでも同様である。これに対し、デジタル通貨は365日24時間いつでも決済が可能で、支払いを受けた者は、受け取った資金を即座に次の取引で支払いにあてることができる。また、送金に係る手数料も銀行振込などに比べ安価に実現可能と考えられる。
銀行振込に関しては、銀行取引でも一部の銀行間ではリアルタイムの送金時間が延長され、システムメンテナンス時間を除けば24時間365日の送金が可能となってきている。また「ことら」のような少額であれば手数料なしに送金可能なサービスも登場するなど、既存の決済サービスが十分に整備されているため、この点だけで既存のサービスを置き換える決定的な要素にはなりにくいのではないかと想定される。ただし、上述の通りクレジットカードや電子マネーによる決済にはまだ課題があり、また国際送金においても、高額な手数料や長い送金時間といった課題が残存するため、これを解決する手段として、大きな可能性が期待される。

次に、「②プログラマビリティ」という特長に注目しよう。デジタル通貨では、お金のやり取りに情報を書き込めるため、消込や商品発送のトリガーなどに利用可能である。さらに、スマートコントラクトと呼ばれるプログラムによる自動取引が可能となる。例えば、複数の銀行口座を管理する企業において、特定の口座で支払いにより資金が不足する場合に、統括口座から自動で資金を移動するような動作を自動で実行することができる。
また、証券や為替などの決済において、支払いと所有権の移転や双方向の送金を同時に決済することにより、取引相手との決済リスクを解消する仕組み(いわゆるDvP※3 /PvP※4 決済)もこれにより実現される。このプログラマビリティは、金融取引の自動化と効率化に大きな可能性を秘めている。
イーサリアムやソラナなどのパーミッションレスブロックチェーン※5 上では、このスマートコントラクトを活用した取引所機能や融資、デリバティブ取引などが既に実装され、稼働している。これらは一般にDe-Fi(分散型金融)と呼ばれる領域で、従来の金融機関を介さずに金融サービスを提供する新たな形態として注目を集めている。今後、さまざまなユースケースや機能が開発されていくことが予想される。

最後に、「③トレーサビリティ」について見ていこう。デジタル通貨では、すべてのお金のやり取りが記録されており、またその情報を改ざんすることはほぼ不可能であるため、監査や証明において強力な証跡となる。この特性は、金融取引の透明性を高め、不正防止や資金の流れの追跡に大きく貢献する可能性がある。

※3  DvP(Delivery versus Payment):証券と資金の同時決済の仕組み。証券の引渡しと代金の支払いを条件付けて同時に行うことで、決済リスクを排除する取引方式
※4  PvP(Payment versus Payment):異なる通貨間の同時決済の仕組み。一方の通貨の支払いと他方の通貨の支払いを条件付けて同時に行うことで、為替取引における決済リスクを排除する取引方式
※5  パーミッションレスブロックチェーン:特定の許可なく誰でも参加・取引の検証ができる公開型のブロックチェーン。中央管理者が存在せず、分散化されたネットワークを実現している。対義語として、パーミッションドチェーンは、管理者から許可を得た特定の参加者のみがアクセスできる限定型ブロックチェーンであり、パーミッションレスブロックチェーンと比較し処理速度が速く、セキュリティ管理が容易であるという特長を持つ。

国内外におけるデジタル通貨の事例から見る潮流の変化

では、これらの特長を活かしたデジタル通貨の実装は、現在どこまで進んでいるのだろうか。本章では、国内外の主要な事例の確認を通じ、それぞれの発展段階と活用分野における特色を明らかにする(図2)。
ステーブルコインは、2022年の資金決済法改正により法的位置づけが明確化され、国内でも本格的な実装に向けた取り組みが加速しており、商用化の一歩手前まで到達している。
「JPYC」は第1号電子決済手段としての発行が計画されており、コンビニやスーパーでの店頭決済やコンビニ収納での活用が想定されている。三菱UFJ信託銀行などが中心となって発行する「Progmat Coin」は第3号電子決済手段として、国内主要金融機関・金融エコシステム全体を網羅する企業が参画している。法人間決済だけでなく、社債や不動産などのセキュリティトークン、カーボンクレジットなどのNFT(非代替性トークン)の決済などにも活用を予定し、法的整理やユースケースの創出などを先駆的に実施している。
「Japan Open Chain」はあおぞら銀行、オリックス銀行、四国銀行、東京きらぼしフィナンシャルグループなどの多様な金融機関が参画するステーブルコインプロジェクトである。国際送金、サプライチェーン決済、セキュリティトークン売買、訪日旅行者向け決済などの幅広い用途が想定されており、複数の日本企業が共同運営することで分散性・セキュリティ性能・安定性の確保を目指している。このほか、野村ホールディングス、ソニー銀行、三井住友フィナンシャルグループなどが実証実験を進めるなど、さまざまな取り組みが展開されている。
海外では既に大規模な実用化が進み、決済インフラとして機能しているステーブルコインが存在する。「USDT」は2015年2月から運用され最大の時価総額・取引高を誇る。準備金に現金・短期国債のほか、一部担保付ローン・ビットコイン・金などのリスク資産も含まれていることが特徴的である。「USDC」はCircle社が発行し、2018年9月から運用を開始、準備金の100%を現金・短期国債で構成し、米国公認会計士協会の証明基準に則り毎月内訳を公表するなどより安全性・透明性を重視している。日本国内ではSBI VCトレードが2025年3月に電子決済手段等取引業者の登録を行い、流通を開始しており、国際的なステーブルコインの日本市場での利用が期待される。

図2 国内外におけるステーブルコインの具体事例

一方、トークン化預金は、銀行の信用力に裏付けられたデジタル通貨として実用化が進んでいる(図3)。
国内ではGMOあおぞらネット銀行などが発行する「DCJPY」が2024年8月から運用を開始している。資金移転を取り扱う層(Financial Zone)とニーズに応じたプログラムの書込を可能とする層(Business Zone)の二層構造を持ち、企業や事業者が独自のルールや条件に合わせたスマートコントラクトを実装しやすく、さまざまなユースケースに柔軟に対応が可能とされており、初号案件では非化石証書の「環境価値」の決済取引に利用されている。「トチカ」は北國銀行が発行するトークン化預金※6 であり、2024年4月から運用が開始されている。同行のデジタル地域通貨基盤上で自治体が発行するポイント「トチポ」とあわせて利用できる点も特長のひとつである。また、マイナンバーカードと紐づけた本人確認の実施など、デジタルIDとの連携も進めており、地域経済活性化のための基盤としての役割が期待されている。
海外では冒頭で触れたJPモルガン・チェース社の「JPM Coin」が2019年2月から運用を開始し、多国籍企業の米ドル・ユーロでのクロスボーダー送金の迅速化や企業グループ内のグローバル資金管理の即時化・自動化に寄与している。また、レポ取引のブロックチェーン上での決済にも利用されており、トークン化された証券の担保差し入れと資金の貸付が同一基盤上で実現可能となっている。Citi社の「Citi Token」は2023年9月から運用され、主に資金管理と貿易金融に利用されている。貿易金融では担保書や信用状などの取引をスマートコントラクトに置き換え、リアルタイム化を実現している。DBS銀行の「DBS Treasury Tokens」は複数の国・地域にまたがる企業グループ内の即時の多通貨財務移転および流動性管理を実現し、Ant International社のグループ内取引の決済を数日から数秒に短縮するなど、実務での効果が表れている。

図3 国内外におけるトークン化預金の具体事例

※6  発行体の発表では「預金型ステーブルコイン」としているが、本稿のステーブルコイン・トークン化預金の定義に照らしトークン化預金と位置付けている

ステーブルコインとトークン化預金の比較

では、デジタル通貨である、ステーブルコインとトークン化預金にはどのような相違点があるのだろうか。またそれぞれどのようなユースケースが想定されるのであろうか。
ステーブルコインの主な種類として、資金決済法上の類型や発行体から「預金型」「資金移動業型」「信託型」の3種をあげたうえで、トークン化預金と対比したのが図4である。なお、「預金型」ステーブルコインについては、 2024年11月の資金決済制度等に関するワーキング・グループにおいても、預金保険の適用困難、銀行の健全性・金融システムの安定性への影響への懸念から、当面は内外の情勢を見極めつつ中長期的な観点から検討することが適切であるとの考え方が示されており、現時点では発行が不可能であるものと認識する。
発行体としては「預金型」は銀行、「資金移動業型」は資金移動業者、「信託型」については信託銀行、ないし特定信託会社のライセンスが必要となる。事業会社がこれらの活用を検討する場合は、ライセンスを保有する企業との協業が必要となる。
決済上限額については、「信託型」には制約がないものの、「資金移動業型」は1回あたり100万円の上限が設けられている。 トークン化預金は既存の銀行預金をトークン化技術を活用し発行されるものであり、法的には銀行預金と同一である。このため発行体は銀行に限定される。また決済上限額の制約はない。
両者の主な差異は「流通範囲」と「供給の柔軟性」の2点にある。
流通範囲については、ステーブルコインは、現金と同様に不特定の者との流通も可能となる。また、イーサリアムなどのパーミッションレスブロックチェーン上でも流通が可能となる点に大きな可能性がある。パーミッションレスブロックチェーン上では、いわゆるDe-Fi(分散金融)と呼ばれるさまざまな新たな形の金融サービスが発展しており、これらの世界と接続の可能性が生まれる点についても将来性という観点において大きな魅力の一つであると言える。
一方、トークン化預金は、銀行の口座保有者間に限られる。現時点においては、送金元・送金先が同じ銀行内に口座を保有する場合に限定されるものが多いが、金融機関の連携によりこの制約を超えようとする動きが出ている。前述の「トチカ」では、2025年4月より提携先の地域金融機関の口座保有者であれば、発行体である北國銀行の口座を保有しない場合でも利用が可能となった。また、JPモルガン・チェース社やDBS銀行など商業銀行主導で商業利用が始まった決済基盤「Partior」での取り組みや、国際決済銀行が主導する「Project Agora」のような実証実験など、さまざまな枠組みでクロスボーダーでの決済に向けた動きが進んでおり、より広い範囲での利用が期待される。
なお、ステーブルコインは不特定者との取引が発生しうるため、金融機関・仲介業者にはAML/CFT対策(マネーロンダリング・テロ資金供与対策)が必要となる点に留意する必要がある。国内でステーブルコインの仲介業者となる、電子決済手段等取引業者は、犯罪収益移転防止法上の特定事業者として、顧客への取引時確認が求められている。特にパーミッションレスブロックチェーン上での流通については、大いなる可能性を秘める一方、犯罪収益移転に利用される可能性が高く、発行者・仲介業者ともに実効性のあるリスクベースでの対応が求められるものと考えられる。トークン化預金については、現行の銀行業務におけるAML/CFT態勢の中での厳格な運用が期待されている。なお、仲介業者である電子決済等代行業者に具体的にどのような対応が求められるかについては、現時点では明らかではなく、今後の整理が待たれる。
供給の柔軟性という観点では、ステーブルコインは裏付資産を供託、もしくは金銭信託に拠出したのちに発行が可能になる。金銭信託では現時点においては、普通預金や当座預金といった要求払預金による運用のみが認められている。これは、発行者にとっては発行額と同額の資金が固定されることを意味する。また、発行者が信託銀行免許を持たない銀行である場合、資金を信託銀行に拠出することになり、発行銀行の観点からはバランスシート上の資金が外部に移転するとみなされる可能性がある。
なお、現在の国内規制は海外で発行され、パーミッションレスブロックチェーンで流通するUSDCなどのステーブルコインの裏付資産が短期国債などで運用され、その収益が発行企業の収益基盤となっていることと比べると厳格でより投資家保護が重視された規制である。
日本国内で発行されたステーブルコインについても世界中で利用される可能性があることを考えると、現在の法規制では不利な条件での競争となってしまう。こういった背景からステーブルコインの裏付資産について、普通預金や当座預金だけでなく、全体の50%を上限に定期預金や、短期国債等でも運用を可能とする案が金融庁の資金決済ワーキング・グループにおいて2025年1月の報告書で提言された。今後も、安全性と国際的な競争力のバランスを取りながら規制の議論が進むことを期待する。
なお、 トークン化預金については通常の預金と同様に、発行銀行の資本の健全性の範囲において、柔軟な発行が可能である点が大きな特長である。例として国際送金などにおいて、一時的に預金をトークン化預金に振り替えて送金するケースなどにおいては、発行・償還手続きを即時に実施することで、よりスムーズな利用が可能であると想定される。
これらの特長をおさえたうえで、ステーブルコイン・トークン化預金でどのようなユースケースが想定されているかについて触れておきたい。
「資金移動業型」ステーブルコインは決済上限金額の制限から、インターネットや店舗決済、NFTの売買などのデジタルコンテンツの売買など、主にB2Cでの用途が想定される。「信託型」ステーブルコインについては、上記のB2C用途のほか、決済額や流通範囲が限定されないため、国際送金、貿易金融、サプライチェーン決済・ファイナンスなどB2B用途も含むより幅広いユースケースが想定されている。一方、トークン化預金も同様に幅広いユースケースが想定されているものの、流通範囲が銀行口座保有者に限定されることを踏まえると、事業者間の決済や、グループ企業内の資金管理を効率化するCMS※7 としての利用などにより親和性があると考えられる。また、B2C領域ではNFTとして発行するチケットをトークン化預金で決済するケースにおいて、チケット販売時に必要となる本人確認を、利用者が銀行によって本人確認済であることで代替するような利用方法も考えられる。

図4 ステーブルコイン・トークン化預金の違い

※7 CMS(Cash Management Service):企業の複数口座を一元管理し、資金の入出金や残高の確認、資金移動などを効率的に行える仕組み。

ステーブルコイン・トークン化預金採用時の検討ポイント

ステーブルコイン・トークン化預金の導入を検討する場合は、両者の相違点だけでなく、自社の事業形態を考慮したうえでの検討が必要である。銀行でも、その他の事業会社においても自社サービスなどにステーブルコイン・トークン化預金の両者を導入する選択肢は取り得る。ただし、導入する場合の懸念点・検討ポイントはそれぞれ異なる。このため本章では、銀行またはその他の事業者がステーブルコイン・トークン化預金を自身のサービスに組み込む際の検討ポイントについて整理する。なお、ステーブルコインについては、広範なユースケースが想定される「信託型」ステーブルコインを代表として考察する。
事業形態を銀行・銀行以外(事業会社・銀行以外の金融機関)に分けたうえで、ステーブルコイン、トークン化預金を導入する場合の発行・流通スキームと検討ポイントを図5に整理した。

図5 ステーブルコイン・トークン化預金発行の選択肢と検討ポイント

まず銀行が信託型ステーブルコインを導入する場合だが、トークン発行額分の資金を信託銀行が組成する信託に預託する必要がある。この資金は銀行のバランスシートからは隔離され、規制内での運用となる。これによるバランスシートからの資金流出・資金効率などの低下を受容できるかが検討事項となる。
銀行がトークン化預金を導入する場合は自らが発行を行う。発行額は預金として扱われバランスシートに組み込まれるため、通常の銀行業務として求められる健全性基準は適用されるが、信託型ステーブルコインのような資金隔離に伴う特別な運用制約は適用されない。一方で預金として扱うために銀行勘定系システムとの接続が必須となる点、流通範囲が銀行口座保有者に限定される点が検討事項となる。ステーブルコインの場合は預金とは別の管理となるため、勘定系システムとの直接の接続は不要であり、また流通範囲も限定されない。
銀行以外の事業会社が導入を検討する場合は、また異なった検討項目が生じる。ステーブルコインの場合は、電子決済手段等取引業の登録を行い、アンチマネーロンダリング・犯罪収益移転防止のための態勢構築を行うことで、事業会社自らがトークンと現金の交換(いわゆるチャージや償還)を行うことも可能であり、自社サービス内で顧客にシームレスな体験を実現できる。一方で事業者自らでは交換業務を担わず、トークンを用いた決済のみを受け付けるという選択肢も取り得るなど、顧客体験の提供方法において柔軟性がある。
これに対して、トークン化預金の場合はトークンと現金の交換を事業者自らが行うことができないため、チャージや償還はトークン発行銀行のサービスとして、自社サービス外で実施される。このため、自社サービスと銀行サービスを連動させ、一貫した顧客体験を構築することは避けて通れない検討事項となる。なお近年は銀行サービスを自社サービスに組み込む、いわゆるエンベデッドファイナンスやBaaS(Banking as a Service)と呼ばれる事例が増加しているが、このような枠組みを導入する場合、トークン化預金発行時の顧客体験の一貫性維持にも有用である。

ステーブルコイン・トークン化預金の今後のシナリオ

前章では銀行と事業会社それぞれの立場から具体的な導入検討ポイントを整理してきた。両者にはそれぞれ異なる特性と制約があり、導入主体の事業形態や目的によって最適な選択肢が変わる。では、これらの現在の導入課題や特性を踏まえ、ステーブルコインとトークン化預金の中長期的な発展はどのような方向に向かうのだろうか。一方が他方を駆逐するような競争関係になるのか、それとも異なる領域で棲み分けが進むのか。
結論から述べると推進主体やユースケースとの適合性により、共存していくことになると考える。推進主体により親和性が異なることから事業会社主導でステーブルコイン、銀行主導でトークン化預金の発展が進むといったシナリオや、今後実装が進む中でユースケースごとの優位性が明らかとなり相互補完的に棲み分けが進むというシナリオが想定される(図6)。
可能性としては他にもさまざまなシナリオが考えられる。例えば、特定のステーブルコインが覇権を握るシナリオ、金利のある時代に銀行主導でトークン化預金が発展するシナリオ、あるいはリテール決済までをカバーするCBDC(中央銀行デジタル通貨)が実現し、両者が発展しないシナリオなどである。しかし、ステーブルコインとトークン化預金にはそれぞれ異なる特性があることや、現在の当局の姿勢を考慮すると、これらの極端なシナリオの実現可能性は低いと想定される。
そのため、銀行・事業会社は、ステーブルコインとトークン化預金が中長期的に共存することを前提に、自社の役割・強みやユースケースとの適合性などを踏まえ、優先順位を付けて導入を検討すべきである。

図6 ステーブルコイン・トークン化預金の今後のシナリオ

まとめ

これまで述べてきたようにステーブルコイン・トークン化預金といったデジタル通貨は、金融機関や事業会社の決済業務を効率化し、社会コストを削減する可能性、また新たな価値創造につながる可能性を持っている。また、今後さまざまな資産がトークンとして流通していく中で、それらとの橋渡し役としてのデジタル通貨の重要性も高まっていくものと予想する。
アビームコンサルティングは、決済やデジタルに関する知見と実績を元にデジタル通貨の活用に関するビジョニング・ビジネスコンセプト立案、ビジネスモデル構築から、実現までのプロジェクトマネジメントまで一貫して支援している。今後もクライアントの価値創造を通じて、デジタル通貨の普及に貢献していきたいと考えている。


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