制度対応を超えるディスクロージャー戦略 ― ガバナンス強化とサステナブル開示の新潮流

インサイト
2026.03.10
  • SSBJ・ESRS対応
  • サステナビリティ経営
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かつて「ディスクロージャー(情報開示)」は、企業が法令や規制に基づき投資家へ説明責任を果たすための行為であった。しかし現在、財務情報と非財務情報の境界は薄れ、開示は経営そのものを映し出すものへと変化している。

金融庁やSSBJ(サステナビリティ基準委員会)によるサステナビリティ情報開示の基準整備が進む中、人的資本やコーポレートガバナンスを含む情報を、経営戦略や人材・リスク・サステナビリティと結びつけて語ることが求められている。企業が何を目指し、どのような価値を社会に提供するのか。その一貫したストーリーが、投資家やステークホルダーからの信頼を左右する時代に入った。
この変化により、開示が“説明責任”ではなく社会との対話を通じて経営の方向性を共有する“価値共創の手段”となっている。

近年では、CFO・CHRO・CSOといった経営幹部が連携し、財務・人材・リスク・ESGを横断した情報開示戦略を構築する動きも加速している。開示はもはや経営の周縁業務ではなく、経営意思決定の一部として位置付けられつつある。

このような潮流の中で、企業が真に価値ある開示を実現するためには、制度対応や報告書作成の効率化にとどまらず、「経営と開示の一体化」という新たな発想が不可欠となっている。

本インサイトは、制度対応を超えたディスクロージャーのあり方を整理し、経営と開示を一体で捉える視点を提示するものである。

執筆者情報

  • 笹原 義信

    笹原 義信

    Senior Manager
  • 山口 大介

    山口 大介

    Senior Expert
  • 平田 拓也

    平田 拓也

    Expert

ディスクロージャーの役割はどう変わったのか― 開示を通じた経営の再構築のポイント

2023年、有価証券報告書におけるサステナビリティ情報開示の義務化が始まり、日本企業もいよいよ本格的な開示の変革期を迎えている。金融庁や経済産業省、SSBJ(サステナビリティ基準委員会)などが相次いで指針を発表し、「投資家が企業価値を中長期的に評価できる情報」の提供を求めている。

図1 日本における記述情報・サステナビリティ情報開示の動向

図1が示す通り、日本では制度整備を起点として、企業開示の高度化が段階的に進展している。こうした制度整備の狙いは単に「開示項目を増やす」ことではない。企業の財務・非財務情報を通じて、投資家や社会が企業の価値創造ストーリーを理解できるようにすることにある。
つまり、これからの開示に求められるのは「何を報告するか」ではなく、「どのように自社の価値を語るか」である。こうした背景を踏まえると、開示は次の3つの段階的進化をたどっている。

  1. 説明責任(Compliance):法令に基づく報告とリスク開示
  2. 透明性向上(Transparency):投資家との対話を促す定量・定性情報の開示
  3. 価値共創(Value Creation):経営戦略と社会価値を統合し、未来を共に描く開示

この最終段階では、企業が開示を「戦略実行の一部」として位置付けることが重要になってくる。経営層の語るメッセージが、現場のデータや非財務KPIと一貫していなければ、企業の信頼性はむしろ損なわれてしまうからである。

そのためには、経営・開示・IT(システム・データ)が一体となり、情報の収集から編集・発信まで一貫した統合プロセスを構築する必要がある。次章では、その実現を阻む壁――「組織知の分断」という課題に焦点を当てていく。

制度対応だけでは不十分な理由 ― 開示変革を阻む組織課題とは

制度対応は、企業開示における必要条件ではあるが、それだけでは企業価値を十分に伝えることはできない。多くの企業はすでに、サステナビリティ情報の収集や有価証券報告書の改訂、TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)開示への準拠など、制度対応を進めている。形式的な観点では「制度対応」自体は一定程度整いつつあると言える。しかし、制度対応が進んでもなお「真に価値を伝える開示」に到達できているケースは少ない。その背景には、単なる対応不足ではなく、組織横断的に知を統合できていないという、より構造的な課題が存在している。

1. データとストーリーの分断 ― 数字は語っても、意図が伝わらない

財務・非財務情報の開示において、「数値として整合していること」と「経営の意図が伝わること」は必ずしも一致しない。たとえば、CO₂排出量の削減率や人材育成指標といった定量データが整備されていても、それが企業戦略や長期ビジョンとどのように結びついているのかが曖昧なケースは多く見られる。その背景には、データが部門ごとに分散し、一元的に管理されていないという構造的な問題に加え、部門ごとに異なる“開示の目的意識”が存在している。

  • 財務部門は「制度準拠」と「監査対応」を重視
  • サステナビリティ推進部門は「社会的信頼」と「ブランド発信」を重視
  • 経営企画部門は「戦略浸透」と「投資家評価」を重視

このように、同じ「開示」という言葉を用いながらも、各部門が異なるゴールを前提に行動している結果、企業全体としての“メッセージの一貫性”が失われ、統合報告書などにおいてストーリーが分断されてしまう。課題の本質は「データの欠落」ではなく、「意図の不整合」にある。経営の意図と個別データを結びつける“翻訳者(統合的な視点)”が不在であることが、企業の価値発信力を制約している。

2. 開示プロセスの分断 ― 部門最適が全体最適を阻む

一般的に報告書作成は「データ収集 → 分析・整理 → 原稿作成 → レビュー・承認 → 開示」という流れで進める。しかし実際の現場では、これらの工程が部門単位で個別最適化されていることが多い。

  • 財務情報は会計システムから自動抽出される一方、非財務情報はExcel集計による手作業に依存
  • レポート作成は担当者個人の経験やノウハウに依存し、属人化
  • 承認フローはメールベースで進行し、バージョン管理や履歴の透明性が担保されていない

その結果、開示プロセス全体の透明性が損なわれ、「誰が・いつ・どの情報を基に意思決定したのか」を追跡できない構造が生まれている。
このような状態では、内部統制や第三者保証に耐えうるガバナンスを維持することは困難である。本来、開示の信頼性を支えるはずのプロセス自体が、逆にリスクを内包する構造となっている。

3. 情報ガバナンスの限界 ― 統制と柔軟性の両立ができていない

サステナビリティ開示が本格化するにつれ、企業には「正確で一貫した情報開示」と「経営のスピード・柔軟性」の両立が求められている。しかし現実には、内部統制や開示承認プロセスを厳格化するほど、現場の負荷が増大し、対応が遅れるというジレンマが顕在化している。

その背景には、統制のための仕組みが“人に依存した属人的な運用にとどまっている”という問題がある。複数部門のレビューや承認を、メールやファイルベースで行う手作業運用では、属人性を排除できず、正確性を確保するためのコストは増大していく。
結果として、制度改訂や新たなESGテーマへの対応が後手に回り、「開示の柔軟性」よりも「対応の遅延リスク」が経営課題として浮上してくる。

経済産業省が実施した「サステナビリティ関連データの収集・活用等」に関するアンケート調査結果からも、多くの企業がデータの収集・集計・分析の各段階において課題を抱えている実態が示されている。

図2 サステナビリティデータの収集・集計・分析ツール(使用ツール、課題など)

4. 組織知の分断がもたらす影響

こうした課題は、単なる業務効率やツールの問題にとどまらない。本質的には、企業の組織知が分断されている状態と言える。経営企画が描く長期ビジョン、財務部門が管理する数値、人事部門が育む人材ストーリー、サステナビリティ部門が発信する社会価値、これらが一貫したメッセージとして結びつかない限り、企業は外部に対して「何を信じ、どのように行動する組織なのか」を明確に示すことができない。

この組織知の分断こそが、制度対応を超えた開示変革の最大の壁であり、「価値共創のための開示」を阻む根本原因となっている。これらの構造的な課題を乗り越えるためには、開示を単なる報告業務ではなく、経営ガバナンスの中核機能として再定義する必要がある。

次章では、企業がこの壁を超えるために求められる“情報の一元化”と“統合ガバナンス”の考え方、すなわち 「戦略的インフォメーション・ガバナンス」 の具体的な方向性を整理する。

戦略的インフォメーション・ガバナンスとは何か ― 開示と経営をつなぐ情報基盤

前章で述べたとおり、開示変革の本質的な障壁は、「情報が存在していても、経営と十分につながっていない」点にある。この分断を乗り越えるための鍵が、戦略的インフォメーション・ガバナンスの確立である。

戦略的インフォメーション・ガバナンスとは、単なるシステム導入や業務効率化の取り組みではない。企業が社会に対して「何を語り、何を約束するのか」を支え、信頼を得るためのインフラストラクチャーを整備することに他ならない。

1. 情報の一元化と整合性の担保 ― 経営の「単一の真実」を実現する

第一の柱は、情報の一元化である。開示情報が部門ごとに分散している限り、どれほど制度や指針を整備しても、経営の一貫性は担保できない。企業が目指すべきは、財務・非財務データを統合し、あらゆる報告書や対外メッセージが同じ経営データを参照する状態――すなわち、「経営の単一の真実」を確立することである。

これにより、

  • 各報告書間の整合性が確保される
  • 重複したデータ管理や手戻りが排除される
  • 内部・外部に対して一貫したメッセージを発信できる

といった効果が生まれ、開示の信頼性につながる。情報の一元化の目的は、単に「数値を合わせること」ではなく、「語る言葉が揃っている」状態をつくことである。

2. 意思決定と開示を結ぶ可視化・統制 ― 経営プロセスとしての開示へ

第二の柱は、開示を意思決定プロセスに組み込む可視化と統制である。従来、開示は「経営の結果を後追いで報告する行為」として位置づけられてきた。しかし今後は、開示を通じて経営の意思決定を検証し、その結果を次の戦略へと還元する循環型のプロセス統合が求められる。

そのためには、次のようなプロセス統合が不可欠である。

  • 情報の収集・レビュー・承認・発信の全過程をワークフローで統制する
  • 開示内容と承認履歴を紐づけ、判断の根拠を追跡可能にする
  • 開示情報を経営ダッシュボード上で可視化し、戦略立案に活用する

こうした仕組みを通じて、開示は「終点」ではなく「経営の循環点」として機能するようになる。経営・IR・サステナビリティ・内部統制といった各機能が、同一の情報基盤の上で連動し、経営の透明性と実効性を同時に高めることが可能となる。

3. 柔軟な拡張性と将来対応力 ― 変化に強い情報基盤を設計する

第三の柱は、変化に対応できる拡張性と持続性である。サステナビリティ基準は今後も進化を続け、新たなESGテーマや地域特有の開示要件が追加されていくことが予想される。固定的なシステムや属人的な運用では、こうした変化に対応し続けることはできない。

求められるのは、変化を前提とした情報基盤の設計である。具体的には、

  • 各種ERP・EPM・ESG管理ツールとのAPI連携を標準化し、データ連携の柔軟性を確保する
  • 新たな項目や計算ロジックを業務部門自身が定義・拡張できる設計とする
  • オブジェクトストレージ・クラウド連携により、情報の鮮度とガバナンスを両立する

といった取り組みが重要である。これにより、制度改正や経営戦略の変更があっても、システムの再構築ではなく「設定変更」によって柔軟に対応できる基盤が実現される。
情報基盤の柔軟性はそのまま企業の機動力に直結するのである。

4. 情報基盤が生み出す「信頼の経営」

こうした統合的ガバナンスが実現されることで、企業は開示の枠を超え、“信頼の経営(経営の意思と実態の一貫性を対話を通じて示し、信頼を構築する経営)”へと踏み出すことができる。

  • 経営のストーリーに一貫性が生まれ、社内外からの信頼が向上する
  • 監査・保証対応が円滑になり、透明性が高まる
  • 経営情報がリアルタイムに可視化され、意思決定の質が向上する

開示を通じて企業と社会の信頼関係を再構築すること。それが、戦略的インフォメーション・ガバナンスの目指す姿だ。戦略的インフォメーション・ガバナンスは、単なる業務基盤ではなく、「企業が何を信じ、どう社会と向き合うか」を支える経営哲学でもある。

次章では、この思想を踏まえ、アビームコンサルティングが描く「開示を通じた信頼の経営」の未来像、すなわち“制度対応の先にある価値共創のディスクロージャー”を示す。

アビームコンサルティングが描くディスクロージャーの未来像 ― 開示を通じた信頼の経営へ

企業が社会から信頼を得るために何をどのように語るべきか。この問いに対する答えは、法令遵守や報告義務を満たすことの延長線上にない。

いま、開示は「制度対応の終着点」ではなく、企業の価値創造ストーリーを社会へ伝えるプロセスとして再定義されつつある。それは同時に、企業が自らの存在意義を問い直し、社員、投資家、顧客、地域社会と共に未来を構想するための“対話の場”でもある。

1. 制度対応から信頼創造へ ― ディスクロージャーの再定義

アビームコンサルティングが考える次世代のディスクロージャーは、単なる開示プロセスの効率化や、ツール導入による自動化を目的とするものではない。それは、経営と社会の間に信頼関係を構築する仕組みとして、開示のあり方そのものを再構築することである。制度に従い、求められる項目を網羅するだけでは、企業の意志は十分に伝わらない。
一方で、理念やメッセージだけを語るだけで、データに裏付けがなければ信頼は得られない。必要なのは、「語る力」と「証明する力」を両立させるディスクロージャーである。

この信頼創造の仕組みを支える基盤こそが、前章で述べた「戦略的インフォメーション・ガバナンス」であり、企業の価値創造や意思決定を社会課題と結びつけ、ステークホルダーとの信頼と共感の創出まで発展させることが、これからの企業に求められる姿だと、アビームコンサルティングは考えている。

2. 開示変革を支える3つの支援軸

アビームコンサルティングは、この“信頼の経営”を実現するために、経営・開示・IT(システム・データ)の交点に立ち、次の3つの支援軸から企業変革を支援している。

これらは、個別の業務改善施策や部分最適の取り組みではない。経営と開示を同時に進化させるための戦略的アプローチとして位置づけている。

3. 経営・開示・IT(システム・データ) をつなぐ設計力― 実装までを見据えたディスクロージャー支援

アビームコンサルティングの支援は、経営支援か現場視点かいずれかに偏るものではない。ERPやEPMといった基幹システムの知見を基に、経営管理・会計・サステナビリティといった複数領域を“横断的につなぐ設計力”を強みとしている。

具体的には、

  • ERP上の財務データをEPM・ESG管理基盤へ連携し、報告書作成までを一貫して統合
  • データモデル、承認フロー、ドキュメント管理を統合し、ガバナンスと柔軟性を両立
  • 経営層の開示メッセージを、実データによって裏付け可能な形で構築

といった支援を通じて、企業が「正確に語る」「即座に証明する」「変化に柔軟に対応する」という3つの力を同時に備えることを可能にしている。

アビームコンサルティングは、企業の価値創造ストーリーを共に描き、実装するパートナーでありたいと考えている。それが、当社が掲げるディスクロージャー支援の原点である。

4. 次世代の決算支援へ ― 社会と企業をつなぐインフラとして

さらに、開示の進化は、決算業務の変革とも深く結びついている。経営と開示が一体化する未来において、決算は単なる数値確定のプロセスではなく、“経営のストーリーを構成する重要な1章”となる。

この観点に基づき、アビームコンサルティングは「SSBJ/ESRSクイックアセスメントサービス(初期診断)」、「SSBJ保証準備・開示伴走支援サービス(保証対応準備)」、「報告書作成プロセス改善支援サービス(運用高度化)」などを通じて、次世代の決算・開示プロセスを支援している。

これまで述べてきた通り、決算・開示を支える仕組みは、単なる業務プロセスではなく、社会と企業をつなぐ“信頼のインフラ”である。

アビームコンサルティングは、制度対応の効率化にとどまらず、企業が「自らの言葉で未来を語る」ための変革を、共に創り出していく。
そして、企業が描く価値創造ストーリーを信頼性あるかたちで世界に伝えるため、経営・開示・IT(システム・データ)の交点に立ち、企業の価値創造を支えるパートナーであり続ける。


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