銀行貸出における地震被害額算出とリスクヘッジ手段

インサイト
2026.02.25
  • 銀行・証券
  • サステナビリティ経営
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2024年元旦の能登半島地震以降、国内では2026年12月末までに震度6弱以上の地震が6回も発生している。内閣府も巨大地震に関する被害想定の見直しを進めるなど、巨大地震への備えの必要性が改めて示されている。一方で、銀行において地震発生に伴う被害を算出し、数値として開示している事例は、現状では海外大手金融機関を含めて見られない。
気候変動に伴う被害の算出に関しては、ようやく検証に必要なデータ整備が進み、一般企業も含めて事業への影響度も示されてきている。しかし、サステナビリティ経営を目指す企業が増えている中、地震大国である日本の企業としては、地震への対処は重要な経営課題であると考えられるものの、地震関連の開示義務は現状なく、地震関連の研究に関してはまだまだ初期段階にとどまっている。その理由は、一般的に地震リスクは「テールリスク(発生確率は低いが、ひとたび起きると極めて大きな損失をもたらすリスク)」に位置づけられ、加えてデータ制約の影響も大きいことから、問題意識があっても分析が進みにくいという背景があると推測される。
こうした状況下、アビームコンサルティングは、首都直下地震および南海トラフ巨大地震に関する被害想定内容に準じ、地震被害額の算出がどこまで可能かについて調査・検証を実施した。その結果、被害項目別での特定地点(特定物件)における地震被害額の算出可否を判断できるようになった。
本インサイトでは、特定地点における地震被害額の算出を起点に、銀行における貸出先の地震被害額の把握と、発生しうる損失をカバーするリスクヘッジ手段の概要について整理する。なお、今回の内容は、一般企業における本社や工場施設といった特定地点の地震被害想定への応用にもなるため、今後の参考にしていただきたい。

執筆者情報

  • 浜田 陽二

    Senior Expert

地震被害額算出可否の検証

地震被害想定は内閣府に限らず、全国の各都道府県においても、被害想定に関する報告書を始めとする分析結果が公表されている。これらの被害想定は地域特性などを踏まえて整理されており、内閣府が示す地震被害項目と必ずしも一致するわけではないものの、概ね直接的な被害項目として「揺れ」「液状化」「火災」「津波」といった建物に関する被害に加え、間接的な被害項目としてインフラ復旧の目途などが分析対象とされている。
このため、銀行貸出に内包される地震リスクの把握においては、地震に起因する各種建物被害に加え、インフラ停止などによる事業停止に伴う財務的影響を把握できるかが重要になっている。そこで本章では、特定地点における建物被害の部分(保険によるリスクヘッジ分を除く)および財務的影響について、被害額として算出可能かどうかを検証した。

(1)前提条件

本検証では、オープンデータが充実している2022年5月に東京都が公表した「首都直下地震等による東京の被害想定※1」と、2025年3月に内閣府が公表した「南海トラフ巨大地震 最大クラス地震における被害想定について※2」に準拠することとした。取得可能な情報(主に算出手法やデータ面)にもとづき、不足する部分に関してはパラメータ設定(算定上の前提条件)による補完を行うことで、地震被害額の算出が可能な範囲の特定に注力した。
一般的に世の中に存在している地震被害算出モデルは、保険会社のように地震リスクを商品化している業態向けのものが中心であり、銀行の場合は地震リスクそのものを商品として扱っているわけではないため、地震計測モデルを構築して発生確率を算出するような手法は、本業と親和性が高いとは言い難い。このため、各貸出先がどのような保険契約によってリスクヘッジをしているかについては、取引先情報としての内部データの充実によってカバーされることになり、地震被害算出に必要な関連データは原則として外部データに依存する形としている。つまり、地震の揺れによる建物被害算出に関して、震度による建物構造別での全半壊割合を銀行独自に算出せず、外部データの十分性を前提とする整理としている。
また、多くの銀行では、貸出に内包される気候変動に伴うリスク(基本的に水害)に関しては一定の対応経験があり、本検証においても、「GIS(地理情報システム)」を活用した特定地点の被害額算出手法を取り入れている。具体的には、無償のツールである「QGIS(地図上でデータ分析が可能なGISツール)」を使用しており、全国の地方自治体が公表しているハザードマップの作成にも対応可能である。

(2)東京都や内閣府による巨大地震被害想定

東京都による首都直下地震、および内閣府による南海トラフ地震の被害想定の算出内容に関しては、それぞれ報告書などの関連資料が公表されている。これらの資料にもとづき、被害想定の算出内容を整理すると以下の通りになる(図1、図2、図3)。

図1 巨大地震被害想定の算出内容に関する概要
図2 巨大地震被害想定額(首都直下地震)

出典:「⾸都直下地震による経済への影響等と対応について」⾸都直下地震対策検討ワーキンググループ(第5回)(2024年9⽉5⽇)より抜粋

図3 巨大地震被害想定額(南海トラフ巨大地震)

出典:「南海トラフ巨大地震最大クラス地震における被害想定について【定量的な被害量】令和7年3月中央防災会議 防災対策実行会議南海トラフ巨大地震対策検討ワーキンググループより抜粋

首都直下地震と南海トラフ巨大地震の経済的被害は、それぞれ95.3兆円(資産などの被害:47.4兆円、経済活動への影響:47.9兆円)と、270.3兆円(陸側ケースの場合、資産等の被害:224.9兆円、経済活動への影響:45.4兆円)と予想され、東日本大震災、阪神・淡路大震災の経済的被害を大きく上回っている。2025年度国家予算(一般会計)は115.2兆円であることから、過去の阪神・淡路大震災や東日本大震災と比べても、想定される影響の甚大さがうかがえる。

(3)算出手法に関する補足

建物被害の算出手法面に関する補足として、地震の揺れ、液状化、津波による被害に関しては、外部データ取得が可能という前提で、気候変動に伴う物理的リスクの算出手法を応用することが可能である。一方、火災による建物被害や間接的な財務的影響については、工夫が必要な部分がある。
本検証では、火災による被害についてはデータ制約の範囲で可能な独自算出手法を採用した。また、間接的影響に関しては陸上運送業者を想定し、震災後の道路事情やインフラ復旧までの所要時間などを考慮する形で事業への影響度を算出できるかを確認した。
なお、地震の揺れに関する算出は、液状化や津波でも同様のアプローチを行っており、気候変動リスク、特に水害に関する物理的リスクの算出方法に類似した内容となっている(図4)。

図4 建物被害(地震の揺れ)の算出イメージ

本資料で使用している日本地図に関しては、国土地理院の淡色地図を使用しているため、国土地理院の承認を得ている。
・「測量法に基づく国土地理院長承認(複製)R 7JHf 106」
・「本製品を複製する場合には、国土地理院の長の承認を得なければならない。」

(4)検証結果

東京都の首都直下地震ならびに内閣府の南海トラフ巨大地震の各被害想定にもとづき、特定地点での被害額算出検証を行った結果は、一定のパラメータ設定などの作業は必要となるものの、概ね算出可能という結果となった(図5)。

図5 地震被害想定算出可否の検証結果

一方で、この検証結果にもとづき、各都道府県における地震被害想定ならびにオープンデータの有無についての調査を行ったが、残念ながらオープンデータが提供されていない都道府県が多く存在しており、現状どの地域においても同様の被害額算出作業ができるわけではないことに留意が必要である。

※1 東京都「首都直下地震等による東京の被害想定(2022年5月25日公表)」
https://www.bousai.metro.tokyo.lg.jp/taisaku/torikumi/1000902/1021571.html 

※2 中央防災会議「南海トラフ巨大地震 最大クラス地震における被害想定について(2025年3月)」
https://www.bousai.go.jp/jishin/nankai/taisaku_wg_02/pdf/saidai_01.pdf、他

銀行における被害額算出手法のさまざまな応用と課題

特定地点における地震被害を把握できるようになると、銀行に限らず、BCP(事業継続計画)をはじめとする高度化対応や、地方自治体との連携のあり方の検討材料にもなりうる。例えば、災害に強い街づくりや災害発生時の対応を考える際、営業店舗網に着目すると、多くの場合はBCPでは全営業店舗の早期再開を目指す方針になっていると考えられる。
しかしながら、各店舗の地震被害額把握調査を通じて、地震被害を受けやすい店舗と受けにくい店舗に分類して、被害が発生する可能性が高い店舗は再開を先送りし、周辺店舗の各人員を営業可能な店舗に振り向けることにより、十分な人員で営業することが可能になる。さらに、被害を受けにくい一部の店舗において、あえて営業再開をせず、一時避難施設として開放するといった社会貢献を重視する方向性も考えられる。地震災害では、本震に加えて余震も発生することや、震災発生地域にいる従業員やその家族も被災している可能性があり、交通網の混乱なども考慮すると、全店舗営業再開が被災後最初のゴールかどうかを見極めることも必要であろう。銀行貸出であれば担保不動産の所在地における地震被害算出の考え方を、担保不動産を従業員の居住地に置き換えることで、震災後の出社可否判断も可能になり、震災時における労働力の確保という点でもより精緻なものが把握でき、BCP見直しが視野に入ってくる。
また、現状では地震リスクプレミアムが貸出金利に反映されていないことから、中長期的な視点にはなるものの、取引先に内包される地震リスクをスコアリングし、貸出審査に反映することも可能である。スコアリング導入自体は、貸出金利への反映有無に関わらず実施は可能ながら、営業活動に活かすとしても店舗移転といった大掛かりな施策となり、リスク量軽減策としても保険提案になってしまうため、営業戦略面での即時性や魅力のある施策につなげることは難しい。こうした点も地震被害額算出の取り組みが進みにくい要因となっている。一方で、即効性という観点では、国際統一基準行に限定されるものの、地震リスクが低い国のアセットを積み増すことによって、地震リスクを希薄化するといった対応であれば目指すことは可能と考えられる。

地域密着型を想定した地震リスク軽減における銀行の役割とリスクヘッジ手段の検討

近年では、これまで地震リスクが意識されてこなかった地域においても地震が発生しているが、それでも地域によっては住民全体として意識が高いとは言えない場合がある。こうした状況を踏まえ、地震災害リスクを少しでも軽減するために銀行が取ることができる手段を考えると、まずは取引先に火災保険および地震保険の加入を促す啓蒙活動が第一歩となる。
上場企業のような大企業であれば、独自に地震被害調査や被害対策は可能であると考えれば、一旦着眼点としては地域住民を対象とした住宅ローンが挙げられる。そこで本章では、住宅ローンを起点として、大規模な被害が発生した場合の対処まで想定したリスクヘッジのスキームの考え方を整理する。

(1)住宅ローン対応

国内銀行の中には、地震被害が発生した場合に債務者が何らかのメリットが得られる商品設計をしている住宅ローンを既に導入している事例がある。主な内容としては、「①最長2年間における各月の返済額を債務者が取り戻せる仕組み」と、「②建物の状況に応じて、その時点の建物部分に関する債務が最大の場合半減させる仕組み」がある。導入事例としては①が多く、②のような商品設計を行っているケースはかなり少ない。
こうした商品設計に関しては、現状の国内地震保険制度の内容が影響しており、保険契約でカバーされる部分が建物の50%相当分が上限となっているためである。つまり、仮に建物が全壊したとしても、債務者にとっては残債務があることになってしまう一方、一度の地震被害で設定されている政府による再保険部分の支払上限額(2025年12月末時点では12兆円)を超過すると、さらに残債務が増える形になっている。
こうした制度的制約がある中で、地震保険に未加入であれば、債務者が被る影響は大きなものになる。これは被災地域の経済復興を遅らせる要因となるだけでなく、銀行にとっても貸倒リスクの増大につながる。銀行経営としても甚大な被害となってしまう可能性を考えれば、債務者の地震保険加入を提案することに注力していくことは、重要な取り組みの1つになると考えられる。

(2)銀行側のリスクヘッジ手段

自然災害リスクをヘッジする代表的な手段としては地震保険が挙げられるが、日本は地震大国ということもあり、国内損害保険会社は再保険によるリスク分散を行っている。しかし、再保険市場は決して大きな市場というわけではなく、南海トラフ巨大地震の被害をすべてカバーできるようなものではない。そこで代替的なリスクヘッジ手段として考えられるのが、「CAT債(Catastrophe Bond)」と呼ばれるスキームである。CAT債は、大規模自然災害の発生に連動して元本が損失補填などに充当される仕組みを持つ債券であり、保険・再保険に代わるリスクヘッジ手段として、国内外で発行実績がある。例えば世界銀行グループが発行体となり、開発途上国の自然災害リスクを軽減するといった事例がある(図6)。

図6 フィリピンの自然災害リスクをヘッジするCAT債スキーム(イメージ)

(World Bank Group:2019年11月発行「The Philippines: Transferring the Cost of Severe Natural Disasters to Capital Markets」およびJETRO「世界銀行、アジア初の大災害債券を発行」を参考に作成)

国内では、CAT債の発行主体は金融機関に限定すると損害保険系が中心であり、銀行や証券といった業態の発行事例はない。こうした点で、銀行が貸出に関する被害額をヘッジする方法によって発行スキームに関与する場合、実現にはさまざまなハードルがあると推測される。
しかしながら、仮に実現できるとすれば、スキーム内容次第で債務者の残債務部分の償却原資として使うということも考えられる。これは銀行経営上の損失抑制にとどまらず、地域経済復興を支える原資としての役割を果たすことも考えられる。投資家にとって魅力的なクーポン(利払条件)の実現をはじめとする数々の論点はあるが、こうした発行元本の特定も取引先の地震被害額算出が起点であり、CAT債発行スキームの検討はさまざまな創意工夫が試される内容であると考えられる。

(3)住宅ローンとCAT債を組み合わせる意義

地震被害をヘッジするためにCAT債を活用する場合、個人や中小企業では元本が小さいため不向きである一方、日本が先進国であることから、国全体を対象としたCAT債を活用することは市場を崩してしまう恐れがある。また、フィリピンの事例のように開発途上国の場合であれば世界銀行グループが発行体となるスキームが成立しても、先進国を対象として世界銀行グループが発行体になるとは考えにくい。投資家を含めた多くの人が日本経済の自力復興可能と評価すると考えられるため、被災時にCAT債元本を享受できる対象を国レベルではなく、個人レベルに対象を変える方が国内外からの理解を得られやすいと考えられる。
南海トラフ巨大地震のような広域地震被害では、国家予算を超過するという点からも公的資金を得るという期待は難しく、自助努力で相応のリスクヘッジを検討する必要がある。こうしたことから住宅ローンとCAT債を組み合わせ、個人債務者に関する震災後残債務軽減を進めることで復興活力につなげるという目的からも重要な意義を持つ。
一方、銀行が住宅ローンを対象としたCAT債スキームを検討する場合、これまでの銀行貸出金利が低いため、単純に貸出利回りのみをCAT債クーポンに充当するだけでは不足が生じる。この問題を解決できるかがCAT債実現の1つの鍵となる。

まとめ

地震被害額算出可否の検証は、地震リスク量を把握するだけでなく、地震リスクのヘッジ手段となるCAT債の元本特定への最初のステップとなる取り組みである。地震リスクはテールリスクに位置づけられるが、その破壊力を踏まえれば、企業経営が維持可能かどうかを事前に把握するだけでも大きな意義がある。
当社はこれまでGISのみならず、さまざまなソリューションを活用してクライアントの事業拡大に貢献してきた。地震リスクのように重要性は認識されつつも取り組みにくい領域においても、被害額算出手法の検証実績を通じて、パラメータ設定をはじめとする検討事項の整理や、ヘッジ手段に至るまでの情報収集を行っている。また、地震リスクに関しては適切なデータ取得や内部データ拡充といったデータマネジメント領域も関係してくるため、規制対応や開示対応の支援を通じて、リスク量の精緻化および適切な管理に関するノウハウを蓄積してきた。
CAT債に関しては、リスクをヘッジしたい側と投資したい側の双方の観点が存在する。本インサイトでは主に前者側の観点で整理したが、スキーム次第では地方自治体や政府レベルでの関与も必要になりうるテーマでもあるため、広範囲な情報ルートも必要になる可能性がある。
国内では、CAT債発行に関して大手証券会社でもアレンジャー実績はなく、必ずしも銀行の本来業務に直結する領域とは言い切れない。しかしながら当社としては、これまでのプロジェクトで培ってきた知見と発想力を活かし、サステナビリティ領域における新たなテーマとして地震リスクへの対処を位置づけることで、地震リスクの数値的理解の促進と、具体的な地震リスク軽減を見据えた理想的スキームの実現に貢献していきたいと考えている。


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