価値創造を加速するAIトランスフォーメーション【財務・実装篇】 ~「コストの削減」から「資産の創出」へ:ROI蒸発を防ぐ構造転換~

インサイト
2026.01.29
  • 経営戦略/経営改革
  • AI
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「生成AIの導入により、全社業務の30%を効率化した」。近年、多くの日本企業がこういった成果を自信をもって発信している。しかし、決算書(損益計算書=P/L)を詳細に読み解くと、販管費率は低下しておらず、営業利益率も改善していないケースが大半である。削減されたはずの数万時間は一体どこへ消えたのか。

本インサイトでは、AI導入が単なる「P/L上のコスト削減」にとどまってしまう構造的要因を明らかにし、固定化された人的リソースを将来のキャッシュフローを生み出す資産へと転換するための、CFO向け財務戦略と実行メカニズムを提示する。

参考:価値創造を加速するAIトランスフォーメーション ~トレードオフからトレードオンへ:本質的なAI活用と変革のためのロードマップ~

執筆者情報

  • 藤田 欣哉

    Principal

AI投資のROIはなぜ「蒸発」するのか

構造的背景として、日本企業には「解雇なき雇用慣行」が存在する。このため、AIで業務削減しても、それが即時にコスト削減(P/L上の利益)には直結しない。生まれた余裕時間は“見えない余裕”として滞留し、パーキンソンの法則が示す通り、「新たな雑務」や「目的の曖昧な会議」に吸収され、最終的に雲散してしまうのである。これこそが、AI投資のROIが「蒸発」してしまうメカニズムの正体である。

マサチューセッツ工科大学のダロン・アセモグル教授は、人の作業を機械に置き換えるだけの自動化を「So-so Automation(そこそこの自動化)」と定義し、2024年の最新研究においても、それが生産性向上に及ぼす効果は極めて限定的だと警鐘を鳴らした※1。また、主要5カ国を対象とした外部調査(2025年)においても、日本企業のAI導入効果が他国と比べて低いことが示されている。これは、多くの日本企業が「So-so Automation」にとどまり、ビジネスモデル自体を変革できていないことの表れである。

さらに、AIのライセンス料(コスト)は増加する一方で、人件費は減らない。結果として、財務面ではむしろ「利益率の悪化」を招いているケースすら見受けられる。このジレンマを突破するには、短期的なP/L管理の限界を乗り越え、固定化された人的リソースをAIによって強制的に流動化させ、将来の価値を生む“資産”へと転換する「バランスシート(B/S)の動的再構築」が不可欠となる(図1)。
AIトランスフォーメーションの本質は、単に業務を楽にすることではない。消えてなくなる「費用(OpEx)」を、将来のキャッシュフローを生む「資産(CapEx)」へと、会計的かつ物理的に転換する“価値創造”のプロセスに他ならない。

図1 「So-so Automation」から「B/S動的再構築」への転換

※1 マサチューセッツ工科大学のダロン・アセモグル教授は、現状のAIが主に既存タスクの自動化として活用される限り、マクロの生産性(TFP)押上げは10年で0.55〜0.71%程度にとどまる可能性を指摘している(2024年)。また同氏らは、雇用を代替する一方で生産性やサービス品質の改善が小さい技術を「so-so technology」と呼び、過度な自動化が“期待外れ”を生む構造を示している(2019年)。

投資すべき「3つのデジタル資産クラス」と先行事例

では、浮いたリソース(人件費)を具体的にどこへ再配置すれば、それがB/Sに計上しうる「資産」となるのか。単なる「研究開発」ではなく、資産性が認められる投資対象として、我々は以下の3つの「デジタル資産クラス」を定義する。これらは机上の空論ではなく、前回のインサイトで紹介した先行企業が実際に構築し、競争優位の源泉としているものである。

①「暗黙知」の構造的資産化(独自AIモデル)

熟練社員の「勘」や「経験」といったノウハウは、これまで退職と共に失われる「流動的な知(フロー)」であった。AI化の真価は、これを学習モデルとして抽出し、「企業の所有物(ストック)」として固定化することにある。
この好例がトヨタ自動車である。同社は年間1万時間の工数削減で生まれた余力を、単なる人員削減ではなく「AIの民主化」へ再投資した。現場作業員自身がAIを活用してカイゼンを行う仕組みを整備することで、現場の暗黙知が組織知として独自のモデルに蓄積され、開発のアジリティ(俊敏性)へと転換されている(図2)。

②「顧客接点」の資産化(顧客接点資産)

外部SaaSに依存しない、自社独自の顧客体験(CX)を生むエンジン(中核となる仕組み)の資産化である。これらは将来のトップライン(売上)を直接牽引する「成長設備」となる。
象徴的なのが日立製作所やシュナイダーエレクトリックだ。日立(大みか事業所)は、自社工場で培った省エネ・効率化のノウハウを、社内コスト削減だけで終わらせず、顧客協創基盤「Lumada」のソリューションとして外販可能な形へと昇華させた。これにより、従来はコストセンターであった工場が、自ら外貨を稼ぐプロフィットセンターへと進化した。さらに、これまで散在していた既存のOT/IT事業群を「デジタルソリューション」として再定義・統合したポートフォリオ変革の効果も相まって、Lumada事業全体として売上3兆円規模(FY2024実績)へと成長する収益基盤を確立している。

③「データ」の資産化(データインフラ)

建設業における「工場の建設」と同義であり、デジタル時代の生産設備そのものである。シーメンス(Amberg/Chengdu工場)は、生産性向上を単発のカイゼンで終わらせず、「完全なデジタルツイン」という資産の構築に投資した。現実空間での物理的な試行錯誤(ムダ・時間・コスト)を、仮想空間でのゼロコスト・シミュレーションに置き換えることで、生産能力を70%向上させながらも限界費用を大幅に低減することに成功している。

なお、これらを「資産」として認定するには、次の3つの基準(ゲート)を満たす必要がある。

  • 再利用性: 複数部署・複数プロセスで再利用できる(個別最適の“作り捨て”を避ける)。
  • 単位経済性: 利用が増えるほど単位コストが逓減する(推論コスト/運用コストを含む)。
  • 価値接続: 売上・粗利・品質・リードタイムなどの経営KPIに結び付く(測定可能)。
図2 AIXによってトレードオンを実現した製造業の事例

資産化のメカニズム:「効率化配当」と「戦略投資ハブ」

この資産転換は、現場の自律性任せでは実現できない。強制力のある財務ガバナンスと、それを支える実行機能が必要となる。

①財務ガバナンス:「効率化配当」と「ゲイン・シェアリング」

多くの企業は「効率化したら、その分で新しいことをしよう」と考える。しかし、日常業務に追われる現場は削減したリソースを簡単に手放そうとはしない。導入すべきは、豪州政府などが予算管理で用いる「効率化配当(Efficiency Dividend)」である。
これは、テクノロジー投資による効率化を前提に、はじめから削減分を本社が回収(天引き)する仕組みだ。具体的には、AI導入部門に対し、削減見込み工数の一定割合(例:20%)を、期初の段階で本社への「配当」として強制的に還流させる。
しかし、一方的な予算削減は、現場の疲弊と、表向きは従うが内心では納得しない“面従腹背”を招くリスクがある。現場が防衛本能から成果を隠す「やったもの負け」の文化を生まないためには、以下のような「ゲイン・シェアリング(利益の折半)」という握手が不可欠だ。

  • 本社へ配当(●%): 経営資源として回収し、全社戦略へ再投資する。
  • 現場へ留保(●%): 部門が自由に使える「未来投資枠(R&Dや新規事業予算)」として認める。

例えば、間接部門500名の企業が生成AIで年間2万時間の削減見込みを立てたとする。期初に効率化配当20%を適用すれば、4,000時間相当を本社が回収できる。回収分の50%は戦略投資ハブが横串資産(共通ナレッジ、データ整備、再利用可能コンポーネント)に投資し、残り50%は部門の未来投資枠として還元する。ポイントは、回収した時間を「追加業務」に再吸収させず、資産化投資のパイプに“確実に流しこむ”ことである。

②実行機能:「戦略投資ハブ」とプラットフォームエンジニアリング

前回のインサイトでは「AI CoE」を司令塔として設置することを提案したが、これを単なる技術支援部隊(コストセンター)ではなく、徴収したリソースを資産に変える「戦略投資ハブ(プロフィットセンター)」として機能させる必要がある。
戦略投資ハブの真の役割は、持ち込まれた施策が「単発の効率化」か「再利用可能な資産か」を厳格に審査(ゲート管理)し、前述の「再利用性」「単位経済性」「価値接続」を満たしたものだけを資産認定して投資を実行することにある。
ここで不可欠なのが、テック企業が採用する「プラットフォームエンジニアリング」の経営への応用だ。これは元々、Netflixが提唱した「Paved Road(舗装された道路)」という概念に由来する。誤解してはならないのは、これが決してテック企業の専売特許ではないという点だ。Netflix自体、元々はDVDの配送を行う「物流・レンタル企業(非テック企業)」であった。彼らは、物理的なオペレーションからデジタルのオペレーションへと業態転換(トランスフォーム)する過程で、開発者が価値創造に集中できる「標準ルート」を生み出し、生産性を劇的に向上させたのである。
この思想を企業経営に応用し、戦略投資ハブが基軸となって全社員が安全かつ高速に開発できる「舗装された道路」を整備することこそが、資産化の鍵となる(図1、図4)。

図3 産業財(B2B)企業におけるプラットフォームエンジニアリング適用例
図4 「効率化配当」と「戦略投資ハブ」による資産化プロセス

トレードオンを実現する「営業レバレッジ」と人材の再定義

ただし、ここでCFOが陥ってはならない罠がある。単に人件費をソフトウェア勘定に付け替えるだけでは、B/Sが肥大化し、PBR(株価純資産倍率)は却って低下するリスクがある。
投資家が評価するのは、単なる資産の多寡ではない。その資産が「営業レバレッジ(Operating Leverage)」を実際に効かせているかどうかだ(図5)。営業レバレッジとは、売上の変化に対する利益の感応度を示す指標であり、「(売上高-変動費)÷営業利益」という数式で表される。この数式が示唆するのは、「変動費を極小化(限界利益を最大化)せよ」という鉄則である。ただし、ここで重要なのは、日本企業において「人件費」をどう捉えるかだ。

  • OpEx(人)モデル: 会計上、人件費は固定費に分類される。しかし、労働集約型のモデルでは、売上を増やすためには人員もある程度は比例して増やす必要がある。つまり、事業構造としては「変動費」と同じ挙動を示すため、規模が拡大しても利益率は本質的には改善しにくい。
  • CapEx(AI資産)モデル: 一方、一度資産化されたAIやデータ基盤は、限界費用(変動費)がゼロに近い。売上が増えてもコスト(資産)が増えないため、限界利益が売上に比例して増大し、結果として営業レバレッジが飛躍的に高まる。
図5 トレードオンの正体=「営業レバレッジ」の実現

これこそが、本質的な「トレードオン(成長と効率の両立)」の財務的な正体である。成長すればするほど、AI資産の減価償却費の比率は下がり、利益率が指数関数的に改善していく。この「非線形な収益構造」への転換こそが、B/S動的再構築のゴールなのだ。
もちろん、営業レバレッジを高めることは、売上減少局面での利益悪化リスク(ボラティリティ)を同時に受容することを意味する。財務の教科書通りであれば、不確実な環境下ではアウトソーシングなどによる「変動費化」で損益分岐点を下げるのが定石だ。

しかし、労働供給が細り、人件費が高騰し続けるこれからの日本において、「人」に依存し続けることこそが、中長期的な経営リスクとなり得る。人件費は今後も上がり続ける「インフレ資産」であり、逆にAIやコンピューティングコストは性能対比で低下し続ける「デフレ資産」である。「インフレする変動費(人)」を「デフレする固定費(AI)」へと切り替える。一般に固定費化はリスクと見なされがちだが、インフレ局面ではむしろ合理的な戦略となる。コスト構造を、外部環境(賃金高騰)の影響を受けにくい「自社保有資産」へとシフトさせることこそが、ボラティリティを抑制し、経営の安定性を担保する「真のガバナンス」となるのである。

人口減少時代にあって、今後、労働力は極めて「希少な資源」となる。その貴重な人材を、AIでも代替可能な「処理業務」に縛り付けておくことは、経営上の損失である。AIトランスフォーメーションにおける人の役割は、以下の2つに再定義される。

  • AIスーパーバイザー: AIの出力結果を監査・修正し、品質を担保する「新たな定型業務」の担い手
  • ハイタッチ: 顧客対応や現場調整など、AIには模倣できない「人間味」が付加価値となる領域

AI資産(限界費用ゼロ)で量的な効率を担保しつつ、人は人ならではの領域(質的・対人的業務)で価値を発揮する。この「役割分担の再設計」こそが、労働力不足時代を生き抜くための必然的な生存戦略である。

以上のことから明らかなように、AIトランスフォーメーションとは、単なるツールの導入ではない。企業という巨大なシステムを動かす「経営OS(基盤)」そのものを、人海戦術(P/L脳)から資産活用(B/S脳)へと抜本的に書き換える行為である。その成否を握るのは、もはやCIOやCTOだけではない。「人とお金の流れ」を規律づけるCFOとCHROだ。経営会議で問うべきは、「何時間削減できたか」ではない。また、外部のコンサルタントが描いた「バラ色のロードマップ」を承認することでもない。真に問うべきは、「自社のCFOが、効率化配当とゲイン・シェアリングによって何%のリソースを『費用』から引き剥がし、それをどの『資産(OS)』に変換して、PBR向上(営業レバレッジ)にどのように寄与させたか」である。
AIトランスフォーメーションは、硬直化した日本企業のバランスシートを再編するための構造転換のプロセスである。その舵を握り、技術者が生み出した「革新」を財務的な「資産」へと昇華させる権限を持つのは、CFOの決断にかかっているのである。

今後もアビームコンサルティングは、個社の目的や推進ステージに沿ったコンサルティングサービスを提供することで、AI活用による価値創造を加速させ、スピーディーかつ確実な企業変革の実現を支援していく。

参考文献

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