自動車アフターサービス業界のボトルネックとサステナビリティを軸とした改革推進

インサイト
2024.01.25
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  • 経営戦略/経営改革

日本には約7,800万台の自動車が走っている。その一台一台が運転手の命を預かり、周囲の歩行者などの安全に関わっている。それらの安全を支える土台となっているのが、自動車アフターサービス業界である。具体的には、国内の約9.1万の事業場・約39.9万人の整備要員が自動車の安全確保に従事し、人々の移動や物流を支えている。
こうした自動車アフターサービス業界は現在、その事業基盤に根本的なリスクを抱えている。本インサイトでは、自動車アフターサービス業界が直面している課題を説明した上で、業界として取り組むべき改革について解説する。

自動車アフターサービス業界の足元課題

長年に渡り、自動車業界は「コンプライアンス問題への対応」「整備士への就労希望者確保」「人手不足への対応」が課題となっており、近年、その深刻さが増している。

コンプライアンス問題への対応

自動車整備業者では、不正車検や事故車修理費(保険金)の水増し請求などの不正取引が発生している。後者については損保業界を揺るがす不正な保険金請求事件として大きな影響が出ている。加えて、自動車整備に必要な油脂類の不適切な管理に起因する、河川への油脂漏洩による水質や土壌汚染は顕在するリスクである。

整備士への就労希望者確保

自動車整備学科の高校生の内、自動車整備士への就労希望を持つ学生の割合は、高校1年生の61%をピークに、学年が進むにつれ減少し、高校3年生では31%にとどまっている。※1また、近年の自動車整備士の求人倍率は全職種平均を大きく上回っており、自動車整備士の希望者確保が課題となっている。

人手不足への対応

認証工場・指定整備工場・ディーラー全てにおいて人手不足が進んでおり、整備士の労働力不足が年々深刻化している。これら慢性化する人手不足の状況に加えて、リコール作業の増加や複雑性を増す作業、電動化に伴う整備内容高度化などにより、業界全体で残業が常態化する構造に陥ってしまっている。

  • ※1

    出典:国土交通省2023.3発信「自動車整備の学科に通う高校生を対象にしたアンケートの実施及び分析」

更に対応が求められる将来課題

これら足元課題に加えて、電動化をはじめとする今後の急速な社会変化に対応するためには中長期的視点での事業活動や事業基盤の強化が必須となっており、以下3つの将来課題への対応も求められる。

1つ目は、サステナビリティ対応強化である。
最新設備導入による持続可能性のある工場作りや専門業者と連携したリサイクルプロセス強化などの整備事業のサステナビリティ活動を徹底する必要がある。業界団体主導の具体策が導入され始めてきたが、浸透・加速が急務である。

2つ目は、電動化・自動化進展によるメンテナンス技術の追従である。
電気自動車の部品点数は乗用車の場合、ガソリン車の約3万点に対し、約2.1万点にまで減少する見込みである。※2そして整備事業者においては、技術教育や整備情報の取得の充実、整備機器・部品などの確保への対応に加え、2027年に変更になる自動車整備士資格体系への対応も必須となる。これらを見据えた整備技術の対応は不可避となっている。

3つ目は、顧客とのリアル接点である工場の品質向上である。
自動車販売のデジタル化が進んだ姿を想定すると、商品検索から商談・契約のステップはオンラインへの移行が進むことが想定されるが、自動車本体のメンテナンスは引き続きオフライン対応となる。ここでのアフターサービスの品質は将来顧客から選ばれるかどうかの分かれ道となってくることになり、アフターサービスが今後も顧客接点の重要要素であることは変わらない。品質の高い工場、アフターサービスが次の新車販売への寄与・貢献する姿を実現する必要がある。

  • ※2

    出典:経済産業省「素形材産業ビジョン 追補版」

本質チャレンジに向けたボトルネック

自動車アフターサービス業界の成長に向けた本質的なチャレンジは、これら足元課題・将来課題に同時に取り組んでいく必要性があることである。しかし、このことは容易なことではない。それは課題そのものの複雑性もあるが、それ以前に、現場が「慢性的な人手不足」に陥っていることである。何に取り組むにしても、「人がいない、忙しい」という現実が立ちはだかり、ことは前に進まない。
さらに、慢性的な人手不足を招いている原因は「自動車に関わる仕事への興味関心低下による若者の車離れの進行」「若い担い手の減少による自動車整備士の高齢化進行」「近年の労働環境の改善傾向が認知されず敬遠する若者が多く存在」の3つである。
現状の成り行きでは、自動車整備士の就労数は減少の一途をたどっていくと考えられ、このままでは、「足元課題」「将来課題」に取り組む工数が捻出できない。

本質チャレンジに向けた一番ピン

「慢性的な人手不足」を招いている原因の解消に向けた“一番ピン”は、まずは整備工場を新しい人材を引き付け、人材が定着する「魅力・活力ある職場」とすることである。
現状は、マネジメント推進や投資が行われず、機具・工具類の定置がなく雑然としていたり、設備が老朽化していたりなどで持続的な活動が難しい工場が存在している。このままでは整備士が「働きたいと思う職場」には向かわない。環境や効率化に関する近代化投資は後回しにせず、整備士の雇用・モチベーション向上に直結すると考え、優先すべきである。
快適な労働環境が整っている、やりがいがある、人材育成体系が整っている、チームプレイがある、休みを取ることができる、仕事が認められる、といった要件を満たした「魅力・活力のある工場」を実現していく必要がある。

「魅力・活力ある職場」の構築に向けた3つの処方箋

「魅力・活力ある職場」の構築に向けて、当社では3つの処方箋が有効と提言している。

1つ目は、「サステナビリティ対応で魅力ある効率的な職場作り」である。
5S・環境・法令順守のアセスメント実施や、ベンチマークとなる他社との比較・対策立案、カーボンニュートラルに向けた2030年・2050年のアクションアイテムの整理・実行を進めていく。

2つ目は、「ダイバーシティ&インクルージョンで多様な人材が働ける職場づくり」である。
ダイバーシティ&インクルージョン(D&I)アセスメントにより、各種データ整理・分析を行った上で、ベンチマークとの比較・対策を立案し、重点推進項目を設定する。そして経営・従業員向けの意識改革プログラムを実施していく。例えば、管理職、従業員向けセミナー/研修や、経営者と社員の対話などの施策が想定され、整備士のモチベーション向上に繋がる。

3つ目は、「誇り高き職場づくり」である。
チームで実績評価を行う仕組み作り、実態を反映した労働時間管理、快適に働くための設備投資など、新制度・改善計画を立案する。また、デジタル化による効率改善プランの施策も必要となる。例えば、月次・週次・日次などの各種データを基にしたマネジメントアクションプランの抽出が容易化し、効率改善へつなげていく。加えてトレーニングを主体としたデータ活用浸透プランの実施も必要である。例えばサービスマネージャ向けに教育計画を策定した上でデータ活用トレーニングを実施し、実施後も浸透に向けたボトルネック抽出・取組改善を継続していくのである。

処方箋を有効化するポイント

これら処方箋の有効化に向けては以下3点のポイントが挙げられる(図1)。

図1 処方箋を有効化するポイント 図1 処方箋を有効化するポイント

1つ目は、「早期実行・差別化促進」である。早期に各処方箋を実行に移すことで、少子高齢化・電動化時代・不測の災害発生リスクなどの近い将来への備えを確実に行い、競合他社への競争力確保・差別化を促進する。

2つ目は、「ベーシックな現場力に注目したチェンジマネジメント」である。「守り」から「攻め」の意識改革でディーラーのチェンジマネジメントを推進し、成長とサステナビリティを共生させる。具体的にはトップが変革を実行する強い意志を持ち、その考えを全社員に共有すると共に、新しいことにチャレンジすることで評価される仕組み作りの実施が必要である。

3つ目は、「会社としてのマインドチェンジ」である。整備士に対する「人が第一」の意識を持ち、メカファーストの思考体系、マネジメント層への各種能力開発、モチベーションUP/リテンションのプログラムなどを進める。アフターサービスがディーラービジネスの基礎をなし、それを支える整備士のモチベーションがあって成立することへの理解を醸成することが必要である。

ここまで解説してきた通り、安心・安全な自動車社会の土台となる自動車アフターサービス業界の根本課題である「慢性的な人手不足」の解決に向けては、サステナビリティ改革を軸として「魅力・活力のある工場」を実現していくことが肝要である。一般的に、サステナビリティの向上計画は後回しにされがちであるが、基本に返る活動の優先順位を上げることが逆に成長を促進し、整備工場での高いサステナレベルは整備士のモチベーションの源泉になると考える。

しかし、その姿を実現していく道筋は平坦ではなく、実行の中で明らかになってくる実行上のボトルネックに対して、方向性を見失わないように対策を講じながら進めていくことが求められる。そのため、アビームコンサルティングでは、ビジネスモデル変革や人事・組織領域の改革実績・知見を活かして、これらのチャレンジを伴走型で支援していきたいと考えている。

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